ちょっとだけ今日は何の日 -21ページ目

ただのプリン好き…

今日も寒い…
今日も雪降った…
もう3月も半ばなのに、やめてよ~~!

「ホワイトデー」
2月14日のバレンタインデーにチョコレートを贈られた男性が、返礼のプレゼントをする日。バレンタインデーのチョコレートに対しキャンデーやマシュマロをお返しするのが一般的になっている。
日本でバレンタインデーが定着するにしたがって、若い世代の間でそれにお返しをしようという風潮が生まれた。これを受けたお菓子業界では昭和50年代に入ってから、個々に独自の日を定めて、マシュマロやクッキー、キャンデー等を「お返しの贈り物」として宣伝販売するようになった。
この動きをキャンデーの販売促進に結びつけ、全国飴菓子工業協同組合(全飴協)関東地区部会が「ホワイトデー」として催事化した。そして1978(昭和53)年、全飴協の総会で「キャンデーを贈る日」として制定され、2年の準備期間を経て1980(昭和55)年に第1回のホワイトデーが開催された。
ホワイトデーを3月14日に定めたのは、269年2月14日、兵士の自由結婚禁止政策にそむいて結婚しようとした男女を救う為、バレンタイン司教が殉教し、その一箇月後の3月14日に、その2人は改めて二人の永遠の愛を誓い合ったと言われていることに由来する。

「キャンデーの日」
全国飴菓子工業協同組合ホワイトデー委員会が1978(昭和53)年に、バレンタインデーの返礼にキャンデーを贈る日として制定。

「マシュマロデー」
福岡県の菓子店「石村萬盛堂」が1977(昭和52)年に、バレンタインデーの返礼にマシュマロを贈る日として制定。

「数学の日」
日本数学検定協会(数検)が制定。
円周率の近似値3.14に因んで。
現代文明を支えている数学の一層の発展を願って祝う日。

「国際結婚の日」
1873(明治6)年、政府が国際結婚を認めるとの布告を出した。

「国民融和の日」

最近、ホワイトデーのお返しにはマシュマロやキャンディの他にパイを贈ろうという動きも出てきているらしいけど、多分、女性達はそういうものよりも良いものを期待してるだろうね。
だいたい、マシュマロもキャンディも安いし…
自分は安物の義理チョコしかあげなくとも、そういうのが返ってくると「本当に●●さんってケチ!もう来年からはチョコなんてあげない!!」ってことになるんだろうなぁ…
ちなみに私は飴系はあまり好きじゃない。
でも、マシュマロは意外と好きなんよね~
ちなみに、マシュマロはほとんどメレンゲと砂糖で出来てるようなものだから、家庭で作るのも簡単らしい。
まぁ、簡単でも作ってみようとは思わないけど…
マシュマロは最近ではゼラチンパウダーで固めるのだけど、大昔はウスベニタチアオイという植物の根を使っていた。
このウスベニタチアオイの英語名がMarsh Mallow…マーシュマロウだから、その名が付いたということらしい。
元々この植物は薬効が強く、根から咳止めトローチが作られていたのがマシュマロの原型なんだそうだ。
ところで、最近ではマシュマロを食べると肌が綺麗になるという説があるらしい。
っていうのも、ゼラチンが含まれてるかららしいんだけどね。
そう考えると、ビタミン配合のマシュマロなんて作ったら売れるかもしれないね。
でも、私のおすすめはやっぱりプリンマシュマロ!
食べ始めると、最低1週間くらいはやめられなくなってしまう!

暗いよ~、狭いよ~、怖いよ~

なんで~?

なんで3月なのにこんな寒いんだ~??


「サンドイッチデー」
1が3で挟まれている(サンド1=サンドイッチ)ことから。
この日とは別に、サンドウィッチの生みの親とされるイギリスのサンドウィッチ伯爵の誕生日・11月3日が「サンドウィッチの日」となっている。


「青函トンネル開業記念日」
1988(昭和63)年、青函トンネルを通るJR津軽海峡線が開業した。
青函トンネルは、全長53.85km、全長の43%が海底という世界最長のトンネルである。
同時に青函連絡船が80年の歴史の幕を閉じた。


青函トンネルは青森県東津軽郡今別町浜名と北海道上磯郡知内町湯の里を結ぶトンネル。
2006年現在世界一最長だけど、海底部の総距離では英仏トンネルに次ぐ世界第二位なのだそうだ。
1961年から掘削が始まり、営業が始まったのは1988年。
なんと27年もの歳月が経っている。
ただのトンネルでも大変なのに、海底だもんね…
それはさぞかしすごく大変なことだっただろうなぁ…と思う。
閉所恐怖症の私は長いトンネルはちょっと苦手。
でも、海底トンネルというのは長くなくてもかなりの恐怖心がある…
万一、このトンネルが潰れたら…?なんて妄想が頭をよぎってしまうのだ。
そんなこと考えなくとも、そんなことになったらきっと苦しむ暇もなく一瞬で死んでしまうだろうに…
大阪港咲洲トンネルはほんの数分なんだけど、いつもそういう恐怖心にかられるからあんまり通りたくないのよね…
っていうか、安治川トンネルでさえ怖い…
心に水圧以上の負荷を感じてしまう…
だから、青函トンネルのことを考えるとかなり怖そうな気がするなぁ…
何分かかるのかわからないけど、53.85kmっていったらけっこうかかりそうよね。

関係ないけど、このトンネル工事中に発見された水脈があって、その水を使って作られた「水出しコーヒー・龍飛」っていうのがあるんだって。
ちょっとウケたけど、どうせなら水自体を売れば良いのにね~
別に名水マニアってわけでもないけど、水だったら飲んでみたいと思う。

もすもす

「サイフの日」
「さ(3)い(1)ふ(2)」の語呂合せ。


「サンデーホリデーの日,半ドンの日」
1876(明治9)年、官公庁で土曜半休・日曜休日制が実施された。

それまでは、1868(明治元)年9月の太政官布告により、31日を除く1と6のつく日を休日としていた。しかし、欧米との交易等で不便があったため、欧米と同じ仕組みに改めることとした。

1871(明治4)年から皇居で毎日正午に大砲(午砲・ドン)を撃っており、土曜日はドンとともに仕事が終わることから、丸の内に勤める人たちの間で「半ドン」と呼ばれるようになった。ドンは全国の都市で行われるようになり、それとともに「半ドン」という言葉も全国に広まった。

また、オランダ語で日曜日を意味するzondag(ゾンターク)が訛って「ドンタク」となり、土曜日は半分が休日であることから「半ドンタク」略して「半ドン」となったとする説もある。


「モスの日」
モスフードサービスが制定。

1972(昭和47)年、東武東上線成増駅前に初めてモスバーガーの実験店がオープンした。


モスバーガーは自転車でいける距離にあるにはあるんだけど、めったに行かない。
そっち方面にあんまり用事がないからなんだけど。
モスのイメージっていうと、身体に良いって感じかな?
素材が良さそうなイメージがあるし、サラダもあるし、それは嬉しいんだけど、
でも、ちょっと高い…
昔はセットもなかったんじゃないかなぁ?
そうなると、わざわざファーストフード店じゃなくて茶店にいこうかなって気になってしまうんよねぇ…
結局、私はどこにいってもハンバーガーのハンバーグは抜いて捨ててるので、それだと値段が高ければ茶店でカレーライスとかサンドイッチでも食べた方が良かったりするんよね。
その方がゆっくり出来るし…
あと、キャラクターのオマケ付きキャンペーンとかがないのがいかん!
そういうのがあれば、釣られていくのになぁ…


私はパンダ?

「パンダ発見の日」
1869(明治2)年、中国・四川省ムーピン(現在の宝興県)の民家で、伝道中のフランス人神父アーノルド・ダヴィトが、白と黒の奇妙な熊の毛皮を見せられた。これが、西洋でパンダが知られるきっかけとなった。

ダヴィトはパンダのレプリカ標本をパリの自然歴史博物館に送り、その1年後の1870年に、研究を進めたミレー・エドワードが、Ailaropoda-mlanoleucaという学名を附けた。


「コラムの日」
1751年、イギリスの新聞『ロンドン・アドバイザー リテラリー・ガゼット』が、世界初のコラムの連載を始めた。


パンダキャラというのはかなり多い。
それもそのはず、パンダって普通に可愛いもんね~
あれが茶色だったりするとヒグマとほとんど変わらないと思うんだけど、あの配色のおかげで妙に可愛いよね…
パンダが初来日したのは1972年10月。
もう30年以上も前のことなのに、私が初めて生パンダを見たのは去年だったりする…
我ながらすごい遅れてる…
遅れてるだけにもうパンダがどのくらいの大きさでどんな感じのものかは知ってるから「おぉ~っ!これがパンダか!」っていう印象はなかったものの、汚れてたけどやっぱり可愛いと思った。
可愛いものって、本当にいつまで見てても飽きないんよねぇ…
で、パンダといえば、笹…
我が母は、「笹なんかおいしいんやろか?」と、ばかばかしいことをよく言いますが、人間が食べてもおいしいわけはないっつーの。
大体、しゃかしゃかしてるはっぱだから口の中が切れそう。
でも、パンダは実は雑食らしいよね。
海外の動物園だったと思うけど、ペットフードを食べさせてる所もあるらしい。
魚や小動物も食べるらしいし、ってことはもしかしたら私のようなものなのかな?
小さい頃になにかがあって、肉や魚を敬遠する偏った食生活になったんだな、きっと…


再販希望!

「東京大空襲記念日」
1945(昭和20)年3月10日深夜0時8分、東京でアメリカ軍B9爆撃機344機による焼夷弾爆撃があった。

死者約10万人、焼失家屋約27万戸という、第二次大戦で最大級の被害を出した。


「東京都平和の日」
東京都が1990(平成2)年に、「東京都平和の日条例」で制定。

都民ひとりひとりが平和について考える日。


「農山漁村婦人の日」
農林水産省婦人・生活課が1988(昭和63)年に制定。

むかしから、各地域にある婦人だけの休息日が農閑期の10日であることが多かったことから。

農山漁村の各地域における女性の地位・役割の向上を目指す為に制定された。


「砂糖の日」
「さ(3)とう(10)」の語呂合せ。

砂糖の優れた栄養価等を見直す日。


「佐渡の日」
佐渡観光協会が1998(平成10)年に制定。

「さ(3)ど(10)」の語呂合せ。


「水戸の日」
「み(3)と(10)」の語呂合せ。


「ミントの日」
カネボウフーズが2000(平成12)年に制定。

「ミ(3)ント(10)」の語呂合せと、3月がフレッシュなイメージであることから。


「サボテンの日」
岐阜県巣南町の「さぼてん村」を経営する岐孝園が制定。

「さ(3)ぼてん(10)」の語呂合せ。


「陸軍記念日」
1906(明治39)年~1945(昭和20)年

1905(明治38)年、日露戦争の陸の決戦・奉天会戦で日本軍が勝利し、奉天(現在の瀋陽)を占領した。翌年からこれを記念して「陸軍記念日」となった。


今日はなんとなくゴロあわせのしやすい日みたいで、その手の記念日が多い。
で、この中で気になるのはやっぱりミントなんだけど、好きなだけに昨年も書いてるかもしれないなぁ…

とりあえずは、ミントの紹介をざっと…
学名  Mentha
科名  シソ科ハッカ
和名  ハッカ
分類  多年草
草丈  30cm~100cm
原産地  ヨーロッパ
ってことで、一言にミントといってもその種類は約30種類もあるらしい。

ミントにまつわるギリシャ神話もある。
ミントはその昔、ミンターというニンフ(妖精)だった。
冥府の王ハデスは美しいミンターに強く惹かれてしまった。
ハデスの妃で嫉妬深いペルセポネーはこれに怒り、ミンターを追いかけて地面の上でミンターを荒々しく踏みにじってしまった。
ハデスは哀れなミンターをかわいらしい薬草に変えてやったのだった…というお話。
神話って宝石や植物に変えるっていうのがやたらと多いよね。
あと、嫉妬や殺人…(^^;

私はとにかく子供の頃からドロップを食べる時も「白いのが良い!」といってたほどのはっか好きで、10代からはミントティにハマった。
冬はホット、夏はアイスで飲む。
でも、いまだに意外と売ってる数は少なくて、紅茶にミントの葉が混ぜてあるものはあっても、ミント(私の好きなのはペパーミント)だけのものはそれほど多くはない。
これほど、たくさんの清涼飲料水が売られてる中にも、ミントのものなんてないではないか~!と思ったら、2003年にカルピスから「ミント水」なるものが期間限定で出てたらしいんよね。
6月30日~9月末に期間限定で発売されたらしいんだけど、私はみたことない…
さらにそこには「縁日や祭りでおなじみのミント水」みたいなことが書いてあったんだけど、そんなの見たことない。
考えてみれば、祭りや縁日自体、そんなになかったせいもあるかもだけど「ミント水」ってそんなに昔からあったのかな??
多分、桃の天然水のミント版みたいなかんじで、うっすらミントの香りがするって感じなんだと思うんであんまりおいしそうではないけど…
一応は飲んでみたいかなぁ…
でも、カルピスはもうミント水のこと見限ったのかなぁ??


川にダムは作りません。

「記念切手記念日」
1894(明治27)年、日本初の記念切手が発行された。

明治天皇・皇后両陛下のご成婚25周年を記念して発行され、菊の紋章に雌雄の鶴2羽が描かれたデザインで、紅色で内地用の2銭と青色で外地用の5銭の2種類だった。


「関門国道トンネル開通記念日」
1958(昭和33)年、下関・門司間の海底道路トンネルである関門国道トンネルが開通した。

全長は3461メートル、工期は21年で総工費は21億円だった。1942(昭和17)年には鉄道トンネルが、1975(昭和50)年には新幹線用の新関門トンネルが開通している。


「ありがとうの日」
「サン(3)キュー(9)」(Thank you)の語呂合せ。


「緑の供養日」
観葉植物レンタル業のNSBコーポレーションが制定。

緑の「み(3)」と供養の「く(9)」の語呂合せと、「サン(3)キュー(9)」(Thank you)の語呂合せ。


「佐久ケーキ記念日」
長野県佐久市の信州佐久ケーキ職人の会が制定。

「さ(3)く(9)」の語呂合せ。


「レコード針の日」
ローマの聖フランチェスカの祝日
1384年ローマ生まれ。1440年没。

病人や貧困に苦しむ人々の救済とたゆまぬ祈りの末に癒しの力を授かり、いつでも守護天使の幻視が見られるようになった。また、守護天使の放つ光のおかげで夜でも鮮明に物が見えたと言われることから、1952年に車やバイクを運転する人々を守護する聖者となった。


「バービーの誕生日」
1959(昭和34)年のこの日、ニューヨークで開催された国際おもちゃフェアでマテル社がバービー人形を発表した。

現在、150以上の国や地域で販売され、ファッション人形として世界一のシェアを誇っている。1999(平成11)年の40回目の誕生日には、ニューヨークのウォール街がバービーのテーマカラーであるピンク色一色になった。


子供の頃からあまり人形好きではなかった私はもちろんバービーで遊んだこともない。

バービーの原型は、マテル社の創業者ルース・ハンドラーがスイスへ旅行へ行った際に、娘のバーバラへのお土産に買ってきたたセクシードール、リリ (Lilli) なのだそうだけど、ここで素朴な疑問が…


…何で、娘のお土産にセクシードールなんだぁ…??


…ッていうか、そのセクシードールって言うのが一体どういうものかもよくわからないのだけど、どのくらいセクシーだったんだろうね…?

ところで、バービーのプロフィールはというと…

本名:バーバラ・ミリセント・ロバーツ(Barbara Millicent Roberts)
年齢:17歳
職業:ファッションモデル

なんだって。

バービーにはリカちゃんみたいに、ファミリーや彼氏はいないのかな…?!

ちなみに、バービーはピンク色の箱に入っていることから、「ピンクボックス」の愛称で呼ばれているらしい。

このネーミングも、微妙にセクシードールの過去(?)をひきずってるよね…

錦織一清とは関係ありません…

「国際女性デー(International Women's Day)
国際的な婦人解放の記念日。国際デーの一つ。

1910(明治43)年の第2インターナショナルのコペンハーゲン第7回大会で正式に制定。

1904(明治38)年、ニューヨークの女性労働者が参政権を求めて集会を開いた日。

日本では1923(大正12)年、社会主義婦人団体・赤瀾会[せきらんかい]が中心となり、種蒔き社の後援で、東京・神田のキリスト教青年会館で婦人の政治的・社会的・経済的自由を訴える演説会が開催されたのが最初だった。


「ミツバチの日」
全日本蜂蜜協同組合と日本養蜂はちみつ協会が制定。

「みつ(3)ばち(8)」の語呂合せ。

なお、8月3日は「はちみつの日」である。


「エスカレーターの日」
1914(大正3)年、東京・上野の大正博覧会の会場に日本初のエスカレーターが設置され、この日運転試験が行われた。第1会場と第2会場をつなぐもので、秒速1尺(約30センチ)で動いた。

3月29日に、エスカレーターの振動の為に74才の女性が振り落とされて顔に2週間のケガ、2歳の少女がステップに足をはさまれてケガをした。日本初のエスカレーター事故だった。


「みやげの日」
全国観光物産振興協会が制定。

「み(3)や(8)げ」の語呂合せ。

観光と土産品の需要の増大を図る日。


「ビールサーバーの日」
ビールサーバー・ドットコムを主催する木村栄寿さんが2001(平成13)年に制定。

「サー(3)バー(8)」の語呂合せ。


「赤ちゃん&こども『カット』の日」
赤ちゃん筆センターが1999(平成11)年に制定。

「さん(3)ぱつ(8)」(散髪)の語呂合せ。

赤ちゃんと子供専用の理容室の存在をPRする日。


全国一人気のあるお土産って何だろう?
やっぱり、食べ物が一番買われていて、中でもお菓子が多いんじゃないかなぁ?
有名なお土産のお菓子といって思い浮かぶのは、なぜだかひよこ饅頭と青柳ういろう。
どっちも好きだからかな?
そういえば、ひよこ饅頭は博多名物という印象しかなかったけど、東京名物と思ってる人が意外に多いらしい。
っていうのも、ひよこ饅頭が東京で売られてるかららしいけど、東京で売られてるってことも知らなかった…
ちなみに、たいやきやらひよこ饅頭みたいなものは「どこから食べる?」ということが度々話題に上るけど、私は「頭から」派!
ところで、関西では今、何が売れているお土産お菓子なんだろう?
地元のお菓子ってめったに食べないもんね~…
そういえば、京都の八橋もかなり有名かも…
私は生八橋が好き。

ニッキの香りが良いよねぇ…
焼いてあるのはあんまり好きじゃないかな。
ちなみに、八橋っていうのはお米の粉にニッキを混ぜて作られているんだけど、似たようなものなら家庭でもけっこう簡単に作れるらしい。

その際にはシナモンパウダーを使うのだとか…

シナモンとニッキは同じクスノキ科の植物で、ニッキの方がより刺激的な香りだけど、似たかんじには出来るらしい。

まぁ、もちろん私は作ってみようとは思わないけど、こしあん入りの八つ橋をもっと増やしてほしいと思う…

もったいないやね…

「消防記念日」
1948(昭和23)年、「消防組織法」が施行された。

明治以来消防は警察の所管とされていたが、これにより、条例に従って市町村長が消防を管理する「自治体消防制度」となり、各市町村に消防本部・消防署・消防団の全部または一部を設置することが義務附けられた。

これを記念し、2年後の1950(昭和25)年、国家消防庁(現在の消防庁)がこの日を消防記念日とした。


「東京消防庁開庁記念日」
1948(昭和23)年、「消防組織法」施行によって「東京消防本部」が警視庁から分離独立して誕生した。

約2箇月後の5月1日に、警察組織の警視庁に合わせて「東京消防庁」と名称を変更した。

なお、東京消防庁は東京都の行政機関であり、国の行政機関である消防庁とは別の物である。


「警察制度改正記念日」
1948(昭和23)年、警察の制度が改正され、国家警察と地方自治警察が設置された。


「花粉症記念日」

今年は花粉がかなり少ないってことだけど、それでももういろんな症状に悩まされている人は多いようだ…

私は今年も大丈夫そう…


で、今日は「花粉症について…ではなくて、

「1980年
山口百恵が三浦友和との婚約と引退を発表」

…って、出来事に注目。
山口百恵(今は確か違う漢字?!)は1959年1月17日東京生まれの神奈川育ち。
1972年12月にオーディション番組「スター誕生」(日本テレビ)第5回決戦大会で「回転木馬」(誰の曲??)を歌い準優勝。
ホリプロにスカウトされ1973年5月に「としごろ」でデビュー。
森昌子、桜田淳子らと「花の中三トリオ」と呼ばれアイドル的存在となり、TVドラマや映画に出演。
三浦友和と初共演したのは、1974年の映画「伊豆の踊り子」
それ以来二人の共演作品が続き、21歳の秋に引退、そして結婚。
引退後は芸能活動は一切行わず主婦業に専念。


婚約発表は1980年のこの日だけど、その前年の10月20日 大阪厚生年金ホールでのリサイタル中に「恋人宣言」 をしたらしい。

恋人宣言ってこんな昔からあったのね~…
山口百恵の最後出演となったテレビドラマは1980年11月に前後編で放送された「赤い死線]」というもの。他の出演は、三浦友和、宇津井健、三国連太郎、石立鉄男、アン・ルイス

一流のバレリーナを目指して北海道から上京した良子だったが、現実はそんなに甘くはなかった。

良子はすっかり挫折し、ディスコのダンサー生活に甘んじていた。

そんなある日、VIP客・江藤と青年が言い争うのを目撃。

話を聞くと青年は江藤の計画倒産の被害を受け、大金を失ったという。

江藤から金を強引に奪い返し、警察に追われる青年をかくまうはめになってしまった良子。

その青年は実は良子の幼なじみの明夫だった。

やがて望郷の思いにかられた2人は、故郷に帰ることを決意。

良子の説得により明夫は江藤の会社に金を返しに行くが、そこでは江藤は何者かによって惨殺されていた…

…というドラマだったらしい。

実は私は赤いシリーズは最近、深夜に再放送されていた赤い疑惑だけしか見たことがない。

リメイク見たけど、他のシリーズもけっこう面白そう…


…っていうか、人気絶頂の時に引退なんて考えられないよねぇ…

私はきっと愛よりも自分に賭けるだろうなぁ…

こういう所が幸せになれない原因?!

…って言う前に、私には何の才能もないから自分に賭けることもできないんだけどね…

地球は丸い…

「世界一周記念日」
1967(昭和42)年、日本航空の世界一周西回り路線が営業を開始した。

それまでは日米航空協定により、日本の航空会社は世界一周路線を持てなかった。


「スポーツ新聞の日」
1946(昭和21)年、日本初のスポーツ新聞『日刊スポーツ』が創刊した。


「ジャンヌ・ダルクの日」
1429年、イギリスとの百年戦争で苦戦するフランス皇太子シャルル7世のもとに、神の命を受けたというジャンヌ・ダルクが現れた。

以後、彼女の活躍で戦況は一変したが、翌年イギリス軍に捕えられ、宗教裁判にかけられて火あぶりにされた。


「弟の日」
姉妹型、兄弟型の研究で知られる漫画家の畑田国男さんが提唱。


よく聞くけど、「世界一周」っていうのは一体どういうコースを回れば一周したことになるんだろう…?

ってことで、世界一周航空券っていうのを調べてみた。
これは、航空券が束になったもののことらしい。

出発地から世界を巡ってまた出発地に戻るまでの連続した航空券の束のことなんだって。
ちなみに世界一周とは、大西洋と太平洋を横断する旅行の事で、両方の海を横断しないと世界一周とは言わないのだとか…
まぁ、考えてみれば世界の国全部を回るなんて不可能なことだから(お金と時間と体力があればいけるかもしれないけど…でも、いろんな状況で入国できない国もあるかも…)

世界一周航空券は、通称RTWと呼ばれてて、数社の航空会社が協力して作られているそうで、そうなるとやっぱり料金もかなり高いんじゃないかと思いきや、エコノミーなら、なんと30万円前後からいけるんだそうだ!
えーーーっ!意外と安い!
…っていっても、それはあくまで航空運賃だから、他の滞在費やら何やらの方が高くかかるかもしれないね。

ちなみにRTWの有効期限は通常1年間らしいんだけど、そんなに長い間、海外に滞在してたらそれこそすごいお金がかかりそう…

面倒見てくれる知り合いがいるとか、働けるならともかく、いくら世界一周っていっても普通はそんなに長い間は出てないよね。

そういえば、世界一周ってどのくらいいくのが普通なのかな?

3~4か月?

セレブじゃないからそういう生活とは縁がないし、全く見当つかないわ…


その頃はたまねぎではなかった。

「珊瑚の日」
「さん(3)ご(5)」の語呂合せと、珊瑚が3月の誕生石であることから。


「ミスコンの日」
1908(明治41)年、時事新報社が全国から「良家の淑女」を対象に写真を募集し、その審査結果を公表した。これが日本初のミスコンテストとなった。

1等に選出されたのは小倉市長・末弘直方の四女・ヒロ子で、学習院女子部3年に在学中だった。コンテスト参加は学習院で大問題となり、彼女は退学処分になってしまった。


「スチュワーデスの日」
1931(昭和6)年、東京航空輸送が実施した日本初のスチュワーデス採用試験の結果が発表された。

「エアガール」という呼び名で募集され、2月5日に試験が行われた。140人の応募に対し、合格者は3人だった。


今日もどうも書きにくいなぁ…と思いながら、今日の出来事を探してみたりする。
そしてみつかったのが「1981年
黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』が発刊 」ってやつ。
これは、黒柳徹子の小学時代を綴った自伝で、 「トットちゃん」とは黒柳徹子の子供の頃のあだ名。
本人いわく「(トット助と呼ぶ)パパと、犬のロッキー以外はこのあだ名で呼んでいた」らしい。
でも、なんで「トットちゃん」なのかはわからない。
実はこのお話も読んだことがない。
なんでも、トットちゃんはかなりの問題児で小学1年にして退学させられてしまったのだそうだ。
当時は小学校って義務教育じゃなかったのか??
そんなことないよね?
でも、退学になってしまってそれからはひきこもりでした…なんてことは、黒柳さんにいたってはありえないだろうし、だいたいそうなると「小学校時代を綴った自伝」っていうのもおかしくなってくる。
学校での出来事が書いてあるらしいからね。
ってことは、退学になったけど復学したってことか…

けっこう売れた本らしいんだけど、私はやっぱり学校が嫌いだからあんまり読む気にはなれない。
黒柳さんにもそれほどの興味はないし…
でも、「トットちゃん」の名前の由来はちょっと知りたいかな…