数寄屋造り | 烏丸ママのブログ

数寄屋造り

ホントによく町家が解体されている場所を通ります。

寺町通でも町家が解体されていて、

そこをたまたま通りかかった歴史研究者が

大久保利通の茶室ではないかと気づき、

危うく破壊を免れました。

京都新聞より

 

このお茶室は大久保利通旧邸にあり

小松帯刀の邸宅「御花畑」から移築されたものです。

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小松帯刀の旧邸跡をみつけたのも同じ歴史研究者さんだったと

記憶しています。

 

町家にはよくお茶室があり、

昨日ある人が

「オレ、この間までこんなところに住んでいましたよ~」

「お妾さんの家だったらしいです。」

と、言いました。

そこで思い出したのが、この本

 


この本で、井上章一氏はこう書いています。

建築学科の学生として、京町家の調査をしていたとき、

そこに暮らす老婦人はこう言ったそうです。

数寄屋造り★ゆうたら、お妾さんのうちやな

★茶室風の様式を取り入れた建築。安土桃山時代から江戸初期にかけての茶の湯流行に伴い、邸宅に用いられた。装飾を排した簡潔さを特徴とする。

井上氏はこの言葉に心底驚いたそうですが、

それが妥当であったことをのちに確かめたそうです。

京都のしかるべき町家には茶室や時には能舞台があり、

お茶やお能を嗜んでいました。

近所のお宅に伺ったとき、中には独立したお茶室があり

びっくりしました。

「古家を買ったら、お茶室があった」らしいです。

そこは妾宅ではなかったと思いますが、

昔妾を囲ったような財力のある町衆は、
妾宅に立ち寄ったとき、茶を点てるような粋人だったんろうなあ
という結論に至りました。

また夫の大阪の親戚宅は昭和初期の建物ですが

従妹曰く

「お妾さんの家だったので、お洒落で凝った意匠が見られる」

とのことでした。

私も井上氏がおっしゃりたいことがなんとなく腑に落ちました。

お茶やお能を嗜む人がどんどん減って

先生方はなかなか大変のようですね。