3月に入ってから通常通りの生活をしていますが、
一応、まだチャッピが修行中の身(四十九日前)なので、
家のことと、スタンプラリー御朱印集めくらいしかしてません。
先日、猫ちゃんがいる神社に行ってきました。
ここの神社は保護猫団体に寄付するための御朱印もやってて。
ニューバージョンの保護猫御朱印がでてたので、いただいたんだけども…
モデル猫ちゃんは旧バージョンと同じ子なのよ。
旧バージョン
↓

ニューバージョン
↓
違い分かります?
身体がさ、丸くなってるの
現在の本ニャン
↓
お腹地面に着くぞ~

この子がさ、超懐っこいの~
そしてチャッピで培った、カリスマ技術を披露させてもらいましたよ~
↓
久々に猫触った
けど、このデブ恰幅のよさだからさ、
触り心地はチャッピじゃなく、明らかに、にゃんだった(爆)
その後もご機嫌ちゃんっっ!!
そんなふれあいを後にし、大好きなJAへ寄ると、、、、、、
苺を買ってしもた。
だって、この値段。
猫好きを煽ってるんか?
しかも半額
で、
この量
帰りの車の中がいちご狩り中のような感じでした
そして日曜日はチャッピの五七日でした
あと2週間で一区切り。
チャッピちゃんと修行してるかなぁ
うまいことやって良い子にしてお家に戻る切符を手に入れるんだよ。
~寂しく辛い毎日~
2024年2月、3週間に及ぶ母の入院。
この間私は、寝るためだけに自宅に帰る生活をしていたので、
自宅にいるチャッピは1日中ほぼひとりぼっち。
退院してきても、母はあちこち体の不調訴え、病院巡り。
結局にゃんの看病と母の付き添いに明け暮れ、
チャッピのひとりぼっち生活は続く。
2024年4月9日
にゃんが虹の橋へと旅立った。
この旅立ちは私の負担を軽くするためだったんだと思う。
けれど、
喉の違和感→喉のガンに決まってる
頭が痛い→脳出血が起きたに決まってる
という母の○○に決まってる、に振り回され病院巡りは続き、
チャッピのひとりぼっちは解消されなかった。
夏ごろチャッピに異変が起きた。
↓
改善せず
ネブライザーというさらなる試練がチャッピを襲う
↓
にゃんが引っ越して、またチャッピだけの生活に戻ったけど、
母はまだにゃん家に住んでいて。
そこもにゃんが来る前に戻したら幸せだった頃に気持ちが戻り、
免疫アップで元気が出るかも、と思って。
2024年9月4日に母が自宅に戻った。
しかし、チャッピは改善せず。
結局大掛かりな検査をする羽目に
↓
そして肺嚢胞という重篤な病気が判明。
嚢胞がある方の肺が機能不全のため、健康な方の肺が大きくなり、
呼吸をカバーしている状況。
すぐに命の危険があるわけではないが…。
でも、『お別れ』がよぎった瞬間ではあった。
私自身、母がやっていた家仕事を次々と引き継ぎ、
精神的にきつかったので、チャッピのこの検査結果はより堪えた。
チャッピ部屋のドアを開けた時、何度も脱走し、
私に怒られながらも嬉しそうに階段を下りるチャッピを思い出し、
もし、チャッピが虹の橋を渡るようなことが起きても後悔しないように
と、
真夜中だろうが早朝だろうが、階段遊びを解禁にした。
階段と1階廊下、チャッピ部屋と私の部屋を好きに走れる。
私が見ているので玄関に降りることもないし。
行きたいって言えば
必ず遊ばせてあげることにした。
しかし、母が自宅に戻ったことで予想もしなかった事態も起き始めた。
もともと、我が家は仲が良くない。
父は自己中のアル中
母は(勿論私も)そんな父に意見したり叱ったり。
そういう生活を数十年続けてる。
脳出血の後遺症で、自分の意見が通らないと癇癪を起し、暴言が炸裂する母。
その状態で父に意見するもんだから、大声でののしり合い、
父がファイティングポーズをとるから、応戦しようと母は物を振り回す。
あまりに酷く、
警察介入は自宅からの依頼が3回+近所からの通報1回
この両親のバトルは日を追うごとに酷くなり、
私自身精神がおかしくなりそうで、
菜園の手入れに行ったり、車を走らせに行ったり、
と、家を出て息抜きをしていた。
しかし、そんな状況でも、チャッピは家にいて、
怒号が飛び交う隣の部屋でひとり耐えていた。(←これはのちに気づく)
2025年の夏に、お隣さんの解体工事が始まり、
音と揺れを懸念し、毎日にゃんの家に避難もした。
初めての家。
これもストレスだったと思う。
チャッピは肺嚢胞という病気を抱えながら、
毎日のように父と母のバトルを聞き、
にゃん家への避難を強いられ、
ほぼ私一人が家仕事を回しているので、不在のことも多く、
さらに、本を作るべく絵を描くことに没頭している時は、
チャッピは大人しく、ただただ私を見つめていただけ。
チャッピの立場に立って考える者は誰もいなかった。
ずっとひとりぼっち。
本が完成し、出版を待つばかりになり、
やっとチャッピと沢山遊べる、と思った。
けど、チャッピは『あんまり』な感じ。
大人しい。
いつもなら改善する食欲もなかなか戻らない。
あんなに触ってちゃんだったのに、
この時は触ることを好んでいないような気がする。
なんか変。
少し動くだけで呼吸が荒い気もする。
そんなことで病院の予約をとった。
受診日は2/2
この日にチャッピの本当の体調が分かった。
当時はいろいろ言われたけれど、
結局は肺がんだった。
癌はストレスから発症すると言われてる。
実はその数日前の1/30の夜、
私はいままでのチャッピの苦悩が一本の線で結びついた出来事が起きた。
この日の父はいつも以上に酷かった。
朝出掛け、11時半頃戻り、ササっと昼ご飯を食べてまた出掛け、
3時過ぎに戻り、また昼ご飯を食べ
???
さっき昼ご飯食べたでしょ?というと
食べたことも分からない感じで、また出て行った。
夕方インターホンが鳴り、
『お宅のお父さん家の前で倒れてます』と言う。
なんのことはない、泥酔して門の前で寝ていた。
(家にいなかった時間はスーパーの休憩場所で飲んでいたんだと思う)
起きろを言えば、大声で暴言を吐き、
起こそうとして引っ張れば蹴ってくる。
仕方なく警察を呼び、室内に入れてもらうが、
警察官や家族の指示には従わず。
留置所に入れてもらおうと頼むが、それには条件があるらしい。
結果、暴言を言い始めた段階での警官の一言
『それ以上言ったら確保しますよ』
この一言で父は黙り、警察官の指示に従った。
それから私がチャッピ部屋にいると、
父がいる部屋や父の専用トイレですごい音がした。
(後に分かったことだが、酔っぱらってぶつかり、壁に穴が開いていた)
勿論チャッピは驚き目を丸くしてて。
警察騒ぎで遅くなり、夜9時過ぎご飯を食べようとしたら、父が絡んできて。
殴りかかってきたところ、自ら転び頭を打ち、
今度は救急車騒ぎ。
父を乗せた救急車に私も乗り込み脳外科へ。
家に戻った時は10時はとっくに過ぎていた。
チャッピ部屋に行きしばらくすると、今度は激高した母の声が聞こえてきた。
泥酔して、警察にも暴言を吐き、殴りかかろうとしてバランスを崩し倒れ、
救急で病院に行くも、ケロッとしている酔っ払いに、母は絡んでいった。
そして、母が父に殴られ流血騒ぎに発展。
いつもなら私は止めに入るがこの日は違った。
いい加減にして欲しい、の気持ちでいっぱいだった。
そもそも泥酔者はまともな神経じゃない。
何故相手にする?
それで殴られたから救急車や警察を呼べと?
さらに『警察呼んでいいんだな

』と父にすごむ母
それだけの余裕があれば、私に頼るな!という気持ち。
そんな中チャッピは…
ここの所何カ月と膝に来ることのなかったチャッピが父と母のバトル中、
2度も膝に来た。
私を頼って膝に登ってきた。
不安で怖かったんだと思う。
このチャッピを見た時、私は悟った。
ずっと膝に来なかったのも、
触られるをあまり好まなくなったのも、
頭を撫でようとすると首をすくめるのも。
バトルが始まると私は止めに行くので、
残されたチャッピの行動を見たことがなかった。
けど、
大声で怒鳴り合う二人、
音に敏感な猫、特に喧嘩の声はコワいと思う。
怖くて、恐怖に敏感で、不安で仕方がなかったことがトラウマで、
あの甘えん坊で膝好きで触られるのが大好きなチャッピの心を閉ざしてしまった原因なのでは。
私はチャッピを思い、
怒鳴り合う二人を家から追い出すことに必死だった。
けど、暫くすると帰ってきて、またバトルが始まる。
その繰り返し。
『チャッピは病気だからやめてくれ』
『このままストレス与え続けたらチャッピが死んじゃうよ』
何度言ったか分からないこの言葉。
結果、
その通りになった。
今更だけど、
バトルが始まったら、
私はただただチャッピを抱きしめてあげていることが、
もしくは一緒に家から逃げることが、
本当のチャッピのためだったんだ。
朝から酒→警察→救急→流血
と尋常じゃない、この1/30の出来事から学んだ。
もう手遅れだけど。
そして、2/2の受診から、
チャッピの最後の3週間へと続いていく。
ねこぼん、こと『CAT+FOOD』のご購入は…
⇓⇓⇓
⇓⇓⇓
製本会社/いしだえほん(送料無料)
↓
または、
Amazon(送料400円)
↓
netshop BASE
~I love uchinoko~~~~~~~

~~~~~~cute pretty sweet~