憶測が飛び交っているようだが、あまりにも哀しい、不慮の事故だったという事でいいじゃないかと思う。妙な事を僕は考えたくない。前回も書いたZARDの坂井泉水の事だ。彼女は子宮頸ガンと懸命に闘っていた。詩を書き溜め、ツアーの準備もしていたそうではないか。
自殺だって?3メートルの高さから?
誰だってそんな場所を選びはしないだろう。
「ここでは死ねない。へたすれば死に損なう」ときっと考える。中途半端に死に損なったらタチが悪い。
今回の事で思い出さずにはいられなかったのは、もうかれこれ13年くらい経つだろうか?夭折した、あの尾崎豊だ。彼と同様に、坂井泉水も伝説となったのだ。
彼らには、生きる力をたくさんもらった。
彼らのメッセージは、ちゃんと僕らの胸に息づいている。もちろん、もっと彼女の声を聞きたかったし、尾崎と共にシャウトしたかった。けれどそれはもう叶わない。
だから、その想いを受け止めて「自分に誓った何物」かを、今度は僕らが実行にうつす努力をすることこそ、残されたものの仕事だと思う。次は僕らの番だ。
なんて・・・言ってる本人はぐだぐだだが。
同じ日にもうひとつ訃報を聞いた。
松岡農水相。
み~んな聞いてるナントカ還元水だ。
現職の大臣が自殺するのは戦後初だそうだから、彼の場合は不名誉な伝説を残したわけだ。
死ぬ前にやることがあっただろうに。
ただ、彼の場合は犠牲者という見方も出来る。
罪を犯して逃げる者は、落ち着ける場所を探してとにかく逃げ回るものだ。
冤罪だったが、ハリソンフォードは映画の中で逃げ場を失った結果、ダムの底めがけてダイブした。十中八九、死を覚悟しての事。映画だから死なないが。そのように、逃げ場を完全に失ったら、その時は活路を求めて『死』に抱きつくしかなかろう。その退路を断ったのは安部総理だった。安部クンが不条理なかばい方をして、松岡クンは逃げ場を失っちまった。怪しげなものを抱えていて、黙って持ってるつもりだったが一部が露見しちまった。こりゃやばいと思ったが自分では隠しきれなくなり、仕方がないからゲロしちゃいたいと思ったがそれを安部クンが許さなかった。もう辞めちゃえばと考えたがそれもダメ。もうその「ドクまんじゅう」を飲み込むしかなくなった。
つまり、秘密を胸に抱いたまま墓場まで持っていくという方法。
大臣まで登りつめた成功者のはずなのに、心の弱さを感じる。ゲロした場合の末路と自らを殺した場合のそれは、両方共に地獄には違いない。ただ前者は生き地獄で、「耐えらんネェ」と考えた。でも長い目で見れば前者の方が一過性のものだったはずで、自殺という選択はのちの世にまで悪い影響を残す。既にもう一人道連れにしちまった。
考えるだに、とことん身勝手だ。
「ねぇなんで?なんで死ななきゃいけなかったの?」
と子供に聞かれたら答えられない。今度ばかりは僕に子供がいなくてよかった。



