シネレンズとオールドレンズで遊ぶ!

シネレンズとオールドレンズで遊ぶ!

カメラマンヨッピーのブログ。シネレンズやオールドレンズなどのマニュアルフォーカスレンズをミラーレスカメラに装着して遊び、試写を載せていきます。カメラ界でまことしやかに語られているうわさも再考察していきます。


テーマ:

2018525日~27日の3日間、原宿のデザインフェスタギャラリーで「オールドレンズフェス Vol.1」を開催します。このイベントでは4つの写真展と三宝カメラによる中古レンズ販売、各種イベントが同時開催されます。イベントを通してオールドレンズの写真を見て、オールドレンズに触って、買える体験型イベントです。写真家の澤村徹氏をスペシャルゲストに迎え特別出展やトークショーなども予定されています。また僕と鈴木啓太/urban氏によるポートレートワークショップではオールドレンズによるポートレート撮影の秘訣を惜しげもなく披露していきます。まさにオールドレンズ三昧の3日間です。

 

オールドレンズフェスオフィシャルサイト

https://urbansoul00.wixsite.com/oldlensfestival

オールドレンズフェス Vol.1
場所:デザインフェスタギャラリー  東京都渋谷区神宮前3-20-18

EAST 1階、2階、3 301(土曜のみ)

https://designfestagallery.com/


 


時間:5/25(金)16:0020:00

           5/26(土)11:0020:00

5/27(日)11:0019:00


 


 

【イベント】

5/26()13:0014:00澤村徹スペシャルトークショウ EAST301

5/26()14:3015:30上野由日路×鈴木啓太/urbanポートレートワークショップ  Presented by FlashAir(東芝メモリ)  EAST301

・三宝カメラin オールドレンズフェス EAST102


 


 

【展示】

・オールドレンズ×ポートレート展3 EAST 101

・オールドレンズ写真学校展Vol.4  EAST201/202

・オールドレンズ女子部展      EAST 102

・伊藤弘写真展 「傷レンズで見た世界Vol.2」5/26~5/27 EAST203


 


 

【体験会】

5/26()

11:0012:00 オールドレンズ体験会〜ポートレート編〜

15:3016:30オールドレンズ・コンシェルジュ(East204

17:0018:00オールドレンズ体験会


 

5/27()

12:3013:30オールドレンズ体験会

14:3016:00スペシャルセール (East204)

16:0017:00オールドレンズ体験会〜ポートレート編〜


 


 

【各展示詳細】

オールドレンズ×ポートレート展3 EAST 101

昨年9月に開催され大好評だった「オールドレンズ×ポートレート展」も今回で3回目を迎えます。オールドレンズポートレート写真家の上野由日路(フォトテクニックデジタルで連載中の鈴木啓太)を中心に7名の写真家のグループ展になります。今回は女性写真家2名を加え、よりオールドレンズの魅力が満載のポートレート展になっています。モデルの里々佳さんを7人のカメラマンがそれぞれの視点で撮影した写真展示は必見です。

【出展者】

澤村徹(Special Guest

上野由日路

ema/上岡エマ

李治美

syuppo

take

鈴木啓太/Urban

yumemikobou

https://urbansoul00.wixsite.com/oldlensportrait3


 


 

オールドレンズ写真学校展 Vol.4  EAST201/202

上野由日路と伊藤弘主催のワークショップ「オールドレンズ写真学校」の参加者による写真展です。毎月開催されるワークショップで撮影した写真を厳選して展示します。華やかな写真から渋い写真まで様々な写真が楽しめる写真展です。

【出展者】

有賀弘樹

IKUKO

eriko ogura

菓子京子

菅野純子

喜多村章子

高橋清美

谷季美恵

とも/tomoe ando

NaomiOnomura

牧野胡桃

Miki Takeda

YU-KI

李治美

Wataru Yamamoto

-------------------------------------------------------------

伊藤弘

上野由日路

ema/上岡エマ

進藤智士

牧野浩典

(五十音順)

http://raylow3310.wixsite.com/oldlensphotoschool/ole-lens-fes


 


 

オールドレンズ女子部写真展 Vol.1 EAST 102

昨年結成された「オールドレンズ女子部」による写真展。オールドレンズ女子ならではの柔らかい描写のカラフルな写真展。三宝カメラとのコラボレーション企画も必見です。

【出展者】

ema/上岡エマ

urarin

kaz

kiyo

kiramiko

小松原麻里

ちゅん子

terapiko

どあ*

とも

中耶莉佐

Fumy.

mako

may

miki

-yui-

https://oldlens-girls.amebaownd.com/posts/3976987


 


 

伊藤弘「キオクカイロ」写真展 5/26~5/27 EAST 203

オールドレンズ写真学校主催の伊藤弘による写真展。写真に言葉をのせた「コトバフォト」は心に響くやさしい写真たちです。

https://www.kakerabank.com/


 


 

三宝カメラ出張所 in オールドレンズフェス EAST102

今回は三宝カメラによるレンズ販売会を開催します。実際に販売するレンズで「オールドレンズ女子部」メンバーが撮影した展示もあります。写りを見ながら同じレンズが買える貴重なイベントです。

http://www.sanpou.ne.jp/


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知人からLEAF APTUSⅡ-7を借りた。というのも16bitという世界に興味があったからだ。

通常国産のデジカメのほとんどは14bitを採用している。分かりやすく言うと

12bit=4,096階調

14bit=16,384階調

16bit=65,536階調

階調がまったく違う。

もちろん16bitを再生できる環境などそうそう無いはずである。

通常のパソコンモニターの端子が10bit対応だからだ。

しかしそこが重要ではないということをなんとなくではあるが感じていた。たとえば車で高速道路を走るとき法定速度80kmだったとしても軽自動車とポルシェでは走りの質が違うように上限が定められていても質の差が生まれるはずである。

そして人は本能的にそれを見抜けるのではないかと思ったのだ。

ちなみに今回お借りしたAPTUSⅡはLEAF社の製品だ。LEAF社はデジタルカメラバックのさきがけで1992年に世界初のデジタルカメラバックを発売している。

主な仕様は以下のとおり

 

CCDサイズ 48mm×36mm

画素数 3300万画素

16bit RAW

ダイナミックレンジ 12段

 

センサーサイズはフルサイズのちょうど2倍、画素数は現行のハイスペック機並、センサーはなんとCCDでダイナミックレンジは12段。こちらも最近のハイスペック機並。発売が2010年ごろであることを考えると当時はぶっちぎりのスペックだったはずだ。

ちなみに当時はCMOSで16bit機を作るのは困難だったらしく、CCD機が主流だった。最近ではLeicaS(007)など16bitのCMOS機も出てきた。

 

と、スペック解説が長くなったが、肝心の写りはどうなのか?

 

Hasselblad F Planar 110mm F2

 

Hasselblad F Planar 110mm F2

 

すばらしい諧調、色再現。もちろんF Planar110 mmの描写力もあいまってだが、今までのデジカメのイメージを一新するくらいの写りだ。特に2枚目の木漏れ日の描写は本当に秀逸。ライトはピーカンで完全に木漏れ日のみ、ディフューズをしたわけではなく撮影後も標準的な現像のみ。なのに写っている。スキントーン、髪の質感、ニットの質感、ハイライト部、シャドー部のトーンすべて再現されている。

僕の想像を遥かに超えた写に驚愕する。通常この明るさの髪で直の太陽光だったとき髪のハイライト部の描写はあきらめる。しかしハイライト部はもちろん手の影になったシャドウ部の髪でさえしっかり描写している。左手のハイライト部の描写もあきらめるところだがしっかりスキントーンが出て手のふっくらした感じも伝わってくる。

これが16bitの力か!!

もちろんその他様々な要因がかかわっているのだとおもうが、この写りは僕が知る限り最強だ。

ただしこのカメラ実用感度がISO50~200

秒間1コマ

重量が2kg超(レンズ込み)

の恐竜カメラ。

 

しかしそんなマイナス面をかかえてでも手にしたいカメラだ。


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新しくHasselblad 2000FCW + F110mm F2がレギュラーレンズの仲間入りを果たした。

僕はレンズを趣味用と仕事用に分けていて仕事用レンズのことをレギュラーと呼んでいる。

Hasselblad 2000FCW

もちろんHasselblad本体は今のところ趣味用である。2000シリーズは1600Fから続くハッセルブラッドの正当継承フォーカルプレーンカメラである。実はハッセルブラッドの初代は1949年の1600Fである。レンズシャッター機の500シリーズが有名だが初代はフォーカルプレーンシャッター機だったのだ。F110mmF2は1977年に2000FCシリーズと合わせて発売されたF2の大口径レンズでハッセルブラッドレンズで最も明るい。その極薄のピント面は薄氷のようで感覚では35mm判のF1.2クラスのレンズを思わせる。あまりにもピント面がシビアなので通常のスクリーンではピントが合わない。そこで『オプトファイバースクリーン』という特殊なスクリーンが入っている。

通常形態

正直プリズムファインダーではピント合わせできなかった(笑)

このカメラ実はカメラ学校時代の恩師から譲っていただいたものだ。その先生から引き継いだ大切なレンズが今回のレンズだ。もちろんだからレギュラー入りというわけではなくこのレンズ本当に恐ろしくよく写るのだ。

Hasselblad 2000FCW F110mm F2 F2にて撮影

フィルムからスキャンした。圧倒的な被写界深度の薄さだ。撮影時はフィルムということもあって久々の緊張感だった。もちろん普段の撮影も緊張感を持ってやっているが耳がキーンとなる感じは久しぶりだった。

このレンズの構成は7群7枚の変形ガウスタイプ。紛れもない前群分割タイプだ。前群分割構成は一眼レフカメラ用大口径標準レンズ黎明期に姿をあらわしたものの、後群分割に敗れ姿を消したレンズ構成だ。自由度が高い反面収差を抱えやすく被写界深度も浅くなりがちなナイーブな設計だ。とはいえプロミネントノクトンや凹みウルトロン、ウルトロン、ローライプラナー、CFプラナー80mmF2.8、Planar80mmF1.2などドイツ系の名レンズが数多く採用している型でもある。しかもこのレンズは全て分割の7群7枚。設計の自由度がめいっぱいあるのが特徴だ。ドイツの前群分割型変形ガウスタイプの真骨頂がこのレンズといっても過言ではない。

F110mm F2 F4 にて撮影 SONY α7R

薄いピント面はF4まで絞ると圧倒的な解像力を見せる。この写真車窓から一瞬見えるスカイツリーを撮ったものだが、塔のてっぺんの着雪防護ネットまではっきりと写っている。 

α7Rと合わせるとこんなにメカメカしくなる。

Hasselblad使用時の深度を再現したくてPentax645Zで撮影もしてみた。

35mm判より深度の浅さは出てる気がする。

しかしフィルムのほうが量感出がでている。そもそもフィルムと比べることがナンセンスだと思うが、このレンズのポテンシャルをフルで活かせるボディーは欲しい。
SONY α7Rでのスナップ

拡大画像

見事な写りだと言わざるをえない。

ZeissIkonは1971年に写真機生産から撤退した。1974年にCarleissはヤシカ(後に京セラ)と提携して新生コンタックスが誕生する。

それを境にレンズ生産もそのほとんどが日本に移行してゆく。その中でHasselbladやRolleiflex用などの中判スチール、Arriflex用などの一部の業務用カメラAniversaryモデル、などの特別なレンズはCarlZeissがドイツ本国で生産していた。F110mmもその時代のMade in West Germanyだ。F110mm F2は当時50万円以上した超高級レンズなのである。圧倒的な写りもそれを聞くと納得がいく。

今後僕のレギュラーレンズの中核を担っていくであろうレンズである。


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野外で写真撮影をする上で切っても切れないのが天気だ。特に大規模撮影の際には最も気になるファクターの一つだ。

これは僕がスタジオでのロケアシスタントをしていた時代の話である。ある大御所カメラマン(現在も活躍されてます)の撮影にアシスタントで参加して神奈川の三崎に向かっていた。ある酒造メーカーの広告だった。代理店のラフデザインは茜色の空のした何かを語らうように遠くを見据える親子が描かれていた。

しかし天気は雨、しかも今でいうゲリラ豪雨のような状態だった。僕はロケが早々に終わることを予想してどこでサボるかを考えていた。広告撮影では基本的に天気予備日が設定されているので無理せず天気予備日で撮影するものだと思っていた。

我々ロケアシスタントはピックアップから8時間までが基本料金なので早めに撮影が終わったときは終了予定時間までサボれるのが暗黙の了解だった。

しかし僕の予想に反してカメラマンの車はまっすぐロケ現場に向かっていた。「とりあえず現場に行くのか。律儀な人だなあ」なんて心の中でつぶやき同じ車で現場に向かった。雨はどんどん強くなり高速道路では視界が危ういくらいの水しぶきになっていた。

「今日天気悪いですね。」ストレートにカメラマンに話しかけてみたが、あまり気にしているそぶりもなく違う話になった。

現場に着くと先発部隊がセッティングを終わらせていた。カメラの上には簡易テントが張られ雨にぬれないようにはなっていたが、とても撮影できる状態ではなかった。しかしカメラマンは粛々と撮影準備を進めていた。

 

この日の撮影は4×5(シノゴ)。雨の中の4×5(シノゴ)の撮影は困難を極める。しかも無理を承知で撮ったところでコンテとは似ても似つかない。どうしたものかと様子を見ていると、ふと雨が止んだ。

すかさずスタンバイしていた親子役の役者さんが定位置についてポラロイドを撮る。

その間にもどんどん雲が晴れてゆく。

ポラロイドが仕上がる頃には雲の隙間から薄明かりがさしはじめていた。

「じゃあ本番行きましょう!!」カメラマンが掛け声をかける頃には夕暮れの茜色の太陽が雨でぬれた道を照らし、映画のワンシーンのようになっていた。本番直前に撮った最終ポラには茜色の世界の中に遠くを見つめる親子の背中が写っていた。

その絵は代理店のコンテよりもはるかに美しく、力強かった。

 

最後まで疑うことなく準備していたからこそこの瞬間を撮影することが出来たのだと思う。

きっと僕がカメラマンだったら早々に諦めていただろう。

最後の最後まで諦めない人に恩恵をもたらすのが写真なんだなぁと感じたロケだった。

 

 

 


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KONISHIROKU HEXANON 52mm F1.4

 

 今回のレンズはKONISHIROKU HEXANON 52mm F1.4だ。KONISHIROKUとは若い方には馴染みがないかも知れないが、『小西六写真工業』の事でコニカのかつての社名だ。コニカの創業は1873年(明治6年)で小西屋六兵衛店といった。浅沼商会と並んで日本写真産業の最古参だ。ちなみにコニカは小西六のカメラのブランド名で頭文字からとられた。

 

 このレンズのオリジナルは1960年に発売された『KONICA F』用の標準レンズである。

 KONICA Fは当時世界最速の1/2000シャッターを搭載した一眼レフカメラで、コパルスクエアの原型となった金属板幕のフォーカルプレーンシャッタを採用していた。また国産では初めて露出計を搭載した一眼レフでもあった。様々な先進機能を搭載したカメラであったが非常に大きく、重く、高価であったため、そのほとんどは輸出され国内ではごくわずかに販売されたのみであった。

同年KONICA F用の金属シャッター製造を引き継いだコパルから発売されたコパルスクエアー(コパルスケヤ)シャッターを搭載した普及機のKONICA Fsが発売される。今回紹介するレンズはそのFs用の標準レンズだ。

 FsはコニカFマウントという独自のバヨネットマウントを採用していた。1965年にはKONICA AUTOREXでARマウントが採用されたためわずか5年あまりの短命なマウントであった。そのためレンズ数も少なく変換アダプターも少ない。純正のF-AR変換アダプターも幻といっていいほど希少で見かけても数万円の値が付く。今回はKONICA Fの接写リングを応用してSONY Eマウント化することに成功した。

 

 

 KONISHIROKU HEXANON 52mm F1.4の構成は典型的なダブルガウスタイプ。本来のダブルガウスは絞りを挟んで前後対称型であるがこのレンズは後ろが一枚多い。これは明るさを稼ぎながら収差を抑える為で枚数を増やして曲率を分散するための方法だ。当時は絞りより前を分割する前玉分割と後玉を分割するもしくは分割しないという3つの方法がよく用いられた。

  前玉分割は設計の自由度が高く様々な個性て設計出来る反面、収差も増大しやすいので癖玉になりやすい。

後玉分割は現在でもスタンダードな設計で収差を抑えながら明るさを増す事が出来る。もちろん当時は手探りであったので各社あらゆる構成が存在する。分割しない設計の場合補正出来る収差に限界があり、なにかを犠牲にする必要がある。

どの構成でも第2群の貼りあわせをはがして間に空気間隔を作って設計の自由度を上げる方法があるが、二群をセパレートすると生産精度が上がってしまうため当時は技術的に難しかった。初代ズミクロンの空気レンズはこれにあたる。

 HEXANON 52mm F1.4の描写は線が細くシャープである。その反動で後ボケにザワザワとした硬さが残る。ややトーンが浅めなのはHexanonシリーズの典型的な特徴だ。

また、黎明期の大口径レンズに共通の問題点も抱えている。まずはコマフレア由来のコントラスト低下だ。F2クラスでは克服された問題であるが未だF1.4クラスでは課題として残っていた。もう一つは虹状のゴーストだ。ズマリットなどで有名な半円形のゴーストである。

ザワザワとしたボケと浅めのトーンが良く分かる。写りはシャープである

 

虹状の半円形ゴースト

 

逆光でコントラスト低下が起こる。柔らかくていい世界観だ。ピント部はちゃんと解像しているのでしっかりとした絵作りが出来る

 

ゴーストとフレアをミックスしてゆく。後ボケもつられて柔らかくなっている。

実際の色はもっと淡いのだが、カメラ側でビビットに補正している。

黎明期の大口径レンズの最大の魅力は際立った個性である。KONISHIROKU HEXANON 52mm F1.4も期待を裏切らないじゃじゃ馬レンズだ。振り回されるか乗りこなせるかは撮り手の技量次第といえる。

 

 

 

 

 

 

 


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僕は20代中頃にスタジオを卒業した。その後しばらくフリーのロケアシをしていた。

主な仕事はカメラマンのアシスタントで早い話が日雇いの直アシみたいなものだ。以前はカメラマンになる方法として、まずスタジオで修行をした。その後自分が付きたいカメラマンを探して直アシ(専属アシスタント)になる。その後師匠の許しを得て独立という流れが一般的だった。しかし直アシをつけられるのは一部の売れっ子カメラマンのみで多くのカメラマンはスタジオから派遣されるロケアシで現場をこなしていた。当時は完全にフィルムの時代で35mmカメラでの撮影以外アシスタントなしの撮影は考えられなかった。
フリーのロケアシはスタジオのロケアシより融通が効くのでかなり重宝された。懇意のカメラマンが4人~5人いれば十分生活できた。余談であるが僕はカメラマンとして独立すると決めてフリーのロケアシをやめたがとたんに収入が半分以下になった。下手なカメラマン仕事よりロケアシの方がよっぽど稼げたのだ。
そのフリーのロケアシ時代にあるカメラマンについていた。ヘアメイクとして成功した後、カメラマンとしても活躍されていた方で最近では俳優としても活躍する有名アーティストの専属ヘアメイクをされている方だった。僕はちょうどカメラマンとして独立を狙っていた頃だったので誰彼構わずポートフォリオ(ブック)を見せてまわっていた。そのカメラマンにもブックをみてもらった。
当時僕はブックにかなりの自信を持っていた。業界最先端の撮影現場に何年も携わっていた僕はそこで得た知識を自分流にアレンジして作品を作っていた。技術的にも出来映え的にもプロとして十分通用するレベルだと思っていたからだ。
そのカメラマンはひとしきり僕のブックを見るなり言った。「写真が撮れる事はわかった。でもお前の女性観が写真から読みとれない!」短い感想だったが僕の思い上がりをたしなめるには十分だった。それまで僕は写真の仕上がりが一番でモデルもスタイリングもメイクもその要素のひとつだと考えていた。確かにそういう写真作品もあるしそれが悪いとは思わない。しかし僕が写真を始めたころ映画のような写真を目指していた。映画の中で泣き、笑い、いろいろな葛藤に向かい合ういろいろな登場人物に夢中になっていろいろな映画を見た。
僕が作っていたブックのモデルたちは一様に無表情で人間らしさを欠いていた。そこには昔、目指した映画の登場人物のような表情豊かなヒロインの姿は無かった。女性観はもちろん人間観さえも欠いていたのだ。
その一言があってから僕は写真に対しての考え方を変えた。というかは初心に戻ったのだ。モデルの魅力を引き出すための、メイク、スタイリングを心がけた。写真は一番あと。モデルとの積極的に話しどういう人なのか、魅力的なポイントはどこかというのを丁寧に見ることに時間を費やした。
写真は目線だと最近は思う。人や物や風景をどの角度、どういう目線で見るか、それを決めていく作業が写真なのかなと思っている。だから余計な演出や力技はなるだけ避ける。レンズ選びもそれがトリッキーな写りをするものを選んでるわけではなく、僕の目、心象風景に近い写りをするものを選んでいる。そうすると控えめな個性のレンズが残るがそれでいいのだと思う。
自分が目の前を光景を見て感じた感情を素のまま伝えられればそれで十分なのだと思う。

 
 
 

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国産大口径レンズの黎明期

 

国産レンズの中でも初期のf1.4クラスの大口径レンズをシリーズで紹介していきます。

 

その1 Nikkor-S Auto 5.8cm f1.4

1960年頃レンズを設計する上で、f1.4という明るさの確保はもちろん、一眼レフに対応するため長いバックフォーカスを実現する事は非常に難しい課題であった。当時すでに安定してf1.5という明るさを実現していたゾナータイプだと一眼レフカメラではバックフォーカスの確保が難しいことがわかり各社一斉にガウスタイプの設計を開始した。しかし1950年代当時、一眼レフ用大口径レンズはプロミネント用ノクトンやレクタフレックス用ノクトン、コンタレックス用プラナーなどの前例あるもののまだまだ未開の地であった。そんな未開の地を開拓していった国産レンズの数々を紹介したい。


まず第一回で紹介するのはNikon初の開放値f1.4の一眼レフ用標準レンズであるNikkor-s auto 5.8cm f1.4だ。

このレンズはニコンF用の初めてのF1.4クラスレンズとして1960年に発売された。一見5群7枚に見えるが3枚目と4枚目のレンズはセパレートしており6群7枚だ。

 

このレンズの最大の特徴は前群分割と呼ばれる設計だ。f1.4クラスのレンズになると明るさを確保するために正パワーが必要となる。正パワーとは収束する光の強さでいくつかの要素で強くすることが出来る。

 

まず1つはガラスの屈折率の強さ。ガラスが持つ屈折率は種類によってまちまちで屈折率の強いガラスを使うことで正パワーを稼ぐことが出来る。しかし一般に屈折率の高いガラスは色収差が大きくなる傾向にある。屈折率が高く色収差の少ないガラスは高価になる。

 

次はガラスの曲率。凸レンズの曲率を上げることで正パワーを得ることが出来る。しかし曲率を上げると球面収差や歪曲収差などの収差も増大する。

 

そして3つ目が凸ガラスの枚数を増やすことだ。凸ガラスを増やせば正パワーを稼げる。しかも各ガラスの曲率は緩やかに出来るので収差的にも有利になる。ガラスを1枚足すと2面増える計算になるが面数は増えれば増えるほど収差補正的には自由度が上がる。コーティングが普及した1950年代以降は面数増大によるデメリットもかなり軽減したのでガラスの枚数を増やすことが有効な収差補正の手段となった。

 

Nikkor 5.8cm F1.4では ランタン系高屈折率低分散ガラスを使いつつ凸レンズの枚数を増やすことで明るさを稼いでいる。興味深いのはこのレンズでは前群の凸レンズを分割している点だ。一般にこのことを前玉分割という

 

この時代f1.4クラスのレンズは前群分割タイプと後群分割タイプに分かれていた。前群分割は球面収差補正に良好で後群分割タイプはコマ収差に有利であることが後に分かる。後群分割はバックフォーカスを伸ばすにも有利であるので現在の標準レンズのほとんどは後群分割を採用している。

この時代の代表的な後玉分割レンズであるコンタレックスプラナーである。このレンズでも開放時はややコマフレアが残存している。とはいえこの時代においては最良の設計である。

後群分割に加え2群の貼りあわせをセパレートして6群7枚構成にすることでコマフレアを完全に除去する世代が1960年代に入って登場するようになる。

 

一方前群分割を採用している有名なレンズにはNOKTON 50mm F1.5がある。

ノクトンは厳密に言うと凸レンズでの分割ではないが、1952年当時のガウスタイプとしては最高水準の性能を持っている。後ボケが硬くなってしまいがちなガウスタイプにおいて、コマフレアのハロのベールで背景を柔らかく処理してみせる設計はさすが。ガウスタイプに人生を捧げたトロニエらしいすばらしいレンズだ。

 

Nikkor-S Auto 5.8cm f1.4の写りはどうであろうか?

中心部拡大

 

繊細なベールを纏ったような写りは「甘美」の一言。その他ニッコールレンズとは明らかに違う写りだ。これはレンズの周辺部に環状に残存したコマフレアによるものだ。中心部には解像度がのこるので拡大写真で分かるとおり花びらの水滴ははっきり写っている。柔らかい周辺部とシャープな中心部の対比が独特の立体感を生み出している。

一段絞るだけで急激にシャープになる。

 

この魅力的なレンズであるが当時のトレンドとは合わず僅か2年で新型のNikkor-s 50mm F1.4が発売となる。

新型の50mmF1.4は傑作で14年もの間Nikonの標準レンズを支える。現代のレンズと比べても遜色ない写りは当時としては驚異的であった。

 

しかし現代においてはむしろ旧型のNikkor-s Auto 5.8cm F1.4の強烈な個性のほうが評価されるのだと思う。もちろんそれもまた時代のトレンドである。当時は性能不足と判断された各残存収差も現代においてはかけがえのない個性である。しかも当時はポット修正といってばらつきのあったガラスのロットにあわせて設計を修正していたそうだ。そんな手作りの時代のレンズはどことなく暖かく写真表現においては心強い。

大口径標準レンズの黎明期に誕生した不完全だが美しいこのレンズは21世紀に入りようやく評価されていくのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 


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来週末の11月3日より3日間、原宿のデザインフェスタギャラリーで写真展を開催します。僕が6年前から続けているオールドレンズ写真学校というワークショップのグループ展です。今回は参加者が過去最大の20名です。なじみのあるレンズからレアなレンズまで様々なレンズで撮影した作品が楽しめます。入場は無料です。

 
 
上野由日路×伊藤弘
オールドレンズ写真学校写真展 2017
日時:2017年11月3日(金)~11月5日(日)
11.3(金) 16:00~20:00
11.4(土) 11:00~20:00
11.5(日) 11:00~19:00
 
場所:DESIGN FESTA GALLERY East 2F 201/202


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某中古屋のジャンクコーナーで見つけたレンズに見慣れないシャッター。そこには「NEUMANN&HEILEMANN」の文字。

デッケル社のコンパーシャッターそっくりのデザインはいかにも舶来品?

ドイツ人らしき2人の名前の社名。このシャッターの正体はいったい!!

疑問にぶち当たった僕はとりあえずこのレンズを購入することにした。

調べてみたところこのレンズとシャッターユニットは本鳥(motodori)写真機械工業所のコンドルカメラに付いていたものであろうことが分かった。

シャッターはなんと予想を覆して国産であった。コンドルカメラが生産されていたのは1930年代~1940年代。この時代に「NEUMANN&HEILMANN」ってどんなセンスなのよって思ったら、なんと在邦ドイツ人のNEUMANN(ノイマン)さんとHEILMANN(ハイレマン)さんが作った会社であることがわかった。ノイマンはツアイスのパテントレンズで有名なフランスのKrauss(クラウス)社出身。ハイレマンはドイツのカメラメーカのkenngott出身であることが分かった。

 

1932年にノイマンとハイレマンはNeumann&Heilmann Feinmechanisch Werkstatenn Goshi Gaisyaを設立する。高木、大森、西宮、武庫川の各工場でRULEX、NEUHEIL,PERFECT&PERFEKTなどのレンズシャッターを生産し国内のカメラメーカーに供給していた。またシュナイダーのRadionarなどを輸入し自社シャッターに組み込み供給していた。

 

実はこの4年前にノイマンとハイレマンはある日本人と会社を設立している。その日本人の名は田嶋一雄。1928年11月11日に設立されたその会社の名は「日独写真機商店」という。ノイマンの指導の下「ニフカレッテ」を作った。このころから日本でも本格的な国産カメラの生産が始まる。

 

ノイマンは1937年にハイレマンと袂を分かち「ノイマン商会」を立ち上げる。その矢先1939年ごろバイクの事故でこの世を去っている。

 

一方ハイレマンは太平洋戦争開戦後も日本にとどまったがスパイの嫌疑をかけ数ヶ月にわたり収監されている。戦後になっても日本で小さな工場を営み成功を収めている。

 

ノイマンとハイレマンと田嶋一雄が立ち上げた「日独写真機商店」は その後「モルタ合資会社」 、「 千代田光学精工株式会社 」と名前を変え「ミノルタ株式会社」となった。そして「コニタミノルタ」を経て現在のソニーαシリーズとなる。

 

Neumann&Heilmannの工場はその後、藤本写真工業(Lacky)やミノルタの武庫川工場へ引き継がれている。

 

2人のドイツ人が日本に持ち込んだカメラ製造の礎はしっかりと日本に根付き現在も生き続けている。

 

 

 

 

 

 

 


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続けて書いてきたPetri cc auto シリーズですが、今回は真打登場です。

 

Petri c.c. auto 55mm F1.4

大きな前玉が特徴的

さらに特徴的なのは大きな後玉、F1.2クラスのレンズのようだ

 

このレンズはペトリのレンズラインナップで最も明るいレンズだ。ペトリFT用にリリースされたレンズで構成は5群7枚。オーソドックスな4群6枚のガウスタイプの最後部に凸レンズを一枚追加して正パワーを強め、明るさを明るくしている。ライツクセノンや後継のズマリット、コンタレックスプラナーF1.4などに採用されている方式だ。

この構成のレンズには共通の弱点がある。開放時にコマ収差由来のフレアが発生してしまいコントラストが落ちたり、場合によっては画面上に白いモヤのようなゴーストが発生してしまうことである。これは前群と後群の対称性によるもので対称性を崩せばキャンセルされる。

 

このレンズのカタログには電子設計機を使った近代的な設計のレンズとある。50年代の半ばから登場したコンピューター設計をペトリも導入していたようだ。

55mmF1.8はフリントガラスのみで作られた珍しい設計なのに対し、このレンズではクラウンガラスも用いられている。設計系譜的にF1.8とは全く別系統のレンズといえる。

 

前述したとおり開放でフレアを発生しやすい構成のこのレンズの写りはどうであろうか?

結果は全くその気配が見られない。開放から高性能なのだ。

開放でもシャープなピント部、柔らかくやさしいボケ味。

 

 

Petri c.c.auto 55mm F1.8とは全くの別物だ。開放値が暗い分F1.8クラスレンズの方が開放ではシャープで安定した写りをしがちだがペトリに関しては完全にF1.4の方がシャープで性能がいい。

ヤシカコンタックスプラナーが登場する70年代ならばまだしも1967年にこの性能とは、ずば抜けている。世界に十分通用する性能だったと思う。

 

前ボケも理想的な柔らかさ

開放から絶好調。ポートレートに最適な柔らかさ。それでいて線が細くシャープなディテール

拡大するとこのとおり、髪の毛一本一本しっかり解像してます

 

だけど写り過ぎない。現代レンズではもちろんこんなレンズ見たことないですが、オールドレンズでも稀にみるポートレート向きレンズです。

 

もちろん僕の仕事用レンズラインナップに入ってます。

 

F1.4クラスのレンズをいきなり設計してこの出来、やはりペトリは恐ろしい会社です。

 

Model:菅彩夏子

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