2016年のGWに訪ねたパタゴニアの旅を綴っています。
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世界最南端都市(当時)USHから一気にAEPまで戻り、何故かEZEへ移動せずに済み、AEPからその足でアンデス山脈を超えチリの首都サンティアゴ(SCL)へ飛びました。その距離およそ3,500km。
そして、さらにSCLからイースター島(IPC)へおよそ3,700km、5時間。なぜか私、このフライトを2時間くらいと思い込んでおり、いつまでも着陸態勢に入らない機内の様子に「???」となっていましたよ。爆
述べ7,200kmをトランジット含め18時間かけて移動。遠すぎる。USHから直接行ければ良いのですが、そんなフライトがあるはずもなく、USH→AEP→SCL→IPCが一番早い道でした、遠すぎる(しつこい)。イースター島は英語の呼び名で、スペイン語の正式名称は「パスクア」。地元ポリネシア語では「ラパ・ヌイ」と呼ばれています。人口は1万人に満たず、島の面積も164K㎡とスモールサイズ。
そんな島で世界的にも超有名なのが、この島に点在するモアイ像です。早速、車を借りて行ってみることにします。日本車だ。笑
まずはココですかね。
アフ・トンガリキの15体モアイ像。
整然と並んでいますね。だいぶ引かないと15体を正面から一枚に撮影できないため、こう撮るとあまり大きく見えませんね。しかし巨大です。
近くに台となるようなものがないので、一緒に撮れず遠くから。
これ、倒れたままになっていたモアイを、日本企業が起こして立てたのですよね。
高松に本社を置く「タダノ」。機械工作メーカーで、クレーンも人も派遣して費用全て自社負担で起こし、クレーンはそのまま寄贈したのだと思う。
車で走り回っているときにこの島のどこかで「TADANO」と書かれたクレーンを見ました。
日本の貢献なくして、イースター島に立っているモアイを見ることはできなかった。ほぼすべて倒れていたそうですから、立て直したことに伴う観光収入も現時点において雲泥の差だったと思われ、改めて日本は偉国と思います。
それを、ひけらかさないからまたいい。
モアイは大きさは4メートルから大きいもので20メートル。
重量は20トンから90トンといわれます。
それらが、この島には実に900体も点在しているそう。
これ、座ってますね。珍しい。
宇宙を仰ぎ見ている?
ここは山の中腹に点在しています。まるで、海からの使者を各々迎え待っているかのよう。
一緒に撮ってみた。遠近法あるけど私の身長(168)の3倍はありそうです。5メートルくらいですかね。
この石は原産地もこの島で、比較的柔らかい凝灰石なのだそう。凝灰石は火山灰が堆積して固結した岩ですね。
採石所も特定されており、その噴火口にはモアイを掘る道具も未だ残っているのだとか。
島が小さいのですぐに一周できてしまうのですが、走り回っているときに噴火口らしきところを見ました。ここのことかなあ?
別の場所へ行ってみます。今いたのは、下の地図の右側。「アフ・トンガリキ」です。
こちらは、アフ・アキビ(Ahu Akivi)。島の西側中腹、内陸に位置する7体の並んだモアイ。
これは女性のモアイだったかな。かなり珍しい。
倒れたままのモアイも。タダノで起こしてあげて。
ラパ・ヌイは波乗りのメッカでもあるそうですよ。信じられないような高波に挑んでいく若いサーファーたちが頼もしかった。
夜になり空を見上げると満点の星空。夜空の撮り方がイマイチ分からずブレてますが、とにかくすごい数の星でした。海抜ゼロでこれはスゴイ。海抜4,000メートル近いウユニに匹敵する凄さ。星の隙間に空が見える。という感じでした。東京もこれくらい見えればなー。
ビール飲んで就寝。
翌朝、まだ陽が昇っていませんが起きていそいそと支度し、レンタカーでモアイを目指します。
再び15体のトンガリキまで飛ばしました。
朝焼けのモアイ。
いやホント神秘的。
陽が昇りました。太陽を冠に。ホント興味深いですねモアイ。これがナニモノなのか、謎のままだから遺跡は面白いのですよね。
「また来てね~」と言ってるかのよう。2024の今、見返してもモアイの写真にはホッコリします。
太平洋の孤島、ラパ・ヌイでした。サンティアゴへ戻ります。