烏丸ママのブログ -669ページ目

建勲神社

織田信長つながりということで、

高桐院に向う途中建勲神社に立ち寄りました。

(正式にはたけいさおじんじゃ、通称けんくんじんじゃ)

明治天皇のご下命により創建された神社の一つで

織田信長公を御祭神としています。

正直お参りするか迷いました。

徒歩三分と鳥居のところに書いてあるのですが

徒歩三分でも、こんな上りだから

息が上がりました。

建勲神社のある船岡山は

西側に断層があり、地殻変動で出来た山です。

平安京の玄武の山として基点になっています。

 

拝殿

 

高いところにあるので、見晴らしがよく

如意嶽(大文字山)や比叡山が見えます。

こちらは大文字山

 

織田信長ファンには京都は見所満載です。

銀杏舞う御霊神社

御霊神社の楼門です。
黄葉しているのは何の木でしょうか。
むこうのほうが黄色く明るい。
鳥居から本殿を見ています。
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秋色はさみしいけれど、美しい
風が吹くたびに、銀杏が舞います。
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ハラハラハラハラ
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お稲荷さん

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参道には色紙をちりばまたような落ち葉

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ホンマに今年の秋は忙しいわ~

 

 

高桐院の紅葉

大徳寺塔頭 高桐院です。

今日は開山 大燈国師のご命日で提灯がかけられています。

細川家の塔頭ですので、九曜紋です。

今年は落葉が早いです。

拝観料を払うまでのアプローチがきれいです。

この内側はこんなかんじです。

 

私のお気に入りのドウダンツツジ

きれいでしょ?

 

 

 

今年の紅葉は去年よりましかもしれませんが、

パッと見はきれいけど、

近づくといろいろある。。。

それでも

人が多くても、やっぱり高桐院は高桐院

 

おまけ提灯いろいろ

玉林院 

龍光院 

めずらしい藤巴家紋

黒田如水菩提寺

国宝書院、国宝茶室 密庵国宝 耀変天目茶碗などを有する。

耀変天目茶碗は世界に4つしかないうちの1つ

大光院 豊臣秀長(秀吉弟) 菩提寺

どなたかがおっしゃっていました。

公開されていない寺社にこそお宝は眠っていると。

あるがまま素晴らしい紅葉

阿弥陀寺のあと、
寺の内界隈の日蓮宗のお寺の境内をまわってみようと
思いました。
こちらの塀の中はいつもきれいです。
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塀越しの紅葉と思いきや

なにやら庫裏の前に看板が。。。

え、公開しているの!?

何年か前にお参りしましたが、

あまりに拝観者が写真ばっかり撮るので、

嫌になって、拝観をやめました

と、おっしゃっていました。

が、公開されていました!

最近本堂や祖師堂を修理されてきれいになったからでしょうか。

山門の前に看板があるわけでなく、

庫裏の入り口まで近づいてやっとわかりました。

 

織田信長公つながりのお寺と申し上げましたが、

信長さんは24回?上洛されましたが、

そのうち18回はこのお寺に宿泊されました。

本能寺には3回しか宿泊していないそうです。

その3回目に本能寺の変がおこったというわけです。

どのお寺かわかりましたか?

 

入るといきなりきれいな赤が目に入りました。

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同じ紅葉がガラスに反射してます。

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祖師堂に渡る廊下

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法姿園というお庭です。

もみじを植えただけの自然園だそうですが、

いえいえ、きっと計算されて植えられたのだと思います。

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先ほどの勅使門の中

こんなにきれいなのですから。

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日蓮宗の教えでは

「あるがまま素晴らしい」という

諸法実相という教えがあるそうです。

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あるがまま素晴らしいという教えで

お掃除をして守ってきたお庭だそうです。

 

京都府文化財 華芳堂

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中には多宝塔があり

石華塔が収められています。

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両側の方はどなたかわかりません。

 

比叡山で修行をしていた日蓮上人は

自分で宗旨を開くことを決意し、法華経を石塔に収めたそうです。

比叡山は焼き討ちされましたが、

その後にこのあたりに住む人が石塔を持ち帰り

このお寺に収めたそうです。

 
境内には狩野派の墓地もあり、
お参りしてよいということだったので、
お参りさせていただきました。
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子孫の方がお参りされるのでしょうか。
塔姿もたててありました。
 

日曜にもかかわらず、人も少なくて静かに拝観できました。

 

阿弥陀寺の紅葉を背負ったお地蔵様

阿弥陀寺の前を通ると、紅葉がまっかです。
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ここには紅葉を背負ったお地蔵様がいらっしゃいます。

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1本の紅葉が色とりどりです。

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久々なので、信長さんのお墓もお参りしました。

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正面が信長公とご子息の信忠公のお墓です。
左のほうが一緒に討ち死にした森三兄弟らの墓所です。
かねてより織田信長と親交のあった開山 清玉上人せいぎょくしょうにん
本能寺の変を聞くや、二十人余の僧徒連れ駆けつけた。
すでに寺には火が放たれ、すでに信長公は切腹された後!
そばの竹林で信長の家臣が火をたいていた。
家臣が言うには
「信長公割腹の時、必ず敵に死骸をわたすことなかれと、遺言された
しかし、敵兵に囲まれ遺骸を抱えて逃げることができないので、
やむなく火葬し、隠しておいておのおの自殺するつもりである」と。
そこで清玉上人は
「私は格別の縁のある者であるから、
火葬はもちろん将来追善供養もしましょう。」
と、言って、火葬した白骨を法衣につつみ、
本能寺の僧が逃げるのにまぎれて帰り、白骨を土深く隠しておいた。
清玉上人は陣中見舞いに光秀にもちなどを差し入れ、
「戦死者には信徒が多いので阿弥陀寺に葬りたい」と申し入れ
寺僧をたくさんひきつれて、戦死者の遺骸を持ち帰り、
ひそかに信長公らの葬儀を執り行った。

遺骨が阿弥陀寺にあるのを知った秀吉は、
自分に葬儀(原文は法事)をさせろと言ってきたが、
上人はこれにとりあわなかったため、

大徳寺に総見院を建立し、葬儀をおこなった。
 
このあとは期せずして信長つながりのお寺に行くことになります。