烏丸ママのブログ -667ページ目

母と子の森

子どもが小さいころよく遊びに来ていました。

京都御苑の北東にある母と子の森

この小さい家のようなところには児童書がおいてあり、

ベンチもあります。

ちょうどこの季節

子どもたちが棒切れを持って遊んでいる写真があります。

『母と子の森』って、

おとうさん入っていないんですね(・・。)ゞ

子どもが小さいといろいろ面倒でしたけど、

かわいかったですね。

今日の京都御所

この間ギリギリは入れなかったので、

京都御所リターンズ

いつでも入れるようになって、便利

右近の橘がおうちにいるよ。

紫宸殿

公式行事が営まれた場所

ふと何で右近が橘で

左近の桜なのかな

と思いました。

秦河勝邸に橘があり、

その場所に紫宸殿が造営されたこと、

もとより橘は長寿の意味があることなど。

一方左近の桜は、もとは梅が植えられていたのが

桜に変ったとか。

(古典でも花=梅が奈良時代、花=桜が平安と習いましたね。)

意味は書いていなかったけれど、

常緑樹が長寿なら、落葉樹は再生の気がするなあ。

 

こちら清涼殿は天皇の御座所

もっとも近世には御常御殿にいらっしゃったそうです。

 

御帳台

この中で天皇が座していらっしゃたのですが、

貴族たちもこういう御帳台で座ったり、寝たりしていたそうです。

もっとも格式の高い畳のヘリ繧繝べり

狛犬が守っています。

木製でしょうか。

 

さてお目当ての庭園ですが、

紅葉終わってる?

いえいえ

間に合った。

水がゆらゆら揺れてきれいです。

この3本の木のバランスも絶妙です。

右の小さいのは五葉松

この紅葉に会えたので、目的は果たせました。

土曜にもかかわらずすいていましたし、

無料ですから、みなさまも上洛の際はぜひおこしください。

 

今日はヘリがブンブンうるさいなあと思っていましたら、

シンガポールの首相が来日中で

京都迎賓館に泊まれらるのか、休館中でした。

ついたち

もう12月ですね。
1日は御霊神社にお参りに行きました。
まだまだ紅葉はきれいです。
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今日も1日バタバタしていました。
学生の女の子たちと話していたら、
地方から来ている大学生って意外と多いのだなと感じます。
東京に行かず、京都に来てるあなたはえらい。
あと、
私たちの時代では考えられないくらいリケジョが多いとも
思いました。
いずれにせよ
うちの息子たちに比べると、
女の子はホントにしっかりしているなあ。

 

松尾寺

以前行った松尾寺です。

タイミングを逸してしまって、紅葉の時期にアップしようと思っていました。

福井県と京都府の境に位置する青葉山(若狭富士)の中腹にあります。

海洋信仰と山岳信仰が融合して、松尾寺は708年に建立されました。

西国三十三番札所で唯一馬頭観音をご本尊としています。

 

仁王門の仁王さん、悲しいかな、パネルです。

ちなみに先日お参りした愛宕念仏寺は強化プラスチック製でした。

修復後、仁王門に置いたら、環境の変化で

あっという間に傷んだからということでした。

京都の美術院で修復を終えてからは

ここも実物は宝物殿におられます。

バラバラのパーツにされ修復されたそうです。

もしかして、もしかすると、快慶か運慶?

と、期待したそうですが、もう少し後の時代の慶派だということです。

一番栄えたのは鳥羽天皇が行幸されたころで

六十五もの寺があったそうです。

度重なる火事で衰退しましたが

細川幽斎や京極家に再興され

今の本堂は享保15年の建物だそうです。

田舎のお寺には不似合いのりっぱな宝物殿が右手にあります。

創建1300年で宝物殿が建てられるまでは

寺宝は東京、奈良、京都の国立博物館に預託されていたそうです。

鳥羽天皇寵妃美福門院の念持仏だったといわれる

普賢菩薩像は国宝

快慶作の仏像はじめ5つの国重要文化財があり、

春秋に公開されています。

宝物殿が閉まっていまして、

下の庫裏?でお声かけすると、

ご朱印を書いていた方がご住職を呼んでくださり、

自らご案内いただきました。

あまり長く展示すると傷むので、

1ヶ月ごとに画は入れ替えていて

私が見たのは普賢菩薩ではなく、重文 孔雀明王像でした。

精密な復元模写も奉納されていました。

仁王さんも阿形と吽形のおなかのふくらみが違うと

(息を吸っているか、吐いているか)

教えていただきました。

快慶の阿弥陀仏は割と小さいものでした。

 

本堂(1730年)

鳥羽天皇お手植えとも言われる大銀杏

細川三斎(忠興)お手植えの三斎杉もあるそうです。

これかな?

 

神仏習合の時代の名残

青葉神社

あまりお参りされていないっぽい。

祭神は丹後国造海部氏の祖・笠津彦(うけつひこ)笠津姫(うけつひめ)だそうです。

検索先の『丹後の神社』から

旧村社。祭神は、笠津彦・笠津姫。相殿に白山神・富士山神・熊野神・金崎神。金峰(蔵王)神も祀られている。 旧祭日十月十七日。現在は十一月三日。崇敬者戸数32。

とありますが、10年前の記事なので、戸数はもっと減っているかもしれません。

 

ここが青葉山への登山口になります。

死火山で、峰が二つあります。

どこにでもある日本の風景

昭和58年には皇太子(当時浩宮徳仁殿下)もお越しになったとか。

最寄の松尾寺駅からは歩いて50分ですが、

どうぞお参りください。

(私は車でしたが、歩いている人いました。)

新幹線を舞鶴へ

北陸新幹線が金沢まで通じ、

いずれ延伸して大阪につながります。

そのルートについてはざっくり言うと

3案あがっています。

1 敦賀から米原に伸びて、東海道新幹線につながる

2 敦賀から小浜を経て、京都

3.敦賀から舞鶴をへて、京都

試案では費用対効果がもっとも薄いのが舞鶴

米原ルートは安いけれど、

東海道新幹線への乗換えが必要

なんとなく小浜ルートが有力?

 

いろんな団体の思惑が交錯する中

そこに舞鶴を推す京都府が主張した。

国交省の試案とは違い

費用対効果は小浜を上まり、

投資に見合うと。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161130-00000019-kyt-l26

 

日本海側に行くとホント寂しいんですよ。

でも小浜はすごいんです。

小浜は古くから京都と鯖街道で結ばれ

国宝重文がざっくざく。

真偽はわかりませんが、

小浜からお水送りで送られた水が

東大寺の若狭井につながり、

お水取りが行われていると、言われています。

しかし、このJR小浜線たら、寂しいものよ。

1時間に1本しか電車がなくて

風が吹いたらすぐ止まってしまうのです。

(あれ、新幹線大丈夫か。)


でも日本海側といえば、昔は海上交通が盛んで

北前船で栄えた町もたくさんあり、

大陸からも人は着いただろうし、

近年では、かの国がこのあたりにやってきて

拉致していきました。

 

そんなにもとは便利な日本海側なのに

舞鶴駅前を日曜の朝歩いたら、

私のほか、歩いていたのは、水兵さんだけで、

人が全然いなかった。

そりゃ商店街はシャッター商店街になりますよね。

引き揚げのときは岸壁の母も来ました。

引き揚げ記念館は記憶遺産に指定されました。

それでも人歩いていませんでした。

 

昔は天皇も行幸された舞鶴。

鳥羽天皇が行幸されたという西国33番札所松尾寺

自分の子(崇徳天皇)が父の子(白河法皇)の子でないかと

疑念を抱き、心惑う天皇が訪れた寺だと言われています。

山の上にありアクセス悪いですが、

国宝 普賢延命像があります。

 

嵯峨天皇の皇太子であった高岳親王(廃太子)が創建された

金剛院

快慶の仏像があります。

最近韓国からフェリーが来るようで

韓国人観光客がいました。

 

舞鶴まで新幹線が来ると、天橋立へのアクセスもよくなりますね。

京都府民としては、人口が激減する北部のために

ぜひ新幹線は舞鶴を通って欲しいですね。