猫と家庭菜園とスピリチュアルリズム

猫と家庭菜園とスピリチュアルリズム

息子の霊感の強さに振り回されて神社寺社仏閣の参拝や滝行や水晶パワーとかのスピリチュアルな世界に踏み込んで息子の事を中心に書いてましたが、これからはネコと家庭菜園とスピリチュアルなことを私中心に書いていきます。

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我が家に来てから

約一年経った母は、

 

ヘルパーさんからは、

「私がここのお仕事を

 初めた頃は、

 座れなかったし、

 お食事もご自分で

 食べれなかったんですよ。

 それが、箸を使って

 なんでも召し上がって

 すごく回復されてますね。

 他にこんなに

 回復されたお年寄りは

 会った事ないですよ。

 あやかりたい!

 手を合わせて

 拝みたくなります。」

 

「あ〜ここに来ると

 癒されます〜〜」

皆さんが、母を褒めてくれてます。

 

ケアマネさんからは、

「デイからは、良い方を

 紹介してくれたと

 喜ばれていますよ。

 お母様は、スタッフさんから

 アイドルみたいに

 好かれていますよ。」

 

また、私の回復をみて

「お母さまは、今も

 娘さんのために自ら

 教育されてますね〜」

 

訪問医も、

「お母様へ、よく食べて、

 よく寝て、すごく

 お元気ですよ。」

 

デイの所長さんからは、

「お母様が歌う

 二宮金次郎の歌は、

 スタッフ全員が

 歌えるようになってますよ。」

 

母は、毎朝起こす時は、

すごくご機嫌です。

「あ〜良かったぁ〜」

「好き〜」

とか言いながら

私の手をギュッと握ります。

 

母のお姑だった祖母の

時代(約20年前くらい)は、

こんな素敵で

優しいスタッフさんや

ヘルパーさんも

居なかったし、

母が一人で

祖母の世話をしてました。

 

今、一番助かるのは、

オムツも色々な種類があり、

寝る時用も、素晴らしい

吸収力です。

オムツデザインも

母が気に入っていて、

昔とは全然違います。

 

90代になってからの祖母は、

オムツを嫌がるために、

両親は、やむえず、ベッド近くに

簡易トイレを置いてありました。

それを祖母が自分で

片付けようとして

こぼしたりの失敗して、

床を汚すので

しょっちゅう床掃除を

してました。

 

母の場合になりますが、

家族と居るだけで

元気になっていきます。

 

親が長生きして

一緒に居てくれて

認知はありますが、

健康で楽しく過ごしているのは、

子供として幸せです。

 

妹と、実家から嫁さんが

週に何回か来てくれて

変わる代わるに

介護をしてます。

 

本当は、退院後は

どこかに電車で長旅をしたいと

思っていたのですが、

そんな自由はなくても、

まだ、親の世話をさせてもらえることに

贅沢な幸せを感じています。

毎日、母娘がお互いで

感謝し合っています。

 

母は、二人の娘と

優しい嫁さんがいて

幸せと思います。

 

先週は、

私のトレーナーさんからも

「お母様は、本当に

 お幸せですね〜〜」

と、言われたばかりです。

 

終わり

我が家に来た当時の母は、

ほぼ寝たきりでした。

 

私の感謝とは、

まず、自分が脳梗塞になって

体の不自由になった経験を

していたことに対してなんです。

 

一つは、

病気のおかげで、

母の不自由な体の日々の辛さが

よ〜〜く理解できるようになってました。

以前の私は健康そのものでしたから、

「ゆっくり〜」「のんびり〜」

なんて、絶対に理解できなかったです。

食事も5分以内に食べ終えるような

バタバタの生活をしてました。

家にじっとしてることも

できずにいました。

今は、母のペースに合わせられる

ようになってます。

 

退院して家に帰ってからの私は、

雑巾も絞れないし、

洗濯物を干すのにも

苦労してました。

また、猫のトイレの掃除のために

腰を曲げて下げることも痛くて

できなかったのです。

 

二つ目は、私のケアマネさんが、

親身になって、母の介護のことを

面倒見てくれました。

私のリハビリのトレーナーさん達も

そのまま母のトレーナーに

なってくれてます。

 

三つ目は、

夕方だけ、母のおむつ交換を

お願いしてますが、

皆さん、母のために

本当に親切に着替えや

おむつ交換をしてくださってます。

ヘルパーさん方は、人助けの

素晴らしいお仕事ですね。

毎日、毎日感謝しております。

 

四つ目もあります。

母の介護や世話をしているうちに

私のリハビリにもなってます。

母のトイレの世話は、

中腰でするのですが、それが

いいトレーニングになってます。

口も左側の麻痺が残っていて

話すことが苦手になってましたが、

少し耳が遠くなってる母に

大きな声で話さないとならないために

話すのもトレーニングで

楽になってきました。

 

世間では、親の介護は、

大変と言われてますが、

私は、運が良いいです。

母と毎日が楽しく、

感謝ばかりの日々を過ごしてます。

 

一年後の母の様子に

続きます。

桜が咲き始めましたね。

 

去年の今頃でした。

 

2020年12月に、

母が大腿骨の骨折をして

手術、入院。

その後、リハビリのために

老健に入所。

 

実家の方もコロナ感染などがあり、

そのまま2年近く入所したままに

なりました。

実家は、幼い子供4人も同居してるし、

弟夫婦で、電気屋をしてるため

客や人の出入りも

心配だったからでした。

 

老健の方も、あまり安全ではなくて、

2〜3ヶ月に1回は、

感染者が出ていました。

その度に、会うこともできないし、

スタッフさんの欠勤もあって

人手がないからと、

面会も簡単にできませんでした。

 

2022年3月

ちょうど去年の今頃でした。

そろそろ桜が咲く時期だからと

外出の許可をお願いし、

前日には、私と妹は、

有料の検査に行き、

準備しました。

 

でも、当日になり、

母と同室の方々が

2人も感染したと言うことで

外出はキャンセルになりました。

 

感染した方々は、

入院したのですが、

濃厚接触者の母は、

テレビもラジオもない

個室に隔離され、

スタッフが食事の時だけ

寝てる母を起こして

食べさせていると・・・

担当者の男性から

話を聞くだけになりました。

 

ずっと、ノートなどの交換をしてましたが、

それも断られました。

入浴も、スタッフも感染してるとかで

約2週間してなかったのです。

 

母が可哀想で

夜も眠れない日々が続き、

定期的な仕事が

一段落したのをきっかけに、

弟、妹に相談して

我が家に連れてくることを

決めました。

 

老健を出る日は、

担当者さんから

「お母様は、車椅子に

 座っているのも大変です。

 お食事は、7部粥です。

 おかずは、誤嚥が心配ですから

 超微塵きりにして

 お粥に載せて混ぜてから

 食べさせてあげてください。

 約2年間でしたが、

 認知はかなり進んでいます。」

とか、母はすっかり

寝たきり老人になってました。

 

続きます。

 

 

 

 

2023年、今日は16日となり、

遅いご挨拶になります。

明けましておめでとうございます

 

1997年1月13日に亡くなった

夫の命日でした。

 

2020年に結婚した娘の夫から、

一週間前から、

メールが届きました。

彼は、夫の命日には、

必ず連絡をくれます。

先にランチの予約も

してくれてました。

 

彼は、副業ですが、

タロット占いをほぼ独学で 

10年前から趣味としてましたが、

今は、プロ並みになってます。

 

息子の霊感にも

すごく興味を持っているので、

会うごとに、息子の霊界の話で

盛り上がっています。

 

亡夫は、13回忌までは、

毎年、教会の席に

空きの席に座っていました。

息子には、毎回、

パパが見えてましたが、

13回忌のミサの後に

急に泣き出したのです。

 

息子が言うには、

「もうパパは、

 こっちに戻って

 来れないんだって・・・」

それまでは、時々

あちらの世界から降りてきて

夫からのメッセージを

私に伝えてました。

 

例えば、私に

「もう少しダイエットをするように」

「娘のことをもっとよく見るように・・・

(言い訳:仕事が忙しくて忙しくて

 家には数時間しか帰れない時でした。」)

とかです。

 

息子にも何かとアドバイスや

助けがあったそうです。

その度に

「パパのおかげだ〜〜!♪」

と、喜んでいました。

 

今年は、

娘が結婚して幸せな様子を

見てるかなぁ〜

 

息子も色々な仕事で

引っ張りだこなのも

分かってるのかなぁ〜

 

私も母の世話をして

毎日が楽しいのを

見えてるのかなぁ〜

 

とか、夫への感謝を

連絡したくなりました。

 

この日の母の世話は

弟のお嫁さんが

来てくれていました。

 

帰り道には、

息子の友達が働いている

ビーガンカフェで

ソフトクリームや

マフィンのおやつも

ご馳走になってきました。

 

本当に恵まれた

幸せに感謝したくなる

命日を過ごしました。

 

 

 

息子は、数年前から、

茨城県の農家さんの友達と

無農薬野菜を作っています。

 

本職は、電気工事士ですが、

真夏のエアコン設置の仕事は

一段落してる合間に

泊まりで行っています。

 

息子が、無農薬野菜を

作り始めたのは、

2015年に、京都の東寺の

宝物殿の仏像のために

通っていた頃からです。

 

「天、人、地。

 天は、天と人のことしか助けられない。

 地のことは、人間に任せるから・・・」

と、言われてからです。

息子は、地とは、

畑の野菜のことだ!と、

感じたそうです。

 

最近は、だんだんと広がってる

無農薬野菜を作る農家さんが

増えてきましたが、

息子が行かないと

化学肥料をまた使ってしまうそうです。

 

無農薬野菜を作るには、

土作りから、

とても手間と時間がかかります。

その上、息子の場合は、

寄ってくる虫を殺しては

いけないのです。

我が家でも、蚊、ゴキブリ・・・

などの害虫でも殺せないです。

 

蚊に関しては、逆に

血を吸わせて

「お腹いっぱいになった?」

と、話しかけるくらいです。

ゴキブリウがいると、私が、

すぐに殺虫剤を吹きかけるのも

「ママ〜〜ダメ〜〜!!」と、

外へ手引きまでして

逃れるまで頑張っています。

 

「農家さんが、

 化学肥料を使ったのが、

 なんで分かるの?」

と、息子に聞きますと、

「そんなの簡単に分かるよ。

 土を触ると、土の中の微生物が

 死んじゃってるのが分かるし、

 土が元気ないから見ただけでも分かるよ。

 一度、農薬を使うとしばらくは、

 土が元気なくなるから、

 また化学肥料を

 蒔いちゃうんだよね〜〜」

 

そのせいもあって、

野菜が美味しくなりました。

 

東京の白金辺りの

保育園のママ達の間に

「野菜嫌いの子供が、

 ここの無農薬野菜だと

 美味しいと言って

 食べるようになった」

と、広めてくれた方がいて

お陰様で定期的に

先払いで野菜をまとめた注文を

いただけるようになりました。

 

もっと、いいことがありました。

 

癌が全身に広がった末期癌の

友達は、何回も抗がん剤、

放射線治療をしたのに、

「医師も家族にも、

 もう死ぬ死ぬと言われて、

 諦められていたのに、

 T君の言う通りの食事で

 治ったから、

 もうT君が言うことしか信じない!」

と、言われた息子は

「やっぱり神様が

 教えてくれた通りだった!」

と、達成感で

無農薬野菜作りと販売にも

張り切っています。

 

私が2000年に引っ越してきてから、

東側、南側、北側は、竹や大木に

囲まれ、狸や白美神が来る

自然に囲まれた庭でした。

 

でも、下のお宅が土砂崩れを恐れて

市に頼んで、竹や木を伐採して、

セメントで固めることになりました。

 

息子は、反対でしたが、

よそ様の土地の事ですから、

何も言えません。

 

日々、木を切る職人さん方が

来て、竹を伐採して、

欅の大木も切られていくのを

寂しい思いで写真を撮っておきました。

 

人間の住まいのために自然が破壊されてるのに・・・

東側が綺麗になりました。

最初の頃は、「自然にごめんなさい」という

気持ちでしたが、

毎朝、朝日が眩しいくらいの眺めが

良くなり、

毎朝、ご来光を見れることに

感謝しています。

 

狸の親子は、毎年、餌をもらいに来てましたが、

今年は、予感がしたようで、

来なかったですね。

 

風通しがよくなり、

早速、母のために焼き芋しました。

2022年4月14日のことでした。

 

生前からの知り合いだった方が

お亡くなりなりました。

ダイヤモンド界のキングTさんとして、

有名な方でしたから、

すぐに、SNSで知らされたようです。

 

息子は、早くも知っていましたので、

私に教えてくれました。

 

「お通夜に行くの?」

「行かないよ。

 相続とかで

 面倒なことを知らされても

 伝えられないからね。」

 

120歳まで生きると決断されて

ホテルの大ホールで

盛大なパーティもされてました。

私も参加させていただきました。

 

子供の頃から喘息の持病があり、

中年には、何度かの脳卒中などしてましたが、

助かってました。

そのため、健康には

すごく気をつけていられていた方です。

お年の割に若く見えてました。

昔から、すごいハンサムで、

かっこいい方でした。

 

そのお店のダイヤモンドを

買っていたお客様の皆様は、

ショックだったと思います。

完璧にカットされたダイヤモンドの

七色の光をお守りにしてたくらいですから。

 

6月になってから息子が

「Tさんの四十九日はまだかな?」

と、言い出しました。

「あれ?行かないと言ってじゃないの〜」

「やっぱり、お線香をあげたいんだよね。」

 

そんな頃に、お店の冊子が

送られてきました。

最初の奥様だった方が、

出会いや色々な思い出や、

病から亡くなるまでの経緯を

詳しく執筆されていました。

 

6月25〜26日に店内の2階に

献花できる事も知らされてました。

 

息子の仕事の都合で

日曜日に2人で行ってきました。

途中でTさんのイメージの

お花を買いました。

 

お店の2階に上がると、

すでに献花に参列された方々が

並んでいました。

 

にこやかなお顔のTさんの

大きな遺影がありました。

 

その横には、プロジェクターが

置かれ、Tさんの

思い出の写真や動画や

メッセージを随時繰り返し

映写されてました。

 

何人かの女性が見ていました。

私達も思い出深いTさんを

見ていました。

やはり、素敵な人生でした。

 

その後、下の店内に行くと

店員のOさんが何人かの

方々と話してました。

 

Oさんは、

「今もまだ、Tさんが居るような感じです。」

息子は、

「そうですよ。

 プロジェクターの

 前に大きな光の柱があったので

 僕は、その光で

 映写がみれなかったです。

 すごく太くて

 ハッキリと見えてます。」

 

私もOさんも皆んなで

何を言ってるのか?と思いまいした。

「その光の柱って?」

「僕は立ててないですよ。

 あれは、Tさんが

 上から行ったり来たりできる

 エレベーターみたいですね。

 普通の人はできないけど、

 Tさんならできるんですね。」

 

夫が亡くなってからも

13回忌の日まで

息子だけには、

パパが見えていました。

時々、私にメッセージも

伝えてくれました。

 

私も、不思議な体験ばかりしてました。

特に夫のやり残した仕事まで

するようになってました。

 

まだ、育児や仕事で

徹夜続きだったのに、

なぜか簡単に情報が入り、

結局は、体がある私が

やるしかなかったのです。

 

ちょっと、その経験を

「Oさんも、まだまだ

 Tさんの指令が来ますね。

 断ってもするしかないですから、

 頑張ってやってさしあげてくださいね。」

 

Tさんのご冥福をお祈りいたします。

ダイアやモンドの光の世界を教えてくださり、

ありがとうございました。

 

お久しぶりです。

 

今回は、霊界の話ではないのです。

 

私の人生は激変しました。

少し遡って、書きます。

 

今まで、仕事と子育ての中、

特に息子の霊界の話で

バタバタと生きてきましたが、

最近は、人生の第二段階を生きてます。

 

それは、母の介護です。

介護の世界を思いっきり経験して

勉強をしてます。

日々が勉強を楽しんでます。

母も祖母の介護で

苦労をしてました。

 

母は、昭和3年生まれの

今92歳です。

 

2021年12月末に、

デイから帰ったばかりに

玄関で尻餅をついてしまい、

両方の大腿骨折をしました。

 

その前日に、同居してる姪の子供達が

保育園の濃厚接触者となり、

私は、母への感染を

心配していました。

 

でも、当時のPCR検査は、

約2万円とかの高額でしたので、

家族全員(9人)の検査は

考えられませんでした。

 

母だけ、救急車に乗る前に

PCR検査をしました。

陰性でしたので、

救急車に乗り、

すぐに病院で

大腿骨の補強のボルトを

入れる手術をしました。

 

それからは、コロナ禍のため

面会のできない日が

1ヶ月ほど続きました。

その2日後には、

中学の同窓生の男子が

胃潰瘍で緊急入院したのが、

母と同じ病院でした。

 

病棟の階数は違いますが、

中の様子とかを

彼がメールとかで

母の情報を送ってくれてました。

 

母は、リハビリのために

老健に入居することになったのですが、

その時も彼のお母様が

入居されてる老健を

紹介してくれたので、

引き続き、同じ老健で

リハビリをすることになりました。

 

それからは、コロナも広がり、

もっと面会が難しいことになりました。

 

今年4月に老健内にクラスターが出て、

母が居る3階だけで、4人。

そのうち2人は

母と同室の方々でした。

 

母は、濃厚接触となり、

隔離部屋に入ることになりました。

 

その間の話は、老健内の担当の方が

「お母様は、食事の時だけ

 車椅子に座ってます。

 あとは、ベッドで上を向いてるだけで

 お気の毒な状態です。

 でも、私たちもスタッフが足りなくて

 大変なんです。」

と、暗い顔で

説明されました。

 

実家の方は、相変わらず、

コロナに感染したり、

風邪をひいたりで

母が安全に住めない状況でした。

 

そこで、私が母の介護を

することにしました。

 

私も脳梗塞で要介護の身なのですが、

私のケアマネさんが、

私の母への気持ちを知っていたので

老健の方を説得してくださいました。

 

私と母の介護のポイントを

足すとかなり手厚いポイントになりました。

 

弟夫婦、妹とも色々と

何回も話し合いました。

結果、私と同居がいいと

判断してくれました。

 

5月26日から

毎日24時間

母の世話をしてます。

 

でも、月曜日は、実家の嫁さんが

半日来てくれてます。

妹は、火・木・日に

半日ほど来てます。

息子もなるべく

私が外出できるように

気を使ってくれてます。

 

介護の方は、

毎夕方のおむつ交換。

火・金は、医師と看護婦さんが

健診に来てます。

 

週1回の入浴もあります。

 

すごいのは、

母は、どんどん回復してます。

 

もう立てないと言われてましたが、

今は、歩行器を使って歩いてます。

食事も雑炊におかずを刻んで

スプーンで食べさせないと・・・

と言われてましたが、

お箸を使って、ほぼ私と同じものを

食べてます。

 

最近は、食器洗いなどの

家事も手伝ってくれてます。

 

毎日毎日、母が回復していくので、

朝が楽しくて楽しくて・・・・

嬉しくて、嬉しくて・・・

母と快適な介護生活をしてます。

 

私が、脳梗塞をした時の

車椅子生活の辛さを

先に勉強していたおかげです。

 

人生に色々なことがありますが、

今は大変でも、

将来に必要なことばかりなんですね。

 

母の時代は、オムツにしても、

食事にしても、何も情報が

なくて、母の苦労を知ってます。

 

今は、ケアマネージャー

リハビリ、介護、定期健診・・・

すごくいい時代です。

 

最近は、朝起きると

「一緒に入れて嬉しいねぇ〜」

とか、言ってくれてます。

 

母は、よく歌を歌ってる人です。

一番よく歌うのは、

「芝刈り縄いで、草鞋を作り〜♫

  家の手伝い、手習い、読書〜♫

 孝行尽くす見本は

 二宮金次郎〜〜♫」

と、日に何回も歌っています。

 

母の介護ができる環境に

感謝、感謝、感謝

♪───O(≧∇≦)O────♪

 

2度目の宇宙神社に

行ってきました。

 

自動車のナビでは

我が家から20分のところですが、

今回は、ずっと信号が青でしたので、

10分もかからず、着きました。

 

ヨモギのお茶をいただきながら

前回の好転反応の様子や

何事もピッタリとして

タイミングがよくなったなどの

話をしました。

 

「皆様も、今世にすることが

 スムーズになってますよ」

と、色々な方の経験の

話もしてくれました。

 

早速、セッションが

始まりました。

 

以前とは、少し違う言葉に思いました。

 

でも、相変わらず

早口のロシア語みたいな

言葉をひたすら呟いてました。

 

途中「ありがとうございます」

と、日本語が入りました。

『あれ?」と思ってましたが、

また、気持ちがいい時間を

過ごしました。

約1時間くらいです。

 

前回と同じように

人体が描かれた紙を

持ってきて

急いで、何かをスマホで

調べてます。

 

今回は、始めた途端に

王様が「我は王〜〜」と

現れたので時代を

調べていました。

 

それが、なんと!!

私の前世の一人に

中国の秦時代の

始皇帝がそうです。

国民全員がまとめることに

努力した王だったそうです。

 

私が、なぜか今の

中国の政治が嫌いな

謎が解けました。

 

次は、またアフリカの戦士で

右腕に矢が刺さり

その傷が化膿して

亡くなったそうです。

 

その次が、メンソレータムの蓋に

描かれてるような

看護婦をしてたそうです。

人の命を大事に思い、

最後まで助けることに

情熱を持っていたと

言われました。

 

だから、今世は、

西洋医学は

ダメと言ってるんですね。

納得です。

 

次は、私の情報集めが

自然とスイスイとできるのは、

前世のおかげだったと

知りました。

なんと、日本で忍者を

してたそうです。

 

近畿地方に行くのが

好きなわけですよ〜〜〜

これも納得しました。

 

左の腕から、人間ではないけど、

目があって、白いふわふわした

ものがいくつか

天に上がっていったそうです。

Mさんは、何かわからないと言われてましたが、

 

私が思うには、

私は子供の時から

ずっと、犬か猫を

たくさん飼っていました。

可愛がっていたペット達と

感じました。

 

そして、

「今回は、

 内臓を中心に

 入れ替えましたから、

 しばらくは、

 新しい自動車に

 乗ったばかりみたいに

 ぎこちない感覚になると

 思います。」

と、言われました。

 

前回みたいに

何度もトイレに

駆け込むような

変化はないのですが、

これから何かしらの

変化を期待しています。

 

 宇宙神社で施術した後に

誰もが、だるくなったり、

眠くなったり、

熱が出たりしますとは

事前に聞いていました。

 

私の場合は、施術後すぐに

トイレに通い始めました。

どこから、こんなに水分や

尿が出るのかぁ〜?

と思ってました。

それは、二日ほどで

治りました。

完全なデトックスですね。

おかげさまで

毎日、ぐっすり寝てるこの頃です。

 

友達の場合は、

少し頭痛がある程度と

言ってましたが、

次の日から咳が出て、

二日間くらい声が

出なくなったそうです。

一時は、風邪では?

と思いましたが、

幸いにも

ゴールデンウィーク中でしたから、

仕事に影響はなかったです。

 

彼女の場合は、喉から

下の肺の間ばかりを

施術してましたから

これも好転反応ですね。

 

私が、大きく変わったと思うのは、

なんでもタイミングが良くなりました。

一つは、以前から欲しかったものが

半額になってましたので、

即時に買いました。

 

肺癌の友達が、

抗がん剤治療のため

入院すると言うので、

その前に

いいサプリメントとかないかなぁ〜と、

探していましたら、

癌やコロナにもいいらしい?

と言うものが

友達がメールで知らせてくれたので、

早速、買って、

お見舞いにと配送しました。

 

また他にも、

仕事が少し遅れたのですが、

クライアントさんの

校正とかもあるので、

都合に良い時に

提出することができました。

 

他にも

「タイミングがいい!」

とか

「ついてる〜〜!!」

叫びたいくらいの事がありました。

 

昨日、テレビで北海道のホタテを

紹介してたので、

北海道まで行って、

生を食べたいなぁ〜と

思っていたのですが、

今日、息子が

生のホタテとタコの頭とかを

青森で買ってきたと言い、

母の日のプレゼントに

くれました。

 

次の施術では、

何が起きるのかが

楽しみです。