阿弥陀寺の紅葉を背負ったお地蔵様 | 烏丸ママのブログ

阿弥陀寺の紅葉を背負ったお地蔵様

阿弥陀寺の前を通ると、紅葉がまっかです。
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ここには紅葉を背負ったお地蔵様がいらっしゃいます。

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1本の紅葉が色とりどりです。

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久々なので、信長さんのお墓もお参りしました。

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正面が信長公とご子息の信忠公のお墓です。
左のほうが一緒に討ち死にした森三兄弟らの墓所です。
かねてより織田信長と親交のあった開山 清玉上人せいぎょくしょうにん
本能寺の変を聞くや、二十人余の僧徒連れ駆けつけた。
すでに寺には火が放たれ、すでに信長公は切腹された後!
そばの竹林で信長の家臣が火をたいていた。
家臣が言うには
「信長公割腹の時、必ず敵に死骸をわたすことなかれと、遺言された
しかし、敵兵に囲まれ遺骸を抱えて逃げることができないので、
やむなく火葬し、隠しておいておのおの自殺するつもりである」と。
そこで清玉上人は
「私は格別の縁のある者であるから、
火葬はもちろん将来追善供養もしましょう。」
と、言って、火葬した白骨を法衣につつみ、
本能寺の僧が逃げるのにまぎれて帰り、白骨を土深く隠しておいた。
清玉上人は陣中見舞いに光秀にもちなどを差し入れ、
「戦死者には信徒が多いので阿弥陀寺に葬りたい」と申し入れ
寺僧をたくさんひきつれて、戦死者の遺骸を持ち帰り、
ひそかに信長公らの葬儀を執り行った。

遺骨が阿弥陀寺にあるのを知った秀吉は、
自分に葬儀(原文は法事)をさせろと言ってきたが、
上人はこれにとりあわなかったため、

大徳寺に総見院を建立し、葬儀をおこなった。
 
このあとは期せずして信長つながりのお寺に行くことになります。