シネレンズとオールドレンズで遊ぶ! -11ページ目

シネレンズとオールドレンズで遊ぶ!

カメラマンヨッピーのブログ。シネレンズやオールドレンズなどのマニュアルフォーカスレンズをミラーレスカメラに装着して遊び、試写を載せていきます。カメラ界でまことしやかに語られているうわさも再考察していきます。

相模原のシネヴィス さんにお伺いしました。

中に入ると映画用カメラがズラリ!!

Arriflex,Bolex,Bell&Howell,ECLAIR(エクレール)、KODAK、AURICON(オーりコン),BEAULIEU(ボリュー)、PATHE(パテー)etc

正直まだまだありますが・・とにかく凄い!!友人にすごいと聞いていたのですが、予想よりはるかに凄いです。博物館レベルではないでしょうか。

そして一番驚いたのが、AK-16(アーカ16)またの名をペンタフレックス。Zeiss IKON製の16mmムービーカメラである。東側諸国で使われていたムービーカメラで、あまりお目にかかることはない。

実際僕も初めて実物を見ました。

オーナーさんのご好意で撮影とブログ掲載の許可をいただきました。

シネレンズとクラシックレンズで遊ぶ!
無骨な作りが東側っぽいです。

三本ターレットを持ったカメラで、マガジンは100ftと200ft,シャッター開角は180°まで無段階調整可能。

モーターは横にも縦にも取り付けられるようです。ゼンマイモーターもあります。

そしてこのカメラで一番気になるのが、そのレンズです。

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Flektogon12.5mm F2.8

Biotar25mm F1.4

Biotar50mm F1.4

の3本がついています。135mmもあるようです。

レンズの明るさ流石です。

もともとBiotarはウイリー・メルテにより1927年に発明された。当時はF1.4という明るさであった。

映画撮影機ように発明されたBiotarは眼レフ用のBiotar58mmF2に生まれ変わる。エキザクタやM

42マウントとして発売されたこのレンズは、その後ソビエト領内でコピーされHelios 44となりHelios44は現在も生産されている。

今回のAKのレンズはオリジナルの設計と同じF1.4の明るさのレンズである。

おそらくいろいろな設計変更はされているであろうが、正当後継のBiotarであると思われる。

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Flektogon12.5mm F2.8
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Biotar25mm F1.4
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Biotar50mm F1.4

いずれのレンズも鏡銅はエキザクタマウントのBiotar(シルバー/アルミ)に似ています。ただ絞りリングはゼブラレンズのものと似ています。レンズ本体はもともとシルバーであとからブラック塗装されています。

デジカメで試写したいのですが、このレンズはオリジナルマウントのため変換できません。

写りが気になります。

ちなみにAK-16は1本のレンズの絞りを変えると連動して、残り2本のレンズの絞りも変わるという、とても凝ったマウントになってます。そのためArriflexなどより複雑なレンズ脱着になってます。

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100ftフィルムマガジンをつけてみました。200ftの方が大きさ的にしっくりきます。

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マガジンにペンタコンの象徴エルネマン塔のロゴが入っています。後期のこのカメラはペンタフレックスと呼ばれているそうです。
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レンズターレット。無骨な作りがアリフレックスと対照的です。

絞りリングのみ塗り残してあります。

このレンズの塗装からも実用されていた様子が伺える。ヨーロッパの業者から購入したというお話だったので、東欧の放送局等で使われていたのかもしれない。

何しろ資料が少ない謎の多いカメラである。


出典:写真レンズの歴史 ルドルフ・キングスレーク著 朝日ソノラマ

    カール・ツアイス 創業・分断・統合の歴史 小林孝久著 朝日新聞社

    写真工業 1957年 9月号 写真工業出版社(光画荘)

    TakahiroNakano Cinematographer


SpecialThanks:CINEVIS 8&16




ドッペルアナスティグマット ゲルツまたの名を『ダゴール』。

偶然、手に入れてしまいました。しかも2本も!!

突然の出来事にぼーっとしてしまいました。


1本目はこちら


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DOPP-ANASTIGMAT Ⅲ 130mm 1:6.8 PAT. C.P.GOERZ BERLIN NO.159583


まだDOPPEL-ANASTIGMATと呼ばれていた時代の物のようです。

シリアルから1903年前後の物のようです。Goerzシリアル表 1904年にDagorという名になるためその直前のレンズであることがわかります。ルドルフ・キングスレークの『写真レンズの歴史』によるとDagorの生みの親エミール・フォン・フーフがGoerz社を退社したのが1902年なので、このレンズはエミール・フォン・フーフ設計のものであろうと思われる。

Ⅲ型はいわゆる2群6枚設計の対象型アナスチグマットでツァイスのドッペル・プロターのライバルと言えるレンズである。
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    Dagor F6.8 手提暗箱用

このレンズに似ているので手提暗箱用レンズのようです。ヘリコイドもついてます。


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見事な対称型です。1892年に27歳のエミール・フォン・フーフにより考案されました。

フォン・フーフも23歳でエルノスターを発明したルードヴィッヒ・ベルテレも、すごい20代ですね!!

このレンズの概念を一度ツァイスに持ち込んだそうですが、却下されたそうです。その後フォン・フーフの案を採用したのがGoerzでした。その後のDagorの評判や販売量を考えると先見の明があったと言えます。

そういえばこのレンズの鏡胴部分はアルミ製です。1900年ごろにアルミがあったのか?という純粋な疑問が湧いて調べたところ、19世紀の後半には現代に通じる精錬方法が確立していたようです。精錬には大量の電気を使うためまだまだ生産量は少なかったとのことですが、当時最先端の工業地帯であったヨーロッパならではかもしれません。


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とりあえず、無限遠だけ合わせてみました。

M42リングに黒パーマセルでレンズを固定。

M42リングが揃ったら加工をお願いしようと思っています。

5D MarkⅡで試写をしてみました。
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評判通りよく写ります。

写真は解像力ではないと改めて思わされます。
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現代の高性能レンズが現代のハイテクカーだとすると、沈ズミやスイターは往年のスーパーカー。

そしてこのレンズは乗ってるだけでワクワクするアンティークカーといった感じです。


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ラ・フェラーリ
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ランチア・ストラトス
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ブガッティ タイプ57SC アトランティック
こんな感じでしょうか(笑)

レンズの世界だと手が届くのが嬉しいところですよね。

もう一本のDagorについては改めて書きます。




出典:カメラマンのための写真レンズの科学  吉田正太郎著  地人書館

    写真レンズの歴史 ルドルフ・キングスレーク著 朝日ソノラマ

前回からだいぶ時間が空いてしまいました。

この間にどうしても読みたかったルドルフ・キングスレーク著の『写真レンズの歴史』(朝日ソノラマ)を読みました。色々な方がおすすめしていた通り情報量と時代背景の描写の詳細さが群を抜いている素晴らしい本でした。ルドルフ・キングスレーク氏がレンズ開発の歴史を第一線で見続けてきたからこその内容でした。レンズの百科事典のようです。


前回はダブルプロターやプラナーの誕生のお話でした。アナスティグマット全盛期というかサイデルの5収差と色収差の6収差補正レンズ全盛期に突入して、レンズはどんどん巨大化、複雑化した。当時のひとつの解答が対象型であった。しかしレンズエレメントの数が倍になってしまうので、追加で収差補正するたびにレンズが2枚づつ増えてしまうという、巨大化が避けられない設計であった。新種ガラスもコーティング技術もなかった当時、こういったレンズにはフレアという避けられない課題に直面する。

撮影の際の工夫でこういった問題を解決できた可能性をSPIRAL氏がM42 MOUNT SPIRAL にて検証されているが、こういった技術は当時一部の写真家の秘伝とされていたのではないかと思う。全ての人が幅広く使いこなせるレンズはまだ登場していなかったのではないかと思う。とはいえ当時のカメラやレンズの価格を考えると全ての人が手に入れられるようなものではなかったのではあるが。


今回はそんな巨大レンズ全盛期に現れた革命的レンズから始まります。1893年Cooke(クック)社のデニス・テイラーは写真用の3枚構成レンズを考案する。Cooke社では写真用レンズは製造していなかったため、Taylor&Hobson(テイラー&ホブソン)社が代わって商品化することとなった。その際Cooke社に敬意を払いCookeの名もレンズに刻まれた。これがクックトリプレットである。
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デニス・テイラーにとって幸運だったのはcooke社はレンズを設計する際にコストに対する自由度が高い会社であって点である。そのため光路計算をしてレンズを設計して試作品を作るという方法ではなくベンディングという実際にレンズを制作していろいろと組み換えを繰り返し最適値を探るという手法を取ることができた。このことにより、最小構成のアナスティグマットにたどり着くことに成功した。3枚6面で6収差を補正するという驚きの設計であった。開放値をf2.8(当時はf4)に抑える事で飛躍的にレンズ設計を簡素化できた。その反面強い屈折率を持つ中央のエレメントの調整は細心の注意が必要で生産性は低かった。そのためその当時追随できた会社は少なくトリプレットをアレンジしたレンズが各社から一斉に発売された。


その一番手はフォクトレンダーのハンス・ハーディングが1900年に設計したヘリアーである。

トリプレットの両凸レンズを貼合レンズにした。面白いことにフォクトレンダー社の資料によれば、このヘリアーはあの有名なペッツバールのレンズの派生型というカテゴリーに入るらしい。確かに凸凹凸のレンズエレメントはペッツバールと合致する。


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次に代表的な4枚玉はテッサーである。


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1902年にツァイスのパウロ・ルドルフによって発明されたこのレンズは、カールツァイスの発表によるとウナーの前群とプロターの後郡を組み合わせたものであるという。キングスレークの『写真レンズの歴史』にも、「テッサーは決してトリプレットの改良品ではない」とある。

確かに凸レンズと凹レンズでペッツバール和を0にするというトリプレットの基本設計とアナスティグマットの後郡の補正を対称型ではない前群で補正するというテッサーの設計理念は違うように思われる。

このレンズはその後W.メルテとE.ヴァンダースレブによりF2.8まで明るくなった。

『鷹の目』との表現されるそのシャープな写りはとても支持され世界中で同じ構成のレンズが作られた。面白いのはそれらテッサータイプのレンズの名前の語尾がarやrとなっていることである。現代でもコンパクトカメラやパンケーキなど多くのレンズに使われているレンズ構成である。


ちなみに色消しエレメントはツァイス、特にルドルフの十八番である。ショットのガラス工場を持つツァイスにとっては硝材開発とレンズ設計が二人三脚となっていた。そのため自社硝子工場を持たないメーカーに対して相当のアドバンテージがあった。ツアイスで優秀なレンズが発明されるたびに、他社はそのレンズに追随するためショット社の硝材を購入せざるを得ないといった図式があったのではないかと思う。


ライカレンズにもトリプレットの派生形と思われるものがある。それがヘクトールである。

マックス・ベレークによって設計されたこのレンズは中央の凹レンズが貼り合わせになっている。

面白いのは同じ名前のヘクトールのというレンズの中には、前述のヘリアーと同じ構成のものもある。エルマーのシリーズはテッサー型である。この1930年代のライカレンズはオールスター的なラインナップである。その中でヘクトール50mm F2.5とヘクトール73mm F1.9のみトリプレットの3群を全て貼り合わせにした独特な設計である。


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1924年にTalaor&Hobson社のH.Wリーはトリプレットをより明るくしたスピーディックレンズを発明した。これは後郡の

凸レンズをより薄い2枚の凸レンズに分割したものである。F2.5であった。

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その後リーは1931年にOPICの後郡を2分割したSpeedpanchroを発明する。



H.W.リーのスピーディックと違うアプローチでトリプレットを明るくしたレンズが登場する。

ルードヴィッヒ・ベルテレのエルノスターである。このレンズはトリプレットの1群の凸レンズのすぐ後ろにもう一枚凸メニスカスレンズを入れる方法である。この方法を考案したのはC・マイナーという光学者でガンドラックのウルトラスチグマットとして発売されていが、エルノスターとそのレンズを搭載したエルマノックスの知名度が高いためあまり知られていない。エルネマンの星という意味のエルノスターはその後改良され映画撮影機用のF1という明るさのものまで登場する。このレンズは当時最も明るいレンズであった。
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エルノスター基本形(1923年)



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エルノスターF2(1923年)
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エルノスターF1.8(1924年)


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エルノスターF1(1925年/映画撮影機用)


独学でレンズ設計を学んだ23歳のルードヴィッヒ・ベルテレはエルネマン在籍時に、このレンズを設計する。その後立て続けに改良型を発表し、ついにはF1のレンズまで登場する。

エルノスターの多くはエルノマックスというカメラに搭載された。当時としては小型なカメラで持ち運びが容易であった。室内でもフラッシュ無しで撮れる明るいエルノスタート相まってキャンディットフォトという現代の報道写真やスナップの源流とも言える写真の流れを生み出した。写真家エーリッヒ・ザロモンの国際会議での写真が有名である。


その後エルネマンはツァイス・イコンの設立とともにツァイスに吸収される。ルードヴィッヒ・ベルテレもカールツァイスに移籍し、エルノスターの後継レンズ、ゾナーを設計することとなる。


やっと役者が揃ってまいりました。レンズ戦国時代もいよいよクライマックスです。


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レンズ進化表3



出典:カメラマンのための写真レンズの科学  吉田正太郎著  地人書館

    写真レンズの歴史 ルドルフ・キングスレーク著 朝日ソノラマ

    

今回は久しぶりに仕事について書きます。

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『BEATLESS-shoegazer covers of BEATLES-/MEEKS』

というCDのジャケット周りとPVを担当しました。

『ビートルズ』をシューゲイザー調にカバーしたのがこのアルバムになります。

シューゲイザーとは『マイ・ブラッディー・バレンタイン』の『ラブレス』というアルバムに代表される音楽のジャンルで、浮遊感を重視したポップでメロディアスなロックです。

音楽はこのアルバムのために結成したMEEKSというバンドが担当しています。

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僕的には久々の紙ジャケにテンションが上がりました。

中面もなかなかポップに仕上がっています。

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これらは全てE-P2とArriflex Cine-Xenon25mm F1.4で撮影しました。

ライティングはSDのRIFAの500wに赤フィルターをかけました。(このライトは発熱量が凄いのでうっかりすると発火します。)

E-P2のセッティングはアートフィルターでポップアートを選択しました。

シャッタースピードを落としてブレ効果を狙っています。

中面はRIFAの明かりでそのまま撮りました。

最終面は表紙と同じ手法です。


PVも同じタイミングで撮りました。

こちらはトイフォトモードのムービーでとったと思います。

編集でところどころスチールが入っています。

レンズは同じくCine-Xenon 25mm f1.4です。

BEATLESS-shiegazer covers of BEATLES- PV

雰囲気は狙った感じがでてると思います。

このレンズやっぱりいい仕事しますね!!


このCD楽曲がとてもイケてるので、一度聞いてみてください。

気に入ったら買っていただけると嬉しいです!

視聴





Meyer Optik Gorlitz Primotar 135mm F3.5

あのMeyer Optikのレンズがやってきました。Oreston以来です。
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鏡銅はアルミ製のようですが、しっかりとした作りです。ガラスもF3.5の割にはデカく何か得した気分。

このレンズはプリセットが面白い作りになっています。

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プリセットつまみ(画面中央のギザリング)を回して任意の絞りをセットすると、絞りリングがその設定した絞り以上行かなくなります。例えばF5.6にセットするとF3.5からF5.6までしか絞りが動かなくなります。あとは絞りリングを動かせば、開放と撮りたい絞り値を簡単に行き来できます。とても合理的な作りです。

このレンズの設計はテッサータイプの3郡4枚構成です。近代の135mmレンズに比べるとシンプルな作りで開放時の解像度も低めですが、素直すぎるボケは最高です。

ただ、最短付近でのみその現象は起こるので、無限遠に近づいてしまうとただのレンズになります。


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荒れ狂ううボケです(笑)
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何がどうボケるとこんなかんたちになるのか不明です。

写りの良さとボケの無茶苦茶さが魅力です。


我が家にE-P3がやってきた。

有機EL液晶のビビットすぎる発色が苦手で避け続けていたのですが、愛用のビューファインダーVF-2を使えばいいという基本的なことに気づき導入を考えるようになりました。そんな時に友人から格安で譲ってもらえる話があり飛びついたわけです。


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E-P2から乗り換えると、操作方法、オペレーションシステム、ボタン類のレイアウトといった一通りの壁がありました。操作感には敏感なので結構イライラしながら1月ぐらいでようやく馴染んできました。しかし背面液晶は全くピンと来ないままで仕事現場にはプレビュー用にE-P2を持ち歩いています。
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写りはというと、安定したコンディションではとても良いです。画素数が一回りアップしたかのような抜けの良い解像感です。特にシネレンズを使うとその良さをより実感できます。

ただ、感度を上げていくと不自然な輝度ノイズが目立ちます。色ノイズをリダクションしてるんだろうなぁといった感じです。まあこれも高感度の強さを考えれば我慢できる範囲です。

問題はホワイトバランスと高感度域での雰囲気のなさです。タングステン(電球)や蛍光灯下で撮影した時に生理的に苦手な発色をします。タングステン時は薄めたレモンティーのような浅い色になります。E-P2の時ははちみつのようなトロッとしたいい色でした。そして蛍光灯下では生っぽい色になります。

この辺は僕の個人的な実感なのでいろいろ諸説あると思いますが、僕的にはそう感じました。

ただ、性能全般的にどうかと聞かれるとはっきりイイ!と思います。色などのディテールに関しては僕が2台使いすればいいだけの話ですから。

まあ今更、型落ちのカメラの話をしてもしょうがないのですが、少し付け加えるとシャッターのタイムラグが劇的に改善してます。これには感動しました。新しいビューファインダーのVF-4と組み合わせれば効果絶大な気がしています。内臓ストロボに関しては買ってから一度も使っていません。液晶のタッチパネルもそんな感じです。もうひとつ劇的によかったのがアートフィルターの『ドラマチックトーン』です。シネレンズやクラシックレンズとの相性は抜群です。このモードだけで写真が上手くなった気がします(笑)

全体的にはいい買い物だったと思います。ビューファインダーやレンズを取り付けてみるとなんとなく組み合わせもあってる気がします。
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試写画像です。
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もう少し使い込んでこのカメラのスイートスポットを見つけたいと思います。


KONISHIROKUというと懐かしい気がします。

小西六のサクラカラーといえば、日本を代表するフィルムで戦後から1970年代までは日本のトップシェアを誇っていた。その後フジフィルムがトップをとるのであるが、そのトップ争いのさなか誕生したのがこのフィルムである。
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1976年生まれでボクと同い年です。

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今見るとおしゃれなデザインです!
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KONISHIROKUのフォントもイケてます。

フィルムの処理はCNK-4かC-41

CNK-4はコニカ独自の現像処理のようです。

DXコードもない時代なのでデザインがすっきりしてます。
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中古カメラ屋でジャンクカメラの中に入っていたのをいただきました。
家のピッカリコニカ(C35EF)にでも入れておこうと思います(笑)









久しぶりにレンズ記事です。

Biometar 80mm F2.8が我が家にやってきました。

エキザクタマウント版でeBAYなどでは頻繁に見かけますが、国内市場では珍しいレンズです。

ガウスタイプの3郡目が貼り合わせではなく一枚のガラスとなっている変形ガウスの5枚玉レンズで、クセノタータイプとも言います。


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1950年~1958年間で生産された初期型です。レンズにはシングルコートが施されている。


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同時期ということもありBiotarのデザインに似ている。


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Biometerの構成図です。

4郡6枚構成のガウスタイプ、Bioterと比べてみました。


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後郡の違いがよくわかります。

この4郡5枚の構成は1944年にRAY社のC.G.ワインが発見し、『Unilite』ユニライトとして商品化された。


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戦後シュナイダーやCarlZeissなどがこの設計に注目し、Xenotar(クセノター)やBiometar,Planar(一部)などの名前で発売した。
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UniliteとBiometarの大きな違いは後郡の単メニスカスの厚さである。厚いメニスカスのUniliteに比べXenotarやBiometarは薄いメニスカスとなっている。中心部の解像力を優先したUniliteに対しXenotarやBiometarは周辺部の描写を優先した。XenotarやBiometarでは口径比も頭打ちとなりF2.8が限界となる。

しかしBiometarno解像度は控えめと言いながらもかなりの解像感がある。
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絞り開放

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中心部拡大

背景のボケの面白さは独特である。
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Biotarと同じく逆光には弱い。

ハレーションやフレアは起こすが解像力が劇的に落ちるわけではないようだ。

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中心部拡大

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興味深いレンズである。

周辺解像力については改めて書こうと思う。

このレンズの詳しい話はSpiralさんのM42 MOUNT SPIRALに出ているのでぜひ見ていただきたい。

M42 MOUNT SPIRAL


出典:写真レンズの歴史 ルドルフ・キングスレーク著 朝日ソノラマ

    M42 MOUNT SPIRAL

先月の後半ごろ撮影でベトナムに行っておりました。

成田空港から飛行機で6時間ほどでベトナム最大の都市ホーチミン市に到着します。

写真の仕事で行ったため写真は載せられないのですが、個人の記録用の写真だけ何枚か載せます。

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田園風景は日本に似ているもののメコン川は日本にはない風景です。

空港から出るとすぐ見慣れた看板が

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こんなのも


到着して驚くのはバイクの多さ

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100台や200台ではなく何千台というバイクが行き交ってます。

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ちなみに子供2人入れて4人乗りまでギリOKだそうです。

そして信号がないことにも驚きます。道を渡るときは普通に歩いているとバイクや車が避けてくれます。

これはカルチャーショックです。

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交差点は大パニックにしか見えないんですが、うまくお互い避けていきます。

こんな変わった乗り物や

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こんな奴もいます

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カブのトライク?

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こんな船も!

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名物のスコール!!

あっという間に道路が小川になります。


みんな好き勝手生きてる感じが印象的です。ゴミはもちろん路上に捨てます。都市部だと清掃員がいるので朝にはきれいになってます。
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ベトナムでは、小さなプラスチック製のイスが大人気!どこに行っても必ず見かけます。この椅子を道の真ん中に置けばカフェや集会所の出来上がりです。

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どこからともなく人が集まってきます。この椅子をバイクに積んで移動してる人もいます。
あと、ベトナム人は何でもバイクの上でこなします。休憩や昼寝や昼食など、移動住宅さながらです。

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ベトナムは地球幸福度指数 で世界12位と国民の満足度が高い国なのだそうです。ちなみに日本は75位。

なんかマイペースに暮らす人々を見ると『三丁目の夕日』的な幸福感を感じます。

食べ物も平均的に美味しいです。ただ果物は原種に近い感じがあり野趣あふれていて、小粒で薄味です。
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フルーツというよりは木の実といった感じです。

4日間しか滞在しませんでしたが、いろいろと新鮮でした。

日本より明らかに貧しいですが、家族で幸せそうに暮らしている姿。

信号というシステムがなくとも成り立っている交通。

ベトナム戦争で国土が荒廃してしまった過去を持つにもかかわらず、反米的な感情を感じないこと

ベトナム戦争時の枯葉剤の影響で(あると思われる。)手首から先がない女の子が市場で普通に違和感なく働いていた姿。

こういったことを目の当たりにして、この国の懐の深さみたいなのをほんの一部だけですが感じました。

普通に幸せというのはこういうことなのかなぁと思いました。

なんかいろいろ勉強になった4日間でした。



MIR-10A(ミール)というと宇宙ステーションを思い出してしまうが、レンズのおはなし。ロシア語で平和という意味らしい。巷ではMIR-1 37mm F2.8 が有名であるが、今回はMIR-10A。
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何が違うかと言われるとサイズが違う。キャノンEF50mmF1.2Lとほぼ同じ大きさで70mmX80mm 520g フィルターサイズは67mmという超ド級レンズである。以前FD35mmF2をフロントヘビーとして紹介したが、それより一回り大きく重い。
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レンズ構成図を見てみても肉厚レンズが並ぶ。

この構成図を見て驚きなのがこのレンズの設計である。


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1970年登場のこのレンズだが、レンズ構成は初期レトロフォーカスのチューニング版のようだ。

国産レンズが次々と新構成のレトロフォーカスに設計を移していくのとは対照的でソビエトレンズらしい。そしてなぜ28mmF3.5なのかも合点がいかない。国産レンズであれば廉価版クラスである。レンズコーティングもマルチコート全盛のこの時代ながらシングルコートである。ただ肉厚のレンズのおかげか発色は良く階調も豊かである。
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ZENITで有名なKMZ(クラスノゴルスク)製
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スペック的に目を引く点はその最短撮影距離で20cmとマクロレンズなみに寄れる。寄ると特徴的なボケをするが、引くと一気にボケなくなる。この辺は初期レトロフォーカスレンズに共通して見られる特徴である。国産レンズが次々とこの構成をやめたのはボケ好きの日本人にあわなかったからかもしれない。

この時代の国産レンズがコンピューター設計でマルチコート頼りになっていくのとは真反対で面白い。
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そしてこのレンズのもうひとつの特徴は星型の絞りである。

インダスター61L/Z-MCが有名であるが、このレンズも星ボケを作ることができる。
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ただ広角レンズなので小さな星になってしまう。

星を降らすことのできるミールというレンズは、ソビエトの生み出した初期レトロフォーカスの集大成なのではないかと思う。