P R U S S I A N  B L U E -12ページ目

ひさしぶり



もう一年過ぎたね。あなたの誕生日前にわたしたちは終わったんだった。

ねぇ、わたしがあの時けしかけたりしなかったら、今もわたし達は続いてたかな。

わたしはあなたに渡すはずのバッグを手にして、

いつまでも続きそうなやりとりから逃げ出した。

あの日あなたはわたしを追ってこなかった。それをわたしも知っていた。

わたしは、あの日わたしの茶色のブーツが鳴らした音を忘れないよ。

街で偶然見かけたら、そ知らぬ顔して通り過ぎて行きそうなあなたは

いつもわたしの側にいて、いつもどこか違う何かを見つめてた。

喋らない人は頭の中で沢山喋っているんだって、最近何かの映画でやってた。

わたしもいつもそうだと思っていた。

だけど一緒にいられるだけでそれだけでよかった。

沢山色んな所へ行ったね。沢山色んなことを教えてもらったね。

沢山感謝しているよ。たまに思い出してくれる?

わたしはもうしばらくあなたにささげたような心は誰にもあげられない。

本当に本当に大好きだったから。


あなたは口下手だから全然口にしてくれなかったけど、

繋いだ手からこぼれそうな愛情を感じた時もあったよ。

でも、ピカソを一緒に見に行った時、あの日不安感から繋いだ手からは

もう愛なんて感じられなかった。

「愛」ってなんだ。って言い合ってたあの頃が懐かしい。

でも、あれは愛だったよ。

今まで育ってきた中で植えつけられた感情だったとしても

わたしは、あなたを愛していました。


今わたしの中の感情の8割ぐらいは哀しみに満ちているけれど、

あの時の気持ちは忘れていないよ。

わたしが勝手にしたこと怒ってることもあるだろうけど、許して欲しい。ごめんね。


-5年後あなたを見つけたら背筋を伸ばして声を掛けるね 
    一度たりとも忘れたことはない少し伸びたえりあしを あなたの下手な笑顔を-

おとめちゃん



恋に恋するのが得意になったみたい

そうじゃなくてほんとうはもっとむかしからそうだったのに

きづかないふりをしていきてきたの

だって今をあたえられた時間をただただ早く過ぎてほしいと

ただそれだけしか考えることができなかったから

恋なんてものがこの世にあるってことすら頭から忘却されていたころ

今はあの時間がもどってきたようなそんな気がして

でもわたしはあのころには戻れない 甘い味を知ってしまったの

そうあのころは甘い味のようなものに恋をしていた

それだけでせいいっぱいだったから

そのほうがしあわせだったのかもしれない

身体と身体をつなぎ合わせる行為などしらなければ 

求めることもしらなかった

きっと大人になることなんて知恵を得るだけで

何か得することなんてほとんどない

あさひ



朝日はキレイだ。キラキラしてる。

今日がはじまろうとしている。

鍋ではネギがぐつぐつしてる。

キッチンでキラキラ輝くコップをながめながらタバコをくゆらせる。不健康。

はじまりはじまり。

でもきもちよくてねちゃいそうだよ。

まちへくりだせば



今日が休日だったってことにきがつく。

まちは活気付いていてゆきかうひとびとは休日を堪能している。


ただタバコを買うためだけにまちへとくりだしたわたしは

そんなひとびとをすりぬけて地下へともぐりこんだ。

昨日行ったその店はしまっていて、水曜が定休日なんだとおもってがっかり

したけど、今日こそはやっていると信じてもぐりこんだ地下の店はまたもや

しまっていた。むだあしをはこんだってわけだ。

おなじ系列の店がデパートの中にあると知っていたわたしは、そこへ向かって

みることにした。だけど、そこにはタバコは置いていなかった。

しかも地下の店は店舗をまかせている従業員のおにいさんが風邪でダウンして

いるからしめているとのこと。いつあくかわからない状態。


ブラックデビルが買えない。ああ、いとしきブラックデビル。

わたしとたばこ



わたしがわたしに合っていないタバコを吸うのは自虐的行為だと思っている

かくじつにわたしの内部でわたしを蝕むタバコ

かくじつにわたしを死にちかづけるタバコ

別に死にたいわけじゃないけれど、生きたいと切実に思っているわけじゃないの

でもわたしはそれをかなしいこういだとは思わない。

wowowでみた映画のはなし



「クジラの島の少女」

これはすごくよかった。天が伝統に逆らったのだ。

伝統を重んじるということはすばらしいことだと思う。

けれど、時代は変化するのだ。

事実を頑なに認めない伝統を重んじる祖父。

パイケアのけなげさに、海の偉大さ、パイケアという英雄の偉大さ、

伝統というものに心打たれた。

すごくよかった。


「ドッグ・ウィル」

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリアー監督作品。

彼は病んでるんじゃないかと思った。

チョークで書かれただけの小さな町。実験的な映画だ。画くものは人の心の闇。

本当に純粋な心の持ち主は、心に闇を持っている者にとっては恐怖となる。

そして勝手に恐怖を自分自身に植えつけた町人たちは、狂人と化す。

集団の恐ろしさ。

自分にもある狂気だからこそ胸がもぞもぞするのだと思う。

誰しももってる集団性の恐ろしさ。こわやこわや。

純粋な心の持ち主グレースは、純粋でい続けることを許されなかった。

皆、けがれたものを持って生きているんだ。

あみあみ



ひさしぶりに編み物をあみあみ。バレンタインデー近いです。

お金がないから手編みのマフラーでかんべんしてください。

ってことなんだけど、おとこの人って手編みのモノをもらうのって

やっぱりきもちわるいって思うのかな。

でもいまのわたしにできるプレゼントなんて

こころをこめてなにかつくることぐらいしかできないから。

でもいらねぇー。って思われたらせつないな。力作だったらとくに。

どうおもいますか?

ちょっとまえにみたえいがのこと



ここんとこ映画のことを書いてないことにきづいた。

らくがきちょう(bbs)に載せた映画はあまりぐっとくるものがなかった。


いちばんはじめに観たのは「月に沈む」

浜崎あゆみの演技がどうこうとかじゃなくて

これは長編ミュージックフィルムでしかないな。と。

あと、伊勢谷友介の髪型が変だった。それだけ。


次に観たのは「オーシャンズ11」

こうゆうさらっと観れる映画が今の自分には合ってるなと思う。

変な感情移入をさせないような感じの。まあまあ面白かった。

ジョージ・クルーニーは渋くてかっちぶー。


お次は「ギター弾きの恋」

もっとバリバリの恋愛映画なのかと思いきや、ジャズ業界では伝説になっているらしい

エメット・レイという実在した人物の表舞台にいたころの話を淡々と画いている。

監督製作はウッディ・アレンだったのねん。知らなかった。だから一癖あるわけだ。

気付いた時には時すでに遅し。男って虚しいね。っていう感じでした。


さて、お次、「ロスト・イン・トランスレーション」

これが一番のお目当てでした。アメリカの俳優が日本にきて、なじめない生活の中で

同じアメリカ人の同じように日本の生活になじめない女の子に出会う話。

なんとなく進んでいって、なんとなく終わってゆく。なんだったのだろう。

と疑問を残して。

わたしはどうもソフィア・コッポラの作品には共感できないようだ。仕方ないね。


はい次です。「花様年華」

わたしは、ウォン・カーウァイが好き。「恋する惑星」なんかもう、

だいぶ前深夜番組テレビ東京で放送された時にくぎづけになって

眠いのも忘れて観て、なんじゃこりゃあああ!と衝撃を受けたのでした。

でもその後観た「ブエノスアイレス」映像はキレイだとは思ったけど、

共感できなかった。

期待して観たのだが「花様年華」も映像がキレイだと思えたけれど、

ストーリーに何か感じるものはなかった。

主演のマギー・チャンが着るチャイナドレスは最高に素敵でした。

ボディラインがキレイに出ていてしなやかな身のこなし。あれはよかった。

「2046」もすんごい気になってはいるものの。キムタクがねぇ。

わたしが好きなのはフェイ・ウォンとチャン・ツィイーなのよ。キムタクはどーでも

よろしなのよ。だからハウルも観に行かないのよ。どうでもいい話でした。


最後、「ANNA」いいリンク先が見つからなかった。

ヌーベル・バーグってゆうんですか。こうゆうの。ミュージカル風。

ゆるーーい感じで進んでいって終わるみたいな。

でも昔の人の服装ってかわいい。すごいミニスカートに色タイツ。かわゆい。それだけ。

アンナ・カリーナってゴダール作品にもよく出てた女優さんだったみたいで。

「気狂いピエロ」気になっていてもまだ観てません。


そんなこんなでぐだぐだでしゅーりょー。

よぞらのほしとあまいチョコレート



外と家との境界線を強く引いているわたしには、外の世界はおそろしい。

それならば家にこもれば、危険は皆無なのかと問われれば、自分の内から

涌き出る狂気に押し潰されそうになる。泣いた。

なにも意味のない時の涙ほど不安なものはない。


外に出ることはすきだった。見たことのないものはまだたくさんあって、

それに触れるたび歓喜していた。すべてがキラキラかがやいて見えていた。

今のわたしの目が写すものは、ガラクタのようで、昔ならガラクタでさえも興味をそそる

対象にあったはずなのに、それならばわたしはなにも見ていないのかもしれない。


外と家の境界線をひらり飛び越えることに背中をおしてくれる存在は

わたしの大切な人たち。

待ち焦がれた恋人とも言えない、だからと言って友達とも言えない、ひとまわりほど

歳のはなれた人に会いにゆくために、重い扉を開けて外へと飛び出した。



街のネオンが明るすぎて、こんなにも寒くて風の強い空気の澄んだ夜なのに

空を見上げても星は見えない。家路に帰る途中暗がりへ進んでいくとともに

星の光が目に写った。ポラリス(北極星)とおおぐま座。オリオン座。

幼少のころ、家族でよくキャンプに行った。

何も見えない真っ暗な外の上には数え切れないほどの輝く星空。

それとは程遠い今日の空。まばらにのぞく星。街のネオンが多すぎる。

周りが暗くなるとともに星は輝きをとりもどしていった。もっと星を。

ニセモノの星など見飽きてしまったんだ。もっと星を。


甘くて素敵でせつないゴティバのチョコレートを口に運んで、眠りにつく。

わたしはしあわせものだ。

おばあちゃんときもの



おばあちゃんはもうずいぶん前に亡くなってしまったけど、

わたしはおばあちゃんっこだった。

母は最近おばあちゃんに顔が似てきたと思う。

おばあちゃんは今のわたしをどう思うだろう。

おばあちゃんはいつも着物を着ていた。

春も夏も秋も冬も。いつも一緒に出かけるときは着物だった。

わたしも着物がだいすきになったんだよ。

わたしの晴れ着姿を見たら喜んでくれたかな。

ひとりで着付けも出きるようになったんだよ。


おばあちゃんが死んでしまった月はわたしの誕生日がひかえてた。

7日後にはわたしの誕生日だったのに、癌で行ってしまった。

遅かったわたしの生理がはじまったころだった。

ずっとそばにいてずっと泣いた。


もしかしたらわたしが着物好きになることおばあちゃんがあやつったのかもしれない。

なんて思うんだ。これからもずっと着物を着つづけるよ。

日本人は外国に行って「着物着るの?」って聞かれると、大体の人が

「めったに着ないし、自分じゃ着れないよ」って言うけど、わたしは

「めったにいないだろうけど、自分で着れるし着物だいすきだよ」ってゆうの。


父もおばあちゃんにそっくりだ。

父方のおばあちゃんは長男の弟のほうにいれこんでいたけれど、

着物を着て会いにゆくと、嬉しそうにしてくれる。

最近はわたしの方がおばあちゃんに会いにゆくことが多い。

猜疑心の強すぎるおばあちゃんに少し辟易するときもあるけれど、

おばあちゃんはかわいい。

いつだったか「目上の人にかわいいなんていうもんじゃない」って

だれかにいわれたけれど、おばあちゃんはかわいいのだから仕方ない。

いつも帰り際見えなくなるまで見送ってくれるおばあちゃんはとてもかわいい。

「もうぼけちゃってしょうがないよ」というおばあちゃんは母や父なんかより

よっぽどしっかりしている。もうすぐ90歳。

わたしはいまおばあちゃんに心配をかけてしまっていて、

とてもいたたまれない気持ちになる。

元気なふりをするのはむずかしい。

でも絶対一緒に巣鴨に行きたいんだ。おとしよりの原宿へ。

そのときは着物を着てゆくんだよ。早く行きたいね。暖かくなったら行こうね。