ちょっとだけ今日は何の日 -22ページ目

へーイヘイヘイへーイヘイ♪

「ミシンの日」
ミシン発明200年を記念して日本家庭用ミシン工業会(現在は日本縫製機械工業会)が1990(平成2)年に制定。

「ミ(3)シ(4)ン」の語呂合せ。

イギリスのトーマス・セイントが世界で初めてミシンの特許を取得したのは1790(寛政2)年だった。

「ミシン」という名前は、 "sawing machine"(裁縫機械)の"machine"がなまったものである。


「サッシの日」
YKKアーキテクチャルプロダクツ(YKK AP)が制定。

「サッ(3)シ(4)」の語呂合せ。


「三線の日」
沖縄県の琉球放送が制定。

「さん(3)し(4)ん」の語呂合せ。

三線は、蛇味線とも呼ばれる沖縄の楽器で、三味線の元となったとされている。


「円の日」
1869(明治2)年、明治政府が貨幣を円形として金銀銅の貨幣を鋳造する円貨の制度を定めた。


三線の原型は中国で生まれ、やがて13~14世紀頃に琉球に伝わったといわれている。

その後、三線は琉球ではなくてはならない楽器に発展し、17世紀頃に現在の三線と似たようなものが作られてたらしい。

その根拠として17世紀初頭に琉球王朝が三線主取という職をつくったと記録されている。

その後、薩摩や江戸幕府との交流により、本土に伝わり、三味線へと変形していったと考えられている。

本土では、蛇の皮や黒木は手に入りにくかったので、猫や犬の皮を使い、紅木、紫檀、花梨で棹をつくるようになり、そのため三線とは違った音色に変わっていった。。

三味線が全国に広まると、逆に三線を知る人は少なくなっていった。

そして沖縄三味線、琉球三味線、沖縄蛇味線、沖縄蛇皮線などと、いろんな呼び方がされるようになったということらしい。

三味線と比べると棹の長さや胴の大きさが一回りほど小さくなっているのが特徴で、使われるヘビの皮はニシキヘビの皮らしい。

人工皮のものだと3万円台からあるそうなので、ちょっと興味があるってていう人も始めやすいかもしれないね~…

まぁ、本革とはやっぱり違うかもしれないけど…


三線っていうと、確かだいぶ前にフィンガー5の誰か(上の方のお兄さんの誰かだったような気がする)が弾いてたのを見た記憶がある。
多分、何かの特番かな?

三味線は昔、我が家にもあったんだけど、実物の三線を見る機会ってめったにないよねぇ…

柄的には、やっぱりニシキヘビだからちょっとロックっぽくて、三味線よりカッコいいかもね…!

ヒューヒュー

「上巳,桃の節句」
上巳の節句は五節句の一つで、元々は3月上旬の巳の日だったが、後に3月3日に行われるようになった。旧暦では3月3日は桃の花が咲く季節であることから「桃の節句」とも言われる。

古来中国では、上巳の日に川で身を清め不浄を祓う習慣があった。これが平安時代に日本に取り入れられた。後に、紙で小さな人の形(形代)を作ってそれにけがれを移し、川や海に流して不浄を祓うようになった。この風習は、現在でも「流し雛」として残っている。


「雛祭り」
女の子の健やかな成長を願う伝統行事。女の子のいる家庭では、雛人形を飾り、白酒・菱餅・あられ・桃の花等を供えて祀る。

上巳の日には、人形に穢れを移して川や海に流していたが、その人形が次第に精巧なものになって流さずに飾っておくようになり、雛祭りとして発展して行った。

雛祭りは始めは宮中や貴族の間で行われていたが、やがて武家社会でも行われるようになり、江戸時代には庶民の行事となった。

元々は、5月5日の端午の節句とともに男女の別なく行われていたが、江戸時代ごろから、豪華な雛人形は女の子に属するものとされ、端午の節句は菖蒲の節句とも言われることから、「尚武」にかけて男の子の節句とされるようになった。


「耳の日」
日本耳鼻咽喉科学会が1956(昭和31)年に制定。

「み(3)み(3)」の語呂合せ。また、三重苦のヘレン・ケラーにサリバン女史が指導を始めた日であり、電話の発明者グラハム・ベルの誕生日でもある。

耳や聴力への関心を高め、聴覚障害の予防・治療を徹底する為の記念日。


「平和の日」
1984(昭和59)年の国際ペンクラブ東京大会で、日本ペンクラブの発案により制定され、翌1985(昭和60)年から世界中で実施された。

「女の子の健やかな成長を祝う雛祭りは平和の象徴である」との考えから。


「女のゼネストの日」
1997(平成9)年から全国各地の実行委員会が実施。

男女共同参画社会を目指し、「男女平等基本法」制定を求めて女性が立ち上がる日。この日が女の子の節句であることから、この日に実施することになった。

1996(平成8)年に来日したアイスランドのフィンボガドチル大統領の演説がきっかけになり制定された。アイスランドでは1975(昭和50)年と1985(昭和60)年に「女のゼネスト」を行い、何万人もの女性が仕事を放棄して首都レイキャビクに終結し、これを契機に初の女性大統領が誕生した。


「三の日」
日本三大協会が1993(平成5)年に制定。

日本三大協会は、「三種の神器」「日本三景」等、日本で古来より三つで括ると安定すると考えられたのはなぜか、等を研究している団体である。


「桃の日」
1999(平成11)年に日本たばこ産業(JT)が、同社の製品「桃の天然水」のPRの為に制定。


「金魚の日」
日本鑑賞魚振興会が制定。

江戸時代、雛祭りの時に金魚を一緒に飾ったことから。


「結納の日」
全国結納品組合連合会が制定。

結婚式の「三三九度」から。


「闘鶏の節句」
宮中では平安時代から旧暦の3月3日に闘鶏が行われていた。


そういえば、「ももの天然水」ってあったね~…

っていうか、今もあるか…

私は普段飲むものは、お茶か水がほとんど。

野菜ジュースや果物の果汁100パーセントのジュースも飲むけど、人工甘味料系のはどうも飲めない…

炭酸系はさらに飲めない。

で、桃の天然水はそんなに甘くないし、水に近いし…と思いきや、水と思えば味が付いてるからなんか変なかんじだし、ジュースというには薄すぎてなんだかなぁ…な気分になってしまう。

どっちも納得できないってかんじかなぁ…
どうせなら、ネクターみたいに濃厚か、味がないなら、全くない!…の方が私は好きみたい。

そんなわけで、ほとんど飲まないんだけど、あのパッケージはなんか可愛くて気になるよね…

おてつってだ~れ?

「ミニチュアの日」
「ミ(3)ニ(2)」の語呂合せ。

ミニチュアや小さいものを愛そうという日。


「中国残留孤児の日」
1981(昭和56)年、中国残留日本人孤児47名が、肉親探しの為に、厚生省の招待で初めて公式に来日した。

このうち29名の身元が判明した。


「遠山の金さんの日」
1840(天保11)年、遠山の金さんこと遠山左衛門尉影元が北町奉行に任命された。


なんだか昨年も書いたような気もしつつ…
遠山の金さんのモデルとなったのは、遠山景元(とおやまかげもと)寛政5年8月23日生まれ。
江戸時代の旗本で、天保年間に江戸北町奉行、後に南町奉行を勤めた人物。
幼名は金四郎。公職についてからは、従五位下左衛門尉に叙任。祖先は美濃の豪族遠山氏の分家である(北条氏家臣遠山氏の出自との説あり)。父親は長崎奉行を勤めた遠山左衛門尉景晋。

青年時は放蕩三昧だったが、家督相続後、勘定奉行、町奉行に就く。
庶民の間ではけっこう評判の良い奉行で講談にうたわれることもあったらしい。
中でも、江戸市中から追放される予定になっていた歌舞伎を、江戸郊外に移転という穏便な形に落ち着かせたことが庶民にウケたようだ。
そのことから、歌舞伎関係者が遠山を賞賛する意味で遠山の金さんものを上演するようになった。

で、有名な桜吹雪の刺青は、放蕩時代に入れたとされているらしいけど、それには様々な説があり、彫られていたのは右腕のみだったとか、背中に女の生首が彫ってあったとか、右腕に口に手紙をくわえた女の生首、左腕に「おてつ」という女の名前がほってあったとか、さらには刺青などはなかったとかいろんなことが言われている。
今となってはもうどれが真実かわからないけど、やっぱり桜吹雪が一番綺麗かもしれないな。

ちっちゃい民子

やっと3月になりました。

「やっと」なのか、「もう」なのかよくわからないけど…


「ビキニ・デー」
1954(昭和29)年、太平洋のビキニ環礁でアメリカが水爆実験を行い、附近を航行していたまぐろ漁船「第五福竜丸」の乗組員が被曝した。

この日、世界で反核集会等が行われる。


「労働組合法施行記念日」
1946(昭和21)年、労働者の地位向上を図る為の法律「労働組合法」が施行された。


「マーチの日,行進曲の日」
「行進曲」と「3月」が同じ"march"というスペルであることから。


「豚の日」
1972(昭和47)年に、アメリカのエレン・スタンリー、メアリー・リン・レイブ姉妹が、最も利口で役に立つ家畜のひとつである豚への感謝をこめて制定したとされている。

アメリカ合衆国の各地で豚の品評会が行われる。


「防災用品点検の日」
防災アドバイザーの山村武彦氏が提唱。

関東大震災の起きた9月1日のほか、3月1日・6月1日・12月1日の年4回。


「3.1節 (韓国)」
韓国の4つの国慶日(国家の慶事を記念する日)の一つ。

1919(大正8)年、日本統治下の朝鮮で「3.1独立運動」が起き、上海に亡命政権・大韓民国臨時政府が樹立した。


もしかしたら、日本で一番有名なマーチは、水前寺清子の「365歩のマーチ」ではないかと思ったりする。
前に少し聞いたことがあるのだけど、やっと演歌歌手としてデビューできたと思ったら、「ワンツー、ワンツー!」って一体何なのよ!と当時のチータは不満に思ったらしい。
しかも、レコードのジャケットも、イギリスの衛兵風(?)の赤い衣装に帽子といった完全な洋装。
ま、たしかに「演歌歌手」のイメージとは程遠いかもしれないよね。
歌詞の中の「1日1歩、3日で3歩、3歩進んで2歩下がる」っていう歌詞は、昔からけっこう物議を醸している。
特に現代の人間の生き方にはそぐわない歌詞かもしれないなぁ…
私も生き急いでるタイプだから、なかなかそういった心境にはなれない。
曲は明るく軽快だけど、実は奥深い曲なのかもしれないね…
関係ないけど、昨年の聖飢魔Ⅱの地球デビュー20周年記念ミサの最終日には、アンコールでチータが登場!
聖飢魔Ⅱとともにこの曲を歌ったんだって…!

オレンジ味のが好き!

今日で2月も終わり…

あぁ…なんだかなぁ…

なんか悲しい…(意味不明…)


「ビスケットの日」
全国ビスケット協会が1980(昭和55)年に制定し、翌年から実施。
1855(安政2)年、パンの製法を学ぶ為に長崎に留学していた水戸藩の柴田方庵が、同藩の萩信之助に、パン・ビスケットの製法を書いた「パン・ビスコイト製法書」を送った。これが、ビスケットの製法を記した日本初の文書とされている。
また、ビスケットの語原がラテン語で「二度焼かれた物」という意味の「ビス・コクトゥス(bis coctus)」であることから、「に(2)どや(8)く」の語呂合せの意味も持たせている。

「バカヤローの日」
1953(昭和28)年、吉田茂首相が衆議院予算委員会の席上、西村栄一議員の質問に対し興奮して「バカヤロー」と発言した。これがもとで内閣不信任案が提出・可決され、この年の3月14日に衆議院が解散してしまった。この解散は「バカヤロー解散」と呼ばれている。
このことに因んで、この日は日ごろ頭にきていることに対して「バカヤロー」と叫んでも良いという日、だとのこと。

「織部の日」
岐阜県土岐市が制定。
1599(慶長4)年、千利休亡き後の豊臣秀吉の茶頭・古田織部が、自分が焼いた茶器を用いて茶会を開いた。この器が後に織部焼と呼ばれるようになった。

「エッセイ記念日」
木村治美エッセイストグループ(keg)が制定。
エッセイストの元祖とされるフランスのミシェル・ド・モンテーニュの1533年の誕生日。

ビスケットのもともとの出発点は、意外なことにお菓子ではなくパン。
人類がパンをつくり始めたのは、今から5000年も昔だといわれている。
パンは旅をしたり、遠くへ狩りに出掛ける時の食料としては日持ちが良くない為、パンを乾かして水分を減らし、もう一度焼くことを思いついた。
これがビスケットのはじまりであり、語源はラテン語の「ビスコクトウム・パネム」で「二度焼いたパン」であるといわれ、フランス語のビスキュウイ、ポルトガル語のビスカウトもみな「二度焼く」という意味を持っている。

日本に、パン及びビスケットが渡来したのは1540年から1550年の間のことだといわれている。

1543年、種子島に漂着したポルトガル人により、鉄砲とともに、カステラやビスケット、ボーロといったいろいろな南蛮菓子が日本医伝来した。

これらの南蛮菓子は、徳川将軍も大のお気に入りだったとか。

ところが、日本に上陸した当時のビスケットは、ちょっと異質な味だったので、あまり人気がなかったらしい。
そのため、カステラや金平糖のように全国に流行するまでには至らず、長崎の周辺にその名残をとどめたに過ぎなかったらしい。

このように16世紀の日本に入ってきた「びすかうと」は、明治の初めには、「重焼麺麭」という漢字を当てていた。(普通に読めない…)

その後、ビスケットの需要を大きく伸ばしたのは日清・日露戦争時の兵士の食糧として大量に用いられたためで、昭和27年5月に小麦粉の統制が撤廃されたのを契機に質・量ともに急速な発展をとげることになった。
ビスケットの種類としては昭和46年にビスケット類の公正競争規約ができ、ビスケット、クッキー、乾パン、プレッツェル、カットパン、パイ(パフ)、及びそれらの加工品等の分類で袋又はパッケージの商品名に併記することが義務づけられたとのこと。

ちなみに「ビスケット」の定義は
小麦粉、糖類、食用油脂および食塩を原料とし、
必要により澱粉、乳製品、卵製品、膨張剤、食品添加物の原料を配合または添加したものを、
混合機、成型機およびビスケットオーブンを使用し製造した食品をいう。

「クッキー」の定義は
手作り風の外観を有し、糖分、脂肪分の合計が重量百分比で40%以上のもので、
嗜好に応じ、卵、乳製品、ナッツ、乾果、蜂蜜などにより
製品の特徴づけをおこなって風味よく焼き上げたもの。

で、簡単にいうと「含まれる成分のうち糖分と脂肪分の合計が全体の40%以上のもの」 がクッキーで、それ以外がビスケットってことらしい。

でも、これは日本での分類であって、外国ではこんな分類はないんだそうだ。


…じゃ、日本でも適当で良いんじゃないの…?って気もするけど…

ま、これはクッキーなのか?ビスケットなのか?…なんて、パッケージの表示を確かめてから買ってるわけでもないし、どうでもいいっちゃーどうでもいいんだけどね~…

刀もございます。

「新選組の日」
1862(文久2)年、「新選組」の前身「壬生浪士組(壬生浪士隊)」が結成された。

壬生浪士隊は、清河八郎の提案で、事件が頻発している京都の警護に当る為に幕府が江戸で募集をしたものである。翌1863年2月に江戸を出発したが、京都に着いた途端、清河が壬生浪士組の目的は尊皇攘夷だと言い出したため、浪士組は空中分解してしまった。まもなく幕府の帰還命令を受けて清川ら209名は江戸に戻ったが、近藤勇・芹沢鴨・土方歳三ら24名はそのまま京都に残留し、京都守護職で会津藩の松平容保の配下に入って、8月に「新選組」と改称した。

その後、約4年間にわたり、京都で尊皇攘夷派・倒幕派の弾圧を行った。


今でも、新撰組の人気は高い。

新撰組縁の場所を訪ねる人、お墓参りに行く人、そして、新撰組のコスをして京都の街に現れる人達もテレビで紹介されていたことがあった。

そして、新撰組関連のグッズというものがたさん売られていることも最近知った。

タオル、マグカップ、暖簾、ボールペン、缶バッヂに携帯ストラップ…

さらに、舞台衣装仕様の本格的なコスチューム一式なんてものまである!(お値段も本格的!)

思った以上に新撰組人気って高いんだなぁ…きっと。
…ちなみに、当時の新撰組の一ヶ月の手当は、局長50両、副長40両、助勤30両、平隊士10両だったらしい。
当時は1両2分あれば、5人家族が楽に暮らせたというのだから、相当な高級取りだったんだねぇ…

ドッカーーーーン!

「2.26事件の日」
1936(昭和11)年、2.26事件が発生した。

陸軍の皇道派の青年将校が、対立していた統制派の打倒と国家改造を目指し、約1500名の部隊を率いて首相官邸等を襲撃した。内大臣・大蔵大臣等が殺害され、永田町一帯が占拠された。

当初、陸軍の首脳部は青年将校たちの行動を容認する態度をとっていたが、海軍が鎮圧を要求し、天皇も同様の立場をとったので、29日に鎮圧を開始した。飛行機から「下士官兵ニ告グ」のビラを撒いて帰順を勧め、「今からでも決して遅くはないから、直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復帰する様にせよ」との投降を呼びかけるラジオ放送を行った。

形勢が不利になったと判断した将校たちは兵を原隊に帰し、2名が自決、残りの者が自首して、その日のうちに鎮定された。


「咸臨丸の日」
1860(万延元)年、幕府が派遣した使節団が、咸臨丸による37日間の太平洋横断航海を終えてサンフランシスコに到着した。


「脱出の日」
1815年、エルバ島に流刑されていたナポレオンが島を脱出してパリに向かった。


「パナマ運河開通記念日」
1914(大正2)年、太平洋と大西洋を連絡するパナマ運河が開通した。

パナマ運河は、中央アメリカのパナマ地峡を開削した閘門[こうもん]式運河で、当初はスエズ運河を開削したフランス人技師レセップスが工事を進めていたが、作業員がマラリア等の病気にかかる等で失敗し、その後をアメリカが継いで完成させた。


「血液銀行開業記念日」
1951(昭和26)年、日本初の血液銀行・日本ブラッドバンク(後のミドリ十字。吉富製薬と合併する等して現在は三菱ウェルファーマ)が大阪に設立された。

血液銀行は、献血等により提供者から採取した血液を保存管理して輸血に必要な血液を確保し、必要に応じて供給する機関で、GHQの指示により設置された。翌1952(昭和27)年に、日本赤十字社も血液銀行を設立した。


「脱出」と聞いて、真っ先に頭に浮かぶのは引田天功の大脱出シリーズ!
それも、初代じゃなくてプリンセス・テンコーの方なんだけど、なんとこのシリーズ、最初は1963年に行われたものらしい。
そんな昔からやってたのね~…
しかし、本格的に人気が出たのは1968年から1975年まで7回にわたって行われた日本テレビの特番で「大脱出」で
特に1968年の最初の特番で実行した「海中大脱出」は、手錠をかけた上に箱に入れられて水深20mの海に沈められた状態から脱出するというもので、彼が尊敬していたアメリカの手品師ハーリー・フラーニが失敗して命を落としたという大変危険なマジックだったらしい。
そして、1977年にまた新たな大脱出の特番が計画されていたが、その直前に心筋梗塞に…
そんなわけで、この特番は前年、弟子にしたばかりで「手品もするアイドル歌手」として売り出し中だった朝風まり(プリンセス・テンコー)が代役を務めることに。
まだそんな本格的なマジックは未経験、しかも、手品のネタが天功の体重に合せて作られていたため、体重の軽いプリンセス・テンコーでは作動せず、大変だったらしい。(この時は「空中ケーブル大脱出」というものだったらしい)
その後闘病生活を続けるも回復せず、初代引田天功は1979年12月31日死去。
翌年の12月に、朝風まりが2代目引田天功を襲名した。


最初の頃のプリンセス・テンコーは従順で引っ込み思案な女性だったのだそうだけど、確か船を爆破してそこから脱出するというマジックの際にアクシデントがあり、すすを吸い込み、全身の血が真っ黒になってしまったため全部の血液を入れ替えたことがあって、それから性格が一転。

すごく積極的で強い性格になったって話をテレビで聞いたことがある。

実話なのかどうなのかは定かじゃないけど、閉所恐怖症の私はあんなマジックは絶対出来ない。

考えただけでもパニックになりそう…

よっぽど怖いもの知らずかしっかりした性格じゃないと出来ないよねぇ…

私も血液総入れ替えして、前向きで元気な人間になれるものならなりたいけど…

トカゲじゃないのよ!

「夕刊紙の日」
1969(昭和44)年、日本初の駅売り専門の夕刊紙『夕刊フジ』が創刊した。


「箱根用水完成の日」
1670(寛文10)年、日本の土木史上重要な意味を持つ箱根用水が完成した。
湖尻峠に約1200メートルのトンネルを掘って、芦ノ湖の水を富士山麓の数か村に導く用水で、深良村(現在の裾野市)の名主・大庭源之丞らが中心となって5年かけて完成させた。


今日もどちらも書きにくいなぁ…と思って、今日の出来事を探してみる。

すると…「1978年 『未知との遭遇』が日本で公開。SF映画ブームの火附け役に 」

っていうのがった。

えっ!SFブームなんてあったんだ~!…と驚いてみたり…
この映画は、スティーブン・スピルバーグ監督の作品で、「消息不明だった戦闘機が突然メキシコの砂漠に現れたのをきっかけに、アメリカ各地でUFOが目撃されるようになるところから発して、異星人と地球人のコンタクトを描いた作品。
…と書きながら、実はそんなにはっきり覚えてなかったりする。

確か大きな宇宙船の出てくるやつよね?!

どっちかっていうと、Vの方が印象が強い。

そういえば、もしかしたらE.T.あたりがこの時代なのかな??

スターウォーズとかスタートレックはもっと前よね?

スタートレックは確か1960年代から始まってるよね。

「未知との遭遇」はテレビでも何度も放送されてるはずだけど、なんでこんなに記憶がないんだろうなぁ…

私の好きなタイプの話じゃなかったのかな…

これももう1回、ちゃんと見てみたい映画ではあるのだけど、そんなことばっかりいってなかなか見れない…(そんなんばっかし…)

白馬童子とは違う…

「鉄道ストの日」
1898(明治31)年、日本初の鉄道ストライキが実施された。
日本鉄道会社の機関士ら400人がストライキに突入し、上野~青森の列車が運休した。

「地雷を考える日」
1995(平成7)年、カンボジアで地雷の根絶を訴える集会が開かれた。

「月光仮面登場の日」
1958(昭和33)年、ラジオ東京(現在のTBS)で国産初のテレビ映画『月光仮面』のテレビ放送が始った。

「クロスカントリーの日」
1977(昭和52)年、原野・森林等にコースを設定して走る競技・クロスカントリーの、統一ルールによる初めての大会がイギリスで開催された。
どうも昨年(?)の今日も書いたような気がしつつ、でもやっぱり今年も書くとしたら「月光仮面」になってしまう。
1958年2月放送開始らしいので、もちろんリアルタイムで見たことはないのだけど、「♪ど~この誰かは知~らないけれど」のテーマソングは知ってるのはなぜだろう…?
出演者の名前を見てみる…大瀬康一、久野四郎、谷幹一、宮田洋容、武藤英司、高塔正康、赤尾関三蔵

…誰も知らない~!
もしかしたら顔見たら知ってる人はいるかもしれないけど、名前だけでわかる人がいない。
それほど昔のドラマなんだなぁ…
テレビドラマ放映後、1958年から1959年ににかけて6作が映画化され(出演者はテレビドラマとは違う)、1981年のは出演が桑原大輔、地井武男、志穂美悦子、鈴木瑞穂、ジョニー大倉、原田大二郎ということで、月光仮面役の桑原大輔さん以外は私の知ってる人になっている。
1972年にはアニメで登場したらしい。
ドラマのタイトルを見ていると、なんとなく仮面ライダー的な内容だったのかなぁ?って気はするけど、怪獣(?)も出てるようだし謎の王国がテーマになってたり、いまいちよくわからない。
最近はリメイクブームだから、こういうのもリメイクでやってくれたらいいのにね。
北海道函館市松風町には、月光仮面の像というものがあり、これは原作者の川内康範が当地出身であることから、川内本人から1974年9月に寄贈されたものなのだそうだ。

俗人間なので…

「税理士記念日」
日本税理士会連合会が1969(昭和44)年に制定。
1942(昭和17)年、「税理士法」の前身である「税務代理士法」が制定された。
国民・納税者への申告納税制度の普及・定着をはかり、税理士制度の意義をPRすることを目的とし、この日には各地で無料税務相談が行われる。

「ふろしきの日」
京都ふろしき会が制定。
「つ(2)つ(2)み(3)」(包み)の語呂合せ。

「富士山の日」
パソコン通信「NiftyServe」内のフォーラム「山の展望と地図のフォーラム(FYAMAP)」が制定。これとは別に、山梨県河口湖町が2001(平成13)年12月に制定。
「ふ(2)じ(2)さん(3)」(富士山)の語呂合せと、この時期、富士山がよく望めることから。

「ロータリー設立記念日」
1905(明治38)年、アメリカ・シカゴで、青年弁護士ポール・ハリスが友人3人とともに世界初のロータリークラブを設立した。
ロータリークラブは、「会員同士の親睦を深め自己啓発を進めながら自分の職業を生かして世界や地域に奉仕して行くこと」を目的としている。現在では161の国や地域に約3万のロータリークラブがあり、約120万人の会員がいる。

「共和国の日 (ガイアナ)」
南米のガイアナ協同共和国のナショナルデー。
1966(昭和41)年、ガイアナがイギリス連邦から独立した。


ごく簡単に言うと、ロータリークラブとは奉仕をするクラブ組織で、自分の職業を通じて世界の人々へ奉仕することが主な目的なのだそうだ。

ロータリーとは「人道的な奉仕を行い、あらゆる職業において高度の道徳的水準を守ることを奨励し、かつ世界における親善と平和の確立に寄与することを目指した実業人および専門職業人が世界的に結び合った団体である」と定義され、またロータリークラブとは「奉仕の理想を各人の個人生活、職業生活および社会生活実践の基盤とすることに同意した、実業人や専門職業人によって構成されたクラブ」と定義されているものらしい。
現在、世界166か国に32,030のロータリークラブがあり、1,211,447人(2004年9月公式発表)のロータリアンが存在し、

日本では2,338のクラブがあり、103,511人のロータリアンが活動しているらしい。
ロータリアンには誰もがなれるわけではなく、推薦者が必要だったりいろいろと大変なようだ。
素晴らしい活動だとは思いつつ、やっぱり自分とは無縁のものだなぁ…って印象が強いかなぁ…
(短~い!)