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悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

「北の達人」という会社の木下社長。

 

Youtubeを時々見ていた。

 

木下社長のビジネスの教えの中に

「ピッパの法則」

 

というものがある。

 

 

 

 

 

何かやるべきことが発生したら、

 

①今すぐする

 

②今できないなら、

 いつするかすぐきめ

 スケジュール表に記入する

 

といったもの。

 

 

 

 

 

教えた周りの人から、

「ピッパの法則でパフォーマンスがめちゃくちゃあがった」

 

とよく言われるそうで、

 

ご本人自身も

「5倍~10倍パフォーマンスがあがった。

 だれしも実践すれば、

 3倍ぐらいはパフォーマンス上がるはず。」

 

とのこと。

 

 

 

 

 

 

以前、

この動画を見て、

 

「ピッパの法則」の実践を

「ピッパ」とやらなかった”私” (笑)。

こういう当たり前のことがなかなかできない。

 

 

また気になって、

動画を見直して

 

①を実践しはじめた。

 

 

 

 

 

 

すると、

パフォーマンスが2倍ぐらい、になった気がする。

 

仕事が倍片付く感じ。

 

 

あれやらなきゃこれやらなきゃ、が

少なくなり、

 

ストレスも少し減ってきた。

 

 

 

 

 

 

最近、

色々と真理的なことに気づくのが楽しくて、

 

また、

本質が分かると

生きるのがぐっと「楽」になるので、

 

 

悟り的視点や

物事の本質を考える方に

 

すぐ頭を使いがちだった。

 

でも、

仕事が進みづらいなぁ、

すこし改善したいなぁ、と思っていた。

 

 

 

 

 

今後も

考える時間も一定時間もつとは思うが、

 

やはり、

 

実生活の中でも過ごしているので

 

こういうビジネス的コツ情報も適宜とりいれ、

 

バランスをとっていきたい。

 

また、焦らず、おちついてピッパとしていけたらと思う。

 

 

 

 

 

 

でも、考えてばかりが起こったら

それをとことんするのもいいとは思う。

 

ただ、今は

 

少しバランスとる、

が”私”に起こったから、そうしてみたい。

 

 

 

 

 

また、

「ピッパの法則」で、

 

頭の中を

 

「覚えること・気にすること」に使わず、

「判断すること・すっきりする」状態にしつつ、

 

  • そもそもその仕事自体する必要があるか、
  • 他で代用できないか、
  • 他の人にふれないか、
  • 今手をかければあとが自動で楽になっているか、

 

など、「常識」を疑うことは、忘れずにいたい。

 

 

 

 

 

 

 

まとめ:

●ピッパの法則で、パフォーマンスがあがる

●見方と実務的コツも取り入れ「楽」を複合的に得る

●パッと行動しつつも、焦らず、常識を疑う目はもつ

 

 

 

 

 

すべてに感謝。

万人万物のさらなる幸を祈ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

●動画:ピッパの法則↓

 

●動画:この動画も↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■先日、また気付いたことがあった。


人は、
ある大きな思い込みをしながら生活している
と思った。

それはなにか・・・?

「順調にすごせるはずだ」
というものだ。


 

 

 

例えば、朝起きて、

 

あれしてこれして、こんな感じと

ある程度のよい状態でその日を生活できる、と
勝手に思っている。

 

 

また少し長期的には、

例えば、

 

彼女、彼氏ができた学生さんは、

互いを思いやり幸せな日々がすごせる、
ぐらいに思っている。





■この「順調にすごせるはず」という
 

勝手な楽観的な思い込みが人にはある

 

と思った。


そして、

その思い込みが、
人の心を揺れさせると思った。






■こう思ったのは、
先日、小さいが思わぬトラブルが急に入り、

その日の仕事が順調にすすまなくなった。

 

そうはいってもたった30分~1時間、

対処に必要なだけだったのだが、

「こんな時に、勘弁して・・・」

という思考と感情がでた。

 

それを観察しつつ、
ざわつく心が見ながら処理していた。





■その時に、

あっ!、と気が付いた。


予定外のことを許せない(欲)
順調に進むべきだった(正しさ、期待)
順調に普通は進むはず(モノサシ、無知)



そんな想定が”自分”に

最初にあったことに気が付いた。






勝手に、あまりトラブルはないだろう、

普通はある程度順調にすごせるだろう、

 

”自分”に都合よく
楽観的に考えていただけじゃないか、

 

と思った。

 

 

 

 

 

■先の例の若いカップルだって、

 

勝手に彼女彼氏ができたら幸せなはず、

とよい想定だけを勝手に思っただけであり、


ヒドイこと言われたり、

浮気をされたり、
裏切られ、そして逆にこっぴどくフラれるかもしれない。


※ヒドイことを言われたり、とは

 実際ヒドイかどうかは

 自分の正しさからの判断、経験値、視野らにもよるが

 あえてそうかかせてもらいました。


現に、ほとんどのカップルは別れ、

結婚に至る確率は20%と言われている。

つまり5人とつきあって、

4人とはほぼ別れることになっている。






■人は、順調だったり普通に進むはずだと、
勝手な期待をしている。


しかし、

予定外のことが一定数必ず起こる。
(注意:悪いことが起こる予想をすべき、ではない。

    あくまで想定外、というだけ。)
 

その想定こそ、
スタンダードにする必要があると思った。






 

■こう書くと、自身の経験上、


想定外が2割ぐらいかな
と思いかけがちだと思うが、


それでは全く甘い見通しだと思う。


2割ではなく、
3割は最低起こる。
場合によっては、全体の7割起こる。



つまり、

3-7 割は必ず起こる。


そのくらいの想定が
本当は人生に必要なのではないかと思った。







■自分でもその想定にしたら

不測の事態が起こっても、

あぁ3割内だからと思えるようになった。

 


ちょうど人に相談され、

その話をしたら、

だいぶ納得してくれた。


「せっかくこうしたのに、
 こうこう、こんな状態になって不満を感じている。
 どうしたらいいと思う?」とのこと。


自分が正しい、と思っている視点の話もしつつも、

「こうしたら、
 こうなるはずだとよい結果だけ起こるぐらいに
 想像(想定)していなかった?

 

 もちろんリスク想定も人はせず、
 よいように進むと、

 勝手に人はそう思い(期待し)がちだけれど、


 3割~7割、想定外のことが起こるものだと
 そういう視点が人にないように思うんだ」


「・・・あぁ、そうだった。
 期待し良くなることしか考えていなかった。

 
 リスクも一切加味していなかった。
 その通りだった。」 とのこと。






■まとめ:

 

・人は勝手に、順調に過ごせる標準想定をしがち

・3-7割ぐらい不測はいつでもおこるを標準にする
・そうすると「心」が順調に過ごせる
・これも、モノサシ・欲・無知、の調整にみえる







すべてに感謝。
万人万物のさらなる幸を祈ります。

 

🐧🐧🐧 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 

前回のブログ関連の話。

 

先日、車に傷をつけてしまった。

思わぬ視点に気付く。

 

 

 

 

コツコツと断捨離し、

やっと不用品買取業者に買取に来てもらった。

(臨時収入あり)

 

なんと、

その日に、車を擦ってしまった。

 

 

 

 

 

自ら修理試み失敗、ディーラー訪問、

保険会社連絡、証拠写真等手続き、

修理会社検索依頼、レッカー移動、

修理が無事終わり返還される、などなど

 

手間と時間が、かかるかかる。

 

そして、

 

買取収入も修理代に消えた。

 

 

 

 

 

思わずでた。

 

●ツイていない!

●お金も時間も無駄になった・・・!

 

これら思考が

頭の中でグルグルしだした

 

 

 

 

 

 

そこで気が付いた。

 

出来事に

何か特定の視点を結びつけていることで

 

辛く思っているのだ!、と。

 

 

そして、

 

別の視点を結び付ければ、

辛くなくなるのではないか、と。

 

 

 

 

 

どんな視点を結び付けていたのか、

と考えてみた。

 

下記だったと気が付いた。

 

●お金や時間や効率化こそ、大事

 

●人生は順調に進むべき

 

●失敗=悪いこと

 

 

この3つは”自分”が

いつも結び付けがちな視点

だったと思う。

 

 

 

 

 

 

そのあと気付いたこと。

 

●そもそも買取業者のための車移動は、

 勝手に”自分”が気を使い申し出て行った

 それも無理して急いで移動し、擦ってしまった。

 

●自分そっちのけで、他人へ安心を提供しようと

 また、他人に配慮しすぎていた(他人軸

 

●他人のために無理して急ぐクセがあり、

 かつ、それが善と思っていた

 

 

 

 

 

新たな視点。

 

●無理して急いで車を擦ったものの

 対人でなかったし、小さな事故だった

●買取業者自体は真面目でいい人だった

●ディーラーの修理担当も熱心に対応してくれた

●保険屋さんもすぐに丁寧に対応してくれた

●修理屋さんもすぐに対応してくれ、

 予定よりずっと早く仕上げてくれた

●関係者すべてに通常以上の対応をしてもらっていた

●車修理関係の一連の方法が学べた

●断捨離は、不用品をもっていってもらい

 確実に進んだ

 

 

 

 

さらに、こんな風に思った。

 

●お金、時間、効率も大事だが、

 それだけで良し悪しを決めていた

 他にも大事なことは沢山ある

 

人生は順調にすすむものではない

 ただの希望的で楽観的なとらえ方だった

 予想外のことが人生には常に起こる、

 そういう想定ことあるべきだった

 

●失敗=悪でなく、

 失敗=人生の想定内であり

    それこそ成長の階段、と思う

 

 

 

 

 

車を擦ってしまったという出来事に

かつての視点でなく

 

新たな視点や気付きを結びつけたら、

 

自分のクセに気付け、

あらたな視点に気付け、

多くの学びがあった。

 

 

なんて

ラッキーな出来事

だったのだろうと思えた。

 

 

 

 

 

結び付ける視点を変えると、

こんなに味方が変わるのだ、

 

と思えた実体験だった。

 

 

 

 

 

 

”自分”用まとめ:

 

●人のために、無理して急ぐ己のクセがあった(他人軸)

 無理して急ぐ=善、だと思っていた

 過去の生存戦略だった他人優先にすることを

 やめるべく見張り、自分優先を試みていく

 

●人生は順調にすすむものではない

 日常はじめ、常に想定外があるのが普通とする

 4割、時に7-8割ぐらいはマイナスがあるぐらいに思っておく

 

●失敗=人生の想定内、それこそ成長の階段

 

●結び付ける視点を変えると、見え方が変わる

 

 

 

 

 

 

すべてに感謝。

 

万人万物のさらなる幸を祈ります🍀

 

 

 

 

 

 

先日、

あらたに気付いたことがあった。

 

 

 

 

 

いつも下記が、苦しみをつくると、書いてきた。
下記への執着と言った方がいいかもしれない。

 

・モノサシ: 常識、価値観、これが正しい

・欲:    思い通りにしたい、期待、自己承認欲求

       比較(嫉妬、怒り)、現状維持

・無知:   知らない、未経験、視点がない、

       完全な勘違い思い込み

 

 

 

 

 

これらは大事だとは思うが、

こんなことに気が付いた。

 

出来事に、

「ある視点」を結び付けることで、

 

苦しみや喜びの妄想が

展開してしまうのではないかと。

 

 

 

 

 

以前少し書いたが、

”私” は、ある講座を受け、

ある技術を習ったことがある。

 

その技術の名を言って
技術を行うのだが、

 

体調をよくしたり、

思い込みを外したり、

 

そのようなことが出来るといったものだ。

 

 

 

 

 

そのうちの1つの技術の名前に、

微妙な名称がつけられていた。

 

その名も

 

「苦しんでしまえ」*

 

(*仮称: 本当の名前は伏せます。

      本当は別の名前です。)

 

 

 

 

 

「苦しんでしまえ」

という言葉。

 

これが技術の名前だとか、
作用をよく知らない人、

はじめて聞く人は、
 

そんなことを言われ、驚くと思う。

 

先日、

はじめて聞く人に、

十分な説明がなく

技術が施される場面を見た際、

 

「苦しんでしまえ」と言われ、

 

その人は、

ハッとした顔をして、


そして、悲しそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

その時に、

あっ!っと思った。

 

 

 

 

 

私はそういう「技」だと思っていたので、

 

「苦しめばいいのに」と聞いても何とも思わない。

 

 

 

 

 

しかし、その初めての人は、

「苦しんでしまえ」という言葉を

 

別の視点と結びつけたのだ、と思った。

 

 

 

 

例えば、

 

苦しい → 避けたい、良くない状態

苦しめ → 敵意を持った人に言う言葉

それを言われてしまった → 自分はヒドイ状況にある

 

など、というように。

 

 

 

 

 

 

出来事に

 

ある「視点」

 

を結び付ける、

 

 

そのことが苦しみとなったり、

喜びとなったりするのだ、

 

と気が付いた。

    

 

 

 

 

 

ここから、

実は、結構すごい視点の転換がおきた。

 

今年に入り、

車に傷をつけてしまったのだが、

 

それへの捉え方が変わった。

 

 

あっ!

この出来事を何かの視点と結びつけているのかも、

 

という視点がでてきて・・・。

 

またそのうち書けたらと思う。

 

 

 

 

まとめ:

●出来事に視点を結び付けている

 それが、苦しみや喜びをつくる

 

 

 

 

 

 

すべてに感謝。

万人万物のさらなる幸を祈ります。🍀

大切な人が亡くなった時

 

「もっと何かできたのではないか」

「自分が防げたのではないか」

「自分のせいでこうなったのではないか」

 

など

自分を責める気持ちが出ることがある。

 

 

 

 

 

これって本当はどういうことなのかな?

 

と思った。

 

 

 

 

 

下記の見方をしているからかなぁ、と思った。

 

●物差し: 平均寿命ぐらいまでは生きるはずだ

      短い人生より、長い人生が良い      

 

●欲:   ずっと家族には一緒にいてほしい

      子供は、親よりあとに亡くなってほしい


●無知:  知らない

 

・縁:  多因多縁=1つの原因で事は起こらない

     誰かの1つの行動で結果が決まるわけでない

     自分が特に多大な影響をしているとの思い込み

     

     自分もそうとしか行動しえなかった縁だった

     そういう縁でベストをつくしてそうだったはず

 

・無我: 自分が何かをコントロールできるという勘違い

     さらにいえば、本当は

     自分という固定のものさえもない

 

・無常: 常なるものは一切ない

     長短あれど変化は必ずある

 

・因果不定:自分一人の因果で事は定まらない

      さまざまな縁により同じ因でも果が変わる

 

・仏教を知らない:
 四苦八苦、愛別離苦、諸行無常などを知らない

 

・執着や煩悩について知らない、気付かない

 

など。

 

 

 

 

 

こう書くと、

・自分が防げたのでは、とか

・自分が何かできたはず、とか

 

できたことはあっても

それは縁の1つという見方が出てくると思う。

 

 

 

 

 

 

断っておくが、

ずいぶん整理して色々書いたが、

 

大切な人が亡くなった人に

 

こちらから

とてもではないが、こんなことは言えない。

 

 

あくまで自分の納得用である。

 

 

 

 

 

 

これから生きていく上で、

大切な人との別れが増えていくと思う。

 

悲しむときに出る

「ベーターエンドロフィン」※

(※ホルモンであり、神経伝達物質)

 

に癒しをもらう時期も必要だと思う。


 

 

 

 

しかし、

悲しみに浸る時期を越えていきたいとき、

 

 

新たな視点として

 

これらの考えを

 

自分を癒し

再び立ち上がる ”ホルモン” 代わりとして

 

もっておけたらと思う。

 

 

 



ちなみに、数年前に描いたブログ↓


今あらためて考えると、

亡くなった人にある役割をお願いしていた、その欠けが悲しみになっているように思う。

 

同じことを同じように満たしてくれる人がすぐ出てきたら、

人はそこまで悲しむのだろうか、という視点もあらたに出てきた。

今日はここまでにしよう。
 

 

 

 

 

すべてに感謝。

万人万物のさらなる幸を祈ります。🍀

 

2/8 選挙

このことで身内を責めたくなった




あとで一緒に行こうというので合わせたら

雪が降り止まず、行けない可能性がでてきた

選挙にいけなくなる!と責める気持ちがでかかった

 

自分もそれに同意し

自分が選んだ行動でもあるのに

 

他責しているなぁ(笑)
と十分自覚しつつ、

 

イライラしかかったとき

そこで相手の立場について気付きがあった

 

 

 

 

”私”は、自分の行動について失敗したと思ったとき

 

「故意・悪意がなければよし

 ベストをつくしてこれだった

 

 反省より、学びとし、

 改善し以降に生かすことこそ大切」

 

と思うようにしている

 

 

 

 

身内について思いをめぐらすと、

 

そうだ!

身内だって故意・悪意なんてなかった

 

午後は晴れの予報をもとに

良かれと思って後にしようと提案しただけ

 

 

 

 

 

それに気づいた

 

他人も故意悪意がなければ許すことを今日学べた

 

 

 

 

 

ちなみに、

前回ブログに書いた、

 

視点を変えることも試みた

 

 

 

 

選挙に行けなくなるかも、

という残念さが出ていたのだが

 

視点をかえることを試み

だいぶ気持ちがおさまった

 

自分で言うのもなんだが

前回気付いた視点を変えるって

とてもいいなぁと思う

 

 

 

 

選挙も日本も

幻想といえば幻想なのかもしれないし

 

こういう1票がないことで

日本に何か影響があれば

 

それはそれで、

 

それが必要だったのだとも思った

 

 

 

まとめ:

故意・悪意がなければ自分も許し他人も許していく

苦が生じはじめたら視点を変える(前回のブログの内容)

 

 

 

結局、午後には晴れた

無事選挙には行けた🌈

 

やっぱり結局なんでも

うまくいくようになっていますね

 

 

 

 

すべてに感謝

万人万物の幸せを祈ります🍀

 

 

『人生迷路』

 

●最初の人

 

迷路を進む

 

あっちぶつかり

こっちぶつかり

 

戻って

進んで

 

また戻り

 

途中嫌になったり

休憩したり

気を取り直したり

 

その道が

 

ゴールに至るかは

神のみぞ知る

 

 

 

 

●次の人

 

人生迷路をぬける地図を

 

手に入れた

 

 

迷路の地図を見ながら

 

ゴールへすすむ

 

 

 

 

●最後の人

 

ブッダ

 

人生に

 

迷路自体が立ち上がらなくなった

 

 

 

 

 

 

■「苦しみ」にある人は
「楽」はどうしたら得られるのだろう?

 

と思った。

「3悪」*の逆をすればいいとは思うが、
一言でいえば、

「今とは別のあらたな視点を持つ」

ことではないかと思った。




※「3悪」とは(私が勝手に定義したもの)
●物差し(常識、価値観、正しさ、当たり前)

 =こうすべきだ、自分は正しい
●欲  (思い通りにしたい、もっと、期待、比較、嫉妬)

 =外に目を向け、不足に目を向け、不満
●無知 (知らない、未経験、勘違い、思い込み)
 =狭い視野、完全な勘違い





■つまり、

 

今の物の見方が固定され、


これが当たり前、
こうあるべきだ、
からぬけられなくなり、

他の見え方がないことで、人に苦が生じているように思う。


これを「執着」と呼ぶのだと思う。





■ここでいう「モノの見方」には2種類あると思っている。

 

①そのモノの見方自体

 

②その見方を発生させている、さらに奥の信じ込み

 

 

ここでは①について軽く扱うが、

 

いづれは②の信じ込みに気づいていくことが

根本からの変化につながるとは思っている。

 





■必要なのは以下の視点ではないかと思った。

・違う視点(知識)を取り入れる: 人に相談、本を読むなど

・違う視点(経験)とつながる: 音楽、スポーツ、移動するなど

 ※刺激中毒・依存にならない程度に行う

・元の視点に戻る: フラットになる内側に戻る

 すべきことをする
 小さいこと目の前のことを丁寧にする

 自分(呼吸、姿勢など)や場(整理、掃除など)を整えるなど



いろいろと述べてきたが、要するに


「視点を変えられればいい」

 

これが大切で、視点が変えられれば
 

常識の範囲内であれば、

基本は何でもよいのだとは思う。



 

■逆に「苦」が継続していたら、

自分の視点を変えることを考える。



そして、

前向きになる質問、
明るい自己暗示なども


適切に心掛けるとだいぶ楽になると思う。




■「あらたな視点をもっていく」

 

 

このことが大事なのだが、

 

つまるところ人生は、

 

どれだけ思い込みを手放せたか?

 

になる気がした。

 

 

 

 

■生まれた時はゼロだった思い込みが、

思い込んで

思い込んで

 

その後、

手放して

手放して

 

と、なんだか

 

矛盾しているようだが、

 

これが

これこそが

 

「あるべき人の辿る道」

 

とただただ

 

知らなかっただけかもしれない。

 

 

 

 

 

すべてに感謝。

すべての人・モノにさらなる幸がありますように。🍀