目撃者 | ちょっとだけ今日は何の日

目撃者

土曜日は洗濯デー
洗うものがなかったら無理やり洗う洗濯デー。


「花祭り(潅仏会,仏生会,浴仏会)」
釈迦の降誕を祝して行う法会。
各地の寺では花御堂を設け、堂の中に水盤を置いて釈迦の立像を中央に安置し、参詣者が御像に甘茶を注いでお参りする。甘茶をかけるのは、釈迦の誕生の時9つの龍が天から清浄の水を注ぎ産湯を使わせたという伝説に由来する。
関西では月遅れの5月8日に行われる。


「忠犬ハチ公の日」
忠犬ハチ公銅像及び秋田犬群像維持会が制定。1936(昭和11)年から、この日に慰霊祭が行われている。
ハチ公は、東大農学部の上野英三郎博士に飼われていた秋田犬だった。1923(大正12)年に秋田県大館市で生まれ、1924(大正13)年から上野博士に飼われることになった。上野博士の存命中は、玄関先や門の前で上野博士を見送り、時には渋谷駅まで送り迎えすることもあった。そして、上野博士が1925(大正14)年5月に突然亡くなった後も、毎日渋谷駅前で主人の帰りを待ち続けた。
主人を慕うハチ公の一途な姿は人々に感銘を与え、忠犬と呼ばれるようになり、1934(昭和9)年4月、渋谷駅前に銅像が建てられた。銅像の除幕式にはハチ公自身も出席している。そして1935(昭和10)年3月8日に10歳余りで一生を終えた。
ハチ公の銅像は第2次大戦中に供出され、現在のものは1947(昭和22)年8月に再建されたものである。


「参考書の日」
学習書協会が1984(昭和59)年に制定。
花祭りの日であり、全国的に入学式が多いこの日が選ばれた。


「折り紙供養の日」
折り紙作家の河合豊彰さんが提唱。
花祭りの4月8日と達磨忌の10月5日。


「ヴィーナスの日」
1820年、エーゲ海のメロス島で耕作中の農夫が畑の中からヴィーナス像を発掘した。翌年、パリのルーブル美術館が収蔵した。
「ミロのヴィーナス」として知られており、紀元前100年頃に作られたとされている。


「タイヤの日」
日本自動車タイヤ協会が制定。
4月は春の交通安全運動が行われる月であり、8がタイヤをイメージさせることから。


美しい女性の代名詞ともされるミロのヴィーナス。
一時は、腕がないことを不憫に考えたルイ18世が、腕を付けることを考えたそうだが、満足のいく腕を作る彫刻家がいなかったためにそのままになったのだとか…
もともとがどういう腕の状態だったのかは、いまだにわかってはいない。
一緒に発見された台座に「アンティオキアの市民、メニデスの息子、アレクサンドロス」という銘があり、これが作者の名前と考えられており、時代はだいたいBC150~120年頃ではないかとみられている。
おそらく、ミロス島の資産家かこの島に来た貴族等が小アジアの腕の良い彫刻家に彫らせたものではないかとみられているらしい。

ところで、最初にヴィーナスの断片が発掘された時、掘り出した農夫はきっとこれは価値のあるものに違いないと感じ、横取りされないように自分の畑に埋めておこうと考えたが、たまたまそれを埋めている時にフランス人のオリヴィエ・ヴーティエにその現場を見られてしまう。
オリヴィエ・ヴーティエは、死体でも埋めていたのではないかと考えていたそうだ。(^^;

ちなみに、ミロのヴィーナスのプロポーションは…
身長202cm
B121cm
W97cm
H129cm
これを160cmの女性と考えてみると
B約95cm
W約75cm
H約100cmになるらしい。
やっぱり見た目通りに、けっこうぽっちゃりさんだ。

関係ないけど、今日の「社交ダンス選手権」で、高橋恵子がかなり露出度の高い衣装を身につけていたのだけど、50代だということが信じられないようなプロポーションだった!
30代あたりから、ミロのヴィーナス体型になってくる人が増えてくる。
要するに「くびれ」がなくなってくるのだ。
そのことを考えると、高橋恵子は本当にすごいと思った。
司会の松●恵子はミロのヴィーナスに近いけど、可愛いから、ま、いっか。