Luchoのブログ -168ページ目

目指せ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの都 #12

ケン兄について

この回ではプエンテ・ラ・レイナで合流し、一緒に歩き始めたケン兄をご紹介。

ケン兄(通称:ken1ro)

年齢:確か31〜32歳(当時)
出身:Tokio

某有名総合商社に勤め、その後スペインはグラナダへ。バル巡りを目的に、そしてタダで提供されるタパスを目的にグラナダを選んだのかは不明だが、博識でグルメでワインを好んでいた記憶がある。



わたくしがCamino de Santiagoを歩くことにしたのは何を隠そう彼が誘ってくれたからである。彼が巡礼路に興味を持たなければ、わたくしは歩くことも無かったのである。

わたくしの記憶が正しければ、語学学校で毎日⁉︎定期的に⁉︎開催されていたスペイン文化を学ぶ授業で紹介された巡礼路。集中力のないわたくしは、馬の耳に念仏か、適当に聞き流していたのであるが、さすが某有名総合商社に勤めていたケン兄はしっかりと授業を受けていたのであり、そこで興味を持ったようである。


【ケン兄の歩って来た道】

ケン兄の歩って来た道はCamino aragonés(アラゴンの道)と言い、主要の4つから成る「フランスからの道」の一つ。他の道とは異なりスペインとの国境であるソンポート峠を越え、アラゴン地方のハカを通り、そしてプエンテ・ラ・レイナで合流する。
ケン兄は国境のソンポートから歩き始めました。


ソンポートからプエンテ・ラ・レイナまでは6行程ほど。サンジャンからプエンテ・ラ・レイナまでは4行程なので、ケン兄はわたくしより2日多く歩いています。


【装備】
アラゴンの道で出会った2本の杖。

巡礼初日のピレネー山中で出会った⁉︎拾った⁉︎見つけた⁉︎落ちてた⁉︎らしい。
ビニール製のスカートをオシャレに巻いているのがナタリアさん、そうじゃない方がヒロシさんだそうです笑(※写真参照)


【性格】
極めて温厚。お酒が入ると多少陽気になるがそれが更に落ち着いた30代の理想像を引き出します。



これからはケン兄とわたくし、この二人をメインキャストに様々な出会いと別れを繰り返し、聖ヤコブが眠るガリシア州の州都、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指します‼︎


以上。

ブエンカミノ‼︎

目指せ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの都 #11

2006年4月19日

【2人での初歩き】

[天気]
晴れ ☀️

[本日の行程]
プエンテ・ラ・レイナ
エステージャ


[歩行距離・歩行難易度]
21.8km  🥾




出発は部屋の中で一番遅く、アルベルゲを出たのは8時半頃。自分の中ではメチャクチャ遅いと思ったのだが、Ken兄からするとかなり早いらしい。

プエンテ・ラ・レイナは直訳すると"王妃の橋"。町の由来となった橋を渡り、西へと進む。


後光が差し神秘的⁉︎なKen兄が橋を渡る様子。


このような景色、最高。ドラクエの世界だ。


途中にあったローマ橋を前に記念撮影。


渡ってきたさっきの橋。



久々に太陽が出ていて最高な1日。
だがしかし、今日の行程3分の2を行ったほど、ロルカの街に到着するまでに石ころが多い道を歩いて、疲労困憊の二人。
ロルカ前で紛らわしい標識で道を間違えてしまったのも痛かった。


ロルカを出た後、次の村ビジャトゥエルタには疲れがあったが何とか到着。


そこの村の教会前で一休みしていたら教会の鍵を持ったおばあちゃんが現れ教会の門を開けてくれた。そこで貴重なスタンプをゲット‼︎クレデンシアルに押してもらいました。休んでいた甲斐があったようだ笑



スタンプを貰った幸運はあったものの、そこから今日のゴール地点であるエステージャまでは4.1kmという道のりが嘘に思えるほど遠く感じた。


なので、またひと休憩。



こちらでもまた休憩。




たくさん休憩して、やっとエステージャに到着。
こちらはエステージャの広場前の教会。


疲れのせいで、アルベルゲを探す余裕もなく一番初めに見つけた所に泊まることに。


夜は昨日ビールを奢ってくれたイタリア人の3人とまたもやビール。その後Ken兄とバルをハシゴして夕飯終了。



初めて二人で歩ってみて。

距離の割にだいぶ疲れを感じたということは、二人でいることにより会話が増えたり、相手を気遣ったりで、歩くことにのみ集中することができなくなったからではないかと思った。
自分のペースで歩くことができなくなったことにより、ペース配分などが崩れて疲れに繋がったのでは…。これに関してはこれから徐々に慣れていけば問題ないでしょう‼︎
と、日記には回想されていました。


[夕飯]
15ユーロ

[アルベルゲ]
4ユーロ+朝食代1.5ユーロ
(ベッドの間隔狭い、毛布有り、シャワー水、朝食有り)

目指せ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの都 #10

2006年4月18日 2 / 2

【峠越え、そして合流】

[天気]
曇り ☁️    
風は相変わらず冷たい 🍃

[本日の行程]
シスル・メノール
プエンテ・ラ・レイナ


[歩行距離・歩行難易度]
18.9km  🥾 

※歩き始めは赤ラインから。


相棒をアラゴンの道(Camino Aragones)との合流地点であるオバノスで待っていたが現れないので、本日のゴール地点であるプエンテ・ラ・レイナを目指し歩く。


すると向かっている途中、後ろを振り向くと見覚えのあるシルエットが小さく見えた。


徐々にそのシルエットが確かなものになっていく。相棒は2本の杖をついて歩いていた。グラナダから先発して歩いていたKen兄である。


英語は喋れず。スペイン語では軽く意思の疎通が取れるくらいのレベルなので、合流できたときには非常に嬉しかった。嬉しさのあまり変な表情。
(写真はKen兄のブログから拝借。)

二人の合流をお祝いするかのように巡礼者の像がお出迎え。


合流後はアルベルゲでいつも通りにシャワーに洗濯を済ませ外へ。するとそこでパンプローナでタクシーに乗ったときに同乗しロンセスバージェスで降りたアメリカ人のフィリップと再会。


フィリップは夕飯の時間になるのを待っていたようで、彼が夕飯を食べる予定だった向かいのバルにはルイジとイタリア人カップルのリコとラアラがいた。自分たちもその店に入ってビールを頼みしばしのあいだ談笑。ビール1杯目はイタリア人のみんなに奢ってもらいました。どうやら、これは彼等の習慣のよう。このときにバルで撮影した写真。



その後はイタリア人3人とは別れてバルの奥で夕飯。そのとき一緒の席にいたフランス人のおじさまと仲良くなりました。おじさまも英語が喋れずにスペインもそこそこだったので、同じペースで話ができました。Ken兄はアメリカ人のフィリップへの通訳で忙しそうでしたが笑

アルベルゲは一緒のところだったので、みんなで一緒に帰りました。


ちなみにKen兄。ここまで歩いてくるのに足にマメが5個もできたそうで痛そうでした‼︎


[夕飯]
9ユーロ

[アルベルゲ]
5ユーロ
(部屋広い、毛布有り、2段ベッド、朝食無し)