烏丸ママのブログ -387ページ目

伏見稲荷の初午大祭

今日は伏見稲荷大社の初午大祭でした。
初午の日に稲荷大神が降臨されたといわれる大きなお祭りで、
久しぶりに境内が賑わいました。
多くの人や企業の方々がご祈祷を受け
お神楽に並ばれていました。
といっても例年の10分の1くらい?

お供えの数々


神馬さんにも人参たくさん


お山めぐりをする時間があまりないので、
御膳谷で帰ろうかな?

この札がトリッキー
30分ですまないよね?

御膳谷は稲荷山の三つの峰を望むことから
ここでは朝夕とお供えとご祈祷が行われています。
曇っているでしょ?

ところが鳥居をくぐると、日がさします。

まぶしすぎて何撮ってるかわからないままシャッター押します。
神社あるあるですね。
光のシャワーを浴びて、結局お山ひとまわりしました。

この間ブロ友さんが挙げておられた長者社の雷石
この階段を上がると
触れることができます。

用事があって、急いで周りドアtoドアで3時間の参拝でした。

金閣寺でガッカリしたこと

今日は節分ですね。
立春の前日で、節分といえば2月3日と思っていたら、
124年ぶりの2月2日の節分だそうです。
普通の巻きずしより息子たちが好きそうな
韓国風のりまきキンパを作りました。
 
2月2日の世界遺産金閣寺です。
こんなに人のいない金閣寺は初めてです。
職員さんのほうが拝観者より多いと思います。
この人が少ない時期にこけら葺きの葺き替えがおこなわれ
初めての金閣寺です。
金閣は舎利殿でこちらが方丈(本堂)です。
ふと思いましたが、前から森田りえ子さん画の杉板戸は見えていましたっけ?
 
左手に見えているのが九山八海石と、鶴島、亀島。
舟で巡れたら楽しいでしょうね。
 
白砂も新しくなっているみたいで真っ白
金箔も心なしかきれいになってる気がします。
 
西日に照らされて水面の金がゆらゆらきれいでした。
龍門瀑
登竜門の故事にちなんだ龍門瀑が各地に見られます。
ここの鯉魚石はりっぱですね。
 
不動堂です。
この奥には石室のようなところがあって
弘法大師が彫ったといわれる石不動が安置されています。
それが年に2回ご開帳されるのですが、お盆と節分です。
それでお参りしに来たのですが、静かすぎる!
係の人に聞いたら
「ここの節分は2月3日と決まっています。
明日の11時から法要はありますが、御開帳はありません。」
どこも豆まきがないのはわかっていましたが、
近隣で金閣寺不動堂のポスターを見たので、
てっきり御開帳があると思っていたんですよね。。。
ちょっとがっかりしましたが、
人がいなくて、美しい金閣が見れたのでよしとしましょう。
 
金閣寺の駐車場です。
普段はバスしか駐車できないのですが、
バスがいないので、自家用車もとめられるようになっています。
よく見ると裏山も結構木がなくなっていますね。
台風のせいでしょうか。
あの観光客の多かったときが幻のようです。
 
前回の記事

光琳梅が咲き始めました。

今日から2月ですね。
月初めなので下鴨神社にお参りしました。
青空がきれいですね。

でもね、今日は午後から雨ということで
結構雲の多いお天気でした。
加茂川から見ると、下鴨神社の上空あたりだけ
晴れているんですよ。

尾形光琳がモデルにしたという光琳梅が
咲き始めました。


神職さんたちが禊をされるまでは
締め切りでしたので、砂がきれいなまま。
踏みしめるのが申し訳ないくらいです。

光あふれる境内で、
癒されました。

峰さを理さんが亡くなられました

元宝塚トップスターの峰さを理さんが甲状腺癌で亡くなられました。

報道によると、体調不良にも関わらず、
コロナ禍で病院に行くのを控えておられたようです。
皆さまも本当にお気をつけください。
ミネちゃんといえば
私が1番宝塚を見ていた時のトップスターさんで
青春の1ページでしたので
とてもショックです。
ミネちゃんが表紙のプログラムを集めてみました。
あれ、私が1番好きだった「我が愛は山の彼方に」がない!お気に入りでどこか別のところにやったのかもしれない。
 
オルフェウスの窓のユリウス(右)や
ハイシーの広告もされていたんです。
化粧が今と違いますね!
それを変えたのが真矢みきさんらしい。
 
大浦みずきさん、上原まりさん、順みつきさん、ミネちゃんと
意外と早世されるジェンヌさんが多いです💦
佳人薄命でなくていいですから!
 
安らかにおやすみください。
 
追記
まいまいがミネちゃんとの思い出をたくさん書いていて
改めていいトップコンビだったんだなあと思いました。
まいまいはいろんな意味で型破りの娘役さんでしたね。お茶会でのぶっちゃけトーク面白かったです。確かに舞台とギャップありました。

十六社めぐり⑧熊野神社

一昨日1,2年に1度やってくるめまいに襲われて
1日ころころしていました。
息子は起立性調節障害で学校を休むきっかけになりましたが
私の体質を引き継いだと思っています。
脳血流が悪いので横になっていると楽なのです。
首や肩がガチガチで
頭痛がしたり、食欲がなかったり、まさに息子と同じ症状でしたが、
メイロンをかかりつけ医で打ってもらい、だいぶ楽になりました。
メイロンはめまいのときに使われる薬で重曹なんだそうですが
なんでめまいに効くのかよくわかっていないみたいです。
その個人医院は正直衛生面とかプライバシーとか
気にする人はいけないところですが、
とても気やすいところなので、先代のおばあちゃん先生のころから
かかりつけ医です。
別の患者さんとの会話もつつぬけでして、
その患者さんは、コロナのワクチン接種について質問されていました。
昨日のヤフーニュースで見ましたが、
日本人がワクチン接種について一番消極的なんだとか。。。
ぜひ接種したいという人は17%だそうです。
「インフルエンザワクチンと同じく、接種してもかかるかもしれないが
重症化のリスクは軽減されるかもしれない。
それよりも大事なのは多くの人がワクチンを打つことで
集団免疫ができて、流行が抑えられることだ」
そういうことなんですね。
 
めまいの前日十六社のうち4社を2時間半🚲でまわりました。
8社目は東大路丸太町にある熊野神社
後白河天皇は34回も熊野詣でをされましたが、
あまりにも遠いので、熊野三山に例えられる神社が京都に創建されました。
新熊野神社は本宮、この熊野神社は新宮、熊野若王子神社は那智大社に
例えられるそうです。
(由緒書によると、後白河天皇の時代よりも前に創建されています。)
 
手水舎は閉鎖されています。
image

やはり大きなクスノキが植えられています。

獅子口にはヤタカラス

八つ橋発祥の地の記念碑がありますが、

八つ橋屋さんは二軒とも閉まっていました。

門扉にもヤタガラスです。
由緒書より。。。
当社はわが国最初の夫婦神である伊弉諾尊、イザナミノミコト(変換されない!)
天照大神、速玉男尊、事解男尊の五柱の神様をお祀りしている。
弘仁2年(811)修験道の始祖役小角の十世宗日圓が国家護持のため
紀州熊野大神を勧請したことに始まる。寛治4年(1090)そう増誉が聖護院を創立
当社を鎮守神とし、別当を置き管理した。
現在の本殿は下鴨神社の旧本殿を移築したものである。
 
近くにある聖護院の鎮守社だったんですね。
ちなみに聖護院は修験道のお寺で
先日熊野の奥社にあたる玉置神社で
聖護院の修験者が大峰奥駆道から熊野まで
行かれることを知りました。