2017年8月14日、奈良県北東部遊撃。この日のネタで記事にしているのは、魅惑のプライベート橋、戌亥橋、永代橋、作業道不動谷線の冠水橋。今宵ご紹介するのはこれらよりも前、朝イチに出会った物件。
奈良県道16号吉野東吉野線を南下していて目に留まり、緊急停止。
そこには、いかにも古色蒼然とした橋があった。場所はこちら。
写真右側の見切れているところには、「天誅組終焉の地」の大きな石碑が立っている。幟もそうだし、手前のサビサビ看板もそうだが、この橋で渡った対岸に天誅組ゆかりの地があるということだ。
ちなみに吉野、東吉野、西吉野(五條)あたりでは非常によく目にする天誅組ゆかりの案内看板、天誅組については営業範囲外ということでこの記事ではスルーするが、興味のある方は各自調べてみてくだされ。なかなか興味深そうだ。
まずは正対。
うーむ、幟の主張が強すぎて橋が入って来ない。
お名前は…って、
実に判読しづらく、おそらく「石の●橋」。
右側の親柱は河川名だと思うが、「鷲家川」という文字を脳内で補完してみてもよくわからなかったので写真割愛。
この幅員。
軽ならギリで(ほんとにギリで)通れるかな?
渡った先の看板は、
例によって天誅組。この奥にある物の解説…ではあるのだが、いまいちわかりにくいっていうか…。
渡りきって正対。
高欄のデザインは四角四面。よく言えば質実剛健な、悪く言えば面白みのない橋、ではある。
こっちも左の親柱は全く判読不能。そして右の親柱には…
かろうじて読める「いしのもとはし」。よかった。この橋の名称は「石の本橋」で確定だ。
この橋の魅力は、
こういう感じに、
ちょっとサイド気味に見ていただくと伝わるのかなと。
いい味出しとる。
奥にあった「終焉の地」ゆかりの石碑の前にも、
ひっそりと石の一枚橋が架けられていた。
で、気づいたのだが、
石の本橋の上流側に、流れ橋の痕跡が!
桁板は流出中なのかずっと外されているのかは不明ながら、
めっちゃ雰囲気よろしい。
最後に、県道側からのサイドビュー。
親柱からはお誕生日情報が読み取れなかったのだが、これけっこう古いよなあ。
同じ東吉野村、県道220号大又小川線にある蟻通橋(記事にはしてないが)に、形式も風合いもよく似てる。あちらは昭和4年竣功だったりするから、もしかして比較的近い時期の架橋なのではないかと思ったり。的外れかもしれんけど。
以上。