ちょっとだけ今日は何の日 -5ページ目

血がほしい~

「噴水の日」
1877(明治10)年、東京・上野公園で第1回内国勧業博覧会が開催され、会場中央の美術館前の人工池に日本初の西洋式の噴水が作られた。落成したのは9月8日だった。

「献血記念日」
1964(昭和39)年、それまでの売血制度をやめ、全ての輸血用血液を献血により確保する体制を確立するよう閣議で決定された。
売血常習者の血液は血球が少なく血漿部分が目立つため「黄色い血」と呼ばれていた。この血液は、輸血しても効果がなく、また、輸血後に肝炎等の副作用を起こしがちだったため、大きな社会問題となっていた。1974(昭和49)年に民間商業血液銀行が預血制度を廃止したことにより、全てを献血で確保する体制が確立した。

申し訳ないけど、私は献血はしない。
だって、貧血なんだもん!
ふだんからよわよわな身体だから、採血とかで少し血を採られただけでけっこうこたえる。
採った直後に具合悪くなってしばらく休ませてもらったこともあるんだもんなぁ…
情けないわ~…
で、前からちょっと気になってた「成分献血」っていうのは何なんだろう?と思って調べてみたら、「成分採血装置」というものを使って血小板や血漿といった特定の成分だけを採血し、赤血球は再び体内に戻す方法なのらしい。
なんでも赤血球は回復に時間がかかるらしいんよね。
でももしかしたらこの方法だと献血にそこそこ時間がかかるのかもしれないね。
で、献血できない人の条件は年齢や体重以外にもいろいろとあって、意外に思ったのは3日いないに出血をともなう歯科治療をした人とか刺青をいれた人、ピアスを空けた人なんていうのもだめなんだそうだ。
けっこう細かい制約があるみたいだけど、それも当然のことかもしれない。
そういうチェックをいいかげんにしてたせいでいろんな弊害が出た過去があるもんね。
で、献血に行ったらもえるものっていうのは各地によって違うらしいんだけど、粗品はともかく全国共通のスタンプカードみたいなのを作れば良いのにね。
そしたら、旅行先でも出張先でも気が向いたら気軽に献血出来るし、集めたポイントによってすきなものがもらえるっていうシステムにしたらもっとたくさんの人が献血するかも…
私もそういうのなら献血したい気にはなるなぁ…
まぁ、あくまでも「気分」でさすがに現実には無理だけど~…


キンカ●塗って、また塗って

「交通信号の日,三色信号設置の日」
1931(昭和6)年、銀座の尾張町交差点(現在の銀座4丁目交差点)・京橋交差点などに、日本初の3色灯の自動信号機が設置された。

「NHK創立記念日」
1926(大正15)年、社団法人日本放送協会(NHK)が設立された。

「蚊の日」
1897(明治30)年、イギリスの細菌学者ロナルド・ロスが、羽斑蚊類の蚊の胃の中からマラリアの原虫を発見した。

今年は長雨のせいだとかで全国的に蚊の発生が多かったらしい。
確かに今年はいっぱい刺された。
裏の空き地に雑草がいっぱい生えたせいかと思ってたけど、全国的なものだったのね。
蚊といえば怖いのが地球温暖化。
このまま地球温暖化が進めば、2100年頃までには地球の温度は、1.4~5.8℃上昇するといわれているそうで、ただ暑くなるだけならまだしもそれによって蚊の繁殖できる地域が拡大し、マラリアやテング熱などの死に至るウイルスを急速に蔓延させることになるっていう説があるらしい。
マラリアを媒介とする蚊は国内では本来は沖縄の南西諸島にのみ生息しているらしいのだけど、それがどんどん広がっていくっていう説。
まぁ、2100年だったら私はとっくに死んでると思うけど、何年後からそんなのが流行るかが怖いよね。
私は明らかに他の人より蚊に刺されるし、体力ないから死亡率高いと思うんだなぁ…
暑いとこ嫌いだから、熱帯系の病気ではあんまり死にたくないんよね~
そういえば、蚊に刺されにくい方法っていうので「レモン汁を塗る」っていうのが紹介されてたんだけど、刺されにくいかどうかは別として肌の炎症とか起こしそう…
刺されるなら刺されるでいいから、一瞬でかゆみが止まる薬とか作ってほしいかも…

もう長年行ってない…

「バイクの日」
総務庁交通対策本部が1989(平成元)年に制定。
「バ(8)イ(1)ク(9)」の語呂合せ。
バイクの安全を考え、バイクによる交通事故の増加を防止するための日。

「俳句の日」
正岡子規研究家の坪内稔典さんらが提唱し、1991(平成3)年に制定。
「は(8)い(1)く(9)」の語呂合せ。
夏休み中の子供達に俳句に親しんでもらう日。

最近、住宅情報(?)かなにかのCMで俳句を読むやつがあるよね…
金縛りのがちょっとだけウケたかも…
でも、俳句は読めないし、バイクは乗れないしということで、今日の出来事から。
「1963年
映画会社がテレビでの映画放映を認可」っていうのに少しだけ興味をひかれる。
えーーっ!
それ以前はテレビ放送不可だったのか~
確かにテレビで見れると思えば、映画館にはなかなか行かない。
私は映画館に行かない理由は様々あって、時間がかかるとかお金がかかるということもあれば、映画館は締めきってるから気分悪くなる事が多い(特に地下とかはダメ)、周りの事や返りのことを考えると感動ものは見れないとかそんなかんじで最近はもっぱらテレビで見る派。
しかも、地上波オンリーなんだからショボいよね…
ちょっと昔は「テレビで放送されるまで数年待つわ」って言ってた気がするんだけど、最近は本当に早い!
特に最近驚いたのは「妖怪●戦争」
だって、主演の男の子が宣伝してたのってついこの前だったのに、もうやるの~?みたいな感じだった。
で、見てみたけど、う~ん…テレビで良かった~って感じだったかも…(^O^;
でも、好きな映画っていうのはいくらテレビで見てもやっぱりDVDとかでもっときたくなるよね。
いつかまたものすごく見たくなることがあるかもしれないし、やっぱり好きな物は宝物みたいなものだから。

発芽玄米も大好きだ~

「高校野球記念日」
1915(大正4)年、大阪の豊中球場で第1回全国中等学校優勝野球大会が開会した。
全国73校から地区予選を勝ち抜いた10校が参加し、京都二中が優勝した。第10回から会場が甲子園球場になり、学制改革により1948(昭和23)年から全国高校野球選手権大会となった。

「米の日」
岩手県農政部農産物流通課が1998(平成10)年に制定。

「猛暑の特異日」
猛暑となる確率の高い日。

昔を描いたドラマなどを見ていると、一升瓶に米を入れて棒でついてるシーンが出て来たりする。
米を精米している風景だ。
米は籾(もみ)に入っている。
籾が取れると玄米になり、米ぬかと白米に分かれる。
この米ぬかがすぐれもので、米ぬかを摂るだけで、玄米を食べたのと同様の効果を得ることが出来ると言う。
米ぬかには、ビタミンB1やB2、ナイアシン、ビタミンE、ミネラルなど様々な栄養素が含まれている。
それによって、老化防止、コレステロール値の低下、生活習慣病の予防、便秘の改善等が期待される。
さらに、米ぬかにはたくさんの美容効果がある。
肌に潤いを与え、メラニンを含んだ角質やくすみの除去、それによる美白効果等。
私も一時、米ぬかの化粧品を使ってたことがあるんだけど、とっても良い感じだった。
こういう自然のものを使ったものの中では米ぬかが一番なんじゃないかと思う位。
なんで続けなかったかっていうと単に金銭的な問題よ…ガクッ…

ぞう~さん、ぞう~さん!

「プロ野球ナイター記念日
1948(昭和23)年、横浜ゲーリッグ球場で日本初のナイター・巨人対中部(現在の中日)戦が行われた。
「ナイター」という言葉もこの時初めて使われた。

「パイナップルの日」
「パ(8)イ(1)ナ(7)ップル」の語呂合せ。

野球はまったく見ないし、パイナップルは前に書いたし、何か他のことはないかなぁ…と探してると…
「1875年 後にナウマン象の化石を発見するナウマンが来日」っていうのがあった。
ナウマン象は氷河時代の寒冷な気候に適応するため全身に毛を生やし、約20万年前から2~3万年前まで日本列島や東アジア大陸に生息していたとされている生物。
日本では北海道の忠類、瀬戸内海、日本海の海底、長野県野尻湖などから化石が発見され、それらの化石の分布は全国におよぶ。
忠類でみつかった化石の大きさは頭の高さ2.4m、肩の高さ2.15m、全長4.3m。
この化石は、1969年(昭和44年)7月、忠類村晩成の農道工事現場中に偶然発見され、3回に渡る調査の末、全骨格の約80%にあたる47個の化石が発掘された。

「ナウマン象」の名称となっているハインリッヒ・エドムント・ナウマンが来日したのは明治政府の招待によるもので、当時はまだ20歳。
1875~1885年の間に東京大学地質学教室の初代教授となって地質家の養成の尽力した。
野尻湖の湖底発掘調査で発掘されたゾウの化石を研究し、日本の哺乳類化石の最初の記載となる論文「史前時代の日本のゾウについて」を発表したことにちなみ、大正13年(1924年)京都帝国大学教授の槙山次郎博士により、「ナウマン象」と命名された。

ナウマン象は肩高2.5m~3mということだから小型。
骨だけになるとさらに小さい雰囲気になるから、化石を見てもあんまり「おぉ~っ!」ってびっくりはしないと思う。
なんでも大きけりゃ良いってもんでもないけど、やっぱり大きい方が「おぉ~っ!昔はこげなものがいたのか~!」って感動があるよね。
ちなみに私は骨だけよりも生きてた頃の姿での展示の方が迫力があってすき。
さらに動くともっと良いけど、それじゃ、博物館っていうよりアトラクションだな…(^^;

関東って一体…

「女子大生の日」
1913(大正2)年、東北帝国大学(現在の東北大学)が女子受験生3人の合格を発表し、日本初の女子大生が誕生した。

女子大生といえば、大昔(?)に「女子大生ブーム」というのがあった。
「オールナイトフジ」という番組が火付け役。
1983年4月2日に放送開始となったこの番組は、まったくの素人の女子大生を起用。
「オールナイターズ」と呼ばれる女子大生が司会進行をしていたわけだけど、放送開始当初、この番組にはアダルトコーナーがあったらしい。
そんなものを女子大生に紹介させるなんて、今なら下手したらセクハラで訴えられそうだ。
結局、クレームが付いてそのコーナーはなくなったらしいけど、当時はまだアダルトは特別な存在でテレビで紹介するなんてこともまだあまりないような時代だったらしい。
1985年3月30日放送で終了し、翌週から「オールナイトフジII」としてアダルトの話題のないバラエティ番組として再スタート。
その後、1991年3月30日、第400回を迎え終了。
初代司会は秋本奈緒美と鳥越マリ。
おかわりシスターズ、おあずけシスターズ、よまわりシスターズなんていうユニットも誕生した。

この番組は関西では放送されてなくて、私の好きな某バンドがゲストに出た時のビデオを見せてもらったことがあるんだけど、なんとまぁ面白くない番組か…と呆れた。
まさに素人。
こんな番組が人気あるなんて、関東人はどうかしてると思った記憶がある。
どうも関東はこういう印象が強い。
とりあえず、面白くない。
しゃべりや段取りが下手というだけで、イライラしてしまう。
私が見たのは誰が司会だったか忘れたけど(…っていうか、ほとんど知らない人だったりする…)マジでショックを受けたもんなぁ…
関西の女子大生だったら、絶対もう少しは面白いはず…なんて思ってた。

カチコチ

「終戦記念日,敗戦記念日」
1945(昭和20)年8月14日、政府はポツダム宣言を受諾し、翌15日の正午、昭和天皇による玉音放送によって日本が無条件降伏したことが国民に伝えられた。これにより第二次世界大戦が終結した。
内務省の発表によれば、戦死者は約212万人、空襲による死者は約24万人だった。
1982年4月の閣議決定により「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」となった。

「全国戦没者追悼式」
1963(昭和38)年から毎年、政府主催による「全国戦没者追悼式」が行われている。
正午から1分間、黙祷が捧げられる。

「刺身の日」
1448(文安5)年、刺身が初めて文書に登場した。
室町時代後期の書記官・中原康冨の文安5年のこの日の日記に鯛なら鯛とわかるやうにその魚のひれを刺しておくので刺し身、つまり「さしみなます」の名の起りとあり、これが初めて文書に登場する刺身に関する記録とされている。

「ふるさとデー」

今年もまたこの日がやってきた。
終戦記念日に思うことはいろいろありつつ…重くなるからやめとこ~…

刺身というと、最近は産地直送のお刺身なんてものがある。
生物だけに、昔なら考えられないことだし、きっとおいしくないんだろうなという気がするけど、意外なことにこれがとてもおいしいらしい。
理由は冷凍法。
超急速冷凍というものが出来てから、冷凍食品の質はかなり向上したようだ。
とにかく、冷凍は出来るだけ低温で、しかも、急速にすればするほど鮮度が保てるらしい。
そして、解凍は、冷蔵室などの低温でゆっくり解凍すること。
できるだけドリップ(肉や魚の汁)が出ないようにすることがおいしく食べるコツらしい。

私はけっこう冷凍食品を食べるのだけど、ほとんどがピラフ、ドリア、グラタン、ピザみたいなものだから、解凍せずにそのまま炒めたりチンしたり。
だから、解凍のことはよくわからない。
袋から出した方が良いのか、そのままで置いといた方が良いのかなんてこともよくわからない。でも、最近は親切にたいていどんなものにも「食べ方」みたいなものが書いてあるから、心配はないよね。
まぁ、心配しなくても生物の冷凍食品をもらったことはないし、買うこともまずないから、大丈夫なんだけどね。

たいして気にならない

「特許の日」
1885(明治19)年、日本初の専売特許が交付された。
7月に施行された「専売特許条例」に基くもので、堀田瑞松の錆止め塗料ほか7件が認められた。

特許はまるで私には関係ないし~、しかも昨年書いたような気がする。
そんなわけで、いつものごとく今日の出来事を調べてみたりする…
すると、こんなのがあった。
「1998年
気象庁が北陸・東北地方での梅雨明けの発表を断念。梅雨明けなしは史上初」
「入梅」は6月11日か12日が通常。
これは立春から数えて135日目にあたる暦の上での雑節。
気象庁では、前後数日間の天気経過と予想を比較し、晴天から曇雨天へ移り変わる中間の日を「梅雨入り」と決定する。
太平洋高気圧が夏にかけて強まっていき、オホーツク方面の気温も高まるにつれて「梅雨前線」は衰え、そして「梅雨明け」となるのが通常。
梅雨明けのもう少し詳しい(?)条件は、梅雨前線が北上する。南下する。自然消滅のいずれかの場合だそうだけど、年によっては、この3つのパターンにハッキリ分けることができない事もあるとのこと。
なんともあやふやだなぁ…
梅雨明け宣言をしたとたんに雨続きだったりすることもよくあるし、そんな厳密なものでもないのに宣言するのは返っておかしいよね…
梅雨明け宣言は別にいらないと思うけど、各地について宣言しといて北陸だけないってのもおかしいから、過ぎてからでも、「●月●日あたりに梅雨明けしていた模様です」って一言言えば良いのにね。

宝石箱や~

今日からお盆…
我が家ではお墓参りも行けず、お供えもお粗末なもので…
皆様、申し訳ありません~!m(__)m

「函館夜景の日」
函館出身の大学生の投書がきっかけで、函館夜景の日実行委員会(函館青年会議所・函館観光協会等)が1991(平成3)年から実施。
「や(8)けい(K=トランプの13)」の語呂合せ。
函館に暮らす市民一人一人が「夜景」を創り出しているという意識を再認識することにより、函館に対する愛着を深める日。

「左利きの日」
提唱した人(おそらく左利き)の誕生日、だとのこと。
この日とは別に、2月10日が日本独自の「左利きの日」となっている。

最近は遊びに行く相手もなく、夜景を見に行くこともない。
日本の三大夜景都市は、函館、神戸、長崎らしい。
結局、見晴らしの良い場所が多いってことなのかな?
同じ場所でも綺麗な夜景が見れる時とそうでもない時があるらしく、まず第一は気象条件。
当然の話だけど、雨上がりや台風のあとは空が澄んで綺麗に見えるらしい。
時間によっても違うそうで、たとえば都市部だとオフィスの明かりの量や交通量によっても見頃時間が違うらしい。
それから、車の排気ガスも関係がある。
今日、たまたまワイドショーで見たんだけど、お盆休みで車が少ないために空気が澄んで、なんと!ふだんは霞みにかかって見えない京都までもがみえるとか言ってた。
車の排気ガスって、思ったよりもすごい量なんだなと驚いた。
もっと環境に優しい車が増えると良いのにね…
そしたら、夜景と同じくらい、綺麗な星空が見えるようになるかもしれない。

どうぞやすらかに…

「国際青少年デー」
1999(平成11)年の国連総会で決定。国際デーの一つ。
1999年、リスボンで世界青少年担当閣僚会議が閉幕した。

「航空安全の日,茜雲忌」
1985(昭和60)年、日航機123便が群馬県御巣鷹山に墜落し、520人の犠牲者を出した。生存者は4人だった。金属疲労による圧力隔壁破壊が原因とされている。
遺族らがつくる「8・12連絡会」が編集したメッセージ集のタイトルから「茜雲忌」とも呼ばれる。

「君が代記念日」
1893(明治26)年、文部省告示「小学校祝祭日大祭儀式規定」が公布され、小学校の祝日・大祭日の唱歌に『君が代』『一月一日』『紀元節』等8曲が定められた。
1999(平成11)年、「国旗国歌法」により正式に国歌となった。

この時期になると、小規模ながら、ニュースやワイドショーで日航機事故の特集のようなものが組まれる。
あれから何年たったんだろう?
かなり前だったという印象はあるものの、そんなことさえわからなくなってきている。
あれから21年…
一般の人にとっては、そんな事故もあったなぁ…または、若い人は事件のことを知りさえしないかもしれない。

だけど遺族は違う…
時間薬…時と共にどんな記憶もだんだんと色褪せて忘れてくる。
だから、悲しいことや辛いことからも立ち直れる。

でも、突然の事故で家族や愛する人を失った人の記憶は色褪せることはない。
この日が来る度に、1985年8月12日に戻ってしまう。
いつもと変わらない笑顔で旅だった人が永遠に帰ってこなくなる。
日一日と痩せほそり、顔色を失い、この人は死んでいくのだな…と心が理解していく病気とは違い、元気でいつもと何も変わらなかった人が突然いなくなる…
遺された人には元気な頃の記憶しかない。
だから、いつまでも納得できない。
でも、その人がもうこの世にいないことはわかっている。
わかっているのにわからない…
なんて辛い状況なんだろう…

航空機事故の場合、遺体もみつからなかったり、かなり損傷してる場合が多いと聞く。
生き絶えた亡骸がおよそ本人とはかけ離れた姿だったら、そのショックもさぞ大きいと思う。
どんなに怖かっただろう、痛かっただろう…そんなことを感じ、行かせなければ良かった…何も出来なかった…そんな思いを抱く人もいれだろうと思う。
遺族には何の責任もない。
そんな事故が起こるなんて誰にもわからなかったこと。
事故がおこってしまったら、誰にも何も出来ることなんてない。

亡くなったらもう痛みも苦しみもない。
ありきたりだけど、亡くなった人達は、遺された人達が元気で幸せに暮らしていることを一番喜ばれると思うから、どうか皆さん頑張って下さい。

テレビを見ながらそんなことを思った…