愛と平和の弾薬庫 -28ページ目

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

Patti Smithの「Gung Ho」と「Twelve」だけ持ってなくて、しかしいつかは聞きたいなあと思ってたら、

You Tubeでほぼ全曲Checkできることが判明!

やりましたやりました。Air CheckならぬWeb Check。

で、できたのね。MDだけどね。

一曲ヌケ、一曲Live音源の「Gung Ho」

そしてPerfectな「Twelve」!

しかし悲しいかな我が家の不死身のポンコツPC、

時々Web Waveがフリーズするのだ。

てなわけでブツブツ切れのPatti Smith。

Bangaは、6月5日だっけ?ちゃんと買うって。


元北電職員「原発ゼロでも電気は足りる。泊停止を機に自然エネ転換を」より

在職中から反原発の立場を公にし、今もその姿勢を貫く水島能裕さん

元北海道電力旭川支店総務課主幹 19473月生まれ65才。69年東北大法学部卒業。同4月北海道電力入社、おもに総務畑を歩み2005年退職。同年北電興業入社、10年退職。12年から原発ゼロをめざす旭川連絡会代表幹事などを務める。旭川市在住。65

311店頭に並んでいた『週刊現代』~東京電力のタイアップ広告

柏崎刈羽原発所長にインタビュー

「中越沖地震でもほとんど被害がなかった」とアピールする記事。

しかし、あそこは7機中3機が以後もトラブル続きで再稼動できないままだった。

変電所の火災では自力消火ができていなかった。

地震の被害は決して小さくなかった。

それから3年半もの間、国と電力会社は中越沖地震の教訓を生かさず、

地震・津波による電源喪失の危険について何の対策も講じなかった。

★3・11直後の福島第一~廃炉を恐れて格納容器への海水注入をためらったことがわかっている。

 

2011風力と太陽光、合わせて270kW以上の申し込みがあった原発なしでもやっていける。

道庁の資料~太陽光発電の稼働率(設備利用率)は現在12%、風力は26

(同経済部産業振興局環境・エネルギー室「北海道の省エネルギー・新エネルギー促進の取組について」12216日)

経産省のまとめ~風力の稼働率は冬から春にかけての宗谷管内などで40%超え

発電所単位で見れば1月の胆振管内で673%に達したこともある。

(同原子力安全・保安院 北海道産業保安監督部「北海道における風力発電の現状と課題」11929日)

北海道の冬は風が強い電気が最も必要な時期に、風力発電の稼働率が最も大きくなる。

今の連系申込みをすべて北電が受け入れたら、

 2年ぐらいで自然エネルギーに転換できる。

原発は安全性の確保や事故対応、廃棄などに膨大なコストがかかる。

小規模分散型の風力や太陽光は普及さえ進めばすごい勢いでコストが下がっていく

自然エネルギーも普及が進めば安定してくる。

天然ガスや水力などの電源で供給調整は可能。

持続可能なのは自然エネルギーだけと言ってもいい。

自然エネルギーは地産地消。

工夫すれば送電網などにかかる大きな費用も抑えられる。

「電力会社は潰れない、と思っていた。もし潰れるとしたら原子力発電所がらみだろう、と」

2012419日 小出裕章氏 毎日放送「たね蒔きジャーナル」より

ウラン235(核分裂する、ウラン全体の0.7%)→広島原爆

ウラン238(それ自体では核分裂しない、ウラン全体の99.3%)に中性子をぶつける

→プルトニウムが発生→長崎原爆

0.7%しかないウラン235をいくら使っても、原子力はエネルギー資源にならない

→初めからわかっていた

→ウラン全体の99.3%を占めている238番のウランをプルトニウムに変える

高速増殖炉という特殊な原子炉の中で、プルトニウムをどんどん効率的に生みだし、

再処理でとり出す

それを高速増殖炉で燃やしながらどんどん増殖していこうという考え方だった

しかし一向に再処理はできない。高速増殖炉もできない⇒世界中が撤退

が、日本は、再処理だ、高速増殖炉だ、と言い続けてきた

●日本は(さきの戦争に負け)原子力技術という点では圧倒的な後進国

イギリスとフランスに使用済燃料の再処理をしてもらってきた

1977年、東海村に小さな再処理工場を、フランスにつくってもらって、動かし始めた

 

■使用済み核燃料の2030年までにかかる処理費用の試算

 (内閣府、原子力委員会の小委員会)

①原発を維持する ②減らす ③なくす

内閣府の小委員会→③の案 2020年までに原発を全廃

使用済み核燃料は再処理をせず、そのまま土に埋める場合の試算

         再処理は途方も無い危険をかかえる大変危険な作業

→やらないほうがもちろん安くつし、原子力全体にしてもやめたほうがお金がかからない

が、埋めたとしても100万年間、環境に出てこないようにしなければいけない

→カネ勘定は実際にはできない

           (科学が100万年なんていう期間を保証できる道理がない

              →カネ勘定自体が馬鹿げた事

JBPress福島県災害対策本部の担当者への取材


「放射性物質は煙突から管理されながら出てくるから大丈夫、と言い張った原子力保安院」より



●国は10キロを超えて放射性物質が広がることを予測していなかった。

●双葉厚生病院の入院患者と職員約300人がバスに乗ろうとしていた時、1回目の水素爆発が起き、多数が「断熱材のような」降下物を浴びた。

●国には「原発から半径20キロより外側に放射性物質が飛散する」という想定はなかった。

20キロラインから外側には何の備えもなかった。

●チェルノブイリ事故の経験から、原子力発電所で事故が起きれば「円形の避難」は無意味と分かっていたが、何も改善されなかった。

●『地域防災計画』⇒県の計画では『10キロ内』(国→『810キロ』)

●避難所は、地域内で手当てすることになっていた←10キロの円から逃げることを考えていなかった。

 (避難先が半径10キロ圏内でも被曝しない、という想定)

●国を過大評価していた、と考えたらすべてが氷解した――政府にとっては「電源を喪失したが、非常用電源が作動して事故は無事終息した」が最悪のシナリオだった。「放射性物質が外部に放出され周辺住民が被曝する=避けるためには避難しなくてはいけない」ということは「備えをしなくてもよいほど低い確率」と考えていたのだ。

●原子力安全・保安院の年数回の研修でも10キロを超える汚染を考えていなかった。

●国は「チェルノブイリのような莫大な汚染があるわけがない」「10キロ以上の汚染拡大は起こらない」と本気で信じていた。

●国の「おめでたいシナリオ」⇒「10キロゾーン内の住民が、同じ10キロゾーン内の施設に避難する」時のための避難所のリスト璧に記載)

●研修で原子力安全・保安院と接触した席上で、何回も『もっと放射能が出てくるんじゃないか』と指摘。

保安院⇒『絶対ない』『県が考えるシナリオはあり得ない』

『放射性物質は煙突から管理されながら出てくるから大丈夫だ』


2012.04.19JBPress福島県災害対策本部の担当者への取材

「福島県庁にSPEEDIのデータは届いていた!メルトダウンの恐怖の中、後回しになった住民避難」より

●放射性降下物を住民が浴びて被曝する被害は想定していなかったのか。

「『(放射性物質は)出て、すーっと消えた』という想定になっていた」

「事故も数時間で収束することになっていた。雨が降ることも想定していなかった。

つまり地面に落ちない――沈着しないことになっていた」

「国も県庁も原子力発電所事故が(地震、津波)自然災害との複合災害として起きるとは考えていなかった」

●「50キロ圏内の人口を試算してみた。中通り、浜通り合計で100万人だった(福島県全県の人口は約200万人)。東海村の村長は『100万人が避難しなくてはいけないような場所に原発を立地するのが間違っている』と言っていた」

●「原子力安全技術センター(注:SPEEDIを維持管理している組織)が、

315日の2030分以降に災害対策本部原子力班にメールで送ってきてくれていました」

──気づかなかったのか。

飯舘村に被曝が知らされたのは319日深夜~20日未明。全村避難が決まったのは422日)

15日は4号機燃料棒プールのことで手一杯だった。みんなが走りながら仕事をしているような状態で、

パソコンの前に座ってメールを読むような状態ではなかった。原子力班の10人、誰も気づかなかった」


●再稼働してはいけない理由
「反原発派」京都大学助教 小出裕章原子力発電がすべて止まる日は「原子力に頼らない世界」に踏み出す一番いい機会。


これから原子力をやるというのであれば、根本的なところに立ち返らなければいけない筈。何でもかんでもとにかく運転再開をやりたいという政治判断で、今回の選択が取られようとしている。

「原発推進派」東京工業大学助教 澤田哲生大飯の発電所に関してもすでにいろんな緊急措置もしているし、ストレステストの結果も出ている。その結果を決められた手続きに従って評価して、しかるべき結果であるという判断が出来るならば再稼働に結び付けていくべき。津波・地震、その他の事象が起こった時の耐性上の余裕の幅が広がったかという評価が出ているから、以前よりもさらに余裕が大きくなったという、その事自体は正当に評価されるべき。


●宇宙のはじまりと放射能

澤田宇宙の始まりはまさに放射線の海だったこのエネルギー源は、自然の成り立ちそのものだと考えている。原子力エネルギーというのは特別なエネルギー源ではない。
小出:澤田さんがおっしゃったように宇宙には放射線が充満しているし、地球というこの星が出来た時には様々な放射性物質があった。ただ、その時には生き物は生きられなかった地球がだんだん冷えていって、海や大気が出来て、宇宙からの放射線が遮られるようになって、ようやく命がこの地球上に根付けるようになった。放射線というものはもともと危険なものなのであって、それを人為的に生み出すというような事は本来ならばやるべきではない。



●これからの日本はどんなエネルギーでやっていくのか。
小出:原子力を即刻全部やめても、火力と水力で十分にやれる。ただし、これからもどんどん電気を沢山使いたいと言えばいつか破綻する。だからなるべくエネルギーを使わないで済む社会をつくらなければならないし、化石燃料になるべく依存しないよう、自然エネルギーに一刻も早く取り組むべき。

澤田日本は出来るだけ原発を動かして、世界の化石燃料市場に迷惑をかけないようにするべき

●福島第一から学ぶ?

澤田:津波が襲ったのは東日本一帯で、北から南まで相当長い海岸線に沿って起こっている。女川発電所は津波対策がしっかりしていたから安全に止まっている。福島第二は色々あったが結局安全に止まっている。第一発電所も、5号機と6号機は4号機のような事にはなっていない。ストレステストは結構時間をかけている。

小出:女川は外部の送電線から電力をもらう系統が1系統だけたまたま生き残っていた。福島第一の56号機も、空冷式の非常用発電機がたまたま生き延びたが、これは本当に偶然で、悲惨な事故になる場合もあるし、ならない場合もあった。ストレステストも「考えられるような事」に関してやっているだけで、偶然が支配する事に関してはほとんど無力。ストレステストを合格したからと言って、安全になるわけではない。その事をちゃんと理解したうえで、「危険を含めてなおかつこんなもの(原子力発電)をやる必要があるのかどうなのか」という事を考えて欲しい。

●「相馬市の警戒区域を解除された地域にボランティア活動に行こうと思うのだが」

小出:自分が住んできた町に戻りたいと思うのはみんな同じ。南相馬にしても川俣町にしても、そこでずーっと生活してきた方がたが「そこに戻りたい」という思いは、当然だし尊重したい。ただしそこは放射能で汚れている。日本は「1年1ミリシーベルト以上の被ばくをしてはいけない、させない」を法律にしてきた国。それを守ろうとするなら、やっぱり帰ってはいけない。特にこども達には帰って欲しくないそこに長い事住んでいて、思い入れの強いお年寄りとかがどうしても帰りたいと思うのはそうだろうなと思うが、子どもたちをそこにまた帰すという事に関しては私は反対。ボランティアにいって下さるという方の気持ちはありがたいが、その方々もそこに行けばもちろん被ばくをしてしまう訳だし、私のように被ばくをするという事を職業にしている人間と違うのですから、もしボランティアに行くというのであれば、ちゃんとした被ばくの管理がなされない限りはいくべきではない

澤田:ボランティアの人も、そこに住んでいる人、あるいはこれから帰宅される人も、客観的な情報を秤にかけて、最後はご自身で決めるしかない所が今のところある。



●「住めない地域があるという言葉は被災者を傷つける」のか

(澤田氏が自著で書いている言葉)

小出: セシウム137という放射能が半分に減るまで30年かかる。実際にはもう住めない場所はいっぱいある。そこをはっきりと国が言わなければいけない。帰れるかのような幻想を与えるような事はしてはいけない。次の人生を歩み出せるように、国がやらなければいけない。1ミリシーベルト以上の被ばくを強制される人たちが、もし逃げたいというなら、それを助けるのが国家の責任。

「原発について徹底討論」たねまきジャーナル4/18より




その日、俺たちは大河原のえずこホールを目指しながらも四号線を蔵王まで行ってしまった。なんであのホールは浄水場のような見てくれなんだ?奥さんも同じことを言ってたぞ。そして「車を駐車場に収めたら軽く何か食べようね」の予定だったんで、隣りのFORTEとかいう商業施設に入ったんだが、なんか薄暗い。そばでも、と思って「Tukamoto」って、Tuのあいだにsも入れたほうがいいよ、と思わずにはいられなかったテイクアウト風食物屋の前に立てば、各種そば・ラーメン類一律500円、スパゲティ700円。高いと思う。でもまあたまに来た大河原でもあるし、とか理由にもならぬ理由で自分を納得させてわれわれは山菜そばと塩ラーメンを頼んだ。すると、もうお湯を落としちまったので十分以上はかかるけどいい?と言う。こういう場合の「10分」は大抵20分である。で、お湯は今からちっちゃい鍋で沸かすのだ。しかもここはTuのあいだにsが入ってない「立ち食いそば屋風テイクアウト的軽食スペース」のTukamoto。さらに、開園までもう30分もない。やだな。こんな店で開演時間を気にしながらじりじり待たされるのはやだな。しかしきっと終演は十時近いだろうし、絶対腹は減るな。で、食ったのは400円のたこ焼きでした。六個入。一個いくらよ、と奥さんが言う。66.66666……円。途中でマックでも食えばよかったなんて後悔は先に立たず。中々辿り着けず、着いてみたらなんかうらぶれた周囲環境。と愚痴はさっさと一段落にまとめ、リクオのHOBO CONNECTIONはよかった!の話へ入ろう。ハイロウず。



さて、タイトルの、「中川」ってのはSoul Flower Unionの中川敬、

「三宅」はずっと清志郎と一緒だった三宅伸治。


宮城県南・大河原の「えずこホール」、

ピアノマン・リクオがホスト役を務めるHOBO CONNECTION」。


おまけに梅津和時まで来ちゃて、わたしゃほとんど涙腺開きっぱだったよ。


メンツはもう一人、川村結花。「夜空ノムコウ」の作者だそうだ。

男の子の心情を切なく歌う中で、この曲はかえってやらなかったほうがよかった、

ってぐらい初めて聴く曲がよかった。素直に感動したのさ、俺。


川村っちが引っ込んで再びステージに現れ、梅津を引っ張りだし、
「清志郎さんと作った歌です」とリクオが始めたのは「胸が痛いよ」。

リクオと梅津さんのあいだに前かがみになって歌う清志郎の姿が浮かんだ。
梅津氏の音だけで清志郎の不在を痛感させられてるっつーに

しかしリクオの歌のうまいこと。声が伸びる。でかい。安くない。


とか思ってたら梅津和時の「歌の時間」がやってきた。

震災後、何もできずにボケっとしてたらふっと曲ができたんで、
それをライブでやったらおおたか静流が詞を付けてくれたという「東北」。

まっすぐで深い声。まっすぐで深い真面目さ。


この日、ずっとステージに漂っていたものでした。


中川が出てきて空気ががらっと変わる。

「そら」「海へゆく」、新曲「世界はお前を待っている」、「死ぬまで生きろ!」はちょっとボ・ディドリー風に。あとからみんなでやった「満月の夕」ではリクオのコーラス、梅津和時と川村結花のお囃子、

三宅伸治の口元も動いてた。


三宅は出てきて歌いだしたら、これまた中川とは正反対方向に空気を変えた。

しっかり、三宅伸治。

しっかり、ブルーズ。

友部正人のカバー「(タイトルはわからない)」。

みんながステージに戻っての、「何もなかった日」。

そしてしっかり、ロックンロールも。

大円団――リクオが歌う「ミラクルマン」で最高潮。


アンコール一曲目は前記の「満月の夕」、そして感動の


あいしーまいらいふかむしゃいにん、ふろむざうぇすたんとぅじいーすと、

えにぃでーなう、えにぃでーなう、あいしゃるびれりしぃすと!

「I Shall Be Released」!

あいしゃるびーりりーすと!マジでそうありたい。




●福島第一原発の収束作業

⇒最終的に「30~40年後に核燃料を回収する」という壮大な、世代を超えた仕事。


●中抜き⇒東電が「一人一日10万円」が末端では1万5千円という具合。(報告者は9千円)


ATOX アトックス

・日本で一番大きい人夫出し業者

・原子力代行、原発における諸雑務、一番下の仕事に人を出す会社

雑巾がけが主な仕事、綿の手袋だけでタイベックも着ない~労働環境(待遇)が最悪

何年やっても雑巾がけとゴミ片付け(技術はつかない)

・20代のプレカリアート(新自由主義の下で、就労も生活も心境も不安定な状況に晒されている労働者層を指す造語)を大量生産。地元の人はいない。
・ダンピングの尖兵

原発労働の現場と反原発運動のと乖離


●「東電社員の賃金なんてカットしろ」の声⇒作業員の賃金もカットされる


●「東電を解体しろ」⇒収束も廃炉もできなくなる


●反原発の声が廃炉作業を東北に押しつける


●「一人が100ミリシーベルトを浴びるのではなく、100人で1ミリシーベルトを浴びよう」が理想


●一案⇒原発労働者には「健康問題について一生見る。何かあったら補償する。賃金も高遇する」とすべき。「もちろん中抜きもなし」

二案⇒徴兵制のように、「次はあなたがここで一週間、被爆作業をやってください」と強制する

※反原発運動をやっている人も原発の電気の恩恵を受けてる人も、全員、原発労働をやったほうがいい。


●圧倒的多数者の首都圏の人たちが、少数の福島・新潟などの原発立地地域の人たちに対して、植民地支配のような眼差しを持っている。反原発運動にもそういう眼差しが感じられる。

沖縄に基地を押し付けている目線と似ている。沖縄と東北は弱者の歴史を負っている。

このことに思いがいたらなかったら、反原発運動はおしまい。


●「第一原発が撒いた放射能を東京湾に埋めるので東京の人たちは気をつけて下さいね」

 ということをやっても、東京は絶対受け入れない。でも東京の人は逆のことを当たり前にやっている。

 傲慢な力を行使していることにすら気づいていない。


●『月刊政経東北』(福島)11月号「巻頭言」

「霞が関の関心は、大震災や原発事故から年金制度改革やTPPなどに移りつつある。補償も除染も震災復興も不十分な中、抗議の意味を込めて、汚染土を国と東電に返す運動を進めたい。送り先は……」


●「第一段階=被害者意識 第二段階=加害者の自覚」から、

「本当の犯罪者をきっちり人民の手で裁きましょう」という動きに持っていくべき。

「アーニー・ガンダーセン 2012.2.20 日本記者クラブ会見」より



●3つのピースが相まって「3.11」になった。

①マークⅠの持つデザイン上の問題。

    原子炉として格納があまりに小さい。

~事故があれば原子炉自体が吹き飛ぶ、という設計上の問題。

②大地震が想定されていたにも関わらず、その情報は無視された。

    何ら手直し・修正がなされなかった。

      ~高い場所にディーゼル発電機を置くこともできた。

        (それでもメルトダウンは避けられなかったが←ポンプが潅水していた)

      ~福島第二原発のポンプは無事だった。

       (第二に生かされた知見が第一には生かされなかった)

③規制当局と東京電力の関係が密接すぎた。

●2号機と3号機はともかく、1号機が地震に耐えたかは疑わしい。

●女性と子どもたちは少なくとも50キロ圏外まで避難させるべきだった。

●廃炉 スリーマイル島での事故→燃料棒を取り出すだけで20億ドル。

     福島→スリーマイルの10倍は複雑。

●第一原発の現場のクリーンアップだけで600億ドル。

●20年のあいだに100万人に癌が発症。



東京電力の賠償

福島県内の150万人に損害賠償として、

①妊婦と子供 40万円

②自主避難の費用 20万円

③その他 8万円



JBPress「東電は国民を怒らせたいのか」(とかいうタイトルのインターネット新聞)より


●どうして東電は尊大かつ無反省な態度をとり続けるのか。

●3月下旬、マスコミが一斉に値上げについての報道を始めたのも奇異。

●経済産業省が行政指導にしゃしゃり出てきたタイミングの良さも何か裏があると思わせる。

●東電の厚顔無恥な振る舞いは、経済産業省と結託した猿芝居としか思えない。

実質的な国有化を目前にして、東電はこれ見よがしに悪役となり
経済産業省主導の態勢に移る中で、何らかの実利を確保しようとしている

に違いない。


●企業向け電力料金の値上げを図る東電の姑息な対応に人々の怒りが向けられることにより、
最も肝心であるはずの福島第一原発の事故原因の究明が後回しにされている

●震災直後からの内閣の「幻の議事録」が表に出てこないのは、

菅内閣が「原発事故独立検証委員会」の報告書にも記載されていない不手際を犯していたから、

と見るべき。