今日は天気は悪くなかった…
やっぱり、今日は思いっきり風邪悪化…
身体ダルダル~…
「日本橋開通記念日」
1911(明治44)年、東京の日本橋が木橋から石橋に架け替えられた。
日本橋は、江戸時代から現在まで日本の道路交通の中心となっている。橋の中央に、国道の起点となる「日本国道路元標」が設置されている。
「清水寺・みずの日」
京都市の清水寺を始めとする全国の「清水寺」で作る「全国清水寺ネットワーク」が1998(平成10)年に制定。
「し(4)み(3)ず」(清水)の語呂合せ。
京都市の清水寺で、水と環境に感謝する「心と地球の浄化祈願祭」が行われる。
「いんげん豆の日」
1673(延宝元)年、いんげん豆を日本に齎したとされる隠元禅師が亡くなった。
「シーサーの日」
「シー(4)サー(3)」の語呂合せ。
「ペルー日本友好の日」
ペルー政府が1989(平成元)年8月20日に制定。
1899年、日本人移民790人が佐倉丸でペルーのアンコン港に上陸した。
「愛林日」
1934(昭和9)年から実施。
1895(明治28)年に来日したノースロップ博士が講演で「愛林日(Arbor Day)」の精神を説き、1898(明治31)年、本多静六林学博士の提唱により神武天皇祭の4月3日が「植栽日」となった。1933(昭和8)年に大日本山林会会長・和田国次郎、農林次官・石黒忠篤らにより、4月2日から4日までの3日間を「愛林日」として、全国一斉に愛林行事を催すことが提唱され、翌年、日本初の中央植樹行事が茨城県の「鬼が作国有林」で行われた。この中央植樹行事は現在「全国植樹祭」となっている。
「神武天皇祭」
1874(明治7)年から1948(昭和23)年まで大祭日となっていた。
神武天皇崩御の日とされ、宮中の皇霊殿で儀式が行われた。
神武天皇は第1代の天皇で、名前は神日本磐余彦尊。日本書紀によれば、日向国(現在の宮崎県)から東征し、瀬戸内海から難波(現在の大阪府)に上陸。熊野・吉野を通って大和(現在の奈良県)を平定し、紀元前660年1月1日(新暦2月11日)、大和の橿原宮で即位した。
「悪天の特異日」
天気が悪くなる確率の高い日。
「いんげん豆」は、17世紀の中頃、中国から隠元禅師によってもたらされ、そのことから「隠元豆(いんげんまめ)」と呼ばれるようになったのだとか。
でも、実際のところ、その時に持ち込まれた豆は「いんげん豆」ではなく、「ふじ豆」という別の種類の豆であったとの説もあるらしい。
(そのためか、関西ではふじ豆のことをいんげん豆と呼ぶ所もあるそうだ)
元々、このいんげん豆は中南米が原産のものらしいが、北海道の開拓が始まる明治時代になってからアメリカ産のいんげん豆の種子が輸入され、日本での栽培が始まり、今でも北海道が日本のいんげん豆の主産地で、国内生産の大部分を占めている。
白いんげん豆は、寅豆、うずら豆、金時豆、紫花豆手亡などの仲間。
いんげん豆の主成分は炭水化物とたんぱく質で、種皮には植物繊維が多い。
ビタミンB群が豊富で、カルシウムと鉄も多く含まれている。
ビタミンCが少なめ。
効能は、便秘改善、滋養、解熱作用、利尿、むくみを解消からガン予防まで幅広いらしい。
さらに、最近では白いんげん豆(ファセオラミン)ダイエットというものまであった。
ファセオラミンは白いんげん豆のタンパク質に含まれているもので、α-アミラーゼと言う消化酵素がデンプンをブドウ糖に分解するのを妨害することによって、ダイエット効果を得られるというものらしい。
おかずにもデザートにも幅広く使われるいんげん豆…
…でも、私はやっぱり豆類は苦手~~!
昔は私も人魚姫?!
鬱陶しいなぁ…
「週刊誌の日」
1922(大正11)年、『週刊朝日』と『サンデー毎日』が創刊された。
「国際こどもの本の日」
日本国際児童図書評議会等が1996(平成8)年に制定。
デンマークの童話作家・アンデルセンの誕生日。
「五百円札発行記念日」
1951(昭和26)年、岩倉具視の肖像の500円札が初登場した。
1982(昭和57)年に500円硬貨が発行され、現在では見かけなくなった。
「図書記念日」
1872(明治5)年、東京・湯島に日本初の官立公共図書館・東京書籍館が開設された。
「歯列矯正の日」
歯列矯正医院専門のマネージメント会社・オーシーエージャパンが制定。
「し(4)れ(0)つ(2)」の語呂合せ。
数々の童話で、その名を知られるアンデルセンは、1805年デンマークのオーデンセ生まれ。
このアンデルセンを取り上げたプログラムパークが日本にもある。
倉敷チボリ公園だ。
1997年7月18日オープン。
1843年、デンマークの首都コペンハーゲンに、当時の国王クリスチャン8世から約6ヘクタールの土地を借りうけ、ゲオ・カーステンセン氏が作りあげた魔法の庭園、チボリ公園。
このチボリ公園にはアンデルセンも何度も訪れ、散策しながら童話の構想を練ったといわれている。
そのチボリ公園と提携して出来たのが倉敷チボリ公園だ。
デンマークのチボリ公園の倍ほどもある約12ヘクタールの敷地に、様々な施設がある。
アンデルセンの切り絵作品を元に、作られた「切り絵の庭」は、アンデルセン銅像を中心とし、その左右対称に四季折々の花々を植えてある美しい庭園。
アンデルセンは切り絵作家としても、けっこうな腕前だったらしい。
その他にも、有名な人魚像があったり、アンデルセンの名作童話を人形によるミュージカルで紹介する「アンデルセンシアター」では、裸の王様、みにくいあひるの子、マッチ売りの少女、人魚姫の4作品が上演されているらしい。
アンデルセンや童話好きでなくとも、癒される空間のようだ。
チボリ公園では、アンデルセンの童話のキャラの指人形や抱き枕も販売されている。
画像を見ると、妙に可愛い…!
お値段も、けっこう良心的なように思う。
他にデンマークの食品等も扱ってるようだ。
それから、北欧繋がりということで(?)ムーミングッズも扱っている。
ちなみに、チボリ公園のキャラクターはチボリン、チボタンという熊らしく、これまたけっこう可愛い。
春には様々な花が咲き乱れていそうだし、こういう施設に行くとかなり癒されそうで良いなぁ~…
ばーか!
今日は昨日に比べると暖かくなった。
掃除や片付け物をしてたら、汗ばむほどだった…
「エイプリルフール,万愚節」
罪のない嘘をついて良いとされる日。日本では「四月馬鹿」とも呼ばれる。
その昔、ヨーロッパでは3月25日を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催していたが、1564年にフランスのシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用した。これに反発した人々が4月1日を「嘘の新年」として位置づけ、馬鹿騒ぎをするようになったのがエイプリルフールの始まりとされている。 また、インドでは悟りの修行は春分の日から3月末まで行われていたが、すぐに迷いが生じることから、4月1日を「揶揄節」と呼んでからかったことによるとする説もある。 新学年 学年度始めの日。4月1日から翌年の3月31日を「年度」として括る。 元々日本では、特に入学の時期は定められておらず、年中入学可となっているのが普通だった。1886(明治19)年10月に、高等師範学校が学年暦を4月1日からと定め、1888(明治21)年から全国一斉にこれにならうようになった。ただし、大学や高等学校では欧米の習慣に合わせて9月に新学期を始めていた。 4月1日生まれの人は、前年度の3月生まれの人と一緒に入学することになる。これは、学校教育法で保護者は、子女の満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初から(中略)就学させる義務を負う。と規定しているためである。「年齢計算ニ関スル法律」では年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算スとし、「民法」第143条では年を単位として期間を定めた場合には、起算日の応答日の前日に期間が満了することとしている。つまり、4月1日に生まれた人は、その6年後の3月31日をもって五歳の期間が満了することになり、その翌日の4月1日に始まる学年から小学校に入学するのである。 入社式 新会計年度 4月1日から翌年の3月31日を「年度」として括る。 江戸時代までは、暦年とは別の「年度」というものはなく、1月から12月までで会計を行っていた。しかし、明治維新の後、政府の財政が苦しく、暦年と合わせることができなくなって「年度」が作られた。その為、当初は年度の始期が頻繁に変えられた。1886(明治19)年に、現在の4月から翌年3月までとなった。 会計年度の始期が4月1日となったのは、秋の収獲後の徴税の都合の為であるとされている。また、イギリスでかつて3月25日を新年としており、金銭の精算に一週間の猶予が認められていたからとする説もある。
「トレーニングの日」
スポーツ用品メーカー・ミズノの直営店・エスポートミズノが1994(平成6)年に制定。 年度始めからトレーニングを始めようという日。
最近、4月始まりのカレンダーやスケジュール帳が売り出されている。
1月末だったか2月に売り出されてるのを見て、今年の売れ残りを売り出したのかと思ってしまった。
よく見たら、ちっとも安くないし、なんでかなぁ?と思ったら、4月始まりだった。
春は入学式、入社式、いろいろな始まりがある。
だから、4月始まりでも良さそうなものだけど、やっぱりなんとなく違和感を感じるのは、自分が4月に新しい始まりがないからかもしれないな。
ってことを考えると、4月始まりが良いと感じるのは学生中心ってことになるのかも…
私はいずれにせよ、当分はすけじゅーるんと100均、またはタダのカレンダーで良いから、自分から4月始まり派になることはないだろうな…
エンジェルハットはもうかぶらない。
こんな時に洗濯をしないのは、罪悪感さえ感じてしまう…
「教育基本法・学校教育法公布の日」
1947(昭和22)年のこの日に公布、翌日から施行され、学校教育の6・3・3・4制が発足した。
「エッフェル塔の日」
1889(明治22)年、エッフェル塔の落成式が行われた。
パリのシャン・ド・マルスの広場に立つ鉄塔で、高さは約320m。パリ万博に合わせて建設され、フランス人技師エッフェルが設計した。
…で、確かエッフェル塔は昨年書いたし、教育基本法・学校教育法なんて言われても~…ってなことで、今日の出来事を調べてみる。
すると…
1977年 「花の高3トリオ」が武道館で解散コンサートっていうのがあった。
「花の高3トリオ」とは、オーディション番組「スター誕生」出身の森昌子・山口百恵・桜田淳子の事で、同年代だった事から、花の中3トリオに始まり、花の高3トリオまで4年間親しまれた。
その間に「初恋時代」という映画にも出演。
あらすじはというと、デザイナーの矢沢恵子(南田洋子)に会うため、夏休みを利用して、それぞれ別の地方に住む高校3年生の小田切ミドリ(森)、高木アカネ(桜田)、津田アオイ(山口)が東京へやって来た。
3人は恵子のマンションで初めて会って、すぐに意気投合。
しかし、肝心の恵子が不在のため、3人は別居中の恵子の夫・一平(フランキー堺)の安アパートへ行ったが、熱気球作りに夢中の一平の部屋はひどい有様。
3人は仕方なく、アカネの幼ななじみで大学生の五郎(川口厚)のボート部合宿所へ押しかけた。
突然若い娘が舞込んだため、合宿所は大騒ぎ、主将の柳田(夏夕介)はカンカンになって怒ったが、3人は彼の男らしさにすっかりメロメロに。
やっと恵子が帰って来たため、3人は彼女のマンションに移り、憧れの東京生活を満喫し始めた。
そんなある日、一平が事故を起こして入院した。
今度こそ離婚を決意する恵子だった。
一平が交通事故で片足を痛めた少年を、熱気球に乗せてあげるという約束をした事を知り、3人は熱気球の資金集めのアルバイトを開始した。
五郎や柳田の協力もあり、熱気球はついに完成した。
そんな一平の気持ちを知り、恵子は離婚をとりやめた。
皆、めでたし、めでたし!…みたいな内容の映画だったらしい。
デザイナーには憧れてたって設定なのかな?
ツテもなく会いに行ったんだろうか…?
この映画のテーマ曲はレコード化されていないそうだ。
3人が順番にソロで歌うパートと皆で歌うパートがあるこの曲のレコード化は、結局、3人のレコード会社が異なるために実現せず、それぞれのアルバムに ソロヴァージョンの「初恋時代」が収録されたそうだ。
百恵ヴァージョンは、ベストアルバム「ベスト・オブ・ベスト 山口百恵のすべて」(76年6月発売)に収録され、昌子ヴァージョンは「オリジナルアルバムⅢ」(76年7月発売)、淳子ヴァージョンは「ベストコレクション’76」(75年12月発売)に収録されたらしい。
百恵ヴァージョンと昌子ヴァージョンは、映画と同じ高田弘氏のアレンジで、淳子ヴァージョンのみ、竜崎孝路氏のアレンジによるスローヴァージョンだったとのこと。
この映画当時は、桜田淳子が一番人気があったので、映画の中でもやはり一番メインな感じになっていたらしい…
森昌子も歌手復帰したけど、桜田淳子は今、いずこ…?!
前髪長すぎ!
腰が痛いざんす…
「国立競技場落成記念日」
1958(昭和33)年、神宮外苑に国立霞ヶ丘陸上競技場が完成した。
敷地面積は22000坪で約58000人の収容能力を持ち、1964(昭和39)年には東京オリンピックの開閉会式の会場になった。
「マフィアの日」
1282年、マフィアの名前の由来となったとされる「シチリアの晩鐘事件」が起こった。
当時のシチリア島はフランス国王の叔父であるシャルル・ダンジューの苛酷な支配下にあった。
1282年のこの日は復活祭の翌日の月曜日であり、晩祷の為に教会の前に市民が集まっていた。そこへフランス兵の一団がやってきて、その土地の女性に手を出そうとしたため、その女性の夫はいきなりその兵士を刺した。
その場に居合わせたほかの市民もフランス兵に襲いかかり兵士の一団を全員殺してしまった。そのとき晩祷を告げる晩鐘が鳴ったことから、「シチリアの晩鐘事件」と呼ばれる。
この叛乱は全島に拡大し、フランス人は見つかり次第に殺され、その数は4000人以上に及んだ。この叛乱の合言葉「Morte alla Francia Italia anela(全てのフランス人に死を、これはイタリアの叫び)」の各単語の頭文字を並べると「マフィア(mafia)」となり、これがマフィアの名前の由来であるという説がある。
シャルル・ダンジューのアンジュー王家はシチリアから追放され、代ってシチリアの支配者となったアラゴン王家との間に20年に及ぶ戦争が起った。
ということで、どうも書きにくいなぁ…確か、マフィアの日は去年何か書いたしなぁ…とか思いながら、またいつものように「今日の出来事」を探してみたら…
1968年 アニメ『巨人の星』が日本テレビで放映開始。
っていうのがあった。
(1968年3月30日~1971年9月18日によみうりテレビ系で放映。全182話)
「スポ根」のさきがけと言われる漫画だ。
私は野球には全く興味はないのだけど(むしろ、嫌い)このアニメは見たらけっこうハマる!
再放送だったり、映画版アニメを少し見ただけなのだけど、私の性格と似た「異常に努力をする人達」がたくさん出てくる。
ストーリーはというと、父・星一徹によって、野球の英才教育を受けた星飛雄馬が、プロ野球選手(当然巨人軍)になるまで、そしてその後の野球生活を描いたもの…かな?
子供の頃から鍛え好き(?)な私は、あの大リーグボール養成ギプスや鉛入りの靴に憧れた。
結局、ボーリングシューズを入手しただけにおわったけど、ストーリーはともかく、その2種類だけはかなり印象深かった。
ストーリーといえば、このアニメには実在の人物もよく出てきているのだけど、野球の人を知らないので、これまたよくはわからなかった。
飛雄馬のライバル達も個性豊かな人達で、中でも中学時代からスポーツカーを乗り回していた自動車会社の御曹司の花形満や、清貧の左門豊作はかなりインパクトが強かった。
劇場版だかなんだかわからないのが確か昨年放送されてたのだけど、その中で花形は大きな鉄の固まりを振り子のように動かす装置を作り、飛雄馬の大リーグボールを打つための練習をしていたのだけど、まさに「そこまでする?」といった雰囲気で、金持ちだからこそ作れる装置であり、100パーセント本気モードで血みどろになる姿は見る側も力が入ってしまった。
今の若い子が見れば、笑えるのかウザイのか理解出来ないのかわからないけど、なんでも極限まで頑張る姿は魅力的なのだ!
おばちゃんにはそう見える。
ちなみに、飛雄馬の家は兄弟が多いわけではなかったが、左門家並みに極貧だったのだけど、飛雄馬の姉・明子は花形満と結婚し、玉の輿に乗った。
実にうらやましい話だ。
確か、飛雄馬とバッテリーを組んでいた伴も明子のことを好きだったのだけど、伴はお金持ちだが顔が良くなかった…
花形に負けるのもうなづける。
後に続編『新・巨人の星』というのも放送されたらしいけど、飛雄馬のその後なのか、2世が主人公なのか、はたまた全く無関係の人物の話なのかはわからない…
っていうか、飛雄馬は結婚したのかな??
メルモちゃんは藻じゃないよ!
今日はありえないくらい寒かった…!
あと数日で4月よね?!
こんな寒くていいのか…?!
「マリモの日」
1952(昭和27)年、北海道阿寒湖のマリモが国の特別天然記念物に指定された。
同時に、富山湾のホタルイカ群遊海面、鹿児島県出水市のナベヅル、高知のオナガドリ等も国の特別天然記念物に指定された。
「八百屋お七の日」
1683(天和3)年、18歳の八百屋の娘・お七が、3日間の市中引回しの上、火あぶりの極刑に処せられた。
前年12月28日の大火で避難した寺で出会った寺小姓・生田庄之介のことが忘れられず、火事になればまた会えると考えて3月2日の夜に放火、火はすぐに消しとめられたが、お七は御用となった。
当時は放火の罪は火あぶりの極刑に処せられていたが、17歳以下ならば極刑は免れることになっていた。そこで奉行は、お七の刑を軽くする為に「おぬしは17だろう」と問うが、その意味がわからなかったお七は正直に18歳だと答えてしまい、極刑に処せられることとなった。
お七が丙午[ひのえうま]の年の生まれであったことから、丙午生まれの女子が疎まれるようになった。
マリモのことは誰しも知ってるだろうけど、たいていの人は「藻」だと思ってるんじゃないかな?
なんせ名前も「マリモ」だから毬みたいな形の藻って思うよね。
って書くと、まるで「藻」じゃないみたいなんだけど、実際「藻」なんだそうです…
ワカメやコンブと同じ藻類の仲間だそうです。
緑藻類で学名はAegagropila Linnaei。
マリモが国の特別天然記念物に指定されていることはよく知られていますが、実は特別天然記念物に指定されてるのは阿寒湖のマリモのみなのだとか。
その他富士五湖のマリモも山梨県の天然記念物に指定されているそうです。
さらに、マリモ全種類が絶滅危惧Ⅰ類に分類されているそうです。
マリモちゃんはかなりやばい状態なのです…
なのに…!
お土産で売ってたりするのって不思議ですよね~…
親戚の家の玄関にもありました…
なんか微妙に茶色っぽいし「これ、生きてるの?」って聞いたら、「多分…」ってことで、かなり長い間あったにも関わらず大きさが変わった感もなく、でも、かといって変色がすすむわけでもなく…
結局、震災で親戚の家が全壊した時にマリモちゃんも息絶えたのか、その後はもうありませんでした…悲しい…
悲しいといえば、マリモにこんな伝説がありました。
「その昔、阿寒湖畔のある小さな村にセトナという美しい娘がおりました。
セトナはその村の酋長の娘で、酋長が定めた男と結婚することになっていました。
ところが、セトナはその僕、マニベに恋をしてしまいました。
しかし、身分違いが大きな障害となり、二人の恋はついにかなわず、やがてセトナは酋長の決めた男と結婚することになりました。
けれどセトナはマニベを忘れることはできませんでした。
婚礼の夜、遠くから聞こえるマニベの奏でる美しい草笛の音に誘われて湖畔に向かい、2人は丸木舟で沖に漕ぎ出しました。
そして2人はこの世で結ばれぬ運命ならば、あの世で一緒になろうと湖に身を投げたのです…
酋長も村人達も、2人の深く清い心をその時初めて知り、2人の永遠の幸せを祈りました。
セトナとマニベの激しい恋の魂は、まもなくマリモへと姿を変え、湖の中で永遠に生き続けていると伝えられています。
そういう伝説から、阿寒湖では、愛し合う男女がマリモに祈りをささげるといつまでも幸せになるといわれているのだそうです…
絨毯売ってるローランはこのローランから?
久しぶりの雷雨…
しかも、寒いし~…!!
「シルクロードの日」
1900(明治33)年、スウェーデンの探検家・地理学者のスウェン・ヘディンによって、廃虚になっていたシルクロードの古代都市・楼蘭が発見された。
「スリーマイル島記念日」
1979(昭和54)年、アメリカ・ペンシルベニア州のスリーマイル島原発で放射能漏れ事故が発生した。世界初の原発事故だった。
「三つ葉の日」
「み(3)つ(2)ば(8)」の語呂合せ。
いまだに多くの謎に包まれた楼蘭王国
いつ建国されたのかということもいまだに不明だ。
紀元前176年、匈奴から漢に送られた書簡「匈奴列伝」の中に「楼蘭」の名が記されている。
そこでは楼蘭を含む30ヶ国近くが匈奴の支配下に置かれたことが記されていた。
この書簡で、楼蘭の名は歴史に初めて登場した。
そのころには既に城郭を有していたということから、恐らく紀元前3世紀には都市が存在していたのではないかと思われている。
その後、楼蘭はしばしば匈奴や漢の支配下に置かれ、紀元前77年にはついに漢によって国王が殺害されてしまった。
この事件をきっかけに国号は「楼蘭」から「ぜん善」に変わり、楼蘭は事実上滅亡した。
漢によって国王が暗殺された後、次の王位には幼い頃から漢の人質として漢で暮らしていた王子が就いた。
紀元前1世紀頃の楼蘭は、1570戸14100人の住民が暮らしており、当時の諸都市に比べると中程度の規模であったと伝えられる。
ゼン善国となってからも、楼蘭はシルクロードの要衝としてしばらくは発展したが、西域南道が悪路となり、シルクロードのメインルートが天山北路に移っていくに従い、楼蘭も徐々に衰えていく。
そして4世紀、楼蘭は歴史から突如として姿を消してしまう。
後に遺跡から発掘された木簡の中で、最後のものが330年に記されていたことから、その直後に廃城となったのではないかと推測されている。
けっこうこういう話はあるよね~
昔のことは忘れられたり、うやむやになったり間違って伝えられたり…
だから、私は歴史で伝えられてることも全部は信じていない。
すべての真相が明らかになるのは、タイムマシンみたいなものが出来てからなのかもしれないね~…
で、どうぶつの森のローランは…一体何のどうぶつなんでしょう??
よくわからん…
あと、ホンマさんと…
花より男子…?
日本さくらの会が1992(平成4)年に制定。
3×9(さくら)=27の語呂合せと、七十二侯のひとつ「桜始開」が重なる時期であることから。
日本の歴史や文化、風土と深くかかわってきた桜を通して、日本の自然や文化について関心を深める日。
昨日の某テレビ番組で、アメリカ人が「桜は汚い!」と言ったという話がされていた。
花びらがたくさん落ちて汚いってことなんだって。
まぁ、アメリカ人がみんなそう感じるわけではないだろうけど、桜の花びらが汚いって感覚はないよね…
ところで、桜といえば、桜餅…
関西と関東ではかなり違ってる。
関西では、道明寺(うるち米)のつぶつぶした生地でこしあんを包み、桜の葉でくるんである。
関東ではつぶつぶの道明寺ではなく、つるっとした薄い平らな生地であんこがくるんであって、さらに桜の葉で巻いてある。
(関西のは外からあんこは見えないけど、関東のは見える)
関西の道明寺に対し、関東のものは「長命寺」と呼ばれることがあるけど、それは隅田川の桜の葉を塩漬けにして桜餅を考案した人が、長命寺の門前で売ったのが名前の由来なんだそうだ。
ちなみに、道明寺製の桜餅は探せば見つかるが、関西で関東風の桜餅を見つけるのは難しいらしい。
確かに、見た記憶がない!
売ってる桜餅はまず道明寺。
私はどっちでも良いっていえば良いんだけど、問題はあんこ。
つぶあんの桜餅には頭に来る!
桜餅はこしあんだろが~~!
悔しいからそういう時は、あんこ捨てて外側だけ食べたりもするけど、とっても腹が立つ!!
つぶあん反対!!
猫耳のもあるでよ
どうしようかなぁ?と思いながら、洗濯を2回回す。
とりあえず、雨は降らなくて良かった…
「カチューシャの歌の日」
1914(大正3)年、島村抱月と松井須磨子が起こした芸術座が、トルストイの『復活』の初演を行った。この中で歌われた「カチューシャの歌」が大流行した。
最近、若い女の子の間でカチューシャが流行っている。
素材はさまざま。
幅の広い布製のものやら細い金属、プラスチック製のもの。
キラキラのラインストーンがついてたり、パールのものやビーズ…数えきれない種類のカチューシャが売られている。
知らない人はまずいないと思うけど、カチューシャとはヘアバンドのこと。
カチューシャの語源は、松井須磨子が演じた「復活」のヒロインが「カチューシャ」という名前で、カチューシャを演じた時に頭に着用していたことに由来しているそうだ。
私はカチューシャはしない派。
布はどうも取れやすそうだし、金属やプラスチックみたいに頭を圧迫するものは、頭痛持ちだから怖いから。
ロリ系アイテムのヘッドドレスなら大丈夫そうだけど、明らかに似合わなそう~~~…
昔から記憶力欠乏…
日本電気協会が1927(昭和2)年9月に制定。
1878(明治11)年、東京・銀座木挽町に開設された中央電信局の開局祝賀会が虎ノ門の工部大学校(現在の東京大学工学部)で開かれ、式場に50個のアーク灯が点灯された。日本で初めて灯った電灯だった。
今日も記念日がこれしかな~い!
でも、確か去年書いたしなぁ…
で、無理矢理今日の出来事を探してみた。
その中で、ちょっと気になったのが…
1943年 日本初の長篇アニメーション映画『桃太郎の海鷲』が封切り。
…って、やつ。
アニメといえば、楽しいものとか感動するものとかがほとんどだけど、これはちょっと違う。
このアニメは、昭和16年12月8日に行われた真珠湾攻撃をテーマに、戦意高揚のために作られたアニメなのだ。
隊長の桃太郎が猿と犬とキジの部隊を指揮して、鬼ヶ島(鬼畜米英)を撃破するという単純なストーリーだけども、それでも娯楽のなかった時代だから、公開直後から大ヒットを記録したらしい。
最近の日本では、さすがにこの手のアニメやドラマはなくなってきたけど、やっぱり昔はいろいろあったんだなぁ…
このアニメのタッチを見たら、ものすごく大昔に見たアニメ映画を思い出した。
なんとなく中国的(キャラの顔がつり目だったせい?)で、なんの映画だったかは思い出せないけど、確か悲しい話だったように思う。
妙に郷愁をそそるあのキャラ達の顔…けっこう良かったかも…
タイトルも内容も何も思い出せないだけに、探しようもないけどね…