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祇園祭 山鉾巡行

祇園祭 山鉾巡行に行ってきました。暑かったです。でもお天気で何より。
御池通が広くて見やすいので、いつも御池通に行きます。(朝がゆっくりできるし。)
御池通が広いのは、戦時中に延焼を防ぐため、立ち退きにしたからだそうです。
行列が遅いので、逆行して早回しで観覧しました。

宵山でも紹介した函谷鉾です。
烏丸ママのブログ-函谷鉾
鎖国の時代に輸入された貴重な絨毯

宵山で載せていただいた菊水鉾
烏丸ママのブログ-菊水鉾
蟷螂山
烏丸ママのブログ-蟷螂山
からくりでカマキリが動くと拍手喝さいがおこる。

曳子
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私が学生のころは、「体育系クラブが全員で部費稼ぎで鉾曳きのバイトをする。バイト料は安いけどたのしい。」と聞きました。今もそうかな。

船鉾
烏丸ママのブログ-船鉾
神功皇后の説話により、鉾の形が船形
じんぐう皇后は仲哀天皇の后で、応神天皇の母
朝鮮に遠征したとされる。安産の神さま

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屋根方
放下鉾
烏丸ママのブログ-放下鉾
河原町御池の辻回し。音頭とりの合図で角を曲がります。
稚児人形に傘を差しかけています。長刀鉾だけ本物の男の子がのります。
橋弁慶山
烏丸ママのブログ-橋弁慶山
牛若丸と弁慶の五条大橋での戦いを再現

もし写真と説明がまちがっていたら、ごめんなさい。

失敗!

ほぼ1年ぶりに、子供がくもん教室に行くというので、よろこんでいたのだけれど、

見事討ち死ううっ...

判定の結果 1年生のところからやりなおし

去年 5年生のところをやっていたのにね涙

帰ってから、1時間くらい隠れて出てこなかった。

やっぱりまだ無理だったのかな。。。

でも1時間でケロってしていたのは、回復力がついた証拠矢印

日本人のわからない日本語

個人商店がどんどん廃業されている中で、京都も例外ではないけれど、まだまだがんばっているほうだと思います。
スーパーは便利だけど、商店街のほうが個性があっておもしろい。
八百屋のおばちゃんに「キンカンがとれすぎた」と言えば、「冷凍してたら、夏でもおいしく食べられるよ」とか、いまだに防空壕があるという米屋さんは「つきたてのおもちは、冷凍したら解凍してもやわらかいよ」とか、酒屋のおっちゃんは、造り酒屋の息子さんのウワサ(次男が《ハンチョウ》に出ている俳優)など、いろいろなことを教えてくれます。

中でも私が行ったら、1時間くらい出てこられないのは洋菓子屋さん。同年代のオーナーシェフで、私に限らず、営業時間の半分はお客と話しているのではないかと思うくらい。
そのお客の半分はヨーロッパ人のような気がします。
クリスマスにケーキを取りに行くと、疲れた顔のオーナーが。
そこで自称 肩もみ名人の私が肩をもんでいると、居合わせたドイツ人女性が「次は私もやって」とお願いされました。外国人は「肩がこる」という感覚がないと聞いていたので、ちょっとびっくり。

先日は、ここのプリンが子供たちのお気に入りで買いに行くと、1人のドイツ人がやってきました。
「くららさん、こちらフランク。今ね夏休みの講習を受けに来てるのよ」
「こんにちは!」と日本語でご挨拶。
その次に行くと、またフランク。
「すいません、いつも何しにくるんですか?」
「いやあ、ここに来るとしゃべる人がいますから」
「今日はね、こんな本をもらってきました」と、とりだしたのは《くずし字辞典》 
草書や行書のような字体が並んでいます。
「古文書を読むときに、これがないと読めないんですよ」
「そんなの日本人も読めません!」
「この人ね、頭がいいのよ。日本人じゃないから、頭がいいのねって言うと『ハイ!』って言うわよ」とオーナー。
「奥の細道」というと
「月日は百代の過客にして。。。」
「方丈記」
「ゆくかわのながれはたえずして。。。」
その他いろいろ暗誦してくれました。

別のアメリカ人留学生はすらすら日本の新聞を読んでいるので、
「何年日本語を勉強しましたか?」と尋ねると、
「3年」
という答えが返ってきました。我々はいったい何年英語を勉強しているんでしょうね。
ここで出会う留学生の人たちはみんな、日本人の若い子より、日本語がずっときれいです。
うちの子供たちもきれいな日本語を話してほしいなあ。

《日本人のしらない日本語》というドラマが昨夜始まりました。日本語学校の先生が、留学生たちにさまざまな質問をされて、悪戦苦闘する様子を描いたものです。テレビは見てないからわかりませんが、原作のコミックエッセイはすごく面白くて、家族中でハマッてしまいました。

しかし、上記のどのお店屋さんも後継者がいるとは思えず、どんどん個人商店がなくなっていくのだろうなあと少し寂しい思いです。
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西日に焼けた酒屋の看板
一体誰やねん? 
(答 三船 敏郎とのこと)





祇園祭 宵々々山

昨夜は祇園祭 宵々々山に行きました。
双子が帰ってきて「さあ行こう!」と言ったら、「友達と約束してきた」と、見事振られてしまいました泣
こんなすいている宵山(前夜祭)は初めてでした。今朝の新聞では、昨年より6万人少ない、8万人の人出だったようです。

祇園祭とは
八坂神社の祭礼で、869年疫病の厄災除去を祈る御霊会が始まりです。7月17日の山鉾巡行が有名ですが、実は7月中1ヶ月間さまざまな神事、行事が行われます。4基の神輿が祇園界隈を巡行するのに対し、財と時間を投じて作り上げた山鉾は、有力町衆=繊維問屋の集まる室町界隈に集中しています。

山鉾(読み方はやまほこに統一)とは
神霊の依代で、祭礼の神幸のときに引き出すもの。山は曳山とか、山車だしとも呼ばれ、人形を飾って、囃子の人たちが乗り、曳き子が綱で引く屋台のことであり、鉾は屋台の上に立てて飾るものを言う。神霊がこれにのりうつって、村や町を巡行し、氏子の生活を見守る趣旨のもので、神輿の神幸と同様の意味をもつ。


ちまき

各鉾山ではちまきを売っています。受けたちまきは持ち帰り、翌年の祇園まつりまで門口につるして、疫病や災難よけとします。

私は大阪の高校生のころ、食べるちまきだと思っていたので、がっかりしました。

鉾山によっては、ちまきを買うと鉾に上がらせてもらえるので、観覧券のあるちまきがお得です。

函谷鉾では中国人留学生がちまきを売っていました。
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函谷鉾は、中国戦国時代 孟 嘗君が家来の鶏の鳴き声によって、函谷関を脱出できたという故事によるもので、鶏の絵が描かれています。前懸は16世紀の毛織。囃子方は鉾によって年齢が違うようですが、小学生のいる山鉾もあります。
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私が載せていただいたのは、菊水鉾。(昔は女性は上がれませんでした。)

町内に菊水井とよばれる井戸があったことに由来します。


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菊水鉾のひさし部分


宵山の鉾にはなにものっていませんが、巡行当日にはご神体や稚児人形(長刀鉾のみ生稚児)を飾り、囃子方が乗り込みます。山鉾によっては町の集会所などでご神体や装飾品を見ることができます。


昔老婦人が神輿に向かって合掌しているのをみたことがあります。その時は意味がわかりませんでしたが、神様をお参りしていたのですね。英語で神輿はportable shrine=持ち運びできる神社といいます。このほうがわかりやすいですね。


どれもこれも写真のピントがいまいちで、暗い涙

新しいカメラがほしいです。




宝ヶ池

子供が学校に行かなくなって、心がけたのはひきこもりにならないことでした。1人になるのが不安で、後追いする子供のようだったので、私自身あまりでかけることができなくなり、2人でずっと家にいることも、しんどいことでした。

「体がしんどいときは無理にでかけないほうがいい」と、医師に言われていましたので、必ずでかけるときは、子供に「行く?」って尋ねてからでかけました。しんどそうな時でもだいたい「行く」って言いました。

そのとき1番よく散歩したのが、宝ヶ池公園です。周囲が1,8キロのかんがい用の人工池ですが、ボートに乗れたり、周囲には森や児童公園があり、遊歩道があります。水鳥が遊び、カメやコイが泳いでいます。
《宝ヶ池でボートに乗ると、カップルは別れる》というジンクスもありますが。
去年はセミが9月の終わりくらいまで鳴いていて、休み始めたときはまだセミが鳴いていました。
やがて、セミは鳴かなくなり、カメが冬眠に入って見られなくなり、落ち葉の季節になりました。
カメがいなくなった時は寂しかったですね。

烏丸ママのブログ-宝ヶ池

池の周囲にある東屋から、よくカメやコイ、ハトにパンの耳を持って行ってやります。ここのコイはどれもこれもすごくデカイ!

烏丸ママのブログ-宝ヶ池
よく見えませんが、黒いところも黒いコイなんです。

横でおじさん同士が話しているの聞いたら、こう言っていました。
「松ヶ崎の人は子供が生まれたり、祝い事があると、宝ヶ池にコイを放したんや」

今日は祇園祭の宵宵宵山に行ってこよう!