
京の冬の旅「椿寺」地蔵院
京の冬の旅「椿寺」こと地蔵院に参りました。
散り椿がきれいであることから椿寺と呼ばれます。
椿はまだ咲いていませんでしたが、
過去記事を見ると、春のお彼岸のあたりに咲くようです。
2020年では3月18日に満開だったけれど、↓
(お彼岸のときに画像です。)
2024年は3月20日でまだつぼみが多かったです。
割と地蔵院の前の一条通を通っていたので、
お地蔵さんをちょこちょこ参拝していました。
お地蔵さんは聖武天皇の勅願により、行基が彫ったと
言われています。
もとは伊丹市の昆陽池(大阪空港から離陸するとぷち日本列島見えてますね。)
のほとりの地蔵堂に祀られていました。
その後京都に移転しましたが、合戦により焼失。
金閣寺の余材で仮堂が建てられ、その後現在地に安置されました。
江戸時代に知恩院の末寺になったことから
五劫思惟阿弥陀如来が本尊になりました。
今回その五劫思惟阿弥陀像が公開されています。
たかさ三尺90cmだそうですが、
二頭身のせいか、思ったより大きくて、
インパクトありました!
あまりにも長い間修行していたので、髪の毛が伸び
よくアフロ仏さんと呼ばれます。
落語で「五劫のすりきれ」でも知られる五劫とは
長い時間のこと、21億年らしいです。
まだ修行中なので、合掌しているお姿だそうです。
東大寺を再建した重源が善導大師の彫った像を
中国から持ち帰ったと伝わります。
善導大師は日本の浄土宗に大きな影響を与えた
中国浄土宗の僧ですが、7世紀の人なので、
どうなんだろう???違うような気がする。
観音堂は普段は御前立(レプリカ)が厨子の前におられます。
お彼岸に行くと御開帳されていますが、
外からガラス越しにお参りです。
今回はこのお堂の中に入ることができました。
慈覚大師円仁が彫ったといわれる男性的なお顔の観音様で
錫杖を持った姿が珍しいです。
こちらも仏像がきれいで、平安時代よりもっと新しい印象です。
脇侍に雨宝童子と、春日龍神。
外からお参りしたときに撮った北野天満宮の多宝塔の扉絵も
中で見ることができました。
(過去にブログにアップした画像です。)
地蔵堂
鍬形地蔵と呼ばれます。
農民の水争いを仲介しようとした僧侶が鍬で傷つけられ、
申し訳なく思った農民が後をつけると、僧侶は地蔵堂に入っていきました。
中をのぞくと、鍬で傷を負ったお地蔵さんがいたことから
鍬形地蔵と呼ばれるようになったそうです。
過去記事読むと、脱乾漆と書いていますが、
今回は木像と聞いたと思います。
どっちが正しいのかな?
小さいお寺なのですが、いろいろ仏像に個性があり
面白かったです。
拝観してみないとわからないものですね。
それをお話してくれた学生さんがすばらしかったです。
今日1日
学生街の行列のお店が空いているのを見て
受験シーズンで、大学生はいないのだなと思いました。
受験には関係なくなったので、そういうことが頭から抜けてます。
京の冬旅、おすすめされたので、
椿寺 地蔵院に行ってきました。
また追ってレポしますが、よかったです。




























