”私”が思っている「苦」の原因。
・モノサシ
・欲
・無知
最近、
逆に「幸せ」とは何だろう? と思った。
一般的に「幸せ」とは、
・何か、望ましいこと・状態を得ること
・何か、避けたいことが手離れたこと
・何かと比較し恵まれていること
と考えられているように思う。
つまり、
「何かを得たり、思い通りになっている」
ことだろうか。
「得る」
「思い通り」
は欲なので、
これを「幸せ」の基準にしてしまうと、
結局「苦」の原因になってしまうと思った。
こんなことが大事なのではないかと思った。
●人生多くは思い通りになることはない、と思い
その上でどんな状態でも
楽しく人生をとらえる習慣をつける。
●「得る」数よりも、
「得ている」数のほうが、何兆倍も多い。
「得ている」ことに目を向け、
”ありがたいなぁ”と思える習慣をつける。
●避けたいような思い通りにならないことについても、
良いようにとらえる習慣をつける。
例えば、
・困難も、成長して次の段階にいける、ととらえる
・壁にも、できる!何のこれしき!、と口癖にする
・無感情でいいので「ありがとう」と常に唱える
・雨: × 洗濯物が乾かない 〇 家事休みができる♪
・晴れ:× 暑くて嫌になる 〇 洗濯物がよく乾く♪
・徳川家康、ナポレオン、だって経験できなかった↓
ボタン1つで、ご飯が炊ける ありがたい
エアコンで冷暖房の中過ごせる ありがたい
簡単に遠距離の人と話せる ありがたい
指を動かせば翌日品が家に届く ありがたい
飛脚や馬でなく、庶民なのに自分用の車がある ありがたい
指をひねれば水がすぐ得られる ありがたい
つまり、
●幸せとは、何かを得たり、思いどりになる、と定義しない。
●「人生を楽しく喜ばしくとらえる」習慣、
「ある」ものに目を向け感謝思考になる習慣、が大切。
何かを得なくても、今、誰しも、幸せになれる。
その習慣を身に着けること自体なかなか難しいので、
「ありがとう」という、断捨離、トイレ掃除など
代替え行為から始める。
●物、家族、時間、金銭、地位、承認等、
得ることもいいのだが、
これを絶対的な良し悪しの「良し」と
考えてしまうことに気を付ける。
これら「得る」ものについては、以下を心しておく。
・諸行無常
(永続性がないことを承知する、移り変わる)
・経験に赴きを置く
(それを得た”経験”からの学びがあればよし)
・全体への貢献の1つと己を思う
何かを得て突出する、優位になる、ことでなく、
全体の1つとして、
己なりに輝くことで
それが全体へ貢献となり、それこそが大切だと心する
ありがとうありがとうありがとう。
すべての生命とモノに感謝し、幸せを祈ります🍀










