本日というか、昨日の晩ご飯ですね。

豚肉・キャベツ・もやし・タマネギ・丸天(すり身を揚げたようなもの)に、キムチをいくらか加えて炒めたものです。非常に簡単。

豚肉のうまみと、キャベツのしゃきしゃき。もやしのきゅっとした歯ごたえとタマネギの甘み。キムチがピリリとアクセントを与えてくれます。ご飯がすすむくん。


もう一品は、白身の魚のフライ。

淡白なんで魚の味そのものはそれほどしない。むしろフライのパリパリ感がいい。ちょっとだけソースをかけて食べました。



野菜炒めとフライ

だいぶ前からずっと延々ノドの痛みに悩まされていて、やっと病院に行ったのが5月の2日。薬を飲んでも一向に収まる気配はなく、むしろ再診予定の9日よりも前の7日に症状がひどくなり、その再診を受けた9日には入院を勧められる始末。

「治る薬をくれ」

医者の指示に従って、一応点滴に1日2回(午前と午後)通院をしたがなお変わらず、3日目にはどういうわけだかひどい風邪の症状に襲われてぼろぼろになり、金曜日から日曜日の3日間は生きた心地がしなかった。それでも、日曜日の夜にはやや症状が軽くなっていて、これなら先行きは明るいなと気持ちも和らいだ。ただ、9日に血液検査の為に採血をしており、延々続いていたノドの痛みのその原因が「妙なものじゃないこと」を確かめたかった。


医者は鼻からノドを覗き見て、「だいぶ収まってますね。鼻炎はかなりありますね」と、僕が伝えたとおりの診断をする。血液検査には特段の異常はなかったそうで、「その言葉が聞きたかったのよ」と僕は安堵する。結局、今回は鼻炎に効くという点鼻薬をくれた。

今回のことはいったい何だったのか?

僕自身が思うに、要は少しずつ「疲れが溜まっていたのかな」と考える。それがノドにずっと表れており、何も対処しなかったから一向に収まらなかった、と。身体の反応は結果的に風邪という形の最終形態まで辿り着き、ピークの時にはサスガにそれなりに(仕事の時間以外は)安静にしていたし、身体に溜まっていた「膿みのようなもの」を出してしまうまで僕を困らせたのかなと想像する。実は、風邪に襲われたのは金曜~日曜が最もヒドカッタガ、その症状が峠を越えて降りてくる過程において、例のノドの痛みが何気に引いたのだ。何か知らんが、ひっくるめて和らいだ。完全ではないものの、それだけは頑固に変わらなかったその部分が、明らかに引いた。

「へっ?」と思う。


なんだろうね、ほんとに。

まぁ、今も残る鼻炎については薬の助けを借りそうだけど、最終的には自力で治した思いだ。


もらった薬を書き留めておく。

5月2日

A:ノドの腫れを抑える抗生物質。(効かず)

B:細菌の感染を防ぐ抗生物質。(効果は不明)

C:青色のうがい薬。(まだ残っている)

D:便秘になった場合の下剤。(特に問題はなく、服用せず)


5月9日(追加分)

E:ノドの腫れに直接効くという白濁の飲み薬。見た目は牛乳っぽくて、味は甘く、結構うまい。飲んだらしばらくは舌が痺れたような感じになる。これは唯一効果を感じた


9日~11日

点滴が計5回!!(果たして俺の体のどこに入ったのやら?)

しかも二袋あって、内服薬よりも直接効くものだったはずだが?


5月14日(薬が変わる)

F:鼻に直接沁み込ませるタイプの点鼻薬。(今使ってる)

G:鼻炎を抑えるらしい抗生物質。寝る前に飲めと言われた。


いっぱいもらったなぁ。

色々あるよ。錠剤・下剤・うがい薬に甘めのドリンク。鼻にもちゅちゅっと。


医者に診察を受けてる時、僕はわざと言ってやった。

「今回の抗生物質は・・・あんまり効いた感じはしなかったんですけど・・・?」

「・・・まぁ、あとから効くという事もありますからねぇ」

・・・だと。しかもカルテに目を落としたまま。

「ホントカヨ!!そんなことあるんかいな?」(もちろん、つぶやき)


そうそう、Fの点鼻薬はちょっと笑えた。薬局で「1日2回まで」と念を押されたのだ。「・・・食後じゃないんですか?」

「食後じゃないです。1日2回までですね」

「2回?効果があれば、ちょこちょこやりたくなりそうですけど?」

「2回までにしてください」

「・・・3回やったらまずいんですか?」

「・・・ステロイドが入ってますから」

「あぁ、元気になるって事?」

「・・・まぁそうですね」

薬剤師は頬を赤く染めてうつむいた。


3回目を鼻にさした日にゃぁ俺は超人ハルクばりに・・・?なるんかな?

試してみたい気もする。


他の話題も頭にあったんだが、今日はもうこれしかない。これで頭はいっぱい。


点滴をし始めてから、症状は変わらないというか肝心の患部の痛みが引かないのだが、それ以外に何も変化がないわけではない。内服していた(飲んでいた)抗生物質薬による変化は丸っきりなかったが、点滴によるものは実はあった。医者が強く勧めただけのことはあるのかなと考えた。

まず、ノドがやたらに痒い。といって指でカクわけにもいかないから我慢する。そのせいで、時々ケホケホとせきがでる。また、その前にはなかったのだが鼻がなかなか結構むずむずとぐずる。ノドが痒くて鼻がぐずる事の影響かどうか、時折くしゃみが出る。そんな状態に加えて、一向にノドの腫れは引く気配がなく、これはつまり、ノド・鼻・せき・くしゃみというわけで、あれれ?これはひょっとして・・・?風邪の諸症状ではないのか?と考えるわけだな。

なんなんだいったい?

すると、点滴では何の効果もなく、その時期に重なってたまたま俺は本当にその実、風邪をお召しになったのでござるか?或いは、点滴によって風邪をひいた?

それにしても妙だ。僕が風邪をひくと、まずノドが腫れて・・・それがひどくなって・・・タンがからみ・・・鼻がぐずり・・・という流れになる。変に思ったのは、くしゃみを伴う風邪をひいた経験は滅多にないのだ。でもやっぱり今の状況は風邪だよなぁ。


ひょっとして、僕は全く意味のない日々を過ごしているのかもしれんなどと考える。

つまり、「マルガリータを下さい」と言って花屋を一軒一軒回っている状態だ。

花屋さんは言う。「それはマーガレットの事では?」と。

「いや、マーガレットでなくて、マルガリータ」とつっぱねているのだ。

言い換えると、「世界一高い山はエベレスト」と言う言葉に「いんや、それはチョモランマさ」と反発する相手がいるわけだ。

「エベレストは確かによく耳にする有名な山だとは思うが、世界一はやはりチョモランマだよ」

そこに、エベレストとチョモランマが同じものだという事実を第三者が指摘しない限り、この言い争いは永久に続くのだ。

自分でも何を言いたいのかわからなくなってきた。


専門家であるはずの医師の処方箋に沿って割合おとなしく過ごしているのに、症状はちっとも改善されない。

東京にいる叔母が看護師をしているが、おとといだか、母がまた余計な事だが僕の状況を説明してアドバイスを請うて、「それは耳鼻咽喉科でなくて、口腔外科に行くべきよ」と聞いて来た。おぼろげながら、僕自身が「受診する科を誤った可能性」を考えていたところなのだ。だが、9日に血液検査の為の採血をしていて、やはりその結果は聞いておきたいと考えており、だから、最低でも今一度だけは、医師に診療してもらう必要がある。その機会を寝坊してすっぽかしたオレだ。


最後に点滴を受けた10日の午後、質問してみた。

看護師は僕の手をさすって注射針を刺そうとしている最中。

「耳鼻咽喉科と口腔外科はどう違うんですか?」

「あぁ・・・難しい質問するわねぇ・・・ノドが腫れてるんですよねぇ?・・・」

「えぇ」

「・・・はい、チクっとしますよぉ・・・はい、手を緩めて・・・」

それっきり看護師は質問には答えず、点滴の処置を済ませると逃げちまった。


蛇足ながら、僕の腕は採血なんかには都合の良い、「看護師に好かれる腕」だそうだ。以前、献血をした時に看護師が「まぁいい血管!」と喜んでいた。たぶん、「血管が見え易くて看護師泣かせではない」という程度のことだろうが、点滴をやってもらう度に、「どちらからでも採れると思いますけど?」と両腕を見せたらたいがい「あら、まぁこれは」とみんなに喜んでもらえる。

左腕にふたつと右腕にみっつ。僕の腕にはまんべんなく注射針の跡が赤く残っている。


前回の続きです。


開業医ならともかく、総合病院で診察を受けることはとっても大変。

11時までの受付に間に合うよう、まず早起きをせねばいかん。普段11時に起床するから、それより40分ほど早く起きて病院まで車を飛ばし、受付。待つ事・・・30分・・・1時間・・・2時間・・・。3時間経った2時に、ようやく呼ばれた。

ひと通り症状を説明すると、医師は「はい、口を開けて」と僕の口の中を覗き込む。まぁ予想していた通り、医師は抗生物質をくれた。3日くらいすれば収まるかなと考えていたが、ちょうどGWのさなかで自分の事より店の売上げが心配だった僕は正直言って放っておいた。もちろん薬は飲んでいた。GWの最終日、6日になっても症状に特段の変化はなかった。診察を受けた2日から1週間目となる9日に、再診に来なさいと言われていたからそのくらいは様子を見なけりゃ効果はないんだろうなと考えていた。

翌朝の7日。ひどくなってた。「うぇぇ。きついぞ。」

けど、7日も8日も店があり、予定の9日なら店休だから時間がたっぷりあって、やはりその時まで我慢する事にした。


その9日。

「入院して、きっちり点滴を受けて、安静にしていた方が治りは早い」と医師は言う。「いやぁ入院は無理です」と僕。

医師の顔はやや厳しく、「いったい治す気があるのかないのか?言うこと聞かなきゃダメじゃないか!」という色が浮かんでいて、こりゃ入院は拒んでも点滴は拒めそうになかろうなと考え、「通院で点滴に来ましょう」と僕は答えた。病院に来れる時間を医師は聞いてきたから、「今日は1日大丈夫」という事と、他の日は12時~2時と、4時以降は仕事で来れないと伝える。結果的に医師は3日連続で一日2回の点滴を受けるよう指示した。その日は夜の7時に来て点滴。翌日は朝の8時半と午後の15時の2回。11日は朝の8時半に来て点滴を受けて、そのあと診察に来なさいと。


で、今これを書いてる今日はその11日。実は、朝寝坊をした。昨日は予定通り午前と午後の点滴をちゃんと受けてきたが、今日は寝坊をした。だからすっぽかした。頑張って早めに朝4時半に就寝しても、3時間で起きるのはしんどいのよ。身体が全体にだるいしさ。

状況としては、10日は少し軽くなってた。ひどくなった7日の状態よりも軽い程度。それで油断したせいか、今朝は元に戻ってる。

いちおう、週明けの月曜に、頑張って早起きして診察に行こうと思ってる。それまで辛抱するしかない。


ちなみに、入院勧告された9日は僕の誕生日だったのでした。そんなめでたい日に入院を勧められるなんて・・・と言うほどにはもうめでたくもないが。

「入院しましょうか?」と医師は言った。

「いや、無理」と僕。


店があるのに入院なんてしていられるはずがない。母1人では(姉が手伝ったとしても)とうてい営業できないし、費用だってかかるのだ。「入院なしでお願いします」


GWの中休みとなっていた先週の2日、僕は総合病院の耳鼻科で診療を受けた。実は4年ほど前に、左の耳に突発性難聴を患って入院した事がある。その時の話を書いたかしらんと思って過去記事を探してみたが、どうやらそのものについては書いてなかった。完治したあとにまたぞろ調子がおかしくなって診てもらった時の話は書いているが、まぁそれはいい。今回は耳ではない。


ノドがずっと腫れていた。祖母が亡くなったのは4月の27日だが、それよりも1週間ほど前あたりから唾を飲み込むときに違和感があり、「あぁ風邪だなぁ」くらいに思っていた。だいたい唾を飲み込むなんて普通は無意識にやっているもので、いちいち意識せねばならない程度には異常があったわけだが。ただ、僕が風邪をひいたらこのようにノドがまず腫れて、翌朝は確実にひどくなっていて、時間があればすぐに行くが、行けない場合はもっとひどくなってから病院にかかり、薬をもらう流れになる。ほとんどそのパターンだ。しかし今回はひどくならないから不思議だった。かといって収まりもしない。ノドが腫れてはいても食事が出来ないほどではないし、熱もないし、声も出た。ただ高い声を出すと声帯が震える感があって、そうすると「いっ!?」となり、よろしくない。まぁそのうち収まるか?と思ってそのままにしていた。朝目覚める時に、「今日こそは?」と期待して、「ダメだとわかり」、それじゃぁ「明日に期待して今日は耐えよう!」と覚悟を決める日々が続いた。

で、祖母が亡くなった。葬儀が済むまでの3日間はそれどころではなかった。親戚がその後も2日ほど滞在していたからまだまだそれどころではなかった。また、祖母が亡くなったのはGWのスタート前日で、連休が終わるまではそれなりにお店の売上げに期待する面もあり、やっぱりそれどころではなかった。だが、親戚がみないなくなってやれやれとなってから本当に自分のことが心配になり、病院に行ったのが5月の2日だった。


明日は早起きせねばならんので、本日はここまで。

アメーバニュースにこんなものがあった。

僕は目玉おやじだそうで。


<基本性格>

優秀な頭脳と物事を冷静に判断する能力のある目玉おやじタイプのアナタ。

しかし実際の目玉おやじの体が小さく非力であるように、アナタも風貌がパッと見が地味で目立たないため、他妖怪からは初め「最前戦で使えない」「まったくもって戦力外」という厳しい評価を受けてしまいます。アナタもナメられている自分をよくわかっていますが、くやしいと思いながらもじっと堪えています。そう、アナタは忍耐強い大人の心を持ってます。

そして「自分には何ができるのだろう?」「社会をワシがあっと言わせるにはどうしたらいいだろう?」と真剣に悩みます。評価が低いうちはマスコットのように可愛らしく振る舞い、ニコニコ誰にも愛想良く笑顔を振りまいていますが、心の中では「いつか自分がトップに立ってやる!!」という大いなる野望をメラメラと燃やし続けているのです。小さな体(目立たない風貌)にでっかい野望。「人当たりのいい強欲者」、これがアナタの本性です。


しかしアナタは自分が決して外見的に目立つタイプじゃないとわかっているし、実際シャイで人前に出るのが苦手です。そのため自分が全面に出て何かをするよりも、闘っている部下や同僚妖怪たちを応援したり励ましたりする指揮官的な役割に生き甲斐を感じるようになります。ハスキーボイスでさりげなく自分を主張する目玉おやじを見てください。手のひらサイズながら、鬼太郎の頭の上で陣頭指揮を一生懸命に取る姿は、参謀のようでいて実はリーダーであるというアナタそのものではないですか。


開運カラー ベージュ


開運スポット 大きな窓のある部屋/雑誌に載るような人気のレストラン/温泉


開運アイテム さまざまな資格/壁に掛けた絵


開運ファッション 明るい色のポロシャツ/ダッフルコート/流行に左右されないベーシックなスタイル


開運活動 親友との深夜の長電話/外国語の勉強/一日長時間ふやけるまで入浴


この手の占いは、「あぁなるほどねぇ。当たってる部分もないこともない」程度がほとんどなのだが、これはなかなかヒットしている。「ほほう。当たってる部分がかなりあるわい」と感じた。


開運云々のところでは、過去に思い当たる部分が4つほどもある。その中のいくつかに当てはまっていたケースで、「確かにその時幸せだった」り、「うまくいっていた」りしたのだ。これは、少しは頼みにしてみてもいいかもしんない。

資格ネェ。日本語検定か漢字検定にでも挑戦してみるか。あと、温泉が(過去の経験からも)いいようだから、近場の鹿町温泉にでも行くかなぁ。

※鹿町温泉は、隣り町にある(たしか)町が運営する温泉で、じいちゃんばあちゃんがわさわさいて、おっきなテレビの前でみ~んなが雑魚寝する?食堂(足元にはゴザが敷いてある)があるとこ。以前、祖母の病院に行った帰りに母と食事にだけ寄ったことがある。母はお友達としじゅう入りびたっているが。


みなさんもやってみたら?ちなみに、6月11日までしか掲載しないそうです。


ゲゲゲの鬼太郎 妖怪占い



おひさしぶりでござんす。


野球界では記録ラッシュのようです。


まずは巨人軍の5000勝達成

日本プロ野球界の黎明期から数える事5000の勝利。だいたいシーズンの優勝ラインが80勝あたりを云々かんぬんしますが、100勝すればまぁ大概は優勝するんでしょう。それで50年かかるわけで。凄い事ですね。


ソフトバンクの王監督が1200勝達成。もちろん、過去に渡り歩いてきたチームでの勝ち星を含んでですね?過去のチームと言っても巨人しかないですが。一試合を戦うためには、自軍の戦力分析はもちろん、相手チームの研究、選手個々の相手投手との相性、現在の順位、今後の日程やら投手ローテーションとの兼ね合いなど、本当に膨大な資料をもとに試合に臨むはず。週にだいたい5~6試合を毎日こつこつとこなして、そして勝つ。なかなかどうして大変な仕事です。北海道から福岡の間を移動し、たくさんのスタッフやらと挨拶を交わし、選手をねぎらい、そして勝つ。その数字の積み重ねが1200に到達したんですから、凄い事ですね。今後も身体に気をつけて元気な姿を見せて欲しいところです。


ヤンキースの松井秀喜が日米通算2000本安打を達成しそうです。確かあと1本なんで、もう達成します。この人は身体が強い。ケガでリタイアというのが、去年の手首骨折を除いてほとんどないはずで、毎試合きっちり中軸を打って、そして何らかの結果をコンスタントに残して積み重ねた結果です。やはり凄い事ですね。チームは投手陣の崩壊でぼろぼろですが、松井の調子そのものがもう少し上がれば、みんな他の野手も大金稼いでんだから、順位もまた上がってくるでしょう。メジャーは試合数が多いから、今のうちに戦力をきっちり整えて頑張ってもらいたいですね。


目立ちませんが、ベテランの日ハム田中幸雄が、2000本安打にあと3本ですか。長くレギュラーを張っていればいずれは到達すると言えなくもないけど、やはりそれは金字塔ですよ。もうあと何年現役を続けられるかわからん身体でしょうから、達成できてよかったとです。まだだけど、もうですね。凄いです。


今シーズンは、広島の前田も達成しそうです。まだカウントダウンには早いけど、今季の達成は可能でしょう。シーズンの前だか入ってすぐだかに、たぶんデーブ大久保だったかな?インタビューしてましたが、本人とっても嬉しそうでした。「いやぁ、手に届くとこまで来たんだなぁ」という喜びが顔に滲んでました。少し前、巨人との対戦で木佐貫から本塁打をかっとばしましたが、その時に解説の江川が言ってました。「木佐貫はこれを早く忘れなきゃいけない」と。「あのボールをあそこにああいう形でホームランできる打者は前田だけ」で、「おそらく二度と打たれない」ホームラン。だからとっととそれを忘れろ、と。前田が打撃の天才と言われる所以ですね。貧乏球団の広島から、勲章を手にする選手が出てくる事はやはり喜ばしい事です。あ。貧乏なんて言っちゃ失礼か。去年達成した、引退した野村憲二郎もそうですが、本当に野球を心底愛して、こつこつ努力を積み重ねて手にする勲章には、やはり相当の価値があります。たぶん広島で一番愛されているスポーツ選手である黒田投手は、通算何勝だっけか?彼にも200という数字をつかんで欲しいですが。


200勝といえば、中日の山本昌も、終盤まで故障なしで行けば届きそうですね。確かあと、10勝くらいのはず。毎年10勝前後はしてるから、調子よくいけば、達成しそうです。


ついでみたいで悪いけど、巨人の久保裕也投手がプロ初完封。おめでとう。

これも、ひとつひとつのアウトを積み重ねた結果です。去年までは中継ぎで毎日のように酷使されてましたが、どうやら先発の柱の1本として認められた様子。完投・完封出来れば、もう立派なローテーション投手です。タイプとしては桑田を連想しますが、身体をきっちり維持して、球の切れを鈍らせないよう、次の登板も期待します。

去年の4月4日は僕にとって忘れられない日です。

清峰が甲子園センバツの決勝戦で大敗した日です。

清峰の試合前に、父が亡くなりました。

午前8時8分でした。


その一周忌法要は先ごろ、4月1日に済ませたところです。


そして、おおむね1年後の4月27日。

清峰は春季九州大会の決勝を戦いました。今度は1年前の屈辱を晴らすかのような、8・9回のわずか2イニングを残して0対4というビハインドから大逆転での勝利です。

優勝してくれました。2度目の九州王者です。

ただ、この試合が始まる前、午前8時32分、今度はばあちゃんが亡くなりました。

もちろんたまたまでしょうけど。

父が亡くなった時点で、ばあちゃんもあまり体調は思わしくなく、ここ1年くらいは覚悟しとかなきゃいかんかなと、親族も考えておりました。本当に、召されてしまいました。きっちり1年後に。


28日が通夜。この日が「友引(ともびき)」でなければ葬儀になるところですが、一日ずれて、29日が葬儀です。


清峰が見事に九州王者の称号をまたも手にしてくれて、僕としては嬉しいんですが。

個人的には喜びも半分です。


今回はバンザイではなく、合掌します。



父の一周忌法要を無事に済ませた事はこのあいだ 触れました。

それからひと月も経ってないんですが、今度は(母方の)祖母です。


入院していたんですが、病院から連絡が入りました。

心臓が危なくなったので主治医の判断で急遽「人工呼吸器」をつけたのだそうです。佐世保市にいる叔母と母がまず駆けつけ、今のうちにという事で、僕と、姉、妹も遅れて祖母に会いに行きました。

当然ながら、既に意識は戻らない状態。

「ご親族を呼んでください」と言われ、県外に住む娘たち(叔母さん)や息子たち(叔父さん)に連絡を取りました。

明日(27日の金曜日)、それぞれが来てくれる事と思います。

状況としては、現在手当てされている「人工呼吸器」を外したら、ほぼ逝ってしまうのだと皆が理解しております。


長男も県外におり、うちの母は長女で、ほぼ祖母の面倒を看ている恰好になっており、今回はうちうちで、我が家に連れ帰って、家族葬(または密葬)にて送り出すようです。僕は孫なので、父の時ほどの大変さは(今回は家族葬だし)ありませんが、ブログの方は落ち着くまでお休みになる可能性が高いと思います。

中心となって色々とやるのは子供たち(おじさん・おばさん)だから僕あたりは雑用係になるでしょうけど、今回はちょっと時期が時期です。早い話、ゴールデンウイークに差し掛かり、お店はきっちり営業しなければいけません。


普段は4人の家族が結構気ままに個々のペースで暮らしていますが、親戚が集まると総勢で12~3人という3倍に膨れ上がります。とにかく、何日かは大変だと思います。


また、祖母に関することをおいおい(書けたら)書くかもしれません。



春の九州大会はベスト4が決まりました。


清峰は福岡工大城東を5対1で破って4強進出!です。


おめでとう!


ベスト4の顔ぶれは、清峰と北九州市立筑陽学園と日南学園です。

27日に、それぞれが準決勝を戦います。清峰は第2試合です。

ちなみに試合は大分県の新大分球場です。


清峰の対戦相手である北九州市立は、旧校名が戸畑商です。確か、清峰が九州王者になった2005年秋の大会で破っています。もちろん、その時とはお互いがらりとメンバーが違うからだからといって組し易いわけではないが。むしろ、今年の北九州市立は接戦に強いらしい。


この大会で優勝したとしても、夏の大会はまた1つずつ勝ち進まないと甲子園には行けませんが、シードにはなるのだと思います。そして、この大会を勝ち抜いていく価値は、何と言っても実戦を多くこなせることにあります。


しっかり勝って、もう一試合戦って、そして優勝して欲しいところです。


あ、日程は、雨で順延になったせいで一日延びております。本来は27日が決勝だったんだけど、延びております。そういうことです。