Luchoのブログ -171ページ目

目指せ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの都 #3

2006年4月14日 2 / 2

【街に着いて、出発の準備】

町に到着後は、

巡礼時に必要なクレデンシアル(巡礼手帳)

と呼ばれるものを発行してもらいにルイジと事務所へ。



発行はあっさりと終わりアルベルゲ(巡礼者宿)へ。

そこのおばあちゃんがなんとも言えないくらいエネルギッシュで親切。

わたくしのスクランブルエッグを作ってくれたり、

リンゴにワインをくれたりといろんな事をしてくれました。

ちなみに国境を越えた途端にガッツリとフランス語に変わったので

何言ってるかは全く分かりませんでした‼︎



その後は、日が暮れるまで少し時間があったのでサン・ジャンの街をぶらつく。

景色が素晴らしい‼︎







そして街ブラを終え、夜ごはん。

門限は22時だったのだが21時ぴったりにレストランに入ったので、

ルイジと時間を気にしながらの食事。

だったのに門限に10分遅れた‼︎

ヤバイかと思ったが、

世話焼きの元気なおばちゃんが入り口でみんなとお話ししていたので問題ありませんでした‼︎

そのまま部屋に戻り、明日の準備して寝ました。


さて明日からサンティアゴ・で・コンポステーラを目指して歩く旅がスタートである。



以上。

ブエンカミノ‼︎

目指せ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの都 #2

2006年4月14日 1 / 2

【出発地点の町へ】

パンプローナでバスを降り、

出発地点の町サン・ジャン・ピエ・ド・ポー(以降サン・ジャンと省略します‼︎)を目指す。

地図で見るとこのような感じ。

国境を越えてわずかにフランスに入ったところにある町である。



だが当時パンプローナからサン・ジャンまでのバスは無かった。



どうしようか迷っていると1人の女性が話しかけてきた。

彼女も同じく巡礼を目的に来たようで巡礼5回目の大ベテラン。

タクシーで割り勘をしてみんなで行こうとのこと。

なるほど、その手がありましたか。

この時点で同じ目的の人間は自分を含め3人でした。

ただ、タクシーには4人乗れると言うことで

少しでも安く行きたいためあと一人同じ目的の人間を待つ。



すると30分ほど待ったところに、

二人の男女とイタリア人のルイジが現れた。

が、そうなると6人となり数は微妙である。

そこで、ロンセスバージェスという

サン・ジャンの一つ手前の巡礼の基点となる町を目指す4人が先にタクシーに乗ることに。



わたくしとルイジは後続を待つ。

そこにアメリカ人のおじいさんが現れ3人。足りないのはあと1人。



その後、1時間ほど待ったでありましょうか。

今度はブラジル人の男女が登場‼︎



なんやねん‼︎

5人とこれでまた微妙な数になっではないか‼︎

なんて、聖地へ向かうのに自分本位な考えをしてしまったのかはもう過去のこと。

分かり兼ねるが、

丁度良く大きいタクシーが見つかり5人で乗り込みバモー‼︎

ユーロ圏内は国境はあっても面倒な出入国手続きは無し‼︎

うとうとしてたらあっという間に

サン・ジャンに到着しました‼︎




以上。

ブエンカミノ‼︎






目指せ、サンティアゴ・デ・コンポステーラの都 #1

2006年4月13日〜4月14日

【出発点までの道のり 其の一】

時は遡ること14年前のお話であり、

キリスト教の三代巡礼地の一つ、

サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して歩いたお話しである。



グラナダ→マドリード→パンプローナ

当時、語学留学という形で滞在していたのが

アルハンブラ宮殿で有名な

アンダルシア州はグラナダという街である。

まずはそこからサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼路を歩くため、出発点と設定した街へ向かう。

まずはバスを乗り継いで行くことができた、

牛追い祭りで有名なパンプローナまで。


地図で見るとこんな感じです。
(経路に関しては適当です)



MY日記にはほとんど書かれていませんでしたが、

4月13日にグラナダを出発し、

マドリードでパンプローナ行きのバスに乗り継ぐ。

そしてパンプローナまでは夜行便。

寝てたらあっという間に着いた、らしい。

4月14日パンプローナ着。

グラナダ〜パンプローナまでの移動時間は不明‼︎


以上。

初回はこれくらいで許してください。

次回に続く‼︎

ブエン・カミノ‼︎