烏丸ママのブログ -806ページ目

冬は竹が美しい寺

少し以前になりますが、
写真家の水野克比古氏が「冬は竹が美しい」とおっしゃっていましたので、
竹を見に行こうと思いました。
近場で、竹というと、ここかな?


さてどこでしょう?
この紋を見てわかったあなたは京都通。

《そうだ京都、行こう》のポスターのところだな
と、思った人も京都通


竹だけじゃなくて、
思いがけず苔も美しかった。


ブロ友ガーデンマスターさんによると
「やっぱり京都の苔は美しい」そうです。

大徳寺を創建された大燈国師さまの書も好きです。
(オリジナルは書院にあります。)


無料ゾーンで帰ろうかと思っていましたが、
ここまで来たらやっぱりあの方のお墓にお参りして帰ろうと思いました。




やっぱり冬のお寺は人が少なくて、落ち着きます。


あ、すみません。お寺の名前言うの忘れていました。
大徳寺 高桐院です。
ここは通年公開されていて、写真も撮れるので、ありがたいところです。
京都で案内したいお寺のベストスリーになります。
(あとの二つはどこかと言われると、悩みますが。。。)

《武蔵》

マイクロソフトの共同創業者が戦艦《武蔵》を発見したと
動画を公開されました。




NHKが武蔵の元乗組員のインタビューをしていました。
「船というより砦のようだった。
甲板が広くてまるで運動場。
武蔵は浮沈艦だから、
そのような船に乗れるのは幸せ者だと言われた。」
「敵の攻撃に合い、負傷した。
破片が体中につきささったけれど、取り除く暇もなく、
その上から包帯を巻いた。
総員退去命令があり、海に飛び込んだ。
浮かんでは引き込まれ、浮かんでは引き込まれを
何度か繰り返した。
浮き上がれた者が生き残った。
何度目かに浮き上がると、月が見えた。
君が代が聞こえてきたが
それが生存確認だったと思う。」

昨日の体験のように語る元乗組員。
約1000名が死亡。
1300名が生存(wikiより)
発見者のポール・アレン氏は日本政府と協力して、
戦没者に敬意をもって弔いたいとしているそうです。
きっと遺族はこの艦の発見を喜んでいることでしょう。

ここで思ったのは、お金持ちのお金の使い方。
結果がでないかもしれないことに使うこと。
こういう使い方もあるんだなと。
発見に8年を費やしたそうです。
国にはできないことかもしれない。
もう一つは
意外と生存者が多かったこと。
船というのは沈むまでに時間がかかるので、
飛び込む時間があり、僚船がいたことから
これだけ多くの人が助かりました。
ところが昨年の韓国セウオル号の事故
476名の関係者のうち生存者172名。
半数以上が亡くなっています。
いかに悲惨な事故だったかを改めて感じました。

戦後70年という区切で、
生存者が生きているギリギリのタイミングで見つかったのは
何か意味があるような気がします。

不登校は挫折なのでしょうか。

私と母は仲がよいのですが、
ちょっとひっかかった言葉がありました。
実家の近所の息子さん
高校生のとき、睡眠障害で1年休学されました。
「あの子も挫折したけれど、今は大学生」
みたいな話を母がしました。
学校に行けないことは挫折なんですか?

以前アメンバー記事に載せたことがあるんですが、
ある不登校経験者はこう言ったそうです。
「(不登校から)立ち直ったと、おっしゃいますけれど、
立ち直ったわけではありません。
学校に行く前も、行くようになった私も
私は私なのです。
不登校の時代は私にとって必要だったということです。
ちゃんと行かせようとしなくても、がんばるときには
自然とがんばるように出来ていると思います。」

学校に行けないことで
心が縮こまっている子どもたちが大勢います。
たまに学校に行くと
「誰かに何か言われるんじゃないか」
と、ビクビクしています。
不安でたまりません。
ですから、
せめて親は行けない子どもを認めてやる。
今のこの経験も
あなたの人生を作っていくんだよ
という姿勢で子どもに接するべきなんだと思います。

私はよく自転車に乗るのですが、
自転車だといろいろ寄り道できます。
車だと見落としているものが目にできます。
歩くとさらに道端に落ちているものもわかります。
車は便利だけれど、自転車とか、歩くと
いろいろ発見が多いです。
不登校もそうなのではないでしょうか。
目的地までの時間はかかるけど、
いろんなものを見たり感じたりする時間は多いかもしれない。

まあこの不登校という言葉もひっかかるのですけど。
登校拒否から不登校に言葉が変りましたが、
拒否しているわけではなく、行けないわけです。
不登校ということばも、マイナスのイメージから離れていません。
ホームスクーラー、家庭学習者という言葉のほうが
的確な気がするな。。。

本田味噌

双子誕生日でランチに行ってました。
今日は府立高校の中期選抜で中学校は昼間までだし、
三人ゴロゴロいるので、もうすぐ就職の家庭教師さん交えて。。。

こんなにかわいかったのに。。。
大きくなりました。
二輪の教習所に行き始めましたが、
「双子は入れ替わってもわからないので、
同時に教習受けてください」って、言われたらしい。

中学高校の3年ってあっという間です。
一番デカイのは三男なのですが、
制服作るために計ったら、股下80センチ。
まだま伸びるかも。

関連まったくありませんが、
短い記事をひとつ
本田味噌本店
先日紹介した澤井醤油にほどちかい場所にあります。
本田味噌はわりと全国のスーパーでもあるのではないでしょうか。
浜松でも売っていますので。。。
お正月の白味噌はだいたいここのを使います。

でも本店まであまり来ませんよね?
こちら本店で、まわりに工場があります。

それにしても、この電柱がなかったらいいのにね。。。
京都も場所によっては、景観保持のため、地中に埋まっています。

平和教育

人質惨殺画像で平和教育しようとした、トンデモ先生もいるようですが、
川崎の事件もまたその影響を受けていると言われています。
殴られた上村君の友人が集団で抗議に来たことが
腹立たしかったと、犯人は言っているようですが、
年上のコワイ兄ちゃんに、自分のお兄ちゃんを連れて
抗議に行った友達たち。
勇気が要ったと思うし、このような結果になって
本当に心を痛めていることでしょう。

ところで、
今年は終戦70年で、いろんなイベントがありそうです。
図書館でピックアップされていたこの本
お母ちゃんお母ちゃーんむかえにきて―集団疎開の絵本 (日本のえほん (32))/奥田 継夫
¥1,404
Amazon.co.jp
読み聞かせにいいかなと、購入しました。
ホントに涙が出ます。
太平洋戦争末期、たくさんの小学生が集団疎開しました。
空襲を避けるため、親元を離れて田舎に避難するのです。
毎日毎日お寺で同級生たちと共同生活が続くのです。
最初は楽しかった友だちとの生活も
家に帰りたい気持ちがつのります。
だんだん食料が少なくなって、食べ物の奪い合い。
やっと家族との面会日
でも家族が帰ってしまうと、さらに寂しさがつのります。
そこに届いたのは、家族が空襲で全員死亡したという知らせ。
作者の実話です。

うちの母は縁故疎開といって、叔母の家に預けられたそうです。
第三者として話を聞くと、かわいがってもらっていたようですが、
母はさみしくてたまらなかった。
封印してしまいたい記憶のようです。
まだ私が小さいころ、祖母に言われたそうです。
「あんな小さい子どもを、よそに預ける気になれるか?」と。
祖母もつらかったのでしょう。

☆     ☆     ☆     ☆
もうひとつの
私のオススメは水木しげる先生です。
総員玉砕せよ! (講談社文庫)/講談社
¥745
Amazon.co.jp
戦記をたくさん描かれていますが
9割は実体験だそうです。
「生き残った者は全員玉砕せよ」という将校に
直談判に行く軍医のセリフ
「虫けらでもなんでも
生きとし生けるものが
生きるのは宇宙の意志です。
人為的にそれをさえぎるのは悪です。」
「だって、ここは軍隊じゃありませんか」
「軍隊?
軍隊というものが
そもそも人間にとって最も病的な存在なのです。
本来のあるべき人類の姿じゃないです。」


水木しげる先生は
戦場に聖書を持って行かれたそうです。
戦後日本の教育現場からは宗教色がなくなりましたが、
一般教養としての宗教教育は必要なのではないでしょうか。
死生観は宗教によって違うので、
特に医療に携わる人には必要だと思います。

以前日本でイラン人が身元不明者として荼毘にふされ
国際問題になったことがありました。
イスラム教では火葬は最大の侮辱だそうです。

以前保存していた記事に加筆したので、
話があっちやこっちにとびましたが、
グローバル化の時代だからこそ
平和教育と、宗教教育が必要だなっって、
思ったわけです、ハイ。