どうぞやすらかに… | ちょっとだけ今日は何の日

どうぞやすらかに…

「国際青少年デー」
1999(平成11)年の国連総会で決定。国際デーの一つ。
1999年、リスボンで世界青少年担当閣僚会議が閉幕した。

「航空安全の日,茜雲忌」
1985(昭和60)年、日航機123便が群馬県御巣鷹山に墜落し、520人の犠牲者を出した。生存者は4人だった。金属疲労による圧力隔壁破壊が原因とされている。
遺族らがつくる「8・12連絡会」が編集したメッセージ集のタイトルから「茜雲忌」とも呼ばれる。

「君が代記念日」
1893(明治26)年、文部省告示「小学校祝祭日大祭儀式規定」が公布され、小学校の祝日・大祭日の唱歌に『君が代』『一月一日』『紀元節』等8曲が定められた。
1999(平成11)年、「国旗国歌法」により正式に国歌となった。

この時期になると、小規模ながら、ニュースやワイドショーで日航機事故の特集のようなものが組まれる。
あれから何年たったんだろう?
かなり前だったという印象はあるものの、そんなことさえわからなくなってきている。
あれから21年…
一般の人にとっては、そんな事故もあったなぁ…または、若い人は事件のことを知りさえしないかもしれない。

だけど遺族は違う…
時間薬…時と共にどんな記憶もだんだんと色褪せて忘れてくる。
だから、悲しいことや辛いことからも立ち直れる。

でも、突然の事故で家族や愛する人を失った人の記憶は色褪せることはない。
この日が来る度に、1985年8月12日に戻ってしまう。
いつもと変わらない笑顔で旅だった人が永遠に帰ってこなくなる。
日一日と痩せほそり、顔色を失い、この人は死んでいくのだな…と心が理解していく病気とは違い、元気でいつもと何も変わらなかった人が突然いなくなる…
遺された人には元気な頃の記憶しかない。
だから、いつまでも納得できない。
でも、その人がもうこの世にいないことはわかっている。
わかっているのにわからない…
なんて辛い状況なんだろう…

航空機事故の場合、遺体もみつからなかったり、かなり損傷してる場合が多いと聞く。
生き絶えた亡骸がおよそ本人とはかけ離れた姿だったら、そのショックもさぞ大きいと思う。
どんなに怖かっただろう、痛かっただろう…そんなことを感じ、行かせなければ良かった…何も出来なかった…そんな思いを抱く人もいれだろうと思う。
遺族には何の責任もない。
そんな事故が起こるなんて誰にもわからなかったこと。
事故がおこってしまったら、誰にも何も出来ることなんてない。

亡くなったらもう痛みも苦しみもない。
ありきたりだけど、亡くなった人達は、遺された人達が元気で幸せに暮らしていることを一番喜ばれると思うから、どうか皆さん頑張って下さい。

テレビを見ながらそんなことを思った…