『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子
第10章 治療・療育の可能性と早期発見
——子どもの脳の著しい可塑性
305〜307ページ
【第10章(4)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246(2023/10/11のブログに掲載)、療育の方法を知りたい方は『もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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(2) 機能発達などによる脳のシナプスの変化と観察の困難さ
自閉症など発達障害がもともとシナプスの可塑性の特定のシナプスでの異常による「シナプス症」であることを考えると、治療や療育の可能性を考える時も、ヒトの脳のなかにあるシナプスの変化が本当にあるのかが実証できるのか問題になる。しかしヒトの脳内のシナプスの増加や減少を観察するのは、生きている脳はもちろん死後脳でも大変な努力を必要とする。
これを行ったのはドイツ移民のハッテンロッカーで、彼は初めてんかんや知的障害のヒト脳のどこに問題があるのかを研究したが、彼が通常行ってきた病理解剖で見つかる神経細胞の異常など、普通の顕微鏡で見える異常は何も見つからなかった。
彼は、当時の臨床家としては非常に先駆的に、それまでの病理学では大変なので誰もやらなかったシナプスや樹状突起を電子顕微鏡写真で調べ(1章の図1-5Aにシナプスの電子顕微鏡写真)、約半分にシナプス数などの異常を発見した。
しかし普通のヒトの脳の定型発達過程で年齢によってシナプス数がどう変化しているかがわからないので、病気が原因の変化かどうかがわからない。そこで大変な努力を長い年月続け、大脳皮質の視覚野のシナプスを年齢の違う人の死後脳で一つ一つ数えた。
結果は図4-2のグラフにあるように、視覚情報の処理をするヒト視覚野では、シナプス数(密度)は胎児期の二八週ぐらいから急激に増加し、新生児でも増え続け、生後八カ月で最高になり、ゆっくりと減っていく。図では省略してあるが、一〇歳頃から三〇歳頃まではあまり変わらず、その後老化のせいで七〇歳にはほぼ新生児のレベルに戻ることがわかった。この八カ月以降の減少は、不要で削られるシナプスの方が多くなり、シナプス数が減少し神経回路は確定していくと解釈される。
これに対して、ヒトでもっとも大きく発達・進化した大脳皮質連合野のうち、実行機能などもっとも統合された高次機能にかかわっている前頭葉・中前頭回のシナプス数は生後一〜二歳で最大になり、後はそれほど変わらない。
この変化は、第1章で述べたように胎児期から新生児期にはシナプス数が激増しランダムな神経回路網をつくり、その後シナプスが外界からの刺激で機能神経回路を盛んにつくる一〜二歳前後までシナプス数は増加する。
その後も、新しい神経回路は盛んにつくられ回路中のシナプスは増加するが、正しい回路パターンの再現の妨げとなる回路外のシナプスは削られ減少する。すなわち連合野で外界からの情報を記憶するのには、シナプスの増加も減少も必要で、ことに一〜二歳以後から新しい神経回路の形成では両者はほぼ相殺され、総数(密度)も変わらなくなると考えられている。