先だって、北海道に住む姉の友人から宅急便が届きました。僕は店にいたし、中身はなんだか知らない。姉の友人だから名前も顔ももちろん知りません。

ただ、その中身の一部だったという「うど」は、既に天ぷらとなって僕の腹に収まりました。大地の実りっぽいみどりの味は、なかなかオツなものでした。あぁ若草の香りかな?


で、このあいだ、姉に「手伝え!」と尻を叩かれて「びわの実」を収穫しました。収穫といっても、うちは別に農家でも何でもなく、家の前の土手にびわが生(な)ってるのでした。それはたぶん父か母が以前に種をまいたものと思われ。僕はそんなものをいちいち確認しませんので。「あぁ生ってる生ってる」のノリ。うちの界隈は自然発生的に生えてるようなケースもあるし、そうだろうがそうでなかろうがたいして気にはしません。

それで、下に降りてって脚立の長いのをやっこら据えて、僕が上に登って行きました。登った割には「あぁ下から届くゥ!」と姉が言うのでそんじゃぁとばかりに上から枝を押さえつけて取りやすいようにしてあげた程度です。


木の上でそうやってるだけなんでむしろ退屈して、撮った写真がこれ。


びわ写真2


中ほどから上を向いて撮ったもう1枚。


びわ写真1


生ってるやつの半分ほどですが、ざるにいっぱいありました。


びわ写真ざる1


大きさの比較で横に軍手を。


びわ写真ざる2


ひとつ皮をむいて食べましたが、はっきり言って食べるとこない。

タネだらけ。大半がタネ。これは・・・果肉だけ選り分けてフードカッターあたりで砕いて、色々入れてゼリーにでもしたら・・・そうでもしなけりゃ食えんぞぉ?と僕なんかは思いましたが。

あとから聞いたところでは、それは北海道の友人にお礼として送るんだそうです。

もう送ったはず。その友人はいったいどういう風にしたのか・・・まぁいいや、別に。

いやもとい・・・おしまいになりました。

残念です。

「おくちあんぐり呆れるニュース」や「悲しくて泣きそうな事件」ばかりが続く昨今、ばかばかしくってほどほどにぬるくてそれでも頭をそこそこ働かせるととっても楽しめるこの作品は気にいってましたが。深夜の時間帯にもかかわらず、ゴールデンタイムのつまらないドラマに負けない視聴率を稼いでいたと聞きます。

この作品は好評につき「帰ってきた」わけですが、このようにテレ朝はじわじわとファンを増やすのがお得意のようです。既に僕がはまっている沢口靖子の「科捜研の女」や水谷豊の「相棒」もそうです。これもシリーズ化してほしいところです。

次に帰ってくる場合は、「帰ってきた時効警察2」で行けます。ウルトラマンは「帰ってきた」を一度しか使えず、その次はA(エース)をつけてデザインも変えて、「ウルトラマンエース」になりました。でも「時効警察」はエースなどつける必要もなく、むしろそんなかっこいい名前がついたら変です。ただ「2」を加えたらそれでよろしい。

あぁ、映画化するのもひとつの手かも。あの「トリック」みたく。

その時は、テレビシリーズに登場したゲストをみんな手招きして呼んで出してあげたらいい。


それにしても、室井滋はやっぱり司馬らしい。いや、素晴らしい。

何がって、「誰にもいいませんよカード」の矛盾を指摘したからですよ。僕はずっとこの「誰にも言いませんカード」を何故言葉にするときにだけ「誰にも言いませんカード」と「」をつけるのか気になっていました。

僕が自分なりに考えていた理由はこうです。

「誰にも言いませんカード」は犯人の方にとって最も大事な必須アイテムです。既に時効を迎えたとはいえ、それはあくまでも(たぶん)刑事時効の話。民事には言及していません。従って、事件の真相がもしも被害者遺族に洩れたりした場合は民事で訴えられるケースだってあり得る。それは犯人の方にとって非常に由々しき事です。だから絶対にどこにも洩らさないという守秘契約がないと夜も寝られない状況になるでしょう。その約束を担保する重要書類が、この「誰にも言いませんカード」です。犯人の方にとってはいの一番に大切な最重要書類です。一方で、時効警察課の霧山や三日月からすると、たかが趣味の一環であり一部。解決したらばもう満足しており、犯人の方をどうこうしようという気はさらさらないわけです。犯人の方にとって大事なそのカードも彼らにとってはなんでもないもの。でも本当に誰にも言わないんですという信憑性を強化するため、カードを渡すと同時に宣言したのではなかろうか?或いはフレンドリーな響きを持たせる事で犯人の方の警戒を解いたのでは?

・・・とこのように考えました。

その真相は、結局最後までちゃんとは明かされませんでしたが。


さてさて、次に「帰ってくるのは」いつでしょう?

さよならはわかれの言葉じゃなくて、再び会えるまでの遠い約束ですが、うちの店にはやっぱりまたツバメが帰ってきました。入り口のライト上部にまたぞろ巣営を始めましたので、とうとうそのライトの本体をはずしてしまいました。当分の間、豆球の根っこをぶら下げたままにしておくつもりです。



かなり古い曲ですが、ベストテン番組全盛の時代にタケカワユキヒデが歌っていました。

「なまえ それは 燃える いのち

ひとつの 地球に ひとりずつ ひとつ ひとりずつ ひとつ」


ビューティフルネームという曲です。

今日も子供たちは・・・で始まるこの曲は、名前という個人が持つ固有の記号をシンボライズしています。唯一無二の存在であるあなたは、文字通り地球にたった一つしか存在しない大切なものだと。『燃えるいのち』という言葉からもわかるように、自分に何が出来るか、精一杯胸を張って生きていこうよというメッセージが込められていると思います。


僕が昔、保険の代理店をしていた頃の苦い経験。

顧客に「斎藤さん」がいて、名前を書く機会がありました。その時、何の気なしに「斎藤」という字の「斎」に「斉」を使ったのです。すると、お客さんが静かにこう言ったのです。

「その斉は略字だから、ちゃんとした斎を使って欲しいんですけど」

「あ、すいません」と書き直しましたが、あとから僕は「しまったと」思いました。

その冷めた口調は、「斎」という字を軽く扱われた経験が過去に何度もあった事を物語っていました。そうして、その事を「たいしたことではない」と考えている他人が相当数いることが伺えたのです。詳しい事は知りません。つまり、中には「斉」の字が正しい人だっているのかもしれません。例えば戸籍に「斉」の方を記載してあればそれが正しいというようにです。ですが、日本における斎藤さんがどんなにたくさんいようとも、その人が名乗る「斎藤○○」はやっぱり固有のものであって、そこには経緯をはらってしかるべきではないかと。それ以降、斎藤さんと出会うと僕はその「斎」の字に気を配るようになりました。もっと難しい「斎」(う~む、変換できない)もあるようです。

そうして、お名前を拝見した時(特に名刺を頂いた時)には必ずその名前をよく見る癖がつきました。聞いただけの時にはどんな漢字を使うのか確かめるようにもなりました。


その事で得した事もあります。

「イカイさん」だと紹介され、僕はごく普通に「え~と、猪に飼う・・・でいいんでしょうか?」と尋ねたところ、「おう、そうそう。よくわかったねぇ」と喜ばれました。そうして名刺を頂き、それを確かめながら「猪には『、』はつかない方ですね?」と言いました。それを聞いてまたまた「そこまで確かめたのは君が初めてだ!」と大喜び。まぁ、単純に『、』付きの「猪」があった気がして聞いただけでしたが。その方は、僕の既存客のご友人だったわけで、丁度そこに居合わせただけ。僕自身、営業する気もなく世間話だったんですが、それをきっかけに仕事の方もお付き合いくださるようになったというわでです。


今日、なんでこんな話を思い出したかというと、えぇ、社会保険庁ですよ。

古谷さんという方がいたとして、その読みは「ふるや」と「ふるたに」が考えられますが、どっちの読みだか確かめずに入力したんだとか。そんな事すればどういう事態を招くのか中学生だってわかります。彼らには、名前の読みなんてどうでもよくて、保険料が入ったかどうかが問題なのでしょう。その保険料だっていずれは納付者に還元される年金であり、一時預かっているだけのはずですが?全くひどい話で。


加えて、なになに?キーボード入力は一日10000タッチ以内にしなさい?

日本テレビのニュース番組でやってましたが、10000タッチをこなすのに40分しかかかってませんでしたが。一日働いてそれだけに絞れと?更に、50分働いたら15分休憩を入れなさい、と。それじゃぁ一日何時間労働になるの?一日8時間勤務の480分のはずですが、その人が仮に8時出勤の5時退庁とすると、時間あたりにして50分しかやんないから・・・400分しか働きませんわね?それも15分休みを10分しか休まないとしてです。まぁこれはもちろん内規でしょうから、「そんくらいののんびりぐうたらペースで」「名前の読みはてきとーに」「疲れない程度に」ぼちぼちやりなさいということでしょうか。


「ずさん」な仕事ぶりなんて言われてますが、そんなかっこいい呼び方はもったいない。

「てきとー」にやってるひどい組織ですねぇ。

この間、ツバメのフン害に困って、とうとう巣を作らせないように「その場所を撤去」したことを書きました。やれやれ、これでもうやっとフン害ともおさらばとほっとしておりました。それでも、うちの軒先には3つも巣が作られており、中にまだ小さなヒナがいるかと思うと(巣を覗くとこまではしてないので)それを壊すわけにもいかず、自然に壊れちまった分だけ撤去したのです。


が、ヤツはまだあきらめてはいなかったのです。

うちの店の入り口は開き戸になっており、そのドアの真上に貧弱ですがライトがあります。これまでは、その上に止まってはフンを垂れられるというヤツにとっての休憩所みたいになっておりました。ライトのカバーはえっこら外して時々お掃除してました。丁度自分の巣を横目で見つつ、可愛い子供たちの顔でも眺めながら微笑んでいたらしい場所。で、今度はそこに巣を作り始めたのだっ!!!

もうっ!!

ホントに勘弁してくれぇ。


頼むから、どっか別の場所に作ってたもれ。

とにかく、そこはダメダって。お願いだから。


キラーンと光らせるというか、ほとんどその目はつり上がってましたが、「ようし!撤去だ撤去だ!」と、椅子を持ってきて撤去しました。なんか、前に見たものよりも心なしか作りが粗く、突貫工事を思わせるその巣。


頼むから、タマゴはまだでありますようにと願いつつ。

幸いまだ誰も入居してませんでした。

もう絶対に作らせんぞ。


ライトのカバーを外した状態。

あ、そうそう。ブログに貼ってるお店の写真の白くて丸い部分です。


ツバメ巣ライト上に


ヤツの苦心の作?をわしづかみにするの図。


ツバメの巣


せっかく作ったのになと、ちょっと寂しげなヤツ。撮影中にまたフンを垂れた。



ツバメライト上


参考記事:ツバメとの攻防

これはおかずではないんだけど、近頃はまっているドリンクの話。


缶コーヒーをよく飲む僕なんですが、「あれは糖分がすんごい高くて身体にすこぶるよくない」と12歳年下の従妹に指摘(「あんなもの飲んでんの?ダメだよ!」と半ば叱られ)され、「やめるよう努力する」と言ってはみたもののなかなかやめられず、今でもわりかし飲んでます。ごめん。僕は酒を一切飲まないんで、お店にいる時にその缶コーヒーをぐびぐび飲んでいるわけで。よくないと思いつつ、代わりに飲むのに適当なものがないかと思っておりました。


先月のGWのあたりから身体の調子をかなり崩して風邪などひいてましたけども、その時、風邪にはビタミンCがよかれとレモンを絞ってそれをレモン水にして飲んだりしているうちに、もう少し甘くしたらよかんべ?とハチミツを入れてみたのです。

するとこれが、「ほぉ、これはなかなか」よい味になったのです。


それ以来、ちょこちょこ作って飲んでおります。

<作り方>

まず、レモンをおおむね半個グラスに絞ります。グラスはチューハイ用の背の高いやつ。タンブラーとか呼ぶタイプですね。「握力鍛えられたりして」なんて思いながらひたすらぎゅぎゅぎゅとレモンを握りつぶし、これでもかとその汁をグラスに落とします。種が入ると具合がよくないので、種は取り除きますね。

次はハチミツ。これは、うちの場合はタレを作るのに常備しているんで簡単。だいたいワンフィンガーくらい。もちろん増やせばその分甘くなります。でろでろでろ~とグラスに入れる。

そこにお湯を入れて溶かすわけ。入れ過ぎると冷やしずらいから、入れちゃァ混ぜ入れちゃァ混ぜするのがよろしいかと。それが溶けたら、あとは氷をぼこぼこ入れ込んで、冷水を入れたら出来上がりです。うちの店にはコカコーラの機械があって、そこからおいしい水が出せるんでそれを使ってます。まぁ水道水よりはなんぼかましでしょう。ナントカ還元水でも、使ってる方はそれをどうぞ。



生のレモン汁とハチミツだから、缶コーヒーよかよほど健康的ではと思います。

あ。少し前にニュースでやってたけど、ハチミツにも何やら混ざりもんがあったそうで。

いったい何を信用したらいいのかさっぱりわからなくなりました。


この世の中で自分ほど信用できない人間はいないと、生まれてこのかたずっと思ってましたが、これほど信用できない自分自身の判断の方が、最近では「いくらかまし」な気もします。

毎週土曜日のフジテレビ。「ライアーゲーム」を見ている。

最初は戸田恵梨香が可愛くって見はじめた。第一回の放送は正直ゆるくて、ナオがどうしようもない間抜けだし、「この先いったいどうなのよ?」と思ってた。


けど、「少数決ゲーム」が始まってから、これはわわわ~?と次第に引き込まれていった。

何しろ数字に弱い僕としては、絶対に勝てる方法だとか、仲間を作って契約を結んで開いて・・・・だんだん頭がこんがらかってくるのであった。だましだまされ。

主役の二人はえんえんとゲームに参加して最後には勝つのだろうが、それにしてもややこしい。「リストラゲーム」に至っては、ナオが大差をつけられた時点でいったいどうやって逆転するんだか全く予想できなかった。もちろん、秋山が駆けつけてからはMチケットを駆使して大逆転と相成るが、数字に弱い僕としては「いやいや、よかったねぇ」と言うしかなかった。


話の背景には秋山の過去が絡んでいるらしく、ナオと秋山は大規模な仕掛けにはまったって事だろう。次回から本命との対決になだれ込んでいくようだが、さてどうなるやら。


実際、「はぁぁ・・・そういう手があったかぁ」という風に話は進んでいくし、見てておもしろいのは確かなのだが、なんだかこのような話が毎週ドラマ作品として放送されていると、むずむずと余計な事を考えてしまうのだ。


つまり、「世の中は金が全て」とか「だまされる方が悪い。バカは一生這いつくばってりゃいいんだよ」というような、人を蹴落とした者が究極の勝利者だという描き方はどうなのか?だ。もちろんこれはフィクションであって、実際には「ライアーゲーム事務局」なんて存在しない。そんな事はわかってる。とはいえ、例えば「振り込め詐欺」をたくらむ連中や、重機を使って「ATMごと現金強奪」を企てるヤカラや、「いかにして精巧な偽札を作るか」に日夜励んでいる集団から言わせると、自分たちのあり方を肯定しているお話と捉えかねないなと心配してしまう。


少し前に、TBSでジャニーズ山下と堀北真希でやった「クロサギ」も、詐欺の話で、この作品と根っこが似ている。どちらもマンガが原作。近頃のマンガはドラマ化されるケースが多くて、それはプロットにしろ展開にしろ、よく作りこんであって完成度が高い。既にマンガの段階で一定のファンがいるから、ドラマ化の際は視聴率競争を考えた時にゲタを履いてる状態なわけでやりやすいというメリットもあるだろう。だが、たいがいの作品はワンクールのドラマでは完結せず(「クロサギ」もそう)見せる側にとってのおいしいとこだけ放送して終了してしまう。作者が本当に訴求したい部分が充分には伝わらずセンセーショナルな描写ばかりが目立つ結果にもなっている。この「ライアーゲーム」はどうやらある程度の結末まで持っていけそうだが、見ている方は「ゲームの駆け引き」を見届けて終わりじゃなかろうかとも考えてしまう。


世相を反映していると言えば、それで終わりなのだが。

やや怖くもある。


前に犬と格闘 してますが、今回はツバメです。


うちの店の前にツバメが巣を作ってる事を書きました。店に向かって右側にふたつ、左側にふたつの計4つあります。いずれもフン害に悩まされており、縁起がいいらしいとはいえ、痛し痒しです。で、この間、店の左側の入り口脇、つまりお客さんが入ってくるドアの横にある巣が落下しておりました。ぼとんと。さては巣の強度を考えなしにぽっこんぽっこんタマゴを産んだか、或いは予定よりもヒナの成長著しく丸々太ってたせいでその重みで落ちたのかと思いました。その残骸の中にはタマゴのカラもあったけども、いくぶん黄色くってまだ中身があったらしいものも見つかり、可哀想になと思いました。それでも、これでやれやれこの場所にはもうフンが落ちる事はないわけで、「あぁよかった」と母と話しておりました。


ところがです。

次の日にふと上を見ると、またぞろ巣を建設中ではあ~りませんか!

おいおい。

そこは入り口のすぐ脇でもあり、やっぱり見た目がよくない。こちとら客商売だし、そこだけはこまめに掃除していた厄介な場所。だけど、割れたタマゴを目撃している僕としては、可哀想だからまたせっせと掃除するべかなぁ?と考えておったわけです。

しかし、母は黙っていませんでした。


「ぜってぇつぶす!」とばかりにその作りかけの巣を壊し始めました。


母と・・・まぁしばらく口論した挙句、僕も「もう作らせない事に」同意しました。

次の日、彼らは性懲りもなくまた作っておりました。

おそらく、朝方の時間帯に作っているものと思われ。

夏休みの宿題は朝方の涼しい時にやりなさいと先生に言われたものです。


また壊しました。


次の日、やっぱり作ってる。


また壊しました。


で、僕は考えました。彼らが巣を作るその場所には、なにやら角材の短いのが打ち込まれており、丁度止まり木になってるのです。そしてその木の上にえっこらやっこら泥を積み上げてる。ならばその角材を取り除いてしまえば土台がなくなり、巣を作る場所として適さなくなるだろうと。その角材はシャッター(閉店したらがらがらと閉めるあれです)の柱と柱のあいなかに打ち込まれており、たぶんシャッターの強度を補強する程度のものだろうと思われました。実際、うちも隣りもシャッターは全く使っていないから必要なかろうと見えたのです。


そうして、とうとうその角材をバール(くぎ抜き)を持ってきてとっぱずしてやりました。

どうだ、ふふふ。これでもう作れまい。ざまあみろ。


それでもなお、うちにはツバメの巣が3つあります。

とにかく早く巣立ちなさい。


3分の1ほど建設中の状態。


建設中


壊したあと。わかるでしょうか?その木切れをはずしたのですよ。


こわしたあと


そうそう。この間は3つあると書いてた巣ですが、いつの間にか4つになってたわけで。

参考記事:ツバメよ巣立て!






今季初の4連勝!!

いいね、いいね。

ヒサノリが先発したからには落とせないゲーム。そこで二岡がやりました。

1000本達成!!しかも3ランを含む3安打の4打点だから。記録達成の日に大勝してヒーローになるのは気持ちよさげですな。


今季の巨人は大崩れなしでここまで来ています。

交流戦の少し前、何カードか連続して(たぶん5カードかそれくらい)3連戦の勝ち越しを決めていました。この、3連戦を2勝1敗というのはとっても理想的な戦い方です。きっちりそこでひとつ貯金をして、きっちりそこで負けて反省するという。妙に連勝が続くと、先発投手にはプレッシャーがかかります。連勝を自分で止めたくない、と。連勝するケースというのは、実は相手の自滅や勝負どころでのツキが味方したおかげで結果的にそうなったという事はよくあります。全部が全部、勝つべくして勝ったわけではないという事。なのに、負けない時期というのはこれまた過信や勘違いをしてしまうことだってままある。それでいったん連勝が止まると、今度は歯車が微妙に狂い始め、あれよあれよと5連敗してしまう(場合もある)。連戦の疲れというのは勝敗に関係なく密かに蓄積されているもので、負けが込んできてあれれ?とどこか疑いを抱いている時に精神的にも「もう負けられない。連敗を止めなきゃ」と焦りが出るともういけない。身体も心もがたがた。ツキにも見離されて・・・。


でも、今季の巨人にはそれがない。いいね、いいね。

やはり野球は投手力。ヒサノリ、内海がそこそこ安定している。新人の金刃が期待以上に使えたのもでかい。木佐貫や久保、先発に回った福田も5回までならまぁ任せられる。去年は給料泥棒的な存在だった野口が中盤を締めてるし、フランケン西村もロングリリーフできる。ともすれば先発が失敗した試合でも、ぶち壊しにはならないのですな。すると、打撃陣だって黙っちゃいないよ。このあいだは矢野が千金の満塁弾を放ったし、あのホリンズちゅうのがなんかペコーンてヒット打つんだよな?ガッツ小笠原は脇腹よじりながら看板にふつけるし、一番ヨシノブもいちおう切り込んでる。ヨシノブの場合、中盤の下位打線からの爆発に一役買ってると思うけども。谷はさ、いつかの(阪神のウイリアムスのおかげで)オーストラリアに負けた五輪の試合で最後の打者になって一塁に駆け込んで負傷した情けない映像が今でもちょこちょこ流されて、あれでかなりイメージダウンしてるけど、どっこい亮子の為にも愛娘の為にも結果出してるじゃん?


なんたって4連勝が今季初で、それでも首位にいるってのが安定してる何よりの証拠です。何週間か前に、いまだに連敗がないって浮かれてた横浜は調子こいた途端に連敗街道を走り出して、確かに瞬間的に首位にも立ちはしたが、今や借金が6?かな?エースと呼ばれてる三浦が2勝6敗では致し方なし。

これで、今季最多の貯金11です。

その調子で頑張れ。


楽天が元気です。

中日相手にミスにつけこんで逆転したこのあいだの試合は見事でした。翌日負けて5割切ったけど、広島相手にまた勝って、再び勝率5割!!他球団の貯金を一人で借金として背負い込んでたのは昔の話です。オールスターのファン投票でも田中将大が投手部門で首位。そして現在、本塁打と打点の二冠王の山崎武司が最多得票!!すごいね。野村監督の映像はほとんどぼやきが中心で、みんなそのぼやきを待ってるし本人もわかってるからぼやいてるけども、ちゃんとバッテリーに対する教育はやってるようです。

6月2日現在のチーム成績を見ると、防御率はリーグワーストで打率もオリックスと並んで最下位。ちょっといいのはチーム本塁打数がリーグ3位という程度。これは主砲・山崎の数字でしょう。なのにオリックスと西武を抜いて4位にいるというのがすごい。わからないけどすごい。防御率と打率を見れば、最も守れず最も打ててないチームなのに。つまりは試合のポイントをきっちり押さえて、打てないときは打たせない、打たれたときは1点多く取った結果でしょう。

やはり野村監督。恐るべし!

楽天をなめるな!!って感じです。


さて、明日の西武の先発は・・・涌井が出てくるのかな?岸はこないだ投げてるからないはず。あとは知らない。巨人は・・・順番どおりなら木佐貫だと思いますが。


せっかく貯金を11にしたんだから、もひとつ勝って12にしとこうよ。


二岡の3ラン。読売ジャイアンツのサイトから。


二岡3ラン

「僕らの音楽」を見た。鬼束ちひろの復活。


休業していた時期は「気力がなかった」そうだ。

「タレント的な活動に疲れた」というのが休業の一番大きな理由だったそうだが、理由なんてもういいと言うか、再び立ち上がってくれた事で全て水に流そうと思った。


何故って、彼女の歌を聴けば、引きこもっていた時期がどれほど苦しかったかがわかろうというものだからだ。

生きている事が苦しく、曲を作る事が彼女にとっての癒しになってたという鬼束にとって、その「曲すら作れなかった」時がどれほど苦しいか、凡人にははかりかねるものがある。


番組の中で披露した曲は3曲。

新曲と、流星群と、なんかのカバー曲。

確かにそれは鬼束の声だった。透き通る、その美しい彼女の声は失われていなかった。だが、音程はあやふやに震え、アクセントはままならず平板に過ぎ。曲が盛り上がるにつれて熱を帯びてはいたものの、かつてのあの力強さには程遠かった。それはまるでリハビリを始めたスポーツ選手のようで、フィールドに立つにはまだまだ時間がかかるなと思わせた。けれども、素足で立つ彼女の姿を見ると、「あぁ原点に戻ろうとしている」事はよくわかる。その足は、陸上をやっていた彼女のカモシカを思わせるそれではなく、どこかむくみさえ見てとれるもの。

だが、そういう姿をさらしてくれたからこそわかるものがある。

苦しかったんだなと。苦しんでいたのだなと。


プロデュース担当の小林武史に「鬱積(うっせき)してる」と言われて悔しかったそうで。それは端的に言い換えると「おまえ腐ってんなぁ」だろう。

鬼束は「死んでたまるか!」と、まだ「魂はあった」わけだ。よかった。

新曲が出来た感想として「達成感」を挙げていたが、正直なところ、個人的にはその完成度は高くないと思う。インディーズ盤かと思ったくらいだ。おそらく、リハビリを始めた人にとっての第一歩と同様に、「全然できなくなっていたところから一歩前進した」程度ではないだろうか?曲を作る事さえできなかったところから、新しい曲を生み出したのだから大いなる前進と言える。それに、その歌詞には彼女の苦しんだあとと思えるような言葉もいくつかあった。


暗闇の中から一歩も動けない状況にあった彼女が、カーテンを引き、窓を開け放ち、風を入れて息を吸い込み、そうして外出して人に会うまでになってくれた。そうして新曲をリリースするほどに回復してくれた。これを明るい材料と言わずして何と言う。本人も吐露している。以前に自分が作った曲がうまく歌えないという、ブランクの衝撃だ。小林プロデュースによる「東京環境会議」なるイベント。久方ぶりに人前に立った鬼束が「月光」を歌う様子が映っていたが、(言っちゃァ悪いが)まぁその歌のひどい事。およそ歌手のものではない。その「自分の歌がまともに歌えない」ほどに沈んでいた彼女がもろにあった。


けれども、鬼束は再び立ち上がったのだ。

彼女に救われた人がたくさんいるのだ。彼女は今やっと自分の足で立ち上がり、カメラの前で笑顔を見せてくれた。これから、少しずつ自分を取り戻して、彼女自身の歌をも取り戻して、そうして人々に力を与えてくれるだろう。まずは彼女自身だ。


ファンである僕らとしては、今の、ありのままの鬼束ちひろをただ受け入れて、そうして「おかえり」と言ったらいいと思う。


おかえりなさい。ずっと待ってた。


参考記事:鬼束ちひろの復活




先々週の金曜日だったかな?

テレビ朝日ローカルの深夜枠で古い映画をやっていた。ドリューバリモアが(恐らく主役で)出ていて、役の中では確か14才の女のコ。もちろん日本の14才よりも大人びてるしもともとセックスアピールを(役の中でも)出してるからかなり色っぽい。

作家だという父親と一緒の車での二人旅。途中、ガス欠に陥って立ち寄ったネバダ州の田舎町が舞台。理由はよくわからなかったが、街へのガソリンの供給が滞っていて、ガソリンはないという。加えて、何気なく入ったコンビにで銃による殺人事件に遭遇する。事件の捜査は警察だが、保安官が一人いるきりで正直おぼつかない。それはそれとして、ガソリンが街に届くまで安いモーテルに足止めされることになる。ドリューは男友達が欲しかったり大人への階段を登りたい背伸びをする時期で、街の男の子にやおらついて行こうとしたりする。

登場する男の子は一人をA、もう一人をBとしよう。Aは危険な香りのするいわゆる不良っぽい男で、Aより年下だが一見真面目で優しいのがB。

で、映画を観ている方は、コンビニでの殺人犯はAでは?と疑っているわけで、いかにもそんな風に描かれてるし、「そいつは危険だ!危ない!近寄るな!」って思ってる。そんな中、モーテルのドけちな女主人(Aの母親)がバスルームで殺害される。これが2人目の犠牲者。次は、ドリュー親子と同様に足止めをくらってた女性二人連れの片方が、これまたガソリンをわざと洩れさせてそこに着火してという、むごい火だるま状態での焼死と相成る。これが3人目。

ところで、Aにひょこひょこついて行ったドリューが危うくレイプされかかったところをBが助けて、今度は安直にBに好意を寄せるドリュー。けれど、町外れのスクラップ工場でどうにかガソリンを廃車からかき集めて何とか街を離れられそうになった時、「僕が好きなら行かないで」みたいなことをBが言い始める。ここで、「残念だけどお別れだわ」とはならない(当然)。Bの隠れ家についていったドリューはそこで銃やら・・・何だったかな?要は「犯人はあなただったのね?」的な証拠を見つけるのですな。


何を書きたいのか?


米映画には、このように短絡的に殺人を犯して、その罪を悔いる間もなく次の殺人が実行される話がよく登場する。もちろんこんな風に「次は誰が殺される?」的に観ている方の恐怖をあおる種類(なんというジャンルか知らないが)の作品だが。

この作品の場合は、病気の母親が亡くなってしまって他に身寄りのいない少年(息子)がパニックに陥り、食品を買う金が無くコンビニで盗みを働いてそれを見咎められて店主を殺し、執拗に家賃を催促するモーテルの女主人が疎ましくなって殺害し、好きな女の子(ドリュー)と離れたくなくて、行ってしまおうとする人たちをそうさせまいとガソリンに火をつけ女を焼き殺してしまう。

そこにあるのは剥き出しの身勝手と自分本位。キリスト教には「隣人を愛する教え」があるはずだが、そんなものはカケラも無い。僕はホラー系や人がやたらと死ぬ映画をあまり好まないが、例えば「ハンニバル」だとか「セブン」のような理不尽に人の命を弄ぶ変質的な作品が一定のボリュームで作られている。

これは、「現実にこの種の事件が起こったからこそ」という可能性は否定できないと思う。現実とあまりに乖離しているとリアリティを感じないからだ。近い話が現実にあるからこそだ。そして、フィクションを超える事件が起こるというのもまた事実。


会津若松の事件はマンガや小説などからの影響が懸念されているが、これは難しい話だ。

「ニワトリが先かタマゴが先か」ではないが、「ホラー作品が先か殺意が先か」みたいな。


ただ、後先を考えない短絡的な事件がちっともなくならないのは哀しい事だ。

これに近いことを前に書いた気がする。


あ、あった。「思わぬ殺意がかたちになるには


もちっと考えようと言いながら、整理できてないのは自分だったりして。