2005-01-24
わたしはほんとうにしらないことがおおくておおくておおすぎて
やはりあなたにたどりつくことができませんでした
それはわかりきったことだとかんたんにあきらめれば
つぎのあまい蜜をもったひとがやってきてわたしをさそうのです
ひらりちょうちょうのようにとびついたそのしゅんかん
わたしはなにかねばねばしたようなものにひっかかっていました
もがけばもがくほどそのねばねばはわたしにからみついて
あたしがさいごにみたのはくろいいきものでした
なぜかわたしはそのくろいいきものにこの身をささげることを
あまいあまい蜜より甘美なものだということを
いっしゅんにしてさとったのです
そう、それはいっしゅんのできごと
はて、わたしはなにをしようとしていたのでしょうか
2005-01-23
きょねんのなつ、わたしはこのままやせぎすになってゆけるのだと思っていた。
それがたとえ不健康なせいかつのうえでなりたつのだとしても
やせおとろえてゆく自分をうれしくさえ思えたのだ。
小学校4年生の頃から肥満児とレッテルを貼られた自分からぬけだせると思ったら
それでもいいと思ったし、それがあきらかにかわり果てたわたしからあの人への
あてつけになればいいとすら思った。
でもいまわたしはふしあわせなほど健康体のみてくれだけ持って生きている。
それは2年間やめていた、タバコを口にするようになってからなのかもしれない。
それとも食べることへの罪悪感からぬけだしたからなのかもしれない。
わたしはしばらく「ごめんなさい」と白いべんきに何度も謝りつづけ涙をながして
自分の中に停滞する脂肪を吐き捨てていた。
わたしはただの劣等感のかたまりだっただけだ。
わたしはわたしを見とめなくてはいけない。見つめなければならない。
あたまごなしに否定しつづけてもなにもかわらないのだということを。
自分が自分を愛してあげなければ、誰もわたしを愛することはない。
包みこむように。
腫れモノをさわるようなあつかいをうけるのを望んでいるわけじゃないことぐらい
自分がいちばんよくしっているのだから。
新年会
寝坊。浅草雷門。ひとごみ。人力車の呼びこみのお兄さんをパシャリ。
ともだちに会い、ひと安心。
はつもうで。着物。ピンクのタカの刺繍のほどこされた帯を締めて、
市松模様の羽織。紫の着物。黒いブーツ。ストレートの黒髪。
わたしモダンガール。
仲見世。パシャリ。黒ごま揚げまんじゅう。おいしい。しかし外人さんいっぱい。
浅草寺。パシャリ。お参り。おみくじ大吉。としおんな。今年はいいことありそうだ。
念願初、花やしき。ちんどんやみたいな人パシャリ。
ローラーコースター。安全バーが浮く浮くこわい。おもしろい。
バカ物館。くだらなすぎておもしろい。
え。でもこれってどうゆうこと?お金払って見たんですけど!
スマートボール。やってないのに大爆笑。大入り。
集中してるひとびとパシャリ。おこさまもパシャリ。
浅草ブロードウェイ。山本監督に遭遇。行くのはやっぱりロック座か。と気になる。
新橋へ移動。飲み会。まったり。途中退場。あー。おかねほしーい。
電車ガタゴトちょっぴりさみしい。バスで帰れためずらしい。
健全な感じでおやすみなさい。また明日。
2005-01-21
夜回り先生
TBSの「スーパーフライデー」という番組で夜回り先生こと水谷先生の存在を知った。
そこには胸に迫るものがあった。見て見ぬフリをする大人達の多い今の世の中、
水谷先生は必死になって子供達を救おうと日々走りつづけている。
夜間学校の教師である水谷先生は、夜学校が終わると街へ繰り出し子供達に注意
して回る。けれど、そこには強制的な押し付けが全く感じられない。
まるで友達に話しかけるように子供達に声をかけてゆく。
そして、家に帰れば「死にたい」と叫びつづける子供達のメールに
ひとつづつ返事を返してゆく。彼の睡眠時間は平均1.5時間程度。後は講演会、
学校、夜回り、電話、メール、そして苦しんでいる子供達に時間を費やしている。
そんな生活が13年間も続いたというのだから、身体が悲鳴をあげないわけはない。
水谷先生は癌に侵されてしまった。
それでも水谷先生は子供達の為に全国を回り走り続ける。
そのパワーに圧倒された。すごい。のひとことじゃ済まないほど。
わたしは、今まで簡単に「死にたい」と口にする人々を嫌悪し続けて生きてきた。
そして、自殺する事はもっとも醜い事だと思っていた。
けれど、その感覚は簡単に襲ってくる事を知った。
時折「死にたい」だとか「殺されたって構わない」だとか思ったりすることもある。
けれど、それを口にする事は、わたしのちんけなプライドが許さない。
そして、帰って来る言葉も解っているから。
「そんなこと言うもんじゃない」「そんなこと言われたら悲しくなるよ」
「死にたい」という言葉は人を絶望的な気分にさせるのだ。
不快な気分にさせるものなのだ。
でも、水谷先生はそんな「死にたい」という言葉を真摯に受け止め「大丈夫だよ」
と言う人なのだ。そんな人は中々いない。
溢れる涙が止まらなかった。
2005-01-20
ねぇ、もう会わなくなってからどんくらい経つっけ?
あ、あけましておめでとうすら言い合ってないよ。
あたしまた肥えちゃって、せっかく夏やせたと思ったのに
あたしらの永遠のテーマ脱出できないのかね。
中学の頃はあたしのほうがやせてたのに今じゃ○○の方がやせちゃって
くやしーけどかなり可愛くなったよね。
メールしても電話かけても出ないし、まあそれが○○だと思ってるから
○○もそんなことしてもあたしだから大丈夫とか思ってるんだろうけど
あんまりにも連絡取れないから、手紙なんてアナログなことしちゃってるよ。
○○はもう24歳になったんだよね。いっつも日にち間違えちゃうんだけど
何日だったっけ。やっぱり忘れちゃった。27?28?いつもそのどっちかで迷う。
まあそれも○○だから許してくれるよね。なんて。あたしの誕生日覚えてる?
プレゼントくれなんてたかったりしないから、あたしのことちょっとは思い出してよね。
そう言えば、福祉の試験合格したの?
これだけ連絡してもし返してこないってことは必死になって勉強してるんでしょうね。
そうじゃなきゃ許してあげないんだから。はくじょう者。(〇`ε´〇)
あたしの誕生日の近くになったら連絡ちょーだいよ。
いっつも○○の前では強がってばっかいるけど本当はさみしがりだってこと
○○だって知ってるでしょ?思い出してくれなきゃ、あたしだって悲しいんだからね。
まあ、あの寒い朝に車から放り出して○○さんと一緒にピザまん食べたこと
根に持ってるならしょうがないけど。
何してるんだろうねあたしってば。
元気に暮らしてるんならそれでいいや。あたしはたまに○○のこと思い出すよ。
結婚するなら式ちゃんと呼んでよね。
あたしら仮にも親友とかいうやつなんだからさ。
とっておきのスピーチ用意して泣かせてやるんだから。
じゃあまた連絡するけど、その時はちゃんと連絡取れるようにしておいてよ。
またね。ばいばい。
my camera life
わたしのもっているカメラはOLYMPUS XA
ちいさいくせにおもい。
日常のきりとりをしようとカメラをもちはじめた。
「写真を撮る」という行為自体は非日常。むじゅん。
目で見るものと、レンズが写すものはちがう。
あたりかまわず撮りまくるので、いやがられたり
失敗してがっがりしたりすることもおおいけど
ぐうぜんのうれしい失敗もあったりして。
アナログカメラはできあがってみないと何が写っているかわからない。
できあがった写真を手にするとドキドキと同時にわくわくする。
いい写真が出来ていればうれしさ倍増だし、失敗していればがっかり倍増。
とにかく技術や知識もまだまだだから、これだ!って思った時にとりあえず
撮っておけ!というのがわたしのやり方。
それが最近じゃめっきり写真を撮れなくなった。
あれだ。スランプってやつ。
今週末、念願の着物での初詣に行ってくる予定なので、スランプ脱出しよう。
2005-01-19
サンボマスターは君に語りかける
発売日の昨日買ったCD
臭い!臭うわけじゃない!
詞がくさいんだけど嫌味じゃないんだな。
胸に突き刺さっちゃうんだな。
本当に本気でそう思えるんだとしたらそれは本物なんだよきっと。
喉がかれるほどに叫びつづけたらそれは本当にそこに届くんだよきっと。
それを実行してるからきっと胸に突き刺さっちゃうんだな。
ソウルミュージックもロックもすきだからな。
くさい詞ってきらいだったはずなんだけどな。
お、お、おにぎりはたべたくないんだな。
はかい
いいかい?こわすよ?こわすよ?ほんとうにこわすよ?
こわれるじゅんびはできているかい?
いまきみのもとにだれがきてもそれはまぼろしさ
だってきみはそんなにもかなしんで
それはだれにもすくえないってこと
きみはうすうすかんづいているはずだろう?
さあ、こわすよ
なにがこわれるかって?
みていてごらん、そのうちわかるから
いまきみはじぶんでこわすんだよ
ぼくはきみのなかにすんでいるせいぶつさ
はれの日
はれの日がすき。あなたにあえるから
はれの日が好き。サンドウィッチもって
はれの日が好き。ふんすいのある公園へいって
はれの日がすき。ピクニックするの
はれの日がすき。こうごうせいをして
はれの日が好き。てをつないで
はれの日がすき。さんぽをするの
はれの日がすき。ぎゃっこうをあびて
はれの日が好き。まぶしそうなかおしてる
はれの日が好き。あなたにあえるから