こしあんなら食べれそう…
「喫茶店の日」
1888(明治21)年、東京・上野に日本初の喫茶店「可否茶館」が開業した。
1階がビリヤード場、2階が喫茶室の2階建て洋館で、1杯2銭の牛乳よりも安い1銭5厘で提供していたが、5年で閉店した。
「決闘の日」
1612(慶長17)年、美作の浪人・宮本武蔵と細川家指南役・佐々木小次郎の決闘が、豊前小倉沖の無人島・巌流島(舟島)で行われた。
「水産デー」
大日本水産会(大水)が1933(昭和8)年5月に制定。
1901(明治34)年、旧「漁業法」が制定された。
現在では記念日の活動は特に行われていない。
喫茶店といえば、独特の文化があるのはやはり中部地区だろう。
とりあえず、喫茶店の数はかなり多い。
だから、そうなっていったのかもしれないけど、飲み物にピーナツ等のおまけがつくのは当たり前。
さらに、モーニングがすごい!
どう考えても採算が取れないようなメニューを低価格で出している店が多い。
基本的に名古屋では、ドリンクにモーニングセット(トーストやゆでタマゴ等)がおまけで付いてくるといった感覚らしい。
つまりは400円前後で朝ご飯が食べれるということ。
モーニングはめったに…というか、まったくといって良い程たべにいかないからよくわからないけど、多分関西では500円以下で食べれる所はかなり少ないと思う。
某店では「フルタイムモーニング」とかいって、一日中モーニングセットが食べれたりするらしい…
おそるべし…!
一時期、下火になっていた名古屋名物の小倉トーストも最近また復活の兆しがあるようで、最近ではただのトーストではなく、ホットサンド風になっているものも出てきているようだ。
朝からあんこたっぷりの小倉トースト…きっついなぁ…
サンリツパンはそんなに固くなかった…はず…
今日はやっと雨が上がった。
だけど、お花見行く前に桜もかなり散ってしまって…いとさびし…
「パンの記念日」
パン食普及協議会が1983(昭和58)年3月に制定。
1842(天保13)年、伊豆韮山代官の江川太郎左衛門英龍が軍用携帯食糧として乾パンを作った。これが日本で初めて焼かれたパンと言われている。
また、毎月12日を「パンの日」としている。
「世界宇宙飛行の日」
1961(昭和36)年、世界初の有人宇宙衛星船・ソ連のボストーク1号が打ち上げに成功した。
搭乗したガガーリン少佐は、宇宙から地球を見た時の感想を「地球は青かった」と表現し、流行語になった。
「東京大学創立記念日」
1877(明治10)年、東京開成学校と東京医学校を併合して東京大学が開設された。
法学部・理学部・文学部・医学部の4学部が設けられた。
本格的に乾パンが作られたのは日清戦争後のことらしい。
ビスケットを改良し、水分、脂質と糖分も減らしてもち米を加えて出来上がったものが「重焼麺麭」
しかし、この「重焼麺麭」は、原料のアメリカ産小麦粉に粘性が少なかったために割れやすいということがあり、さらにその名前の「重焼」が「重傷」に通じるとして忌み嫌われ、日露戦争後には小麦粉を粘性の強いものに変え割れにくいものに改良され、その時に名前も「乾麺麭」と名称を改められた。
この「乾麺麭」という名前が、その後「乾パン」と呼ばれるようになったということらしい。
要するに、乾パンは軍の保存食であったため、1945年に終戦を迎えたことで乾パンの歴史も終わりかと思いきや、後に自衛隊が発足したことにより、1954年に旧軍伝統の乾パンが再び正式採用され乾パンの歴史は続いていくこととなった。
また災害の多い日本では備蓄食料を備えることが常に必要であり、長期保存性に優れている上、米飯に匹敵する栄養分が備えられ、(特に脂質とカルシウムは米飯に勝っている)乾パンは優秀な保存食として現在も認められている。
実は乾パンがどんな味か知らない。
まずいという話は良く聞くけど、どの程度まずいかはわからない。
乾パンが固いということも知ってはいるけど、これまたどの程度に固いのかはよくわからない。
ふだんからあんまり固いものは食べないし、最近は歯が痛いからこの名前を聞くだけで食べたい気持ちがわいてこない。
まずいものはけっこう平気だから食べれるとは思うんだけど、固いのは難しい。
我が家の非常持ち出し袋にも缶入りの乾パンが入ってるけど、災害は起こってほしくないぞ。
そういえば、私はけっこう大人になるまで「サンリツパン」とかいうのが乾パンのことかと勘違いをしていた。
なんでそういう間違いをしてたかというと、サンリツパンのことを乾パンと呼んでいたおばさんかおばあちゃんのせいだと思うんだけどね~…
OK牧場
昨日から良く降るね~…
洗濯物がたまっていく~…
「メートル法公布記念日」
1921(大正10)年、改正「度量衡法」が公布され、法律によりメートル法を使用することが定められた。
「ガッツポーズの日」
1974(昭和49)年のこの日、東京の日大講堂で行われたボクシングWBCライト級タイトルマッチで、挑戦者のガッツ石松がチャンピオンのロドルフォ・ゴンザレスに対し8ラウンドKO勝ちした。その時両手を挙げて勝利の喜びを表わした姿を、新聞記者が「ガッツポーズ」と表現したのが、喜びのポーズ「ガッツポーズ」の始りと言われている。
は●わや●門達夫によって、数々のガッツ伝説が紹介された。
その中でも私が好きなのは…
☆時代劇の撮影後の発言
「いやぁこのカツラかぶってると暑いねー。江戸時代の人って大変
だったんだなぁ。だってこんなものを毎日かぶってたんだからなぁ」
☆鎌倉幕府の出来た年を「よい国」で「4192年」だと思っていた。
☆「土木作業員」とは、土曜日と木曜日しか働かない人だと思っていた。
☆同窓会に参加した時の発言
「おまえ、老けたなぁ!いくつになったんだ?」
他にもあったけど、たくさんありすぎて思い出せない…
たまに、普通の人とは違った視点でものを見てるからすごいなと思うことがある。
とても親孝行な人らしいし、印象的にいやな感じの人ではないよね。
親といえば、「ズ●リ言うわよ!」にガッツがゲスト出演した時の、有田のギャグにはかなりウケました…
(しかし、失礼な内容のため、ここには書けません…)
海苔も景物
そろそろ、入園・入学シーズン。
桜の花がまだ残ってて良かったね…!
「女性の日」
労働省(現在の厚生労働省)が1949(昭和24)年に「婦人の日」として制定。1998(平成10)年に「女性の日」に改称。
「女性週間」の1日目の日。
「婦人参政記念日」
1946(昭和21)年、戦後初の総選挙で初めて婦人参政権が行使され、39人の女性代議士が誕生した。
「建具の日,良い戸の日」
日本建具組合連合会が1985(昭和60)年に制定。
「良い(4)戸(10)」の語呂合せ。
「インテリアを考える日」
日本インテリアファブリックス協会「4月10日はインテリアを考える日」実行委員会が制定。
「ヨットの日」
ヤマハ発動機が制定。
「ヨッ(4)ト(10)」の語呂合せ。
「駅弁の日」
日本鉄道構内営業中央会が1993(平成5)年に制定。
4月では駅弁の需要拡大が見込まれる行楽シーズンであり、「弁当」の「とう」から10日、さらに「4」と「十」を合成すると「弁」に見えることから。
駅弁が日本で初めて売り出されたのは1885(明治18)年7月16日であるが、7月は季節がら弁当がいたみやすいため、4月に記念日が設定された。
「四万十の日」
高知県中村市の四万十の日実行委員会が1989(平成元)年に制定。
「し(4)まんと(10)」の語呂合せ。
高知県の四万十川は全長196kmで、本流にダム等がなく、日本最後の清流と言われている。
「瀬戸大橋開通記念日」
1988(昭和63)年、瀬戸大橋が開通し、本州と四国が橋で結ばれた。
瀬戸大橋は、岡山県倉敷市と香川県坂出市との間の9.4kmの海峡部を結ぶ橋で、道路・鉄道併用の6つの橋から構成されている。
日本最後の清流と呼ばれる四万十川。
この名前はアイヌ語で「とても美しい」という意味をもつ「シマムタ」が語源なのだそうだ。
全長196kmの川で吉野川に次いで四国第二の長さを誇り、約40種類の魚が生息しており、中でも鮎とうなぎ漁が盛ん。
四万十川には沈下橋という、増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋が現在59ほどかかっているらしい。
海とか川とか湖とか…ただ水がたくさんあるだけの風景はとても気分を落ち着かせてくれる。
うちの近くのあんまり綺麗でない小さな川でさえ、みていると少しなごむ…
水ってふしぎ…
筑●哲也のは上過ぎ…
すっかりひきこもってたので、まったくわからなかったり~…
「反核燃の日」
青森県労働組合が制定。
1985(昭和60)年、北村青森県知事(当時)が県議会の全員協議会で核燃料サイクル施設の推進を表明した。これにより議会の承認を得たとして、それ以後核燃施設の建設が進められて行った。
「左官の日」
日本左官業組合連合会が制定。
「大仏の日」
752(天平勝宝4)年、奈良・東大寺の大仏開眼供養が行われた。
「美術展の日」
1667年、パリで世界初の美術展が開催された。
「大仏」というと、以前、大仏様を冒涜しているという理由からもめていた「大仏さまの鼻くそ」ってお菓子。
調べてみたら、今でも普通に売ってるようだった…
大き目(直径約7cmとのこと)のゴツゴツした丸っこいお菓子で、中が空洞になってて、そこに羅髪(大仏様の頭のイボイボ)を模した丸っこいお菓子(=願い玉。ココアみたいな味なんだって)が6つ入ってるらしい。
いろんな願いをこめながら食べましょう!…みたいなことらしい。
この外側の方は相当固くて、かなづちなどで割らないと割れないらしい…
かじったら、歯、折れるわ…
物珍しさだけで、おいしそうって感じのお菓子ではないなぁ…
っていうか、このパッケージが大仏様が花の穴を「ほじほじ」してるイラストなんだけど、ネーミングはともかく、あのイラストは「冒涜してる!」といわれても仕方ないような…(; ̄ー ̄A
まぁ、どっちにしても固いものはほとんど食べないから、私には関係ないかなぁ~
目撃者
土曜日は洗濯デー
洗うものがなかったら無理やり洗う洗濯デー。
「花祭り(潅仏会,仏生会,浴仏会)」
釈迦の降誕を祝して行う法会。
各地の寺では花御堂を設け、堂の中に水盤を置いて釈迦の立像を中央に安置し、参詣者が御像に甘茶を注いでお参りする。甘茶をかけるのは、釈迦の誕生の時9つの龍が天から清浄の水を注ぎ産湯を使わせたという伝説に由来する。
関西では月遅れの5月8日に行われる。
「忠犬ハチ公の日」
忠犬ハチ公銅像及び秋田犬群像維持会が制定。1936(昭和11)年から、この日に慰霊祭が行われている。
ハチ公は、東大農学部の上野英三郎博士に飼われていた秋田犬だった。1923(大正12)年に秋田県大館市で生まれ、1924(大正13)年から上野博士に飼われることになった。上野博士の存命中は、玄関先や門の前で上野博士を見送り、時には渋谷駅まで送り迎えすることもあった。そして、上野博士が1925(大正14)年5月に突然亡くなった後も、毎日渋谷駅前で主人の帰りを待ち続けた。
主人を慕うハチ公の一途な姿は人々に感銘を与え、忠犬と呼ばれるようになり、1934(昭和9)年4月、渋谷駅前に銅像が建てられた。銅像の除幕式にはハチ公自身も出席している。そして1935(昭和10)年3月8日に10歳余りで一生を終えた。
ハチ公の銅像は第2次大戦中に供出され、現在のものは1947(昭和22)年8月に再建されたものである。
「参考書の日」
学習書協会が1984(昭和59)年に制定。
花祭りの日であり、全国的に入学式が多いこの日が選ばれた。
「折り紙供養の日」
折り紙作家の河合豊彰さんが提唱。
花祭りの4月8日と達磨忌の10月5日。
「ヴィーナスの日」
1820年、エーゲ海のメロス島で耕作中の農夫が畑の中からヴィーナス像を発掘した。翌年、パリのルーブル美術館が収蔵した。
「ミロのヴィーナス」として知られており、紀元前100年頃に作られたとされている。
「タイヤの日」
日本自動車タイヤ協会が制定。
4月は春の交通安全運動が行われる月であり、8がタイヤをイメージさせることから。
美しい女性の代名詞ともされるミロのヴィーナス。
一時は、腕がないことを不憫に考えたルイ18世が、腕を付けることを考えたそうだが、満足のいく腕を作る彫刻家がいなかったためにそのままになったのだとか…
もともとがどういう腕の状態だったのかは、いまだにわかってはいない。
一緒に発見された台座に「アンティオキアの市民、メニデスの息子、アレクサンドロス」という銘があり、これが作者の名前と考えられており、時代はだいたいBC150~120年頃ではないかとみられている。
おそらく、ミロス島の資産家かこの島に来た貴族等が小アジアの腕の良い彫刻家に彫らせたものではないかとみられているらしい。
ところで、最初にヴィーナスの断片が発掘された時、掘り出した農夫はきっとこれは価値のあるものに違いないと感じ、横取りされないように自分の畑に埋めておこうと考えたが、たまたまそれを埋めている時にフランス人のオリヴィエ・ヴーティエにその現場を見られてしまう。
オリヴィエ・ヴーティエは、死体でも埋めていたのではないかと考えていたそうだ。(^^;
ちなみに、ミロのヴィーナスのプロポーションは…
身長202cm
B121cm
W97cm
H129cm
これを160cmの女性と考えてみると
B約95cm
W約75cm
H約100cmになるらしい。
やっぱり見た目通りに、けっこうぽっちゃりさんだ。
関係ないけど、今日の「社交ダンス選手権」で、高橋恵子がかなり露出度の高い衣装を身につけていたのだけど、50代だということが信じられないようなプロポーションだった!
30代あたりから、ミロのヴィーナス体型になってくる人が増えてくる。
要するに「くびれ」がなくなってくるのだ。
そのことを考えると、高橋恵子は本当にすごいと思った。
司会の松●恵子はミロのヴィーナスに近いけど、可愛いから、ま、いっか。
動かざること山の如し
世界保健機関(WHO)が1949(昭和24)年に制定。国際デーの一つ。 WHOは、1946(昭和21)年のこの日に、ニューヨークでの国際保健会議で採択された世界保健機関憲章によって設立された国連の機関である。すべての人々が可能な最高の健康水準に到達することを目的としている。
「農林水産省創立記念日」
1881(明治14)年、農林水産省の前身となる農商務省が設置された。
どちらも私に関係なさすぎて書きにくい。
…ってなわけで、今日の出来事を探す。
そしたら…
「1963年 NHK大河ドラマ第一作『花の生涯』が放送開始」っていうのがあった。
国内外を問わず、歴史ものは好きなのだけど、NHKの大河ドラマはまず見たことがない。
多分、違う局だったらみてると思うんだけど、我が家は昔からNHKはほとんど見ない派で、朝の連ドラもほとんど見たことがない。
もちろん「おしん」も見たことない。
「花の生涯」は、大老井伊直弼の生涯を描いたもので、1963年4月7日~12月29日に放送されたらしい。
2代目尾上松緑が、井伊直弼役。
…と書きながら、今、私の脳裏に浮かんでる人が2代目尾上松緑さんかどうかは定かではない。
間違ってるかも~…
今まで見たことがない大河ドラマを来年は見ようかなはと思ったりしている。
なぜならば、ガクトが出るから。
来年放送の大河ドラマは「風林火山」だそうで、ならば武田信玄がメインなのかと思いきや、軍師・山本勘助にスポットライトをあてたストーリーらしい。
山本勘助役は内野聖陽という人らしいんだけど、知らない…
武田信玄役のの市川亀治郎さんっていうのも知らない…
ちなみに、ガクトは上杉謙信役。
かなりの大抜擢よね。
NHKも思い切ったもんだなと思う。
上杉謙信は女性説があったり、お●ま説があったり、とても綺麗な人だったという説もあったから、ガクトなのかな?
それにしてはちょっと男性的過ぎる気もするけど、とりあえずは見る気満々!!
このドラマで、ガクトの俳優の道も大きく開けるかもしれないね。
なんか臭い…
よくわからない気候にすっかり弱ってる私は虚弱体質…
「城の日」
兵庫県姫路市が1991(平成3)年に、日本三大名城の一つ姫路城を中心とした市の復興の為に制定。
「し(4)ろ(6)」の語呂合せ。
姫路城は、1333(元弘3)年に赤松則村によって築かれた。西国統治の重要拠点として羽柴秀吉・池田輝政・本多忠政が城を拡張し、現在の形になったのは1619年であった。五層六階の大天守と三つの小天守とがあり、その形から白鷺城とも呼ばれる。1912(大正元)年に国宝に、1993(平成5)年に世界文化遺産に指定された。
「新聞をヨム日」
日本新聞協会販売委員会が2003(平成15)年に制定。
「よ(4)む(6)」の語呂合せ。
4月は転勤や入学等で住いを移す人が多いことから、「これを機会に新聞を読み始めませんか」というキャンペーンが行われる。
「北極の日」
1909(明治42)年、アメリカ海軍の軍人ロバート・ピアリーが、世界で初めて北極点に到達した。
「コンビーフの日」
1875(明治8)年、コンビーフの台形の缶が特許登録された。
中に肉が詰めやすいように工夫されて、独特の台形の形になった。
「白の日」
「し(4)ろ(6)」の語呂合せ。
「建国の日 (南アフリカ)」
「寒の戻りの特異日」
寒の戻りが起こる確率の高い日。
寒の戻りとは、春になって気温が上がる時期に突然やって来る寒さのことで、大陸からの寒波・北東気流による冷え込み・移動性高気圧による夜間の冷え込み等によって起こる。
コンビーフは、正しくはコーンド・ビーフ(corned beef)と言い、肉の塩漬けのこと。
保存食に作られたコンビーフが、やがて現在のように塩漬けした牛肉を加熱してほぐし、フレーク状にして固めたものになった。
大昔、船員をしていた伯父の家にはいつもコンビーフがあって、私は缶のまわりをくるくる巻きながら開けるあの缶がものめずらしくて好きだったのだけど、開けるとなんとも言えない臭いがして嫌いだった…
…なんだろなぁ…
今でいうと、ペットフードみたいなにおい?
あれがどうにも苦手。
もともと肉類が苦手だからね。
ちなみに、我が家では買ったことがまずない。
だから、食べ方もよくわからない。
確かそのまま食べれるはずだけど、サラダとかに入れるのかな?
コンビーフを知らない人はほとんどいないと思うんだけど、意外とコンビーフを使った料理は少ないような気がする。
外でごはんを食べる時に、友達が食べてるのを見た記憶もないような気がする。
忘れてるだけなのかなぁ…??
靴下は三つ折り
1872(明治5)年、東京府が女子の断髪禁止令を出した。
前年に散髪、脱刀が許可されたが、これを受けて断髪をする女性が続出したため、「男性に限って許可した断髪を女性が真似てはならない」とする禁止令を発布した。
「横町の日」
「よ(4)こ(5)ちょう」の語呂合せ。
「デビューの日」
1958(昭和33)年、読売巨人軍の長嶋茂雄がデビューした。
これに因んで、その年デビューした新人にエールを送る日。
先日、ふと思ったのだけど、大昔のアイドル(1970年代)はなぜだかショートカットの女性が多い…
髪は昔から女性を象徴するものとされ、「髪は女の命」という言葉もある。
特に長い髪が美しいものとされ、「古事記」にも髪が長いことは美しさと深くかかわる要素である、と書かれているらしい。
イスラムの女性が人前で髪の毛を見せないのもそのためで、そのように魅力的なものを見せて男の心を惑わせてはいけないからだと聞いたことがある。
中国の奥地にも、自分の身長と同じ位長い髪をしている種族がいて、彼女達にも自分の夫以外には髪を見せてはいけないというしきたりがあるらしい。
髪には昔から、なんらかのチカラがあると信じられていた。
そのためか、何か願い事がある時に髪を切らないとか、逆に思いを断ち切りたい時に髪を短く切ってみたり、呪術に憎む相手の髪の毛を使ったりということがある。
科学的根拠があるのかどうかは知らないけど、髪は長い方が芸術的・音楽的感性が高まるという説もある。
確かに、髪が長い方が情緒的になるような気がする。
だから、髪を短くすれば思いを断ち切れるというのはわかるような気がする。
…で、70年代アイドルの髪が短いのが多かったことは何が原因か?となると…よくわからない。
…というか、私の中での70年代アイドルというと、花の●●トリオのことなんだけど、考えてみれば彼女達がデビューしたのは中3。
…ってことは、もしかして校則のせいで短かったのか?
今とは違って校則もかなり厳しかっただろうしね~…
やっぱり、健全な中学生が男を魅了してはいけないから、髪はショートカットって決まってたのかな?
人は見かけによらない…
昨夜からすごく熱~
なんか、かなりボロボロ~…
「トランスジェンダーの日」
1999(平成11)年2月に性同一性障害者の自助グループ・TSとTGを支える人々の会が制定。
「男と女」だけではとらえきれない性の多様性について、広く社会的な理解を深める日。
「おかまの日」と言われていた日をそのまま「トランスジェンダーの日」としたことにより、「おかま=トランスジェンダー」という誤った認識がなされる恐れがあることから、当事者の間で日附を変更もしくは廃止すべきという声が上がっている。
「沖縄県誕生の日」
1879(明治12)年、琉球藩を廃し沖縄県とすることが布告され、沖縄県が誕生した。
「交通反戦デー」
1989(平成元)年、東京都の交通遺児を励ます会が交通反戦大会を開き、この日を「交通反戦デー」とすることを決めた。
児童や生徒も参加できる春休み期間中の覚えやすい日で、また、「死(4)死(4)を返上」の語呂合せから。
「ピアノ調律の日」
国際ピアノ調律製造技師協会が1993(平成4)年に制定。日本では日本ピアノ調律師協会(ニッピ)が1994(平成6)年から実施。
"April"の頭文字が調律の基準音"A"と同じで、その周波数が440Hzであることから。
「あんぱんの日」
1875(明治8)年、明治天皇が水戸邸の下屋敷を訪れる際に、木村屋のあんぱんが出された。
木村屋の木村安兵衛が当時の侍従・山岡鉄舟に「これまでは京都の和菓子をお出しすることが多かったが、純日本製のパンをお出ししたらどうか」ともちかけられた。木村安兵衛は、それまでのあんぱんに工夫をこらし、日本を代表する花である八重桜の塩漬をいれた桜あんぱんを開発した。
「ヨーヨーの日」
「ハイパーヨーヨー」を製造しているおもちゃメーカーのバンダイが制定。
「ヨー(4)ヨー(4)」の語呂合せ。
1998(平成10)年のこの日には、ジャパンヨーヨーアソシエーション(JYYA)が設立された。
この日とは別に、ヨーヨーを世界的に有名にした立役者であるドナルド・F.ダンカンの誕生日6月6日もヨーヨーの日になっている。
「獅子の日」
「し(4)し(4)」の語呂合せ。
「おかまの日」
3月3日の女の子の節句と5月5日の男の子の節句の中間の日であることから。
元武士の木村安兵衛と、息子の英三郎が日本人としての初めてのパン屋「文英堂」を開いたのは、1869年のことだった。
当時はまだパンというものが日本の食生活に浸透していなかったため、めずらしがられはしたがあまり売れなかった。
日本人にパンを受け入れられてもらうには、日本人の口に合うパンにする必要があると考えた安兵衛は、ある日ふと酒饅頭を思いついた。
酒饅頭のようなパンなら受け入れてもらえるのではないか?
普通のパンはイースト菌で発酵させるが、安兵衛は酒種を使って発酵させた。
ふんわり柔らかく焼き上げたパン生地で饅頭のあんを包み、試行錯誤の末、1874年にあんぱんが完成し、瞬く間に大ヒット商品となった。
翌年には水戸藩下屋敷でのお花見の席で天皇に献上されることが決まった。
この時、安兵衛はあんぱんに塩漬けの桜の花を埋め込んで焼くことを思いついた。
明治天皇はこの桜あんぱんをたいそう気に入られたらしい。
あんぱんと聞くと、どうしても思い出してしまうのがアンパンマン。
意外なことにアンパンマンの原型となった作品は、1968年に「PHP」誌に掲載された大人向け読み物。
この時はヒーローでもなんでもないごく普通の人間で、空腹の人のところにアンパンを届けていた人(?)だったらしい。
1973年、これを発展させたキャラクターとして、あんパンでできた頭部を持つあんぱんまん(初期の作品ではひらがな表記)が「キンダーおはなしえほん」に登場した。
アンパンマンは、ジャムおじさんが作ったアンパンのたねに、空から降ってきた命の星が落ち、命が宿って誕生した「正義の味方」という設定になっている。
アンパンマンの頭部は粒アンパンで出来ており、顔の中のあんこには「勇気の花の蜜」というものが混ぜられており、これが元気の源となっているようだ。
おなかの減った人をみつけると、アンパンマンは自分の顔をたべさせてくれるのだが、顔をわけてあげたり、濡れたり汚れたりするとすぐにヨレヨレになってしまう。
そういう場合には、ジャムおじさんに新しい顔を焼いてもらって付け替えると復活する。
他のパンの仲間全部がジャムおじさんが作ったものではなく、アンパンマンの他にはカレーパンマンがジャムおじさん製。
カレーパンマンだけに、当然頭部がカレーパンで出来ている。
カレーパンマンはカレーパンではなくカレーをくれるらしいのだけど、どうやってくれるんだろう??
攻撃の時みたいに口から吐いて??(; ̄ー ̄A
アンパンマンはけっこう見てるはずなんだけど、どういう風にあげるんだか全く覚えていない…
ちなみに、ジャムおじさんとバタ子さんは、あぁ見えて実は「妖精」なんだって!
普通のおっちゃんとおばちゃんじゃなかったのね…