NGOピースウィンズ・ジャパン スーダン駐在スタッフのブログ ナイルでまいる!南スーダン“こにょこにょ”レポート -29ページ目

チョグム!

ブログの更新をすっかり怠ってしまい、すいません。
実は先週は月曜から、ウガンダの首都カンパラに出張に行っていたのです。

カンパラに着いたとたん、町のいたるところに「CHOGM」の文字が。
「チョグム、チョグムってなんだ?」
「ウガンダにも、韓流ブーム到来か?」と思ってしまいました。

よく聞いてみると、「CHOGM」(正しい発音はどうやら「チョーガム」
らしい)とは、「Commonwealth Head of Government Meeting」の
略で、イギリスとその旧植民地の国々等53カ国で構成されたグループの
首脳会議が、ウガンダの首都カンパラで行われるとのこと。

事前に大きな会議があることは聞いていたのですが、まさかここまで
大規模なのが、ウガンダで行われるとは思ってもおらず、カンパラに
着いてみると、ホテルは満杯だは、たまに部屋があっても通常の3倍
から5倍の値段に跳ね上がっているはで、すっかりまいってしまいました。

通常40ドルぐらいの安宿が、
「うちは高いよ!250ドルでなら部屋あるけど。」とか
「今は客室満杯だけど、別の部屋があるから、そこなら90ドルで
まけとくわよ」といわれて、部屋を見てみたら、恐らく従業員用の
暗くてベッド以外の設備が何も無い部屋だったり・・・

まあ、チョグムの影響で、2泊で済ませる予定の出張がなんと1週間に
伸びてしまいました。
(この間の出来事を「こにょこにょ」に載せようと思ってたのですが
チョグムの影響で、ネットが使えず、結局1週間遅れのネタになって
しまいました。)

明日も引き続き、「チョグム!ウガンダ」ネタで書こうと思います。


では、今日はこの辺で。


ミョウジョウ

繰り返される、暴力

今年の後半はかなり治安が安定していました。けれど、11月に入って、また治安が不安定になってきました。残念なことです。

国際警察も多く配置されていますし、再度、避難民が発生するほどのことではありませんが、首都のディリを中心に、夜中に若者たちが何十人も集まって夜通し投石をしあったり、昼間から街中で首を刀で切られて殺される人がいたり。武器があまり普及していないので、大きな殺害事件などはないのですが、普通に生活している地域のあちこちで暴力があるというのは、人びとのこころを乱すのに大きく“マイナスな力”を及ぼしますね。

現地スタッフの何名かも、自分の家の近くで夜を通して治安が悪かったりすると、昨夜、全く眠れなかった・・・・などとげっそりした顔で出勤してきたりし、どうしても治安第一で考えなければならないので、活動範囲が狭まってきてしまいます。悔しいことです。モンゴリアンは昨年10月からこちらで活動をしているので、もっと治安の悪いときを知っているのですが、ある程度の免疫があるものの、プロジェクトのマネージメントに大きく影響してくることなので、無駄な気苦労が増えて、くーっ!またかい!となってしまいます。

治安が安定すると、人びとの視野が広がり、やる気も向上してくるのですが、自分の身の危険という要素が高まると、開発の分野に置いては“未来への希望をもって一歩一歩”、といったことが根幹にあるため、目の前のことでいっぱいになり、今まで見えていたものが、闇に包まれていってしまうような感覚でしょうか。

ただ、現在PWJの支援地域レテフォホはひったくりや、知り合い同士のもつれなどの殺人事件はありますが、政治的なものや集団的なものが無い状態なので、かなりほっとしています。

この1年間、治安の変化を通して、人々の心の変化を間近で経験してきたように思います。これを敏感に感知してプロジェクトを進めないと、うまくいくはずの計画も難しくなってしまう、ということがよく分かりました。もっと治安の悪い地域で活動する他のスタッフの気苦労が計り知れないです。世界中で治安維持、国際支援に従事する人たちの安全を祈るばかりです。


モンゴリアン

山と岩と虹のある風景

昨日、Bor事務所で夢の「我が家」に引っ越したのもつかの間、
今日ジュバに移動しました。

Borの事務所も好きなのですが、私にとってジュバの事務所も
来るたびに安心できる場所になっているようです。

町の中心にあり、便利だけれど、見晴らしは決して良くないBor
事務所と比べると、町から少し離れたところだけど、見晴らしが
よく、小高いところに事務所が建てられているジュバ事務所は、
風が心地よく感じるところです。

事務所の後ろには、雨に洗われたクジュー山(私は勝手に「九重山」
と読んでいる)が間近に見え、前には「虹」がかかっている、今日は
そんな景色が見れました。

クジュー山は、岩山なのですが、実はBor付近はまっ平な地形で、
しかも、「山」どころか「岩」いや、「石ころ」すら見ることが出来
ないのです。地面は砂か粘土質の土で、井戸建設時に何十メートル
って掘っても「岩」や「石」に出くわすことがないのです。

Borにしばらく滞在した後だと、「岩」を見るだけで、新鮮な気分に
なります。不思議なもんですね。

今日から、しばしジュバでの業務。「珍しい(?)」景色を満喫して
きます。


では、今日はこの辺で。


ミョウジョウ

ローカルな家を作ろう②

ようやく完成、引越しもしました。
以前「こにょこにょ」で紹介したときには、まだ骨組みと屋根しか
できていなかった念願の「我が家」が、ついに完成しました。

実は、前回紹介したときの翌日から、壁に泥を塗り、その外側を
セメントで固める作業を開始して、約10日前には、今の形になって
いたのですが、使える状態になるまで10日以上も費やさなければ
ならなかったのです。

当初、乾季を迎えつつあるスーダンの気候なので、3日ぐらいで
セメントが乾くかと思っていたのですが、中の泥壁部分から毎日水が
染み出す状況が続き、またその間に雨が降ったりして、思ったように
乾かず・・・。

ドアと窓を全開にして、更に扇風機を持ちこんで毎日回して、
ようやく、壁からの水の染み出しが治まってきたので、昨日ついに
引越しました。


ブログ書くために、夕方慌てて撮ったので、ちょっと暗かったですね。





部屋の中。写真で見ると、まだ全然乾いてないですね・・・。
写真見て、初めて気がつきました。

でも、建てて10日人が住まなかっただけで、屋根にはコウモリが、
窓枠にはシロアリが巣を作ってました。私の「宿敵」コウモリには、
早速出て行ってもらい、シロアリには、窓枠をごっそり食べられて
しまったのですが、殺虫剤で駆除。先が思いやられます。

でも、草葺、泥壁の家は、乾季の暑い時期には涼しくて快適な
住空間を提供してくれると、期待しています。(夢かな)
(その頃までには体中ダニだらけになってたりして・・・。)


では、今日はこの辺で。


ミョウジョウ

Party!

土曜は、Borにいる医療系NGOからPartyのお誘いを受け、日本人
スタッフ4人で行ってきました。

Borでは、活動している国連やNGOの数が限られているので、週末
どこかの団体に集まって呑むことが時々あります。欧米、アジア、
アフリカなどなどの人達が集まり、呑んで、歌って、踊って、おしゃべり
して・・・。
いつもは生真面目な国連スタッフが、ノリノリに踊ってたり、普段は
なかなか見ることのできない姿が見れたり、他団体の新しく来た人と
おしゃべりしたりと、楽しいものです。

昨日は、3人の誕生会と1人の送別会を兼ねたパーティでした。
最初は適当にみんな適当に呑んでたのですが、誕生会の部になって、
全員で「ハッピーバースデー」の歌を合唱。で、その後、いきなり
主催者から、「各出身国に分かれて、それぞれの国の誕生日の歌を
歌いましょう!」という話になり、
フランス語、ポーランド語、スカンジナビア語、などで次々と面白い
誕生日をお祝いする歌が披露され、
「じゃあ、次は日本人チーム!」ということに。

こういうとき、日本人って・・・ですよね。
うちのスタッフ4人で、
「どうする?」
「日本語の誕生日の歌なんて、あったっけ?」
「ハッピーバースデー トゥー ユー、っていうところを、
お誕生日おめでーとー、って言い換えたら?」
「いっそのこと、ハトポッポでも歌うか?」
「どうせみんな歌詞の意味なんて分らないんだし。」

と、しばらく打合せする時間をもらって、結局
「幸せなら手をたたこう」を4人で合唱してきました。

Borでは、現在も国連から午後10時以降の外出は控えるように
との指示が出ているため、その時間には解散になってしまうのが
残念なのですが、たまには、こういう飲み会もいいもんですね。


では、今日はこの辺で。


ミョウジョウ

チャックとハンケツ

「こにょこにょ」で、最近よく登場するエンジニアS。
働き者で「気は優しくて力持ち」を地でいくS。井戸の建設やポンプに
関する技術的なことが、彼の専門。暑い日でも労を惜しまず、カンカン
照りの中、解体・修理の作業を率先してやってくれる、とても頼りに
なる奴なのです。

でも、そんなS、玉に傷なのが、一生懸命に作業をするあまりに
いつもお尻が半分はみ出しているのです。
最近流行の「ローライズ」のズボンをはいているためか、パンツの
ゴムがゆるいのか、はたまたお尻が縦に長いのか、原因は不明なの
ですが、とにかく1度2度ではなく、毎回出てるのです。
(きっと刑事ドラマ「太陽にほえろ!」なら、石原裕次郎から
「ハンケツー」というあだ名をつけられているのでは?と想像して
しまいました)

Bor事務所の紅一点だった日本人スタッフNは、
「目のやりどころに困る!」と本人のいないところで嘆いているほど。

私も一生懸命働くSを見てると、「お尻出てるよ」となかなか言い出せず、
今日まで来てしまいました。

でも、そんなエンジニアSも他人のことはよく見えるらしく、
「旦那、チャックが開いてますぜ。」
と、私は現場でよく耳打ちされています。


では、今日はこの辺で。

ミョウジョウ

バターしょうゆ お疲れ様でした

ご報告、大変遅くなりましたが、10月中旬を持ちまして、バターしょうゆの任務が終了しました。お疲れ様でしたー!!

8月に赴任して以来、緊急支援を担当してきた、バターしょうゆ。かっこいい仕事振りの中に、プライベートでは、ええ?!というほどのオオボケをかまして、和ましてくれていました。

バターしょうゆは、モンゴリアンにとっては、初めての赴任で1年間丸まる、仕事もプライベートも共にし、(日本ではなかなかできない位の密接な環境でした!)頼れる、お姉ちゃんという存在でまるで家族のようでした。

数々のエピソードを残していった、バターしょうゆ氏。そのごくごく一部をご紹介します。

1) 針、子豚、失神そして中国マフィア

以前、このブログで紹介しました。まだ御覧になっていない方、ご参照ください。
こちら。http://gaialog.jp/pwj/timor/perm/54


2) 納豆の唄
モンゴリアンは、死ぬほど納豆好き。ちょっと弱気になると、バターしょうゆにこんな弱音を吐いていた。「納豆食べたいなー。あったかいふっくらもちもちご飯の上に、よくかき混ぜた納豆をこんもり乗せてサー。あっ想像したらちょっと涙が出てきちゃった。」と納豆を想い、センチメンタルな世界へ突入するモンゴリアンを真摯に受け止めて、「美味しいよねー。食べたいよねー。」と飽きずに毎回同意をしてくれる頼りがいのある存在だ。

そんなモンゴリアンがセンチになっていたある日、「あのさー。私、アメリカにいる時バンドやってて、納豆の歌作ったんだよねー。」とバターしょうゆが言い出した。頼んでもいないのに、歌いだした。「なっとうはー、ねばねばしているから、べとべとになっちゃうー。でもおいしいよー。なっとうはー、・・・」確か、3番ぐらいまで続く。リズムといい、歌詞といい、なんか・・・・『お母さんと一緒』でも採用されるのも困難という幼稚なレベルだった。あれ?!バターしょうゆってピアノもかなりのお手前のはずだし、アメリカにいたのは確か、20代からよねー。どう褒めていいモノか・・・いや、ここはビシッと事実を!

M「・・・・・(しばし無言)なんか、シンプルで、誰が聴いてもわかりやすい歌だね!」と、顔をヒクヒクさせながら賞賛してみた。
B「でしょー。いいでしょー。」とMのいやみにも気がつかず、いたく満足げだ。どんなバンドを組んでたんだか・・・

よくよく聞いてみると、この歌詞はバターしょうゆが小学校2年生のとき、詩が課題の時に作ったものを採用したとのこと。それに合わせて、リズムもそのときの自分になって作成したようだ。ライブでも歌ったのかな・・・

最初聞いたときはびっくりしたけど、初めて聞いて何ヶ月も経った今でもモンゴリアンが(ウラ)覚えしているんだから、名作ともいえるのかもしれません。


3) 3日で終わるよ!

殿方にはこの話題はちょっと・・と思いましたが、すごいと思ったので。女性の誰もが通常もつ、月経。なければ心配だけど、あればあるで、かなり憂鬱になるのがこの期間。しかし、バターしょうゆはこれに果敢に立ち向かっていた!

ある日、モンゴリアンが「あー(月経)はじまっちゃった。月曜日からレテフォホにあがるのにー」とブルーになっていた金曜日。バターしょうゆが得意げにアドバイス。

B「お酒の強いの、いっぱい飲みなー。3日で終わっちゃうよ!!」
M「またまたー。バターしょうゆがお酒好きだからって、なんでもお酒で解決すると思ってるでしょー。」
B「ほんとだってー。うちの3人姉妹はみんなこれで大助かりだよー。」

健康を取るか、便利を取るか。同じくお酒を愛するモンゴリアンはちょっと迷って後者を取りました。でも、本当に本当に困ったときは、試してみようっと。

お酒をこよなく愛するバターしょうゆ。海辺で大きなビール瓶を片手にもう一方の手を腰にかざして「プハー」っとラッパ飲みする姿は、日本人の間でも周知のもの。

海とお酒とレベルの低いボケと、自由を愛する、美人なのに超おっさんくさいバターしょうゆ。東ティモールの皆はあなたのカムバックを期待してます!

1年2ヶ月、ありがとう、そして、お疲れ様でした!

モンゴリアン

調査にて③

今日は、調査で撮ってきた写真を是非!お楽しみください。
(写真を自分で撮ってたのに、載せるのすっかり忘れてました・・・。)





行きは幹線道路で大量の牛に行く手を阻まれ...。




幹線道路から脇道に入ると、道なき道を。かなりの凸凹。
長身のアシスタントMJは、よく車の天井に頭をぶつけてます。














調査を行う日本人スタッフB。彼の役目は、村のチーフなど男性達
からの情報収集。




不思議そうに見つめる子ども達。



日本人スタッフBが男性から情報収集している間に、エンジニアSと
アシスタントMが、実際に水を汲みに行っている女性達から情報収集。
こちらの情報の方が正確な場合が多い。
女性達がなるべく自由な意見を言えるように、男性へのインタビューと
女性へのインタビューを同時に別の場所で行っている。
(でも、知らない人が見たら、うちのSとMJが、「ナンパ」している
ようにも見えなくはない、かな???)



大人たちがインタビューを受けている間に、収穫されたピーナッツを
つまみ食いする子ども。





「ディンカ」と「ムンダリ」という2つの民族がが共存している
「マクワッチジャム村」。写真よりも実物の方が、きれいでした。


では、今日はこの辺で。


ミョウジョウ


調査にて②

今日も先週の調査である村に行ったときの話です。その村は家々が
固まっておらず、ポツポツと点在している感じの村でした。

私達が村に入って、村のチーフを探していたのですが、最初は子ども
達しかおらず、一人の子どもがチーフを呼んでくれることに。
その間、私達はサヤエンドウみたいな果実をつけている木の下で
待っていることに。
(ちなみにこの果実は食べたらレモンの味がしました)

で、残った子ども達がなにやら議論を始めたのですが、うちの
アシスタントMJに通訳してもらったら、一緒に調査に行った日本人
スタッフBが「男」か「女」かという話題で議論していたそうです。

そうこうしているうちに、村の大人たちが10人ほど(男女とも)
やってきて、井戸の必要性の調査を開始しました。インタビューすると、
「うちの村は井戸が無くて困っている」
「水は1時間半かけてナイル川まで汲みに行っている」
「川の水はきれいじゃないので、毎年コレラが発生して何人も犠牲に
なっている」
とかの情報を得ました。途中、村人たちそれぞれから「是非井戸を
建設して欲しい」ということを切実に訴えられました。
でも今回の調査は「あくまでも村々の必要性を把握するためであり、
行政の承認も得ないといけないため、決定はまだ待ってほしい」旨を
伝え、何とかはやる気持ちを抑えてもらったのでした。

で、インタビューが終わり、「じゃあ、ありがとう」といって私達が
背を向けて帰り始めた時の事、後ろの村人達全員でなにか真剣に大声で
議論を始めました。
私は、てっきり、「井戸の建設場所をどこにするか」といったことで
村人同士で議論が始まったのかと思ったのですが、うちのアシスタント
MJに聞いたところ、
「あの日本人Bは、男か女か、で議論し始めた・・・」
とのこと。

どうやら、この村では井戸よりも、日本人Bの性別のほうが重要な
関心事だったようです。





アシスタントMJと日本人スタッフB。(写真提供:日本人スタッフN)

(ちなみに、写真のとおり、日本人スタッフBは普通に「男」です。
でも、こっちでは、議論の分かれるところなんですかね・・・。)


では、今日はこの辺で。



ミョウジョウ


調査にて①

先週行った井戸建設予定地の調査は、私にとってなかなか興味深いものでした。

北(ハルツーム)と南スーダンの内戦が終結し、双方とも和平合意に調印した
のですが、その後、南スーダン内において、民族間の問題が度々起きています。

PWJが活動するBor周辺の地域は、主に「ディンカ」という民族が多数を占める
地域。それと隣接する形で「ムルレ」や「ムンダリ」などの民族が住んでおり、
その境界線で、度々トラブルが発生しているのです。(7月には「ディンカ」と
「ムンダリ」の間で、牛の取り合から撃ち合いや誘拐に発展し、幹線道路が
封鎖されるケースも起きました。)

で、先週木曜に調査に行ったところの一つに「マクワッチジャム」という村が
あったのですが、そこは、いつも行く村とちょっと様子が異なっていました。

通常の「ディンカ」の村は、各家々がバラバラと離れており、村といっても
家から次の家まで藪の中に隠れて見えないこともしばしば。また、ディンカと
南側で隣接している「ムンダリ」の村は、小さい地域に家々が密集して建てられ
ており、村を見るだけで、どちらの民族の地域にいるのか大体見当がつくのです。

それらの村に比べて、マクワッチジャム村は、藪の中に家々が適度に密集した、
集落を作っており、なんとなく小奇麗で、どちらの民族の村とも見た目が違った
のです。

よく話を聞いてみると、その村は、「ムンダリとディンカが一緒に住んでいる村」
だとか。しかも、村の中で異なる民族がいて、問題が発生しないのかということも
聞いたのですが、「ここでは、そんな問題は無く、両方とも仲良く暮らしている」
とのこと。
また、7月に起きた、この2つの民族の対立のときも、マクワッチジャム村は、
2つの民族の境界近くだったため、村人が事件に巻き込まれたが、それが原因で
村内で対立が起きることは無かったようです。

民族間の対立問題は、いまだに根深い問題で、よく耳にするのですが、この
村を見ていると、それらの問題を解決する一つの可能性のようなものを感じました。

どうして、マクワッチジャム村が2つの民族ミックスになったのかなど、詳しい
成り立ちなどは、調査の対象ではなかったので聞かなかったのですが、次回訪れる
機会があれば、是非聞いてみたいと思いました。

南スーダン、なかなか奥が深いです。


では、今日はこの辺で。



ミョウジョウ