悟りへの道 -8ページ目

悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

窓の外を眺めていると、

 

木々、草、花々🌷、風、太陽の光、

それぞれの生活をする小さい虫たち、

 

存在する建物、物たち。

 

 

 

 

 

 

”自分”も同じではないかなと思った。

 

草木、虫、風、物と同じ。

 

 

 

 

 

 

たいそうなモノのように感じている「人」という存在。

 

”自分”という視点でみているから、

その”自分”が木々や風を見ているように思っている。

 

さらに、あわよくば、

地球の中心的支配者のような気持ちになっている

「人」という存在。

 

 

 

 

 

 

本当は、

木が揺れるように、

虫が動くように、

 

自然の一部として、

「人」が動いているだけなのではないか。

 

 

 

 

 

 

”自分”だと思っている A という視点から離れ、

 

大いなる B という引いた意識の視点で見たら、

 

そうとしか見えないように思った。

 

 

 

 

 

 

まわりの存在達と同じ心境になって、

足しもせず、引きもせず、自然と一緒に、

 

静かな心でただただ在るへ。

 

 

 

 

 

 

肩の力をぬいて、楽しくとらえ、笑顔でまたいきましょう。

 

 

 

 

 

ありがとうありがとうありがとう。

感謝の心で幸せを祈ります。

奇跡記録: ありがたいことの記録

 

●業者さんに不備について問い合わせできた

・いつもは我慢してしまうが、聞くべきことを確認できた

・先方なりの配慮と、先方の説明不足の両面があることがわかった

→ やはり、確認の神が味方してくれているなぁ

 

●午後から疲れてきたことに気付けた

→ 体を休ませるためにお知らせがもらえて、

  お知らせの神に味方されているなぁ

 

ありがとう。

万人万物に感謝し、幸せを願います🍀

ありがとうございます。




ふとOL時代のことを思い出した。
 

仕事は前向きに取り組み、

工夫も心掛け充実していたので、

 

それでよしとすればよかったのだが、


今のような視点がもてていなかったため、
周りに不満をもってしまっていた。

 

頭の中で、不満思考がよくでていた。






・〇〇さんは、こうすべきなのでは
・どうして△△なんだ、違うのでは






自分の常識で測り、
理想像を期待し心の中で評価、

相手の立場は分からないのに狭い視点で見る、

まさに、

 

モノサシ、欲、無知だったなぁ。

 

 

 

 

 

 

まさにそれらは「苦」の原因なので、

結局、自分が苦しくなる。

 

 

 

 

 

 

そして、いつも出てくる思考があった。

 

「でも、自分合っているよね。

 でも、自分の方が正しいよね。」

 

モノサシ=自分は正しい、をさらに発動。









今思えば、

モノサシ、欲、無知に気を付けるべきだったのだが、

 

当時は悟りにも一切の縁がない時期だった。

 

 

 

さらに進めて考えれば、


「評価、判断、しかるべき対処」


これらをするのは
上司(マネージャー)達の仕事だったのだと思う。







それは、
今の生活でも同じだと思った。

今は、

モノサシ、欲、無知、

に気づけすぐ自粛できるが、





こうすべきだ、
あれはおかしい、

と思うことがあっても、

しかるべき対処をするのは


大いなる存在(神、社会)なのではないかと。







自分は、

 

 

自分のすべきことをする。

感謝中心に、明るく考え、楽しんで生活する。

己で改善できる点は、改める。

他人は感謝の対象であり、
学びをいただけ、
慈愛の心をもち、
協力していく対象。

それと並行し、社会がよくなることも心がける。









あくまで何かの

判断は神・社会におまかせ。🍀

 


そうすれば、「苦」もなくなりますよね♪







ありがとうございました。
明日も全ての人・生命・モノがさらに幸せでありますようニコニコ






 

 

 

ありがとうございます🍀

 

 

350万回再生のあるYoutubeの動画。
発達障害の青年のあるお話。

https://www.youtube.com/shorts/agRjB98z2z0








学生の時、こんなことが大事と言われてきたような気がする。


●人と競争して勝つ
●知識が多いがよい

(大人になったら、お金が多い、地位が高いなど)
●または人並みであるべきだ
(学校に行く、働ける、友がいる、

 結婚できる、子供がいるなど)








ようするに、

 

自分さえ上にいればよい。

他人は比較し、勝つ対象。
人並みなら、特に社会のことは考えなくていい。







動画の彼は、

勝ってもいない
高くもない
人並みでもない。


しかし、彼に心動かされた人は多く、多量の再生数。








最近、”私”が思っている大事だと思うこと。

●自分の心を整えを律し成長させる。
●他者は感謝、慈愛、学び、力を合わせる対象。
●社会は、全体への貢献を考え、微力でもよくしていく場。









彼は、小さいサークル内だが、

これをしているような気がした。

できる内職を1年頑張った。

お世話になっている両親へ感謝を表したく、食事をプレゼント。

また続けることで、仕事としての社会貢献あり。









子供も小さいサークル内でこれをしている。

サークルの大きさにかかわらず、えらい、と言われるだろう。

 

 

大人だと「人並みに」というくくりを付けられがちだが、

大人でも1人1人、今の広げられるサークルは千差万別。

 

できるサークル内で、

これをしたら人として立派なのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

己のサークルの見極めが逆に

生きやすくするためのポイントという気がした。

 

 

 

 





万物万人に感謝し幸せを祈り、社会が1つよくなりますように。
 

ありがとうございます。

 

●最近の学び: まとめ● 

毎日心をクリアーに、毎日心掃除

 

 

モノサシ、欲、無知に気を付ける。

無感情でいいので数多く、ありがとうと言う習慣。
明るく楽しくとらえる習慣。
愚痴、泣き言、文句、悪口など言わない習慣。
(外部、および、心の中の独り言の愚痴にも注意する)

環境をキレイにする習慣。(清掃、トイレ掃除など)
得るより、手放しシンプルにする習慣。(断捨離)
”自分”も大切にする習慣。(1つ己のために実行  例:散歩)


思考を見張る。
今にある。

自分をなくし、全体と一致させる。

掃除したかのように、心がクリアーか確認する。

姿勢、歩き方、深呼吸、瞑想、楽しくする動作(マツケンサンバ)、

なども補助として、平安や楽しい気持ちにしていく習慣。

もっともっと、効率よく、得か、重要か否か、

あせり、しなくては、などに重点をおかず、
1つ1つの仕事を大切な仕事と思い丁寧に行い、完結させる習慣。
 

 

紙に書く。

習慣のほうを変える。(例: やせたいより、毎日10分歩く習慣)



悟りについて学び、平安な心で生活し、

その上で、人にも感謝の視点と幸福を祈り、

社会全体への幸せの貢献も考えられることが
今のところ大事だと思う”人”としての在り方。

 

 

仕事面:

実行だけでなく、準備、片付けも含めて仕事。

疲れたぁと思った時に心に雑草が生え始めているので、

1つでいい、いたわりながら必要なことは片づける習慣。

 

 

 

ありがとうありがとうありがとう。

”自分”およびすべての生命・万物が幸にあふれていますように🍀

前回、

愚痴、泣き言、文句、悪口等々のことを

口にしないことが大切、

 

と高橋信次さんの本より学んだと書いた。

 

 

 

 

 

自分はしていない、

この課題はクリアーしている、

 

と思っていた。

 

実際、他人へ基本言わない。(たぶん)

 

 

 

 

 

 

しかし、

言っていたのに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

それも、朝起きてすぐ。

 

今日、気が付いた。

 

起床後、1分以内ぐらいに、

下記の愚痴らの「思考」が、3つはでていた。

 

・今日はあの2時間かかる仕事をしないといけない。

 「あーめんどくさいなぁ~」 愚痴

 

・あれ、これ、それ、終わらせても、また次の未経験の課題がきていて

 「もう出来ないよ。無理だよ。」 泣き言

 

・「どうして私一人で

 こんな大役をしないといけないなんて…」 文句、泣き言

 

頭の中で、自分に愚痴・泣き言、を聞かせていた。

 

 

 

 

 

最近、常に「ありがとう」と口に出すことで

 

「思考」を見れていない自分を感じており、

少しごまかしているかなぁ、と思っていたが、

 

やはり、そうであった。

 

 

 

 

 

 

目に見える環境は最近すっきりさせる習慣がついてきたが、(A)

 

心の中の環境もすっきり断捨離したように、

クリアーにきれいにすることも

習慣にしたいと思った。

 

今日時点で考えられたことは(B)。

 

 

 

 

(A)

・ありがとう、と数口に出す習慣

 

・環境をキレイにする(トイレ掃除、断捨離など)習慣

 

・明るく楽しく物事考える習慣

 例)嫌なことがあったら北島三郎の曲「まつり」を頭に流す

   by 櫻庭露樹さん

 

 

 

(B)

・真我の自分でいながら、思考を見張る

 

・今にある

 

・自分をなくす、全体を自分とする

 

・数とか、効率とか、大きな仕事かどうかにばかり

 重点をおかず、

 1つ1つの仕事を大事な仕事と思い丁寧に行う、完結させる

 

・自分のためにことを1つは行う、自分を大事にする

 

・周囲への慈愛と幸福を祈り、

 社会を幸せにすることは?と思い1つ小さくてもいい実行してみる

 身の回りをキレイにするでも、世のため1つ祈るだけでも善行を行う

 

 

 

 

 

 

ありがとうありがとうありがとう。

万人万物の平安と幸せを祈ります🍀

 

 

 

小林正観さんが、

将来を当てられたという

「高橋信次」さんの本を読んでみた。

ご本人曰く、ブッダの生まれ変わりだという。

どんなことを書かれているのだろうと
図書館で数冊借りた。

 

 

 

 

 

『心の発見』

『心の指針』

『人間 釈迦』

等、普通のタイトルの本を出している方なのだが、



そのうちの一冊の『悪霊Ⅰ』。



少しコワいタイトルだが、

Amazonのレビューが良かったし、


内容の真意はいたってまともで、
合点がいくことが多く書かれたいた。

 

悪霊 1 高橋信次 悪霊Ⅰ












「ありがとう」と言う大切さを理解し、

最近、実践していたが、

今回、


「愚痴、泣き言、文句、悪口…」等が
何故いけないか、 が知れた気がする。


 

タイトルと霊という捉え方に

抵抗がなく、興味ある方だけ、

先まで読んでほしい。






本は、相談事例の紹介がメインだったが、

例えば、親子3代にわたる変死がある家庭の嫁の相談。
・夫:  急な交通事故にて死亡。
・義父: 政治家。喧嘩中、池に落ち打ち所悪く死亡。
・義祖父:名士。女教祖狂いと女好きの末、自死。
・息子: 障害児。






この例をはじめ、各事例に対して、ほぼ下記のように書かれていた。

●必ず原因がある。

 自らは当然、家族も、全員、悪心で生活しているはず。
●原因は、つきつめれば「心のあり方」。
●怒り、嫉妬、愚痴、妬み、ひがみ、憎しみ、そしり、
 見栄はり、嘘をつく、他人を見下す、自分は不幸だと思う、
 不信感、恨みの心、あせりの心等で
 心をいっぱいにして生きてはいけない。
●そうしていると、悪霊と通じやすくなる道が出来てしまう。
●自分の心が結局、地獄霊を引き寄せている。
●そうした心のままで、他に(宗教など)救いを求めはいけない。
●正しい心(明るく、良い面を考える)で、
 正しい行い(八正道)をする、
 つまり、なすべきことをしていくことが大切。
●執着し心が不調和になることが問題、
 反対に、自分以外への慈悲の心、愛の心に満たされると
 とらわれのない明るく自由な心となる(家庭となる)。








そして、相談者の皆さんが言う言葉や行動に共通点を感じた。

▲「自分は今日まで一生懸命働いて、子供を育ててきた。」
▲「何も悪いことをしていないのに、なぜでしょう?」

▲「子供に不自由させてこなかったのに・・・」
▲自己煩悩のまま、感情の赴くまま、自己本位、己の考えに執着
▲見た目とはうらはらに、実家庭に温かい心の交流がない
▲人としてどうあるべきか、正しい基準が家庭にない
▲家族全員が何かしらの負の心でいっぱい、我慢も負の心
 (我慢は×、忍辱(にんにく)は〇)
 (忍辱:あらゆる困難に対して心を動かさないこと)
▲家庭での対話不足

※実際、ノイローゼ、精神病者の多くは、
 こうした環境の中で育ち、成長してきたことが多いという。







なかなか実践には年数が必要だとは思う。

 

大事な点は、やはり、心の在り方なのだ

 

その実践ができる習慣がつく「縁」があると

さらにいいのでは?と思った。


いいということは分かっても、

なかなか続かない、

実践できないところに難があると思うので。


でも、一方で、

ここで改心できるかどうかも、

 

どうしようもない縁によって決まっているような気もした。

 

 






数ページ読むつもりが、
結局、読むのが止まらなくなってしまった。

また読み返してみたいと思う本だった。


明るく物事をみたり解釈する習慣、
感謝する視点をもつ習慣、
愚痴、泣き言等は言わない習慣、

行動で実践する習慣(断捨離、掃除、言葉を発するなど)、

つねに、心を清々しく、明るく、さっぱりとしておくこと。

 

”私”には、そんな風な思いを強められる

この本との縁だった気がする。







ありがとうありがとうありがとう。チューリップ
万人万物に感謝し、心の平安と幸せを今日も祈ります🍀






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”私”が思っている「苦」の原因。

・モノサシ
・欲
・無知


最近、
逆に「幸せ」とは何だろう? と思った。







一般的に「幸せ」とは、

・何か、望ましいこと・状態を得ること
・何か、避けたいことが手離れたこと
・何かと比較し恵まれていること


と考えられているように思う。


つまり、
「何かを得たり、思い通りになっている」

ことだろうか。






「得る」
「思い通り」

は欲なので、

これを「幸せ」の基準にしてしまうと、

結局「苦」の原因になってしまうと思った。







こんなことが大事なのではないかと思った。


●人生多くは思い通りになることはない、と思い
 その上でどんな状態でも
 楽しく人生をとらえる習慣をつける。


●「得る」数よりも、
 「得ている」数のほうが、何兆倍も多い。
 「得ている」ことに目を向け、
 ”ありがたいなぁ”と思える習慣をつける。

避けたいような思い通りにならないことについても、
 良いようにとらえる習慣をつける。






例えば、
・困難も、成長して次の段階にいける、ととらえる
・壁にも、できる!何のこれしき!、と口癖にする
・無感情でいいので「ありがとう」と常に唱える
・雨: × 洗濯物が乾かない 〇 家事休みができる♪
・晴れ:× 暑くて嫌になる  〇 洗濯物がよく乾く♪

・徳川家康、ナポレオン、だって経験できなかった↓

 ボタン1つで、ご飯が炊ける ありがたい

 エアコンで冷暖房の中過ごせる ありがたい

 簡単に遠距離の人と話せる ありがたい
 指を動かせば翌日品が家に届く ありがたい

    飛脚や馬でなく、庶民なのに自分用の車がある ありがたい

 指をひねれば水がすぐ得られる ありがたい




つまり、

●幸せとは、何かを得たり、思いどりになる、と定義しない。

「人生を楽しく喜ばしくとらえる」習慣、
 「ある」ものに目を向け感謝思考になる習慣、が大切。


 何かを得なくても、今、誰しも、幸せになれる。

 その習慣を身に着けること自体なかなか難しいので、
 「ありがとう」という、断捨離、トイレ掃除など

 代替え行為から始める。

●物、家族、時間、金銭、地位、承認等、

 得ることもいいのだが、

 これを絶対的な良し悪しの「良し」と

 考えてしまうことに気を付ける。

 これら「得る」ものについては、以下を心しておく。

 ・諸行無常 

   (永続性がないことを承知する、移り変わる)
 ・経験に赴きを置く 

   (それを得た”経験”からの学びがあればよし)
 ・全体への貢献の1つと己を思う

  何かを得て突出する、優位になる、ことでなく、
  全体の1つとして、

  己なりに輝くことで

  それが全体へ貢献となり、それこそが大切だと心する





ありがとうありがとうありがとう。
すべての生命とモノに感謝し、幸せを祈ります🍀





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇跡記録: ありがたいことの記録

 

●業者さんに色々伺いながら無事修繕をしてもらえた

→人に恵まれている強運の神がつている

 

●買い物に行けた

→歩く体力と時間がある健康と時間の神がついている

 

●人からよい学びをうけられた

→学ぶ時間と関わる気力がある時間と気力の神がついている

 

ありがとうございました!

万人万物社会の幸せを祈ります🍀

奇跡記録: ありがたいこと

 

●散歩、トイレ掃除、断捨離(掃除道具)できた

→する時間がとれるとは、時間づくりの天才か、

 時間の神が味方している

 

●音楽を聴きながら草取りできた

→徳川家康もできなかったことができている

 

●普通にトイレが毎日使える

→トイレの神に気に入られている

 

●生のブリをハーブ味で焼いたらおいしかった

→工夫の天才

 

ありがとうありがとうありがとう。

すべての万人万物の幸せを祈ります🍀