今回は、ドイツ大会での失望もあり、

またこう書いてはなんだが

予選からの反町日本の人気のなさもあり、

過剰な煽りは見当たらない

(もちろん、中国、北京という政情不安な地域での大会ということで、

 五輪そのものに対する関心がやや低下気味ということもあるだろう)。


日本人は昔から五輪が大好きであり、

世界的にはW杯に比べ、

それほど重きを置かれない五輪サッカーの試合に非常に熱狂していたのだが

(トルシェもオシムも驚いていた)、

ついに世界の一般レベルと同様になった、ということだろうか・・・


そういう意味で今回は、

選手も監督も、そしてメディアも、

自らを「過信」しない大会となりえるのではないか。


アトランタで久々の出場を果たし、

シドニーで爆発的に盛り上がり、

しかし

アテネで煽りすぎの反動としての深い失望を味わった日本。


この姿は、

フル代表の半歩先を行く状態と言える。


ドイツW杯後の失望、フル代表人気の低下の先にある、

「過信せず、自然体でW杯に臨もうとする日本」のモデルケース。


今回の大会は

そのようなものとして、

一つの意義を持ちつつあると考えられないだろうか。



関連することだが、今回の反町五輪代表は、

アテネに向けた山本五輪代表に比べ、

かなり不遇なチームだったということを忘れてはならないと思う。


アテネ五輪代表の時代は、

それ以前の日本の、五輪を非常に重視する文化もまだ色濃く残り、

強化スケジュールも潤沢に用意された時代だった。


2次予選と最終予選の間が空いたこともあるが、

その時期にエジプト遠征をしたり、

カタールへ遠征して強化試合をしたりしている。


対して反町日本は、

ほとんどの親善試合が近場のもので、

韓国や中国とホーム&アウェーで試合という程度であり、

五輪出場を決めた後にようやく米国合宿が与えられるという状況だった。


これは、協会にとって、また日本サッカー界全体にとって、

「五輪」というものの価値が総体的に下がったことによるものだろう。


もちろん、予選の形式が変わったことや、

ACLなどによってJリーグ全体のスケジュールがつまったこと、

そしてJクラブの隆盛により、

五輪の活動にクラブが快く選手を送り出すという環境ではなくなっていることも

その原因ではある。


しかし、それらと平行して、

あるいはいくつかの要因の根底には、

「日本サッカーの中での五輪の地位低下」があることは間違いないと思う。


その例として、五輪代表のチーム作りには、

またとない機会となるアジア大会(2006年ドーハ)に

反町U-23代表が、

各クラブ二人までという自主(?)規制をしたとしか思えないメンバーで

臨んだことも上げられるだろう。


また同様の事例として、

オーバーエージに選ばれた大久保の招集を、

神戸が拒否したという問題も記憶に新しい。


いずれも、かつての五輪代表に比べると、

「冷遇」され「地位低下」していることが如実にわかるサンプルだ。


五輪そのものの地位低下もそうなのだが、

同時に、日本サッカー界の中で

Jリーグの各クラブが確実に存在感を増し、

それぞれのクラブのサポーターも、クラブ関係者も、

もはや五輪>クラブとはまったく考えなくなっているという状況が、

2006年以降かなりはっきりとしてきたこともある。


かつて五輪は、若手が経験を積み一回り大きくなることや、

全国区でのスターとなることで

各クラブへ(招集による不在という不利益を上回る)メリットを与えると考えられてきたのだが、

もはや、その価値を認めるクラブ関係者が非常に減少しているということだ。


協会が五輪の価値を軽視し、強化スケジュールを縮減し、

各クラブが選手の招集に対して苦い顔をする/あるいは拒否する。

これが

今の日本サッカー界における、五輪代表の扱いなのである。


これが現実であるということは、はっきりしている。


しかし、

私はそれを悪いことばかりとは思わない。


どんな国も、その国のサッカー界の持つ「総合力」で

大会を戦わなくてはならないのだ。


サッカー界全体が、「クラブ>五輪」という判断を下したのなら、

それに基づいて五輪に臨むのは当然のことだろう。


問題は、そういうことに関するオープンな、

しっかりした議論が無いままにここまで来てしまったことだ。


日本サッカー界全体のコンセンサスとして、

どこまで五輪を重視するのか。

あるいはしないのか。


そういう意味で、大久保招集に関する騒ぎが、

その「問題の存在」を明らかにしたことについて、

私は歓迎したい。


北京で戦おうとしているのは、

選手だけでも、監督だけでもない。


私たち、

「日本サッカー界の総意」なのだ。


そのことは、

ここでもう一度確認しておきたいと思う。



私はこれまで、

予選などでの反町五輪代表の戦いぶりについて、

上記のような「強化スケジュールの縮減」や、

「協会、クラブの協力の少なさ」などを理由に、

「例え五輪代表がイマイチなサッカーをしても、

 反町監督だけを責めるのは当たらない」と、

いわば

「消極的な擁護」をしてきたが、

それは同時に

「日本人監督の限界」でもあるだろうと思う。


外国人監督と日本人監督では、

その能力にも、もちろん差はあるだろうが、

もっとも大きな違いは、

そうした「日本サッカー界全体」に対して異議を唱えられるか否か、

という点ではないだろうか。


今となってはもう懐かしいが(笑)、

トルシェ監督は、

そうしたことに噛み付くのが自分の仕事だと心得ていたようだし、

オシム監督も、

喧嘩腰には言わなかったものの、

協会の設定するスケジュールに対して

「13人しか選手発表をしない」などの手法で異議を唱えて見せた。


反町監督の時期に、

もしも

「強化スケジュールやクラブとの折衝も監督の仕事」と考えるような、

自分の仕事に対してある意味「生真面目」な外国人監督が就任していたら、

どうなっていただろうか・・・


あくまでも仮定だが、

ドーハアジア大会には、

自分の考える理想のチームを連れて行くように要求して

シーズン終盤のJリーグに大騒ぎを引き起こし、

アジアとの連戦が続く強化スケジュールに不満を漏らし

強豪との対戦を強硬に要求し、

オーバーエージに関しては

3次予選で大苦戦中のフル代表から誰々が欲しいと主張して、

クラブと折衝をはじめ、

予選最中の代表級選手のメンタルに有形無形の影響を与えただろう。


それが無かったのは、反町監督が日本人だから、

「日本サッカー界」の中でこれまでも生きて来て、

これからも生きて行かなければならない存在だから、

という側面がかなり大きいと私は思う。


もし「日本サッカー界の事情」に無頓着な、

あるいは、

それを打ち破ることこそ五輪代表チームにとっての利益である、

と考える外国人監督が五輪代表を率いていれば、

アジア大会を通してチームの完成はもっと早くなり、

強豪との親善試合は、もっと早く組め、

世界基準へのシフトはもっと早く始められ、

オーバーエージも3人しっかりと決めて連れて行けたかもしれない。


しかし、それが正しかったかどうか?


そういう監督の方が、

今回の五輪に臨むにあたり、

より結果を期待しやすいチームを作れた可能性が高い、

ということに、私は同意する。


しかし同時に、

そのような監督が要求する五輪への注力を、

今の日本サッカー界が受け入れ得たかどうか、

という問題も提起したい。


それは無理だ、

と多くの人が思うのではないだろうか?


それが無理であり、

反町さんのやってきたことが、

日本サッカー界のさまざまな考え方の集積、総意の下にある、と考えると、

それは

「日本人監督の限界」でもあるのだが、

「日本サッカー界が、五輪に臨む自然な姿」とも言わなくてはならないのではないか。


ただ一つ、反町さんで残念だったのは、

上記の仮想される外国人監督ならば、

今回私が書いたようなスケジュールの縮減や、

クラブからの要請、折衝の過程、

あるいは

協会からの圧力、フル代表への気づかい(あるいはその要請)などについて、

かなりはっきりと可視化したのではないか、

ということだ。


先にも書いたように、

そのようなことが白日の下に示され、

それによって日本サッカー界全体がオープンに議論し、

五輪の重要度のコンセンサスを探っていく、ということが、

本当は必要だったし、

今後はより必要になるだろうと

私は思うのである。



メディアの過剰な煽りが無く、

選手も監督も、そしてファンも自然体で臨めるこの五輪。


そこで試されるのは、

協会はもちろん、クラブやサポのあり方も含めた、

日本サッカー界全体の実力である。


そして、トゥーロンから新しく成長し続けている現反町五輪代表は、

その名に恥じない、いい意味で日本らしいサッカーを見せることができたように思う。


すべてぶつけて、最後まで走り続け、ハードワークし、

「魂」を感じさせてくれること。


私たちが誇らしいと思えるような、

そんな戦いをすること。


私はそれを願ってやまない。


結果は目の前の1勝では無い。


日本のサッカーが、

日本らしいサッカーで、

総ての人に感動を与える事。


ニッポンよ、ニッポン!


私たちはここにいて、

魂を送っている。







今年も、

アッと言う間にお盆が過ぎてしまいました。

お墓参りや、家族サービスで

普段以上に、お疲れモードの方も

いらっしゃるのではないでしょうか・・・

そう、オリンピックの深夜観戦による

時差ボケの方も見受けられます。

とはいえ、

暑い夏~暑い秋へと

まだまだキツイ日々が続きます。

天候不順が当たり前になりつつある、昨今。

自分自身に出来る唯一の事「体調管理」を

しっかりと行って、実りの秋を迎えたいものです。




「現場はショールームである!」


これは私が常々、

口に出していることである。


具体的には、
1.整理整頓ができていること
2.電話応対がしっかりしていること

そして
3.あいさつができること 


以上の3つが

ショールームの最低条件である。


ただ

これらのことをそのまま伝えても

現場では徹底されないし、
それ以前に、理解できない。


伝える管理職の咀嚼(そしゃく)が必要である。


1.の整理整頓

これは「整理」とは、

要らないものを捨てること。
「整頓」とは、

よく使う物を次に使いやすいように整えておくことである。


2.の電話応対であるが

電話を取れば社名と自分の名前を告げる。
これは

この電話は私が責任を持って応対しますという示しである。


最近、

物流会社の中でも、

このような応対ができる会社がようやく増えてきた。


しかし重要なのは

「不在時の対応」である。


先方が求める担当者が不在の場合、
その担当者に

「○○の○○様から○○○ような用件がありました」
ということを本人に伝え、
基本的には、

30分以内に先方へコールバックできるシクミが必要である。


電車の中や、商談中など、

コールバックができる状況ではないにしろ、
先ず、

伝えるシクミが大切である。


これには

携帯電話のメールが有効なツールである。


それと勘違いが多いのは 、


「ではまたかけ直します」
「電話があったことをお伝えください」 などという内容の連絡を


受付者がその言葉を鵜呑みしてしまい、
担当者へ伝えないことが往々にしてあることだ。


しかし、先方は
“用事があるから連絡したのであって、できれば早く話をしたい”という、

先方の心理を理解できないスタッフが多い。


最後に3.のあいさつである。


これは基本の中の基本と言えるが、

当たり前の事ができない現場や会社が残念ながら少なくない。


「礼に始まり礼に終る」というが、

私が見てきた現場で「ここは良い現場である」と感じる現場スタッフは、

必ずあいさつがしっかりとできているのである。


一事が万事というが

簡単に思えるような当たり前の基本を

当たり前にしっかり徹底・継続できる現場は、
どんなことでもできると感じる今日この頃です。


プラウドもショールームを準備中です。







創業から8年、

プラウドには100人近い人材が入社し、

働き、そして50人ほどの人材が辞めていった。


累積すると1/2以上の人間が辞めたことになる。


そして

今でも毎年、十人前後の社員がこの会社を去っていく。


もちろん、

後ろ向きな理由で辞めていく人たちばかりではない。


独立する人、結婚して新しい人生をスタートする人、
やりたい仕事を見つけた人など・・・

「良かったね」と言える人もたくさんいる。

だがその反面、

仕事にやりがいを見出せない、

体の調子が良くない、
上司についていけないなど・・・

良かったとはいえない退社もたくさんある。


いずれにせよ

社員が辞めるのはとても辛い。


それがどんな理由であるにせよだ。


少しでもいい環境を作り出し、

1人でも多く定着してくれる会社にしたい。


そう願う反面、

それは私のエゴだという気もする。


すべての人にとって

ベストな会社など存在しないし、
独立したいという人を

無理やり繋ぎ止めることなど出来ないからだ。

正直言って、

別に定着率100パーセントの会社が

素晴らしいと思っているわけではない。


「一生御社で働き続けます」という

人材だけが欲しいとも思わないし、
「独立して世の中を変えたい」という学生など

とても魅力的に感じる。


そして

実際にそういう夢のある人たちを採用してきたのだ。


力をつけて辞めていくのは

むしろ喜ばしいことである。


だが私も人間である以上、

感情はそう簡単にはコントロールできない。


別れるときは

いつも切ないものだ。

そんな感情の起伏を十何年も経験しているうちに、
会社とは、

いったい何なのかということを

深く考えるようになった。

私にとってプラウドという会社は、
自己表現の場であり、

収入を得るところであり、
仲間と時間を共有する場でもある。

では、

他の社員にとっては何なのだろうか?


自分を鍛え、

収入を得、

やりがいを感じる場。


競争にもがき、

ストレスを感じ、

悩み苦しむ場。


仲間がいて、

喜びと苦しみを分かち合う場。


その

総てではないのか?


だが、それらの場は

会社の中にだけあるものではない。

会社とは何なのか???

私は最近、

会社とは「駅」のようなものではないかと感じる。


大きな駅もあれば、

小さな駅もある。


みんなが集まる駅もあれば、

そうでない駅もある。


人情味溢れる駅もあれば、

無機質な駅もある。


社長という名の駅長は、

自分の駅を魅力的にしなくてはならない。


みんなが訪れたくなる駅。


買い物ができて、

美味しい食事ができる駅。


魅力的な人がいっぱいで、

楽しい駅。


ずっとそこに留まっていたくなるような駅。


そんな駅を

作らなくてはならない。

だが、

どんなに魅力的にしたところで、

いつかはみんなその駅を去っていく。


人にはそれぞれ目的の場所があるからだ。


駅は

そこに行き着くための通過点に過ぎない。

たとえ

その駅が終着点であったとしても、

そこは目的地ではない。


人はいずれ去っていく。


留まることが目的ではなく、

目的に近づくことが目的なのだ。


それでも駅長は

快適な駅を作らなくてはならない。


1日でも、1時間でも長く留まってもらえるような

駅をめざさなくてはならない。


それが

社長という名の駅長の

永遠の仕事なのだと思う。





人も、会社も、

スパイラル状に成長する。


そんな話を二十年位前に

ある人から聞いたことがある。


成長とは変化であると、

私は主張してきたが、
現実的には、

劇的な変化が毎日目の前で起こるわけではない。


いやむしろ、

同じような単調な毎日の繰り返しが人生であり、

企業活動でもある。

壁にぶつかり、何年もかかって

ようやく乗り越えたかと思うと、
また、新しい壁が目の前に現れる。


気合を入れなおして、

また新しい壁に挑み、
そして、

また何年もかかって乗り越えていく。


壁は決してなくならない。


だが、壁を乗り越え続けることにより

自信と能力を手に入れ、少しだけ成長する。


壁はなくならないが、一度乗り越えた壁ならば
今度は簡単に乗り越えられそうな気がする。

そんなときに、

以前乗り越えたのと同じような壁が現れる。


簡単に乗り越えられそうな気がするが、

実際にはそう簡単には乗り越えられない。


そういうとき、

人間のモチベーションは著しく低下する。


せっかく苦労して乗り越えた壁が

また目の前に現れる。


しかも簡単には乗り越えられない。


もう一度この壁を越えたとしても、

また同じ壁が現れるのではないのか・・・

同じことの繰り返し。


まるで同じ場所を

ぐるぐる回り続けているような、
意味のない行進のように感じてしまう。

だが、実は

この壁は以前に乗り越えた壁と少しだけ違うのだ。


同じ場所を回っているように見えて、

少しずつ移動している。


直線的な移動ではないが、

円が少しずつ移動していくように、
少しずつ違う場所を通過しているのだ。


それに気がつかないと壁は乗り越えられないし、

モチベーションも続かない。

だが、実際にそのわずかな変化を感じるためには

何年、何十年という歳月を要する。


「同じように見えたけど、

 少し違うところを歩いていたんだね」と

実感できるのは
何年も先だということだ。

諦めなければ、必ず夢はかなう。


数々の啓蒙書に、

それこそ世界中の啓蒙書にはそう書かれている。


実際にそうなのだろう。


だが、

変化を実感できずに進み続けることは

容易ではない。


諦めないというのは、

同じように見える道を歩き続ける「決意」をするということなのだ。


二十年前、

私にこの話をしてくれた人が何を伝えたかったのか、
今になって、ようやく解る気がする。


当時の私はまだ若く、

直線的な右肩上がりの成長ばかりを追い求めていた。


最短距離で駆け上がりたい。


スパイラル状の成長など面倒くさい。


そう思って生きてきた。


だが、

自分の人生を振り返ってみると、
結局、

人はスパイラル状にしか進めないということを

認めざるを得ない。

もがき、苦しんで、

同じところをぐるぐる回っていると感じている間に、
少しだけ力がついている。


実感できないくらい小さな力でしかないが、
その力を拾い集めていくことが

結局は人生の最短距離なのだ。

私は二十年前に、

そのことを教えられていながら、
四十五歳になるまで、

その事実を認められなかった。


成長をあせる二十代、

さらにあせる三十代には
回り道をしている余裕はなかったのである。

人生は迷路のようなものだ。


ゴールから遠ざかっているように見える道の中にだけ
最短距離が隠されている。






人手不足が深刻な問題となっている物流業界。


更に言えば、

人手ならぬ人材不足もしかりである。


特に、最近では

物流のプロ、

いわゆる知識と実務経験を兼ね備えた人材が求められている。


企業が強く求めているのは

外部のプロよりも、
むしろ現場スタッフと共に汗をかいて試行錯誤を繰り返し、
共に達成感を味わえる、そんな社内のプロである。


ある物流子会社でも

同様に物流のプロを探していた。


この会社の場合は

車両管理、傭車管理、配車管理などを含む

輸配送全般のノウハウを必要としていた。


「物流のプロ」

それは四十歳半ばぐらいまでをイメージする方も

多いかもしれないが、その数は極めて少ないし、

そのような貴重な人材は市場に流通していない。


このような人材の大半が、他社からのスカウトがかかる。


期待されるのは、

五十歳を超える年配の人材である。


年配といっても、

団塊の世代であるから気力も体力も経験も十分である。


「物流のプロを探す」という、ない物ねだりよりも、

「実務」と「知識・経験」のスタッフを分けて考え、

採用、発掘し、

組織合成型のプロづくりの方が現実的であるかもしれない。


人手、人材不足の時代、

改めて再雇用者、もしくは

早期退職者の戦力化を考えていく必要がある。





人生って きついよね

食ってかなきゃ ならないし

気配りもしなきゃ ならないし

人を愛さなきゃ いけないし

一人前にならなきゃ いけない

すごくタイヘンだよ

ときどき

メゲそうになるよ




子供や若者は、

これからの世の中を背負う

社会の大切な宝です。


私の人生理念は

「総ての人々の働く喜びと、感動と感謝、

 そして、物心ともに豊かな生活を追及する」ことです。


平たく言えば、

社員、スタッフ、御客様、総ての人をHappyにする事です。


とはいえ、

皆を守り、豊かにするには力が必要です。


そのために、

業績を上げ、利益を上げ、原資を創る必要があるのです。


その原資が、

社員の家族、スタッフの家族、

総ての人達に還元されていくと思うのです。

その恩恵を享受して

次の世代の豊かな社会と明るい未来作りをしていく
中心的な役割を果たすのは、

今の若者であり、子供達ですよね。

しかし、ニートやフリーターの問題も含めて、
そういった

若者や子供たちが「早く仕事がしてみたい」

「早く大人になりたい」と思えるような、

元気で輝いている、
あこがれるような大人が、

どれだけいるでしょうか。

私は、若者や子供たちが

「そんなにおもしろいなら早く仕事がしてみたい」
「そんなに大人って楽しいなら早く大人になりたい」
と思えるような、

もっと元気で輝いている、

あこがれるような大人を社会に輩出したいと考えています。

では、

その大人たちが最も影響を受ける場所は、

どこでしょうか?

働く人にとっては、

「職場」ではないでしょうか。

では、

職場で最も影響を及ぼす人は誰でしょうか?

やはり、

その人の「上司」ではないでしょうか?

人は誰と出会うか、

誰に教わるか、

誰に相談するかによって
人生が変わるといっても過言ではありません。

要するに、

どんな上司と出会って、

何を学んで、

何を相談したかで
その方の人生が

右にも左にも揺さぶられてしまうわけです。

お子さんがいる人は

家庭に戻れば父親であり母親です。


素晴らしい上司と出会い、

良い言葉と、

良い学びと、

良い思い込みによって鍛え上げられることにより、

子供たちに上質な影響力を及ぼせるわけです。

そのためには

社会でもっとも影響力を持つ「上司」が、
もっと元気で輝いていて、

あこがれられるような存在になる必要があると

私は考えています。

時に厳しすぎる事があるかも知れませんが・・・反省

私の目下の課題は

「父ちゃんかっこいい!」と

子供に言われる存在になることです。


皆さんは自分の子供から
「父ちゃんかっこいい!」と言われるような

生き方をしようなんて意識したことありますか?

私は

意識をして、元気で輝く、

憧れられるような
素晴らしい大人になりたいと願っています。




命は無から有に・・・


そして、

育まれ・・・愛しみ・・・慈しみ・・・支えあう。





勇気


誠・・・



生まれ来る子供達の未来に

幸多かれと祈ります。









“人手不足”と言われて久しくなるが

物流業界における人手不足は、一層深刻になるばかりである。


クライアント先でも、

輸配送業務が主体ながらも
荷主へのドライバー派遣などの需要が多いことから
労働派遣の免許を取得した会社がある。


また仕事がありながらも、

人手不足を理由に断らざるを得ないケースも
依然として増えている。

しかも

この“人手不足”は“人材不足”にも波及している。


要するに

物流現場や企画、管理といった部門の管理職クラスまでも居ない、
採用できないと企業は悲鳴を上げている。


好景気感により、

物流業界から他業種に流出してしまっているのも
ひとつの理由である。


当然、

優秀な人材ほどこの傾向が強い。


しかしながら

物流現場のノウハウは、人海戦術で形成されている。


今や、自社のパート、アルバイトでは数が足りず、
大半の現場は、

派遣スタッフなしには成り立たなくなってしまった。


派遣会社側の一部には、こうした実情を踏まえて、
現場リーダーや営業担当者に教育を施す動きが出ている。


そんな中、

最も管理や教育、モチベーション維持・向上を

押し進めなければならないのが
派遣スタッフを活用する荷主企業や物流会社である。


“派遣”と“請負”の違いを盾にスタッフのスキル対して
もう無関心ではいられない状況である。


パートアルバイトの教育、スキル向上と共に

派遣スタッフのレベルアップの環境を創り出さなければならない。


自社のパート、アルバイトと業務内容の違いを作っていては
いつまでたっても派遣スタッフの戦略化は図れない。


依頼主は

派遣会社と一緒になって、

やる気が出る仕組み、
気持ちよく働ける環境づくりに

注力すべき時がきていると思うのだが・・・


如何でしょうか???