数寄屋造り
ホントによく町家が解体されている場所を通ります。
寺町通でも町家が解体されていて、
そこをたまたま通りかかった歴史研究者が
大久保利通の茶室ではないかと気づき、
危うく破壊を免れました。
京都新聞より
このお茶室は大久保利通旧邸にあり
小松帯刀の邸宅「御花畑」から移築されたものです。
小松帯刀の旧邸跡をみつけたのも同じ歴史研究者さんだったと
記憶しています。
町家にはよくお茶室があり、
昨日ある人が
「オレ、この間までこんなところに住んでいましたよ~」
「お妾さんの家だったらしいです。」
と、言いました。
そこで思い出したのが、この本
| 京都ぎらい 官能篇 (新書647) [ 井上章一 ]
842円
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この本で、井上章一氏はこう書いています。
建築学科の学生として、京町家の調査をしていたとき、
そこに暮らす老婦人はこう言ったそうです。
「数寄屋造り★ゆうたら、お妾さんのうちやな」
★茶室風の様式を取り入れた建築。安土桃山時代から江戸初期にかけての茶の湯流行に伴い、邸宅に用いられた。装飾を排した簡潔さを特徴とする。
井上氏はこの言葉に心底驚いたそうですが、
それが妥当であったことをのちに確かめたそうです。
京都のしかるべき町家には茶室や時には能舞台があり、
お茶やお能を嗜んでいました。
近所のお宅に伺ったとき、中には独立したお茶室があり
びっくりしました。
「古家を買ったら、お茶室があった」らしいです。
そこは妾宅ではなかったと思いますが、
また夫の大阪の親戚宅は昭和初期の建物ですが
従妹曰く
「お妾さんの家だったので、お洒落で凝った意匠が見られる」
とのことでした。
私も井上氏がおっしゃりたいことがなんとなく腑に落ちました。
お茶やお能を嗜む人がどんどん減って
先生方はなかなか大変のようですね。
安国寺
実際に一休さんがいたのは京都市内の安国寺ですが
今は廃寺となっています。
綾部 薬膳ランチ
グンゼ博物苑
本社事務所だったグンゼ記念館(金曜日のみ開館)
そして、そこに
綾部市民がお世話する120種類1200本のバラ園があります。
この日は30数度の暑さで、ちょっとしなっとなっていました。
ちょっと逆光
バラのアーチ
グンゼを創業した波多野鶴吉は
故郷の発展に尽くすとともに
社員教育にも力を入れました。
よい製品を作るためには、社員の教育も必要であると。
教育者を招き、教育部を作ったため
「表から見れば工場
裏から見れば学校」
と、言われました。
こんな幟が立っていました。




































