
東郷平八郎命名の温山荘園
先日 和歌山 紀三井寺に行ったときに
温山荘園の前を通りました。
3年前に訪れたときは、庭師さんの社員旅行バスに便乗していたので、
全然場所がわかっていなかったのですが、
「あれ、こんなところにあったんだ~」と思いました。
レジャー施設のポルトヨーロッパの近くになります。
また行きたいなと思い、リブログします。
和歌山市の南、海南市に位置する
音山荘園は国指定名勝庭園で、こちらも
養翠園同様, 海水を使った潮入のお庭です。
ニッタベルト(株式会社 ニッタ)の創立者 新田長次郎氏が
明治45年に着手し、氏の求めに応じて、
東郷平八郎元帥が命名しました。
過去記事はこちら。
公式サイトはこちら
先日 林修先生の初耳学で
エール大学の成田悠輔助教が
「誤解を恐れずに言うなら、格差社会は必要」
と、おっしゃっていました。
新しいビジネスを起こして、成功すると、
経営者には富が生まれます。
その富でたくさんの納税をしてくれて、
弱者に分配されます。
しかし、今の日本の社会はその成功がない。
金持ちが生まれなくなって
みんな貧乏になっていると言います。
欧米に比べると、日本の格差はさほど大きくないのです。
GDPも伸びていない。
大きな別荘群は戦前お金持ちが作りましたが、
今は維持できず、会社所有とか、財団法人の所有となっていますね。
貧富の差はなくなったけれど、
維持できるお金持ちもいなくなったんだ。
そういう側面もあるのかと思ったお話でした。
対龍山荘
谷崎潤一郎が石村亭を手放したのは、
京都の夏は暑く、冬が底冷えがするという盆地特有の気候に
耐えられなかったということもありますが、
松子夫人自身が書かれているのは
「庭を維持するのにお金がかかってしょうがない」
ということでした。
谷崎が言うには「このような庭はたえず植木屋を入れて
塵ひとつないようにしなければ価値がない」
とのことで、手放すことになりました。
谷崎でさえ維持できなかったほどお金がかかるということです。
一方南禅寺の別荘群です。
このあたりは琵琶湖疎水を用いた植治(七代目小川治兵衛)の庭が
多くあります。
それも所有がコロコロかわっているところが多いですが、
対龍山荘はニトリの所有となっています。
非公開ですが、カルチャーセンターをチェックすると
見学ができることがあります。
写真撮影はできるのですが、ネットに載せると
その団体は二度と見学できなくなるのだそうです。
なので、玄関先だけ。
建物は館長さん、お庭は植彌加藤造園さんが案内してくださいました。
植彌加藤造園さんはこのあたり一帯のお庭を管理されていますね。
薩摩の実業家 伊集院兼常の別荘として建てられ
呉服商市田彌一郎が明治34年より手を加え
明治38年現在の形になりました。
一昨年亡くなられたオムロンの立石会長の、奥様が
市田家のお嬢さんで、こちらにおすまいだったようです😲
いくつか植治の庭は訪れましたが
確かにここが一番と言われるのがわかりました。
南禅寺や東山を借景とした池泉回遊式庭園です。
すぐお隣が南禅寺金地院です。
大滝の音を建物から楽しむ隠滝の仕組み
(滝が見えるのですが、音は実は建物の下に仕込まれた滝の音)
大滝の音がよく聞こえる場所のしかけはおそらく石の反響?
どれもすごいです。
ブラタモリでタモリさんが
「まさかここを訪れることができるとは」
と、喜んでおられたのが印象に残っています。
他にも、
水車小屋があり、菖蒲園が隠されていたり
水の流れが建物の庇に反射するようになっていたり、いろんな仕掛けや見所があります。
こちらのサイトはたくさん写真が載っています。
植彌加藤さんのサイト
https://ueyakato.jp/gardens/tairyusanso/
谷崎潤一郎 旧宅
谷崎潤一郎の本を数十年ぶりに読みました。
80ページ足らずが「夢の浮橋」
その他4篇が掲載されています。
実はこの本以前いただいたもので、
読むことを前提にくださったのですが、
今やっと読みました。すみません。。。
この本をくださったのは、旧谷崎潤一郎邸を所有されている
日新電機さんでした。
こちらの迎賓館として使われています。
谷崎潤一郎は昭和21年から31年まで京都に住まわれ、
その間だけでも6回引っ越しをされています。
その中で庭園も含めて保存されているのが、唯一石水亭です。
谷崎が住んでいたころは潺湲※(せんかん)亭といいましたが、
譲るときに石村亭と名付けました。
見学させていただいた時のパンフレット
夢の浮橋より(作中では五位庵と呼ばれています。)
「五位庵の場所は糺の森を西から東に横切ったところにある。
下鴨神社の社殿を左に見て、森の中の小径を少し行くと、
小川にかけた幅の狭い石の橋があって、
それを渡れば五位庵の門の前に出る。」
庵は太い日本の杉丸太の正門を這入ると
石畳(違う漢字が使われてます。)の路次の奥に
もう一つ中門があって
路次の両側にはささやかな竹が植わっていた。
朝鮮から運んできたらしい朝鮮の官人たちの石像が二つ
相対していた。
中門は杉皮を檜肌葺きのように葺いた屋根があって、
ここの門は常に閉ざされていた。
谷崎潤一郎が住んでいたのは昭和31年までなので、
譲渡されて60年以上たっていますが、
見事にそのまま保存されている日新電機さんに
頭が下がります。
読んだ感想は
谷崎だなあ。。。
と、思いました。
昔日本文学の授業を取っていたときに
やたらと谷崎=フットフェテシズム
という言葉を刷り込まれたのですが、
やっぱり出てきました。
池の中に足をつける母。
「水の中で見る母の足は外で見るより美しかった。」
主人公の名前も読んでニヤッとしました。
乙訓糺
乙訓は京都の古くからの地名で、糺の森の糺です。
先に読んでから見学したら、もっと面白かっただろうと
悔やまれます。
門の前までは行けるので、下鴨神社に行かれたら、
ちょっとのぞいてみてください。
訪問時のブログ貼り付けておきます。
瑞泉寺に初めて参りました。
久しぶりにおでかけらしい、おでかけしてきました。
近所を歩いていたら
「足怪我されたのですか?」
と、全然知らないおばさんから声をかけられました。
「私も自転車で怪我をしたことがある。
最近怪我している人多いね~」
って。
私も怪我する前、やたらと体の不自由な人が目について、
不便だろうな。。。
と、思っていましたが、そんなふうに今見られているようです。
おでかけの目的はこちらのブログに書きました。
仁左衛門さん玉三郎さんの桜姫東文章よかったです。
上演中に震度3の揺れがあり、ちょっとドキッとしました。
場所が三条でしたので、瑞泉寺に参りました。
このお寺は何度も近くを通るんですが、
あまりにも悲惨な死を遂げた方々のお墓があるので、
同情しすぎるのが怖くて近寄っていませんでした。
でも今日はお天気も良く、ブロ友さんが
なんかきれいな写真(覚えていなかった)あげておられたなと、
参りました。
何やったっけ?
あーそうだった、
藤棚でした!
少し盛りは過ぎていますが、
これはシランかな
(かがめないので、いいアングルにならない)
繁華街で境内は狭いですが、
(なんとなくおどろおどろしいイメージでしたが)
お手入れの行き届いた気持ちの良いお寺でした。
瑞泉寺は禅林寺(永観堂)を本山とする浄土宗のお寺で
ご本尊は阿弥陀如来。(本堂には入れません。)
豊臣秀次公とご一族39名と家臣10名の石塔、
その方々に引導を渡したとする地蔵菩薩が安置されています。
お地蔵様はとてもよいお姿の仏像でした。
無理せんときや
近くのお寺ではキリシマツツジが咲いています。
写真を撮ろうとすると、
アゲハが飛んできてくれました。
ヨタヨタ歩いていたら、シニアカー押したおばあさんに
追い抜かされましたわ😅
久々に青少年のメンタルヘルスのお話で
最近読んだ本の紹介です。
これは小一時間で読めました。
簡単に読める入門書のような本です。
東京都立松沢病院の院長が書かれた本
2022年から高校生が保健体育の時間に
40年ぶりに精神疾患について学ぶことになりました。
日本全体で精神科にかかる患者さんが増えています。
私が若いころは精神科は身近な存在ではありませんでしたので
そのころ読んでいた桐島洋子さんのエッセイに
アメリカ人は気軽に精神科に行くと書かれていて、
へえ~と思ったものでした。
今はよくメンタルクリニックの看板を見かけますね。
がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病に加えて、
五大疾病と厚生労働省が指定しました。
この本を読んで意外だったのは、
〇精神疾患の約75%は20代半ばで発症する。
〇若者に多いのが統合失調症
(うつ病は広い世代で発症するのに対し、
統合失調症は10代から30代に多い。)
(うつ病は100人に6人、統合失調症は120人に1人)
ということでした。
しかし、
〇誰もがかかる病気
〇早期発見、早期治療で社会復帰できる。
それを学べるように、
精神科医たちが文科省に働きかけてきました。
まだ精神科を受診することに抵抗がある人もいるようで
精神科に気軽にかかれるようになれればいいですね。
そして、主治医(閉院されました)が出された本を
ちゃんと読んでいなかったので読みました。
そこに書かれていたのが
「無理せんときや」
という関西弁です。
どうしても子供たちは
まわりに人の期待に応えようとするので、
「どうする?」
と、聞くと
「がんばる」と、答えがちです。
本音とは限りません。
なので、
「無理せんときや」(関西弁で無理しないでね。)
という声かけが大事なのだとか。
この先生は
「自分のやり方は世間のやり方と違っている」
と、書いておられる通り、甘々の先生でした。
世間では「ゲームをするな」
「昼夜逆転するな」
と、言われがちですが、
「したかったらしなさい。」
「しんどいときはいつでも寝たらいい」
という先生でした。
先生自身、教科書通りに指導してきた結果、
回復しきらない子供たちが期待に応えようとして
自信を失い、後退している様子を見ました。
そこで、
「楽しいことを気兼ねなくできる環境」
を作る方針にしたところ、子供たちは快復していきました。
時間がかかっても、自信が持てるようになると、
ゲームの時間も減り、生活習慣も整ってくるというのが
先生の持論です。
この他
今までの診療経験から、
自殺、暴言暴力、自傷行為、発達障害についても
触れておられます。
ここですべては紹介しきれませんが、
親として
子供がしんどいときは、子供への期待や理想像をいったん傍に置いて、
子供に任せる
ありのままいいよ、あなたが大切だよ
と、いうサインを伝える。
10割を子供に割かず(子供自身が負担に感じる)、
2割は親自身を大切に。。。
ということで、締めくくっておきます。


















