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目指せ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの都 #9

2006年4月18日 1 / 2

【峠越え、そして合流】

[天気]
曇り ☁️    
風は相変わらず冷たい 🍃

[本日の行程]
シスル・メノール
プエンテ・ラ・レイナ


[歩行距離・歩行難易度]
18.9km  🥾 

※歩きはじめは赤ラインから


この日は一番最後まで寝ていました。とはいっても、アルベルゲを出たのは7時半くらいだったので、みなさん出発するのが早い‼︎


今日の行程は中盤辺りに山を一気に登ってそして下る所がある。ただ距離は短いので歩行時間は少なめか…。


天気は相変わらず分厚い雲に覆われていていつ雨が降ってもおかしくない状況。






途中から、道の土質が変わってきて靴底にべっとりつくほどの粘土質に。


自転車で巡礼に来ていたバスク出身のオッチャンがマジで大変そうだったので、

後ろを押しますか⁉︎って聞いたら、

"No puedo avanzar"って言われた。



峠は風を遮るものがないので巨大な風力発電機がありました。スペインではよく見かけた記憶が…。

遠くにはまた風力発電機が。



頂上のペルドン峠には巡礼者のオブジェ見たいなのがあって写真も撮っていたはずなのだが見当たらず。残念‼︎

晴れていたら見晴らしも良いのだろうが、残念ながらこの日は曇り‼︎

どんなものかは"ペルドン峠"で検索すればすぐ出てきます‼︎



下りの方はそれほどでもなく、アラゴンの道との合流地点であるオバノスへ到着。


そこで、安いハムと、リンゴにバナナを買って相棒が到着するのを待つついでにランチタイム。

オバノスの教会と黄色いポスト。

教会の前にあった門。

ホタテ貝発見‼︎



が、1時間ほど待っても相棒は来ない…。



以上。

今回はここまで‼︎

ブエンカミノ‼︎

目指せ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの都 #8

カミノ・デ・サンティアゴ
の道標。


これまで3行程、巡礼の道を歩いて来たわけであるが、果たして何を道標に歩いているのか疑問に思った方もいるかもしれないので、ここでカミノを歩く上での道標となる物を紹介したいと思う。


【矢印「→」:frecha(フレチャ)】

一番見かける道標で、矢印は黄色で書かれている。街中の壁や、山道の木や石など、どこにでも書かれている。
書きやすいから矢印になったんだろうと思ってネットで調べてみたら、エリアス・バリニャという方が

サンティアゴ巡礼を改善し推進するという明確な目的ために、何度もCamino franc'esを歩きながら、ロンセスバジェスからサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの全行程に黄色い矢印をつけた」

ということが「pilglim」というサイトに書いてありました。

黄色を選んだのは単なる偶然で、当時、道路に線を引いていたトラック運転手達からもらった余りのペンキが黄色だったからだそう。


こんなに大きく描かれていることもあれば、

よく目を凝らさないと分からないところにも描かれていたり。

一昨日載せた写真にも実は矢印がありました。


長い距離をずっと歩いていると、この矢印に愛着が湧いて来てしまうんです笑
お土産にもなっていて、売っていたら何かしら買ってしまうでしょう‼︎

矢印のTシャツ。

矢印のゴム製腕輪。




【ホタテ貝:vieira(ビエイラ)】

街の中の通りで見かけたり、教会などの建築物に彫られていたり、また巡礼路の脇に石碑のように目立つように立っております。


聖ヤコブの弟子たちが、遺骸を運ぶために生前の布教地であるガリシアに向かってポルトガル沖を漕いでいる時に、突然、馬に乗った騎士が全身ホタテ貝の貝殻に覆われて、海藻の生い茂った海の底から現れたという伝説がある。

この伝説によりホタテ貝が道標の一つになっている。また、巡礼者達はこのホタテ貝の貝殻を付けて歩く。



気付かなければ、躓いてしまいそう。

山道や郊外の道、橋などの建築物の脇などでこのような存在感がある石碑がたたずんでおります。

よく見ると、左脇に貝印が。
 

【その他】

こんな標識があれば分かりやすい。

矢印のオブジェ



街中で見失うのはそうそうないし、見失っても戻ればいいのだが、山の中で見失うと結構焦る。


今はスマホなどですぐに自分が何処にいるかわかるが、当時は分からなかったので辺りが暗くなって道標を見失うと相当焦ったはず‼︎


この後も、主に黄色い矢印とホタテ貝を道標に、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して歩いていくのです‼︎


以上。

ブエンカミノ‼︎

目指せ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの都 #7

2006年4月25日

【巡礼3日目 浅はかな考え】

[天気]
曇り時々小雨 🌨
最後の方冷たい風強し 🍃

[本日の行程]
ララソアーニャ
シスル・メノール

[歩行距離・歩行難易度]
20.3Km  🥾


※歩くのは1枚目の赤ラインから2枚目の赤ラインまで。


バッグをケチったくらいだから、寝袋すら持ってきておらず、アルベルゲにブランケット的なものも無かったので、寒くて夜中に何度も目を覚ました。


朝は同じ部屋の人達が出発するために支度をしている音で目が覚めた。そして7時半には出発していただろう。


今日は平坦な道。歩行レベルも靴が1つと比較的歩きやすいか…。


今日も自撮り。タイマーセットしてカメラに向かって歩いて来るのである。 



ところがそんなことはなく、昨日の夜に降った雨のせいで道は最悪な状態に。泥で地面はぬかるんで足は疲れるし、おまけに道も狭い。



そこを抜けると道路は舗装道路になる。


川の脇を歩き


そしてパンプローナの街に入ったわけだが、街中は街中で結構たいへん。


人はたくさん歩いているし、目印があまり見られなくなり、コンクリートの道が長く続き足への負担が増えた。まあ、ナバラ州の州都なので人が多いのは当たり前だけど。


パンプローナの庁舎。



牛追い祭りの時はこんな感じの通りに牛たちが放たれるのか⁉︎



ぬかるんでる道を歩いても疲れる。舗装された道を歩いても疲れる。これはもうガイドブックに書かれていた歩行レベルの低さを真に受けたせいなのは間違いない。そしてそれが疲労を増長させた原因だ。


しかしこの日の目的地はパンプローナの次の地点、シスル・メノール。よって次を目指して歩くのだが、勝手に勘違い。


街の中心を抜け、少し歩き、ナバーラ大学の前だったか…、英語とスペイン語表記に加え日本語でも「クレデンシアルの発行可能」と書かれていたので、アルベルゲもここにあると思い込んでしまいました。


近くの人に聞いてもアルベルゲは無いと言われるし、途方に暮れたが、地図をよくよく見ると、線路と川を越えてないことに気付き、やっと間違いにも気づく。



結局そこから1時間ほど歩いて目的地のシスル・メノールに到着。今日のアルベルゲは雰囲気的に良い感じ。


夕飯はルイジを含め、総勢7人で食べました。この時にフランシスコ・ザビエルはパンプローナのすぐ近くの出身だということを知りました。


さてさて明日は相棒との再会の日である。お互い連絡は取り合っていたものの、果たして無事会えるのか⁉︎


途中見つけた壁に描かれていた巡礼者の絵とサンティアゴまでの道のり。

残り714Km。先はまだまだ長い‼︎


[夕飯]
10ユーロ

[アルベルゲ]おばちゃん、良い人だった。
7ユーロ
(部屋広い、毛布無し、2段ベッド、朝食無し) 


以上。

ブエンカミノ‼︎