湿度10%アンダーって・・・びっくりですね。

ソロキャンプが流行っていますが、火の用心お願いしますね~(^^)/

陽射しがあると、チョット元気になります。早起き~朝飯~陽射しを浴びる。

今日も一日、張り切って参りましょう。

 

さて・・・


楽をしようと思ったら、

楽ばかりはしていられません。


楽ばかりしていると、

しんどいことが、

どんどん先送りされていきます。


雪だるまのように膨れあがったしんどさは、
もう

どうしようもありません。

ゴミ屋敷を掃除するのも・・・


動けないぐらい太った体でダイエットするのも・・・


常人には、無理なのです。

楽がしたいのなら、

苦しいことをするしかありません。

 

ペイフォワード。


重要なのは、

苦しいことの選択です。


どの

苦しさが効率良く、

自分にとって楽なのか。

もっとも

楽な苦を、

自ら選択すること。


それが、

楽への最大の近道。

さてさて・・・・

売値を高くする。


仕事を断る。


人を雇わない。


育てない、管理しない。

私は、

基本的に逆張りが好きです。


理由は、3つあります。


1.痛快だから。


2.競争がないから。


3.結局、それが一番楽だから。

嘘みたいですけど、
これは、

本当なのです。


逆張りは、楽なのです。


・・・にも関わらず、皆やらない。


なぜ?なんでしょうね。

たとえば、早寝早起き。


早く起きれば、電車も空いてます。

満員電車に押し込まれず、
余裕をもって出社し、
クリエイティブな仕事をする。


効率は上がり、仕事が進み、
早く帰ることができる。

早く帰ったら、早く寝る。


ぐっすり、寝る。


すると、

翌日爽快に目が覚める。


いいことばかりです。


でも、

多くの人は、これをやらない。

疲れてるから、ギリギリまで寝る。


満員電車に、詰め込まれる。


会社に着いたら、ぐったり。


でも、

休んでる暇はない。


来た仕事を、ひたすらこなす。

工夫する余裕もない。


だから

同じことの繰り返し。


仕事を終えるために遅くまで働き、
ストレスを発散するために
飲んだり、

スマホをいじったり。

睡眠不足で、翌朝を迎える。


同じことの繰り返し。


人は、

なぜ?変えようとしないのか。


余裕が、

ないからでしょうか。


それとも、

楽だからでしょうか。

どちらの楽が、楽なのか???


大事なのは、この比較です。


今の楽を、取るか。


それとも、

先の楽を、取るか。


結論は、

もう見えているのです。

逆張りは、怖い。


保証が、ないから。


前例が、ないから。


みんなが、やらないから。

確かに・・・

 

保証があって、

前例があったら、
みんなが、

やり始めます。


でも、

それはもう、

逆張りとは言わない。

 

・・・って、あたりまえのことですよね。

 

(^_-)-☆

 

 

 

21期は、かつてない悲惨な決算になります…(;^ω^)今日はチョットぼやきます。

危機感・やる気・褒める・若さ・経験・叱る・・・・当事者意識。

溺れないと、もがかないもんですかね・・・まあ、今さらジョニーなので、

22期を精一杯楽しんで・・・頑張れ、俺!!!!!

 

さて・・

 

人は、

常識がなければ生きていけません。


常識とは、

社会に適応するスキルなのです。


常識がある人は、

生きやすく常識がない人は生きにくい。


それが、人間社会です。

難しいのは、

常識が変化すること。


昨日の常識が、

今日の非常識になり、
今日の非常識が、

明日の常識になる。


つまり・・・私たちは、

常識を乗り換えながら生きる
サーファーなのです。

「そんなの当たり前だろ!」


「お前は非常識だ!」


・・・と言っていた意見を

手のひら返しで・・・


「いやあ、変わっちゃったね、へへへ」


・・・と臆面もなく言えなくちゃいけない。


常識の波乗りは、

真面目な、

おじさんには難しいのです。

さてさて・・・・

豪快な決算損失で、
私は、ゼロベースの視点に戻りました。


まあ、

正確に言えば
ゼロではないんですけど。

スキルとか、経験とか。


人脈とか、知名度とか。


それが

あるからゼロではない。


でも、

感覚的には、

ほとんどゼロ。


組織も、会社も、錆びた状態。

いわゆる、ゼロリセット。


そう呼んでも、いいのではないでしょうか。


悲しく、寂しく、不安でしたけど、
結果的には、これでよかった。


そう

思えることもあります。

まず、

運のいいことに(たぶん…(;^ω^))
世の中が激変しました。


これが

20~30年前だったら、
私は生きていけなかったかもしれません。

(こんな決算もなかったろうけど…(;^ω^))

一番大きな変化は、
組織から、

個人の時代になったこと。


そして、

もうひとつ、
お金の価値が激変したこと。

これは、
とても大きなフォローだと思うのです。


私は、

その風に乗ることにしました。


いや、

乗るしかないと思うのです。

無駄に使えるお金は少なく、
動かせる組織も小さく、経年劣化し、脆弱。


だから・・・

 

お金を使わず、
個人のスキルを伸ばすしかない。


それが

結果的に、
時代の波に合っていると思うのです。

人は、

持っているものを
なかなか捨てられません。


持っているお金、

持っている組織。


持っているスキル、

持っている常識。


それが、捨てられない。

強制的に、捨てさせられたこと。


それが

幸運だったと言えるほど、
私は能天気ではありません。


でも、

それが大きな転機には、なりうる。


それは、事実です。

もし・・・私があのまま、
大きな組織のトップだったら。


ある程度の資金を動かせる、
力のある経営者だったら。


今とは、

ぜんぜん
違っていたかもしれません。

雇わない。

 

育てない。

 

管理しない。


それが、

本当に正しいことだと、
今、

わたしは確信を持っています。

 

コペルニクス的転回ですが・・・


でも、

それは、

こうなったから・・・


言えることでもあるのです。

 

さあ・・・気分も新たに、

頑張れ、俺!!

 

 

やれば出来る!気合いだ!!・・・とは、あんまり考えませんが、

気持ちのないところに、良いものが生まれるとは思えません。

出来ない理由をのたまうより、どうすれば出来るかを考えたいものです(^^)/

そんな4月20日の昼飯前…(;^ω^)

 

さて・・

 

自分の記憶と、性格と、
その他・・・

 

いろんなものを引き継いだ、
私そっくりのロボット。


そういうのができると、面白いですよね。

肉体は

老化していきますが、
ロボットの私は、

元気に活動してくれる。


代わりに、誰かに会いに行ったり・・・


代わりに、何かを書いてくれたり・・・


代わりに、恋愛までするかもしれない。

私が死んだ後にも、

私ロボットだけは生き続けて行く。


でも

それはSFの世界。


そんな

ロボットが完成するまで、

私は生きていないでしょう。

死ぬ前に作られるとしたら、ウェブの中。


それは

私の記録と記憶を引き継いだ、

もうひとりの私。


後世の人は、

それを記録と呼ぶのか、

記憶と呼ぶのか・・・


あるいは、

人格と呼ぶのでしょうか。

さてさて・・・・

ネットの中の、

もうひとりの私。


それは

アバターみたいなもの。


私の手間と感性と、
そして

テクノロジーによって
生み出された、私自身の一部。

今、

この書き込みは本物の
「石山光博」が、書いています。


でも、

何年か先には、
もうひとりの「イシヤマミツヒロ」が
書いているかもしれません。

私よりも、面白い文章や・・・


私よりも、上手な文章を・・・


私の代わりに、書いてくれる。


私の代わりに、返信もしてくれる。


私の代わりに、アポも設定してくれる。

そういう時代になるでしょう。


しかも、

そう遠くない未来に。


私は、

それが待ち遠しいです。


ホントいい時代に生まれました。

(コロナは余計ですが…(;^ω^))

もうひとりの私。


それは、

どんな人でしょう。


本物の私と、

まったく別人かもしれません。


ちょっとだけ、

似ているかもしれません。


あるいは、

そっくりかもしれない。


本物以上に、

個性的かもしれない。

たぶん、

それは自分次第なのでしょう。


ゲーム内のアバターを作るみたいに。


本物よりもかっこよく・・・


本物よりも強く・・・

 

本物よりも性格がいい。


どんな人格も作り放題です。

でも

私だったら、
かなり自分に近いものを作ります。


まったく同じじゃないけど、
リアルな身体と体温を持った、
もうひとりの私。

弱いところや・・・

 

ダメなところや・・・


ズルいところも・・・引き継いでもらう。


ちょっとイイ部分や・・・

 

意外と正直な部分も・・・


引き継いでもらう。


だって、

それが私だから。

もちろん、

私より賢いし、
私より体力もあって、タフでしょう。


だって、

アバターくんですから。


そのアバターくんは、
私よりも活躍するかもしれない。


モテるかもしれない。


歴史に名前を残すかもしれない。

何がイイって・・・


生身の私が、

死んだ後にも残るってこと。


もしも今、

アインシュタインとか、
織田信長のアバターがいたら、
それって、素敵じゃないですか。


等身大だけど・・・

 

ちょっとだけ
背伸びさせたアバターくん。


私だったら、それを残したい。

 

妄想、妄想、妄想(^^)/

 



 

土曜日はサッカー2年生チームのTMに帯同、時折小雨舞う中、何とか出来ました。

日曜日はAチーム春季大会に競技委員として、設営運営~自チームの応援。

陽光降り注ぐ中、子供たちのプレイに一喜一憂していました。イイ感じです。

 

さて・・・・

 

仕事をする目的は、

お金だけではありません。


お客さんをはじめ、

仕事に関わるたくさんの人に喜ばれたい。


誰にでも、

そういう気持ちはあるのです。

ただ

現実的にお金を稼がなくちゃいけないだけ。


人に喜ばれるよりも、

会社に評価されなくちゃいけない。


それが

これまでの常識でした。


でも、

その常識は変わろうとしています。

1円にもならない小さな善行が、

収入に直結していく。


そういう社会が、

テクノロジーによって実現しようとしています。


善行が、

収入と直結する社会。


それは、

今より人間らしい社会でしょうか。


それとも、

人間らしくない社会なのでしょうか。

 

さてさて・・・・

情けは人の為ならず。


・・・などと言いますが、
その言葉が、

今ほどふさわしい時代はなかったと思います。

ぜんぶ、

自分に返ってくるんだよ。


そう言われても、
なんか説得力がなかった。


それが、

これまでの社会。

でも、

これからは違います。


GIVE & TAKE が
完璧以上に機能する。


そういう社会が、
もう目の前まで来ているのです。

善意とか、悪意とか。


親切とか、不親切とか。


誠実とか、不誠実とか。


そういうものが、

細かく記録され、
きちんと評価される。

中国では、

もうすでに、
評価社会が進んでいます。


いいことをした人と
悪いことをした人。
その情報が共有されているのです。

評価の高い人は、
安い金利で融資が受けられる。


レストランの予約もできる。


タクシーを呼んだらすぐに来る。

評価の低い人は、
高い金利でしか融資を受けられない。


レストランでは行列に並ぶしかない。


タクシーを呼んでも誰も来ない。

これは、

現実に起きていることです。


そして、

この波は必ず日本にも来ます。


あっという間に。


いや、

もう来ているかもしれません。

日本は、

絶対に現金社会が続く。


評価社会など、

来るもんか。


思い込むのは、

自由ですが・・・
この波には、

誰も抗えないと思うのです。

いや、

別に難しいことじゃありません。


むしろ、

歓迎すべき変化なのです。


そこでは、

正直者が、
決してバカを見たりしない。

裏表なく人と接し、
どんな人にも親切にし、
小さな約束を守る。


いい人として、

生きていくことが、
幸せに直結する時代。

肩書きとか、

印象とかではなく、
やってきた行いによって
正しく評価される社会。


こんなに素敵な社会が
過去にあったでしょうか。

 

なんてね・・・日本人のメンタリティー次第ですけどね。

 

好むと好まざると・・・そこに近づいているのです。

 

 

今朝は、まさに驟雨(しゅうう)時期的には少し早いですかね・・・

俄か雨、通り雨、地雨、日本語の雨は趣深いですね。

今期に入って14日目、今日も頑張って参りましょう(^^)/

 

さて・・

 

会社、国家、宗教など・・・


人間社会には、

たくさんの組織があります。

人は、

ひとりでは生きていくことが出来ないのです。


ひとりの力では、

えんぴつ1本作れない。


組織こそが、

人間の本質なのです。

そして

21世紀、人類はついに、

すごい組織をつくり出します。


スマホとインターネットによってつくられた、

史上最大の人間組織。


得意、不得意、

好き、嫌い、
個人、法人、

大人、子供、

発信者、受信者、

などなど・・・

ありとあらゆる人間が、

繋がった複合型組織。


これは、

組織の最終形態なのかもしれません。

 

さてさて・・・・

組織から離れ、
個として活動する。


この先、

そういう個人が
どんどん増えていくでしょう。

自分で商品をつくり、
自分でお店を開き、
自分で集客し、
自分で販売する。

すべてが、個で完結する。


そういう時代になったのです。

つくる人は、個人。


売る人も、個人。


買う人も、個人。


個と個が、直接繋がる時代。



組織の役割は、
劇的に変化するでしょう。


個を雇い、

個を育成し、
個を管理する時代の終焉。

たとえば、ブランド。


組織のブランドを、

個に背負わせる。


それが

これまでの関係。


個のブランドを、

組織が使わせてもらう。


それが、

これからの関係。

会社の信用に
個人が乗っかるのではなく・・・


個人の信用に、

会社が乗っかる。


会社が、

広告で集客するのではなく・・・


個人が発信して、集客する。

雇わないし、雇われない。


教育しないし、教育されない。


管理しないし、管理されない。


ある意味、

とても対等な関係。


それが、

次世代の組織と個人。

個人が、

身につけるべきは、
上司に評価されるスキルではありません。


そんなものには、

一円の価値もない。


身につけるべきは、

web世界での、
発信力、

信用力、

ブランド力。


それがあれば、

組織に重宝されます。

組織がやるべきことは・・・


雇用でも

教育でも

管理でもなく・・・場づくりです。


魅力的な、場づくり。


それがあれば、
優秀な個人が集まってきます。

組織から離れたら、

食えない個人。


それを、

囲い込む時代は終わりました。


組織から離れても、

困らない個人。


それこそが、

価値の源泉なのです。

自分のメディアと
コンテンツを持っていて、
多くのフォロワーがいる個人。


それが、

組織の必要とする個人なのです。

 

なんて、派遣会社の社長が言う事じゃないね・・・(;^ω^)

 



 

桜も葉桜になり、春本番・・・青葉繁れるってところでしょうか・・・

このところ周期的に雨が降り、雨上がりの車には、花粉や黄砂の痕が・・・

マメに洗車・拭き取りが必要な感じで、困ったもんです(;^ω^)

 

さて・・

 

こんな

マニアックな仕事が成立するのか。


・・・というくらい、マニアックな仕事。


それが

私にとってのベストな仕事。

1万人に

ひとりでも日本全国で1万人。


世界で70万人。


これだけの顧客がいれば十分なのです。


いや、

むしろ多すぎるぐらい。


もっと

マニアックになって、

もっと顧客が減れば、
相手は、

こちらを見つけやすくなる。

こんな

マニアックな仕事では、

月旅行には行けません。


でも

温泉くらいなら行けます。


ビルゲイツほどは、稼げません。


でも

会社員よりは、稼げます。

好きなことをやって、

お客さんに喜ばれて、
生活に困らないくらい稼げて、
たま~に温泉に行ける。


これほど

素敵な人生がありましょうか。

さてさて・・

「営業」などという
乱暴な職種は、いつかなくなるでしょう。


「企画営業」などという
小手先の職種もなくなるでしょう。

得意を切り分けること。


不得意を許容すること。


個人に合わせて、

仕事をつくること。


それが

スマホ時代の求人。

そもそも、

営業って何ですか?


モノを売る仕事?


自分を売る仕事?


相手の立場で、考える仕事?


価値を作り出す仕事?

職種としてのカテゴリーが
ちょっと大きすぎるんですよね。


だから、縮めてあげる。


相手に合わせて。


得意と不得意に合わせて。

物怖じしない。


説明がうまい。


人に好かれる。


第一印象がいい。


レスポンスが早い。


メールの文章が分かりやすい。


行動力がある。


場の空気が読める。


・・・など、など、など、など、など。

営業マンに求めるスキルは
いろいろあります。


あたりまえなんですけど、
ぜんぶ求めちゃいけません。


そんな人いないから。


いたとしても来ないから。

人間いろいろ。


営業だって、いろいろ。


だから、いいんです。


ぜんぶじゃなくて、
いろいろがいいんです。

人の目を見れない。


第一印象が悪い。


すぐ物怖じする。


場の空気も読めない。


でも

メールの文章だけは上手い。


だったら、

それでいいじゃない。

ひたすら、メールを送るとか、
ひたすら、知らない人に会うとか、
ひたすら、企画を考えるとか。

何でも、いいんですよ。


その人が、得意なことなら。


あるいは、苦にならないなら。


それで、成果を出せるなら。

ひとりひとりに合わせて、
ひとつひとつ仕事をつくる。


それが、

求人の本質なのです。

 

たぶん・・・(^^)/

 

 

今年に入ってから、ブログを頑張って更新しています。(^^)/

組織や業務の棚卸、改革改善をやっていると・・・箸休めのように書きたくなります。

仕組みや既存業務の見直しなど、論理的な考察の後は妄想タイムがイイみたい。

新年度に入って1週間、呑んだりゴルフしたりが出来ず不自由ですが、頑張れ俺!

 

さて・・・

 

レバレッジという言葉は、

好きじゃないんですよね。


まず

横文字が好きじゃない。


アジェンダとか、

コンサルとか、

レバレッジとか。

でも

テレビとか

パソコンとか

スマホは使う。


勝手なものです。


それに

効率ばかり重視しているところも好きじゃない。


小さな力で、最大の効果を?ふん。

 

ふざけんな、と言いたい。


でも

楽して成果をあげる方法は、

いつも考えている。

同じじゃん、とも言える。


誰かが、

うまいこと言った言葉だから気に入らない、

というのもある。


でも

自分が、

うまいこと言った言葉は気に入って欲しい。


つまり、

わがままなんですよ、私は。(;^ω^)

さてさて・・

企業規模の拡大。


それは

社員数の増加を
意味しています。

どんどん社員が増えていき、
どんどん会社が大きくなる。


どんどん効率が良くなって、
どんどん利益が増えていく。

いわゆる

スケールメリット
というヤツですね。


でも、

だんだんその法則が
変わりつつあります。

まず、

採用コスト。


規模が大きくなれば
採用力も上がる。


定着力も上がる。


・・・という法則が変化しました。

次に

ひとり当たりの収益。


人数が増えれば
ひとり当たりの育成コストは下がる。


ひとり当たりの収益が拡大する。


・・・という法則も変化しました。

人数が増え、

会社が大きくなり、
組織としての収益が拡大する。


すると、

現場が疲弊し始めます。


モチベーションが下がり、
辞める人が増えていきます。

効率化することによって、
仕事の魅力がなくなっていくから。


拡大することで、
現場のコミュニケーションも
希薄化していくから。

結果、

採用コストは増え続け、
育った頃には辞めてしまう。


組織を

拡大すればするほど
ひとり当たりの収益が下落する。


大方、

これが、現状なのです。

では、

どうすればいいのか。


雇わないことによる拡大。


矛盾するようですが、
私は、

これしかないと思います。

優秀な社員を

どんどんフリー化し、
どしどし仕事を発注していく。


オフィスを自由に使わせ、
スキルアップをサポートし、
快適と増収を両立させる。

雇わず、

囲い込まず、

管理せず、
快適で、

稼げる、自由な職場。

そういう場所には
優秀な人が、集まってきます。


固定給を払う必要もありません。


だから

稼げない人は、

自然に去っていく。


一人当たりの収益が、

どんどんアップする。


これぞ

雇わないことによるレバレッジ。

 

なんてね・・・昼下がりの妄想タイムでした~(^^)/

 

昨日から寒気の戻りで寒くなりましたね。GWまでは一進一退でしょうね。

冬物はいつ片づけましょうか???悩ましいところです。

コロナ禍の中、体調にはついナーバスになります。皆さんもご自愛ください。

さて・・・

 

自分のことが、

いちばんかわいい。


・・・などと言いますが、
多くの人は、

あまり自分を可愛がらないものです。

たとえば、

暴飲暴食したり、

睡眠不足が続いたり、
ストレスを抱えながら仕事をしたり。


それは、

自分への虐待。

もっと

自分を可愛がってあげないと、
いずれ私という自分は、

言うことを聞いてくれなくなります。

体にいいものを適量食べる。

 

しっかりと睡眠をとる。


ストレスが貯まらないように生きる。


自分を可愛がることを

けっして後回しにしてはいけません。


いちばん大事にすべきは自分なのです。

 

自戒(;^ω^)

 

さてさて・・・

私は

努力という概念が嫌いです。


努力する、

という発想が好きではない。


努力した、

と考えることも好きではない。


でも、

たぶん、

努力家だと思います。


他の人から見れば、ということですが。

自分が得意なことで、
人の役に立っていきたい。


人に

喜んでもらいたい。


それを仕事にしたい。


・・・というのが、私の基本姿勢です。

そこで、

自分を他人にする、
・・・という方法を思いついたわけです。


過去の自分を、

他人だと考える。


未来の自分も、

他人だと考える。


すると

色んなことが変わります。

まず

努力という言葉が消える。


だって・・・

他人のために頑張ることを
努力とは言いませんから。


努力ではなく、ボランティア。


人を喜ばすための活動。

未来の私を、

愛すべき他人だと考える。


すべては、

そこから始まります。


愛すべき、アカの他人。


その人を

喜ばせるために、
サポートしてあげるために、
ボランティア活動をする。

人は

自分のためには、
なかなか頑張れないものです。


でも

喜んでくれる人がいたら、
愛する誰かのためなら、
結構、

頑張れたりするのです。

未来の私、という他人。


過去の私、という他人。


この人たちと、上手く付き合う。


すると

私の人生は変わる。


・・・というややこしい戦略なのです。

(戦略って・・・(;^ω^)オーバーですが)

明日の私という、

他人をイメージし、
その人を

喜ばすことを想像し、
うっしっしと、

ほくそ笑み、
ボランティア活動に励む。


すると、どうなるか。

翌日、

えらいことが起こります。


誰かが、

ボランティア活動して、
色んなことをやってくれている。


ありがとう!と感謝する。


ありがとう、昨日の私。

努力は、つまらない。


辛いし、面倒くさい。

毎日、

誰かが、

私のために
ボランティアしてくれる日々。


毎日、

誰かに、

感謝される日々。


それを

「努力」などという
つまらない言葉に、
置き換えてはいけないのです。

 

なんて・・・

屁理屈をこねている還暦間近のおっさんの独り言でした。

(^^)/

 

今日の予報は曇り・・・だったはずなのに、よく降りますね。

驟雨っていうんですかね・・・しっとりと濡れてしまいます。

暫くぶりに少年団の練習が出来ました。子供の笑顔はイイですね。

 

さて・・・

 

裕福な家庭に生まれた人には、

既得権がある。


貧困な家庭に生まれた人には、

既得権がない。


だから

不公平だと言うがいます。


でも

考えてみたら
日本人として生まれただけで大きな既得権です。

現代社会に生まれた既得権もあるし、
五体満足で生まれた既得権もあるし、
何と言っても

人間として生まれた既得権が大きい。

きっと

すべての人は既得権を持って生まれてくるのです。


でも

それを生かしきれていない。


ないものを見ようとして、
すでにあるものを見ようとしないから。

あるものを生かして、

楽しく生きていく。


それが

人生のただひとつのコツ。

さてさて・・

勉強できない。


スポーツできない。


友達いない。


そういう私は、

強い人。


失うものがない人は、

強いのです。

社長である。


社員がいる。


お客さんがいる。


そういう私は、

弱い人。


失うものがある人は、

弱いのです。

失うものがない時代。


失うものがある時代。


その両方を経験して思うこと。


それはやはり、
持たないものの強さです。

失うものがない強さは、

格別です。


でも

私には、

もうムリなのです。


なぜなら・・・

私は持ってしまったから。


一度手にしてしまったから。

一度でも手にすると、
人はその記憶に支配されてしまう。


それが

私の実感でしょうか。


もともと何も無かったのに、
あることが基準になってしまうのです。

あることが普通。


ないと不満。


あるいは不安。


多くの人は、

この状態に、
囚われているのだと思います。

今の私も同じです。


ない時は、まったく平気でした。


でも、

一度手に入れてしまった。

 

まあ、大したモノではないけれど・・・


そして、失った。


失ったことによる不安と喪失感。

でも

私が失ったものって、
一体何だったのでしょう。


事業でしょうか。


社員でしょうか。


顧客でしょうか。

正直、

私も悩んでいました。


なぜ、不安なのか・・・


何が、喪失感をもたらすのか・・・


それが、分からない。

でも

ようやく、
その正体が分かってきました。


私が失ったもの。


喪失感をもたらしているもの。


その正体は、既得権でした。

既得権なんて、大嫌い。


ずっと

そう思っていました。


でも

失くして初めて、

気がついたわけです。


自分が、

既得権に守られていたという事実に。

 

さてさて、

今一度、ハートに火を灯して

頑張ってみましょうかね( ^ω^)・・・

 



 

株式会社プラウド 22期のスタートです(*^^*)早いですね・・・

21期は創業以来、何回目かの危機でした。22期は、シッカリしゃがんで・・・

大きくジャンプしようと企んでいます。乞う御期待!!!

 

さて・・・

 

常に考えている人というのは、
考えていない人でもあるのです。


ややこしいんですけど。

本当に考えている人は、

常に疑っている人だから。


自分を疑う。

 

それはつまり、
自分が出した答えを疑うということ。


そしてそれは・・・

 

元を辿れば、

自分が投げかけた質問を疑うということ。

質問が変われば、

答えは、

まったく違ったものになります。


でも質問を変えるには、

一旦その質問から降りなくてはならない。


つまり、

今のこの走りをやめるということ。

走り続ける人は、

ゴールを疑えない人。


疑えない人は、

思考を放棄した人。


考えるとは、

疑うことなのです。

さてさて・・

実はわたし、
30歳ぐらいになるまで、
ほとんど、

何も考えずに生きてました。

とは言っても、
修行僧ではありませんので。


まあ、

あんなこととか、
こんなことか、
いらないことばかり考える。

じゃあ、

いらないことって
一体どんなことか?


考える価値のあることって
一体どんなことか?

つまり、

それが分かった。


・・・というか、

その基準みたいなものが出来てきた。


それが、30歳頃ということ。

10代のわたしも・・・


20代のわたしも・・・


30代前半のわたしも・・・


まあ、

それなりには
考えてたんですよ、一応。

10代の頃は、
どうやったらモテるのか。


20代の頃は、
どうやったら売れるのか。


30代前半は、
どうやったら普通の社会人になれるのか。


そんなことばかり考えてました。

テーマが悪かった、
とは思っていません。


モテる、売れる、ちゃんとする。


テーマは、決して悪くない。


悪かったのは、
そのアプローチです。

つまり、浅かったんです。


思考が浅かった。


モテるためにオシャレする、とか。


話題を盛り上げる、とか。


売れるために、聴きまくる観まくる、とか。


普通の家ってこうだろう、とか。

 

親がいれば、こうするんじゃないか、とか。

考えなくちゃいけないのは、
そのもう一段下なんですよね。


つまり、

お洒落とは、何か?


盛り上がるとは、どういう状態か?


売れるとは、何なのか?

そんなこと、考えるまでもない。


考えている暇があれば、
まず行動したほうがいい。


・・・というようなこと。


そこに、思考の価値があると思うのです。

何を、考えるのか。


どうやって、考えるのか。


考えるとは、何なのか。


それこそが、考えるべきこと。

 

新しい期の始めに・・・チョット考えちゃいました。