数寄屋造り
ホントによく町家が解体されている場所を通ります。
寺町通でも町家が解体されていて、
そこをたまたま通りかかった歴史研究者が
大久保利通の茶室ではないかと気づき、
危うく破壊を免れました。
京都新聞より
このお茶室は大久保利通旧邸にあり
小松帯刀の邸宅「御花畑」から移築されたものです。
小松帯刀の旧邸跡をみつけたのも同じ歴史研究者さんだったと
記憶しています。
町家にはよくお茶室があり、
昨日ある人が
「オレ、この間までこんなところに住んでいましたよ~」
「お妾さんの家だったらしいです。」
と、言いました。
そこで思い出したのが、この本
| 京都ぎらい 官能篇 (新書647) [ 井上章一 ]
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この本で、井上章一氏はこう書いています。
建築学科の学生として、京町家の調査をしていたとき、
そこに暮らす老婦人はこう言ったそうです。
「数寄屋造り★ゆうたら、お妾さんのうちやな」
★茶室風の様式を取り入れた建築。安土桃山時代から江戸初期にかけての茶の湯流行に伴い、邸宅に用いられた。装飾を排した簡潔さを特徴とする。
井上氏はこの言葉に心底驚いたそうですが、
それが妥当であったことをのちに確かめたそうです。
京都のしかるべき町家には茶室や時には能舞台があり、
お茶やお能を嗜んでいました。
近所のお宅に伺ったとき、中には独立したお茶室があり
びっくりしました。
「古家を買ったら、お茶室があった」らしいです。
そこは妾宅ではなかったと思いますが、
昔妾を囲ったような財力のある町衆は、
妾宅に立ち寄ったとき、茶を点てるような粋人だったんろうなあ
という結論に至りました。
また夫の大阪の親戚宅は昭和初期の建物ですが
従妹曰く
「お妾さんの家だったので、お洒落で凝った意匠が見られる」
とのことでした。
私も井上氏がおっしゃりたいことがなんとなく腑に落ちました。
お茶やお能を嗜む人がどんどん減って
先生方はなかなか大変のようですね。

