回顧録「いつか見た映画 1991」1『愛と哀しみの旅路』 | やりすぎ限界映画入門

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ダイナマイト・ボンバー・ギャル @ パスタ功次郎

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■『愛と哀しみの旅路』
やりすぎ限界映画:☆☆☆☆★★★[95]

1990年/アメリカ映画/133分
監督:アラン・パーカー
出演:デニス・クエイド/タムリン・トミタ/サブ・シモノー/シズコ・ホシ/スタン・エギ/ロナルド・ヤマモト/アケミ・ニシノ/コルム・ミーニイ

■1991年 劇場公開作品 1本目「今日見た映画」回顧録

■第2稿 2020年 2月10日 版

祖父祖母の時代の日本の歴史を、僕は殆ど映画から知ってきた。この時21歳だった僕は、『愛と哀しみの旅路』を映画館で観て強烈な衝撃を受けた。恐るべき “極限ダイナマイト・ボンバー・ギャル” 「タムリン・トミタ」が見たくて観に行っただけだったが、人生を左右する「生涯の映画」となった。『愛と哀しみの旅路』は、僕が「外国の視点から見た日本」を強烈に意識するようになった映画の1本。アメリカ映画に響く『雨に咲く花』「極限の美」の衝撃が、今も記憶から消えない。

僕の「21歳」は「青春」ではない「黒冬」を生きた時期。「鶏」くらいの脳みそで「恋愛」に悩み「孤独」に苦しんだ。

『愛と哀しみの旅路』のような「幸せ」に、「死ぬほど」、「俺もこうなりたい」と、もの凄く憧れた。「タムリン・トミタ」と「デニス・クエイド」のようになりたかった。この頃の映画を観るとその「苦しみ」を思い出す。

「新宿武蔵野館」に観に行った「衝撃」の記憶が消えない。もはや今「証拠」がないが、『愛と哀しみの旅路』は当時「文部省特選」映画で、そのせいか劇中の「日本語」部分が全部ではないが、一部「吹き替え」で上映されてた。僕は初めて見たので「流暢な日本語」に引き込まれ「号泣」してしまった記憶がある。アメリカの中で「日本語」がどれほど「輝いて聞こえる」かを強烈に思い知ったからだ。

だが当時「DVD」ではなく「LD」だった時代、発売が待ち遠しく「すぐ」買って見ると、その時受けた、落ち込むほどの「ショック」「衝撃」を今も忘れない。

「オリジナル音源」、つまり「日本以外」の国で公開されたバージョンの音声に、「何を言ってるかわからない日本語」の部分がかなりあった。感動が「半減」したほど驚愕したのを今でも覚えてるくらい。誰が日本公開時に「吹き替え」を行ったか、今となって知る術はないが、ものすごくいい映画なのに「日本語」が「あまりに酷かったから」か、「日本公開版」が「オリジナル音源」ではない、「吹き替え」だった「真実」をその時思い知った。「流暢な日本語」が、アメリカの中で「輝いて聞こえる」から「号泣」したのに、「何を言ってるかわからない日本語」のショックに涙が出た。

「感動」のため、「極限のくそリアリズム」がどれほど大切かを、この頃から肌で感じ始めたのだと思う。




■[Previous]
「いつか見た映画 1991」1『愛と哀しみの旅路』
「いつか見た映画 1991」2『あの夏、いちばん静かな海。』
「いつか見た映画 1991」3『イン・ベッド・ウィズ・マ…』
「いつか見た映画 1991」4『いますぐ抱きしめたい』
「いつか見た映画 1991」5『髪結いの亭主』
「いつか見た映画 1991」6『ゴッドファーザー PARTⅢ』
「いつか見た映画 1991」7『シザーハンズ』
「いつか見た映画 1991」8『ダークマン』
「いつか見た映画 1991」9『ターミネーター2』
「いつか見た映画 1991」10『ダンス・ウィズ・ウルブズ』
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1991年 第7回 やりすぎ限界映画祭
1991年 第7回 受賞一覧

画像 2018年 8月