伊勢崎市 太田市 足利市 足裏から健康に!ママが家族の専属セラピスト

リフレクソロジー(足裏マッサージ)スクール&サロン 愛

瀬戸圭子です♪

 

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伊勢崎市 足裏から健康に!

ママが家族の専属セラピスト

リフレクソロジー(足裏マッサージ)スクール&

サロン 愛

瀬戸圭子です♪

 

 

 

私、保育士を全うし、園長先生になるのが夢だった✨

22歳で夢への一歩を歩み始めたけど...

保育園の先生から

今、なぜマッサージの先生になったのか?

 

 

波乱万丈な人生を今振り返る。

与えられた状況を、行ったり来たりしながらも

ただ夢中に歩んできた。

 

 

瀬戸圭子のMY STORY

良かったら読んでくださいね。

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前回までのお話はこちらから↓


第①話 幼少期、内弁慶な私

 

第②話 やばい教師のおかげで得たもの

 

第③話 私の思春期、ちっちゃな反抗

  

第④話 保育士になるために選んだ実習先が!なんと!

 

第⑤話 やっとつかんだ理想の場所

 

第⑥話 まさかの不妊治療

 

 

夢だった保育士になって

結婚もして、

順風満帆な日々を送っていた私。

 

 

しかし、

いつになっても

子宝に恵まれないことに気づき

 

不妊治療に通い始めました。

 

 

というのが前回のお話でした。

 

 

 

*******************

 

 

不妊治療に通い始めて2年が経過した。

なかなかうまくいかない。

 

 

ふと、気づくと

周囲の既婚の先輩保育士さんたち、

お子さんがいる人ばかりではない!

 

 

保育のプロとして輝いてる。

子どもたちとのかかわり方もうまい。

 

 

ママにこだわらず

保育士として、人生極めるのもいいかな?

 

 

 

保育園終わりから治療のために病院へ通うことも、

当たり前のルーティーンに

なっていきつつあった。

 

 

以前ほどの

焦りや期待感もない。

 

 

生理が来たとき、

取り乱して泣くこともなく。

 

 

ただただ、

現実を呑み込むだけ。

 

 

それから、

半年くらいたったころ。

 

 

「なにかいつもと違う!!」

 

 

はやる気持ちを押し殺して。

病院へ行った。

 

 

テレビでよく観る

あのシーン。

 

 

医師:「おめでとうございます」

 

 

私:「ありがとうございます。」

 

 

医師:「双子ですね。」

 

 

私、:「え-----?」

 

 

 

それは、

さすがに想定外で。

 

 

私の感情が爆発したのは、

病院から出て、帰途の車の中。

 

 

周囲はいつも通りもう暗くなっている

車という個室のなか。

 

 

自分ひとり。

 

 

泣いても、わめいても

誰にも迷惑かからない。

誰にも気づかれない。

 

 

だから、

いつものとおり

 

 

大声で泣いた・・

今回はうれし泣き!!の大泣き!!

 

 

一気に2児の母になる!!

天にも昇る気持ち

ってこういうこと?

 

 

主人にどう報告したかは

全く覚えてはいない。

 

そして

待ちに待った

妊婦生活が始まった。

 

 

「我が子の為に、しっかり妊婦生活を送ろう」

そう決めた。

 

 

そんな矢先、

妊婦ならではの試練が起こった。

 

 

「つわり」

 

 

子どもが欲しい・・

そう悩み苦しんだときに比べたら、

何でも我慢できるって・・

頑張ってた。

 

 

全く飲めない、食べられない。

重症で

ドクターストップがかかってしまう。

 

 

入院をし、点滴生活を送ることになった。

(また、みなに迷惑をかけてしまった・・)

 

 

 

双子妊娠、出産は

様々なリスクがつきもの。

 

 

少しずつおなかもふっくらしてきて。

母になるワクワク感でいっぱい。

 

 

双子ならではの

早産予防のための

子宮を縛る手術も受けた。

 

 

しかし、

それは束の間の安心で。

 

 

在胎29週。

出血をしてしまった。

 

 

娘の心音が低下していた。

 

 

「苦しいから早くここから出して!!」

そんな、サインだった。

 

 

感染症にかかったしまったらしい。

 

 

医師:「緊急帝王切開をします。

娘さんは、もう諦めて下さい。

このままだと、息子さんも危険です。

息子さんを助けるために、すぐに取り出します」

 

 

私:「えっ?」

 

 

そこからの

記憶は全くなし。

 

 

私は、全身麻酔をかけられた。

 

 

 

気が付いた時には、

ベッドの上でたった一人きりだった。

 

 

 

おなかには違和感だけが残っていた。

 

 

出産はした記憶はまったくなし。

 

 

なんとなく状況は

想像できた。

 

 

ただ、ただ、

涙があふれた。

 

 

どれくらい経ってからか。

 

 

主人が来た。

妙に明るく装っているのは

違和感しかない。

 

 

主人:「二人とも、無事だよ。

ただ小さかったから

病院に搬送され保育器に入っている。

だから、大丈夫。」

 

 

そんな

状況を

ざっくり教えてくれた。

 

 

 

2カ月半の早産で産まれた男女の双子。

それぞれ、

1000グラムほどのちいさなカラダで産まれた。

息子は小さいながらも問題なし。

娘は重症仮死。生死をさまよっている。     

 

 

 

それはあとから知ったことだった。

 

 

 

あえて

私も聞き返せず

いや、聞く勇気がなかった・・

というのが本心。

 

 

次の日、

主人に思い切って聞いてみた。

 

 

私:「隠さないで教えて。今二人はどんな状態?」

 

 

主人:「娘は、今も生死をさまよっている。

危険な状態。菌が全身にまわっている。」

 

 

「でも、息子は小さいながらも元気。

時々、呼吸を忘れてしまうから、

看護師さんに【息して~】って言われている。

息するのを忘れちゃうのんきな兄ちゃんなんだよな」

 

 

私はただ

「生きてくれていてよかった。」

そう思った。

 

 

我が子たちに実際に会うまでは・・

 

(我が子の写真ではありません)

 

 

 

なかなか我が子たちに

会うことはできなかった。

 

 

 

その時に、唯一私にできることは??

【母乳を絞ること】

 

 

少しでも多く、

二人分の母乳を絞って。

冷凍して。

主人に届けてもらうこと。

 

 

母乳に

私の想いを込めて。

 

 

頑張ってほしい。

一滴でも多くのんで、

元気になってほしい

大きくなってほしい。

 

 

「いっぱい母乳を絞らなくちゃ!」

 

 

そう、

想えば想うほど、

どんどん母乳は出なくなっていく。

 

 

母乳を絞る手には力が入り

気づくと胸は青あざだらけ。

 

 

出血して、

母乳に血が混ざってしまう。

 

 

まだ見ぬ我が子たちへの想いが募り

気持ちは焦るばかり。

 

 

そんな状況でも

時間は過ぎる。

 

 

お互いの病院から

面会の許可が出た。

 

 

いよいよ会える…

待ちに待った我が子との対面。

 

 

私は、

車いすに乗せてもらい

新生児集中治療室の病室に向かった。

 

 

指定の病衣に着替え、

念入りに消毒を繰り返し、

見たことのない、

厳重な扉に閉ざされた中へ通された。

 

 

改めて

大変なことが起きているのだと

気づかされた。

 

 

 

★私からのメッセージ★

 

生きていたら必ず

こんなカメの歩みでも、変化はあるはず。

そう、諦めずに

辛くても耐える。

 

いつか、

辛さを耐えた以上に

些細なことが、より嬉しく、おおきな喜びとなり

心豊かに、幸せを感じられるようになる。

 

自分も少しづつではあるけれど、強くなれる。

そんな経験をできたから、今の自分がある。

                            

                            

 

 つづきます...

 

 

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