昨日は大阪へ行き、某音楽会社にクリエイターの学生を連れて訪問
そこで90年代J-POPを席巻した伝説のプロデューサーにお会いした。
1980年代後半から知名度をあげ、某有名アニメのテーマソングがミリオンセラー。
1990年代前半ではXXXXX系と総称されてチャートのトップは全て独占状態だった。
メディアに出ることはなく、インターネット上の画像も間違いだらけのまさに伝説のプロデューサー。
僕は社長室へ通され、その方にお会いして名刺交換したときに震えが止まらなかった。
プロデューサーから本当に貴重な話や秘蔵デモテープなど聞かせて頂き、
学生もこの原曲はもちろん僕でも知っていますよ!!と興奮状態。
プロデューサーからの言葉を僕的にまとめると。
「曲を書くのはむしろ素人のほうが良い」
「例えば、アナウンサーになりたかったら東京に住んで地方の訛りを消さなければならない」
「生粋の東京人というのはアナウンサーになるのに良い」
「素人というのはヒット曲しか聞いたことがないので、あたまに不純物がないヒットするメロディーしかないのだ。」
「人間というのはインプットしたものを自分の中で加工してアウトプットしていて、ヒット曲ばかり聽いている所謂普通の人のほうがヒット曲をかく素質がある。」
全てを言葉どおりに書き写せてはいないのですが、この言葉に衝撃でした。
しかも、これは言葉だけでなく。
普通に事務員として面接しにきた女性にカラオケが大好きで何百曲でも歌えるという特技を生かして曲を書くようにアドバイス。
当然、楽器も何も弾けないのだが、指一本でピアノで音を出しながらデモテープを録音。
ときにテンション感たっぷりのピアノの音程が出ていたりとピアノは全く素人だとわかる。
しかし、そこで歌われているなんちゃって英詞のメロディは、あの名曲!!!!
なんと素人で楽器も弾けない女性がプロデューサーのもとで作曲家として育っていた。
その方はその後ピアノは2音になり、メトロノームはなっていたけど、シンプルなデモテープだけど、そこにあの名曲のメロディがある。
プロデューサーはピアノなんて2音でいいんだよ。
歌があって、ベースがあればピアノ2音でも和音になるじゃん。
今の子達はデモテープに凝りすぎ。
むしろシンプルなもののほうが良いんだ。
その素人さんだった女性は楽器を弾けないのに、のちにこの会社のメインソングライターとなる。
また、別の超ヒット曲のデモも聞かせてもらったが、フェルナンデスのぞうさんギターと歌をカセットで一発撮り。
言い方は悪いが、たくさんのデモ・テープを聽いた感想は、あっこんなもんでいいんだ。
と僕は自信がついたのだ。
ただ、そのプロデューサーはやはり伝説だけあって、デモテープの段階をおいながら、この状態だとサビにインパクトないので、作り変えさせて、そして次はこれだけど...というように明確に売れるためのジャッジをなされる方だと。
そして、大胆にもすでに売れているXXXさんのように作れと指示してねと笑いながらおっしゃった。
なるほど、たしかに当時のXXXXX系は先発の売れたアーティスト風のアーティストも多かった。
この方法が全て良いということをここで発表しているわけではないし、売れる音楽を作ることだけが全てはない。
しかし、僕は48歳にして大きく目が覚めたんだ。
学校でのこのように教えないと行けないなと。
曲を作ることが昨今は=でDTMとかDAWというコンピューターを使って、CDで聞こえるような状態を作ることとされている。
そうではなくて、純粋にピアノで指1本で弾きながら、出来る子は3和音で十分なので、メロディーを創造させないといけないなと。
それもiPhoneの録音機能に吹き込めばいいだけじゃんと。
どうしても学校では一人でコンプリートさせられるようになることが良いとされる文化がある。
しかし、本来は不足を補うためにミュージシャンの仲間やボーカリストやエンジニアがいるのだ。
僕は伝説のプロデューサーから学んだことは、人と人をつなげるプロでありたいということ。
そして、色々と思い悩むよりもトップと会話することが一番の近道だと。
同席した学生にとっては、自分の生まれる前のムーブメントだったかもしれないが、この日本においてあのムーブメントを超えることは今だにない。
そして、日本のモータウンと言われたある会社の内部を視察し、なるほど!!
たしかにモータウンレコードのようだ。
地下で新人バンドが練習し、階上ではあるベテランがレコーディングをしている。
ここで勉強したことはすぐに学生に伝えたいと思う。
本当に素晴らしい経験だった。
角島から下関まで走りました。
それから大分へ高速で移動。
僕のバイクはとにかくガソリンタンクが小さいので、高速は恐怖でしかありません。
とくにガソリンスタンドがあるかどうか。
また夜になると閉店されるとやばいということがあります。
次男坊が大分の中津で一泊するとのことで、そこまで奥さんと動向しました。
中津で焼肉でピース!
この時点で9時過ぎていました。
高速で広島に帰るという案もありましたが、食事が終わってから高速となると、ガソリンスタンドの距離的には大丈夫だと思ったのですが、22時閉店だったりのPAがあったので、僕のバイクと予備タンクではやばい可能性が出てきました。
それと同時にチョッパーでこの夜に走るのはかなりリスキーだと感じました。
そこで、中津からさらに大分市方面(広島とは逆)へ1時間ほど走り、竹田津港へ行き、最終便23:40のスオーナダフェリーに乗るプランへ変更です。
次男坊はネカフェで一泊して一人旅するとのことで、お別れです。
僕だと全部ビジネスホテルに泊まるでしょうが、若いのだからローコストの旅も楽しいと思います。
中津からフェリー乗り場までの1時間のツーリングも夜遅いので、不安しかありません。
しかも寒い。
バイクで寒いというのはかなりきついです。
なんとかフェリー乗り場につきましたが、タンクはカラカラです。
ガススタはなく、埠頭で予備タンク3リットルとボトル1.5リットルから4リットル分を入れて満タンで乗船。
この時間だと、バイクは僕達だけ。後トラック3台に乗用車2台くらい。
もちろん徒歩のお客様はこの時間帯だといません。
バイク込で5500円くらいだったと思います。
こんな感じでワープです。
実際には2時間掛かります。
いや〜かなり助かったです。
体中が筋肉痛です。
リジットのチョッパーで500km以上走るのは48才にはきつい。
ただね
きついから面白いのです。
快適を求めるならば車で入ればいい。
バイクなんて所詮キツイ乗り物ですから、チョッパーで走ることが楽しいのですね。
徳山(山口)についたのは2時です。
かなり熟睡してから起きて、モーローとした状態で約70kmかけて高速を走りました。
ま〜夜中の高速走行は地獄です。
寒い
寒い
こういう時にルックスを気にせずに防寒パンツともう一枚防寒ジャケット持ってきておくべきだったと思います。
寒い時はヘルメットの中でとにかく叫んでいました。
というのも黙っていると歯を食いしばりすぎて、アゴが痛くなる。
モーローとしてくるので、歌を歌ったり、叫んだりしてとにかく寒いという意識を別の場所にもっていくしかない。
寒いという神経をどうやったら、別の意識に持っていって、寒さを忘れられるかという実験。
八甲田山で遭難した人達はこんなもんじゃなかっただろう。
雪山で遭難したときの辛さはこんなもんではないだろうと色々と想像して走りました。
1時間でも地獄だったので、大分から走ったと思うと恐怖ですね。
ハーレーで風防がフル装備のウルトラがいいな〜とか思いながら走りました😂
そんなこんなで3時には到着。
XS650チョッパーもよく走ってくれました。
今回故障したのは左前ウインカーが切れた。
ETC車載器が壊れた
そんくらいです。
ただこのハンドルバーはきついと思いました。
このタレ角度は手の握力が死んでくるとアクセルを回しておくことが困難になります。
後半戦ではアクセルを開けておくのが苦痛になって奥さんのボルティにだいぶ先を越されました。
これは次回の帰省時にハンドルをノーマルポジションに変更しようと思っています。
そして芯から冷えた体というのは、電気毛布の布団にはいっても体の冷気で布団が冷たくなってなかなか体が温まらないなと感じました。
ただ、布団で横になる幸せというのが格別です。
バイクの旅の良いことは、生還したときの幸せ感というのか、生きている喜びを感じれます。
バイクになぜ乗るのかというと、非現実感から生きていることの感謝や普通に寝られることの感謝。風呂が死ぬほど気持ち良いという感謝とか、普通な日々に感謝出来ることです。
次男坊は今春から早稲田大学へ進学します。
高校の卒業旅行でバイクで九州を一週する。
恐らく、きついと思うこと、帰りたいと思うこともあるでしょう。
僕も初めてのヨーロッパ11カ国をディープ・パープルのグレン・ヒューズとジョー・リン・ターナーと回った時。
初日のスウェーデンですでに日本に帰りたくなりました。
ツアー中はその感動もありましたが、日本語が通じるところで普通に行きていくことがなんて幸せと思いました。
旅というのは、終わって何年かしてから、その意味とか思い出が染み出してきます。
次男坊にとって、このバイクの旅は大きな財産になるでしょう。
バイクの車格や排気量なんて関係なく、それで何を成し遂げるかでしょう。
そして250ccで走り回った経験を持って、大型バイクに乗ったときに、さらに背中に翼が生えたような感動を味わえます。
彼がどんな思い出を語ってくれるかが楽しみです。
ということで、僕と奥さんが同行した初日のレポートは終わります。
秋吉台のカルスト台地をあとにして弁天池へ
YouTubeに走行写真ちょっとあります。
弁天池は不思議なエメラルドグリーン
ミネラルの影響とか? 詳しくはわからないそうです。
福岡で結婚当時は妊娠した奥さんをハーレーダビッドソンのヘリテイジにタンデムで走り回ったものですが、今では奥さんが先導してはしる。
ん〜すごい。
ここで予備タンクから補充
僕のXS650チョッパーのタンクは4リットルなんで、約75〜80kmくらいしか走れません。
そこで、1.5リットルの予備ボトルと3リットルの予備タンクを積んで走りました。
ここから角島へ
角島最高!!!
次男の初のツーリングで最高そうだ
僕のXS650チョッパーは650ccではあるけど、正直250ccの奥さんと次男のボルティのほうが走るのは楽そうだわ。
僕のはリジットなので腰が砕けそう。
燃費も悪いしタンク容量ないので、常にスマホでガススタまでの距離を測定してから走り出す。
ただ、今どきのノーメンテナンスのバイクに比べると達成感とか征服感というのはチョッパーの楽しさ。
タンク容量が気になるから、走行工程をしっかり研究するし、エコ運転を心がけようと思うし。
チョッパーだから、健康にも気をつけるし、走行前点検も前日に一日しっかり使う。
不便がドラマを生み、会話も生むのだよね。
続く