名勝 養翠園 | 烏丸ママのブログ

名勝 養翠園

海水を引いてきた庭園が3つあるそうですが、

浜離宮公園の他は和歌山にあります。

養翠園は紀伊徳川家十代藩主徳川治宝はるとみ公が

文政元年から(1818年)8年にわたり、造営されました。

さすが徳川御三家

治宝公は茶道は表千家に学び、書画、音楽にもたしなまれ、

楽吉左エ門や永楽善五郎を招き、陶器を作らせました。

御座所から眺める庭

蓬莱山水にして、池泉回遊、舟遊回遊庭園です。

松が多く、お手入れも行き届いています。

天神山、章魚頭姿(または高津子山たこずし)山を借景とする大名庭園です。

金閣寺は衣笠山のふもとに家があっても全然視界に入りませんが

ここはいっぱい入ってきます。

その横には丘があったそうですが、昭和30年代に土砂をとるため

なくなってしまったようです。

中国は西湖の蘇堤を模したものが大名庭園には多くつくられます。

海水ですから、鯉はいません。

ときどき魚が跳ねるのですが、ボラなどだそうです。

護岸は和歌山特産の青石

そして、見えますか?

牡蠣がたくさんいました。

この丸い窓のあるところが藩主が座る御座所ですが、

玄関から段々と高いところに上がってきます。

廊下を見ていただくと、傾斜があるのがわかりますね。

 

この手水鉢は友ヶ島からということでしたが

古座の虫食い岩では?

驚いたことにこの養翠園は会社組織にはなっているものの

個人所有だそうです。

現オーナーのお父様が紀州公から昭和初期に譲りうけたそうです。

 

今水がありませんが、かつて藩主はここに舟で着かれました。

残念ながら昔の海岸線は港の整備のため埋め立てられています。

 

お隣には市の施設 湊御殿があります。

ここから離れたところにあった紀州藩別邸ですが

天保年間の建物で、和歌山市の指定文化財に指定されています。

ここのパンフレットに紀伊徳川家の家系図がありましたが、

いっぱい将軍が出ていますね!

八代将軍吉宗

その吉宗の子供が九代、孫が十代

吉宗の四男から始まる一橋家から十一代家斉、十二代家慶、十三代家茂

 

海水庭園の水、ちょっとなめてみましたが、

汽水のようでした。

たくさん雨が降ると、池の水があふれることもあるそうです。

牡蠣がいたり、ボラが跳ねたりおもしろかったです。