パーカスジャム
打楽器、もっとも原始的で情熱的な楽器。
それでいて、身の回りのもの何でもが打楽器になり得る。
例えば、石。
木。
金属。
陶器。
自分自身の体。
とにかくたたけば音がなるもの何でもが打楽器だ。
初めて楽器を本格的に始めたのが14歳の春で、その後ずっとベースがメインにさわる楽器だった。
だけど、遊びでドラムをさわったのがきっかけで打楽器の面白さを知った。
最近ではダンボール箱や、靴で地面をタップダンスのようにアタックしたり、端材同士を叩くなど、音のなるものを片っ端から叩いている。
この感覚は本能的にかなり興奮してくる。
多くの民族でドラムが演奏されているように、打楽器は生活の中でなくてはならないものだろう。
もっと打楽器を演奏して、自分の体の一部であるような感覚を得られるようになったらどんなに楽しく、気持ちのいいものだろう。
想像するだけでワクワクしてくる。
またしても岐阜
今週2回目の岐阜行き。
前回は音楽イベントに行ったのだけど、
今回は仕事。
つまり、木を仕入れに行ってきた。
昨晩は夜10時に就寝、深夜2時半起床。
熟睡から目覚ましの音で一気に起こされた。
半覚醒状態で、なぜこの真っ暗な夜に起きなければいけないのか理由を探す。
ああ、木を買いに行くんだった。と我に返り出発する。
先月に来たときよりも良い木が多く、かなり興奮した。
先月は自分自身の仕事がなかったので、ランダムに木を買った。
そして反省することも多かった。
今月は何に使うかが明確なので、狙いを定めた木を迷わず競り落とした。
ここは木を競り落とすシステムなので、自分の目利きと勘と運が重要だ。
あと2000円だせば良い木が競り落とせるのに、
それをケチったばかりに他の人に競り落とされることもある。
わからないことはその辺にいるオッサンをつかまえて聞いたり、
材木商の社長のアツいトークを聞いたり、
轆轤師と話をしたり、
早朝からよいどれのオッサンを見て笑ったり、
退屈しない。
今回手に入れた木は、タモ、ナラ、クリ、ウォルナットの4種類。
どれも家具作りに適した木ばかりで、それでいて美しい。
これらの木をどういうふうに加工していくか考えるのが楽しい。
あ、眠気がおそってきた。
岐阜トリップ
最後の秋晴れ、もしくは冬快晴の休日にバンドのメンバー達と岐阜へ。
目的はとある音楽イベントだけど、いろいろと寄り道をしながら行った。
ずっと行きたかった養老天命反転地へ。
養老天命反転地。
昔この看板を見たときはカルト系宗教施設か何かだと思い込んでいたけど、
巨大建築物であることを知ったのはけっこう最近だった。
隙間はすべて通路になっている。
みんなで面白がって助走をつけて登っていた。
警備員のオッサンがやってきて、
「ピ!ピ!ピー!!」と笛を吹き、
「ダメだよー」
そして、「おじさん(いちいち注意するの)疲れるからー」
「おじさん疲れるからー」・・・
出た!魂の叫び。
ていうか、それがあなたの仕事でしょ。
すり鉢状になっている。
なんだか不思議な空間で歩いていると酔ってくる。
この天命反転地はすべてがぐにゃぐにゃとしている。
遠くに岐阜の街が見渡せた。
天気は最高。
ちなみにこのテーマパークのサブタイトルは、
「心のテーマパーク」だった。
もう一回行きたいな。
こころわざからだ
1週間のうちで、仕事・バンド・クライミングが主だった活動だけど、
そのすべてがおもしろい。
仕事は一日中、考えをめぐらせている。
技術的なこと、アイデア、作品、経営方針、今後の計画、道具、などなど。
ぐちゃぐちゃのパズルみたいなもんだ。
バンドは純粋に楽しい。ハイになれる。
思いのままにリズムを叩き、ひとつのグルーヴを生み出す。
パーカッションは叩く行為により内なるものを放出する道具となりえる。
「創作=排出」だ。
クライミングは体をフルに使い手足を自在に動かして重力に逆らう。
必要なのは集中と力の使い方だ。
自分の肉体を最大限に使用する。
心・技・体というものがあるなら、
上の3つすべてに共通しているけど、
これをあえて大きな枠で分けるなら、
心はバンド。
技は仕事。
体はクライミング。
つまり、心技体の中にある心技体というわけで、
けっこうバランスがとれてるのかな、と思ってみたりする。
だけど、だけど、すべてが最近密になってきているのでかなりの体力気力を要する。
新たな岐路にさしかかろうとしているのだろうか。
明日は設計図を持って仕事の打ち合わせ。
これがひとつの形になったとき、新しいステージに立てるだろう。
とりあえず一歩づつだ。




