トイデジで昭和建築探訪。。あの建物はいま!?。。(´┐`)みたいな。。 -28ページ目

トイデジで昭和建築探訪。。あの建物はいま!?。。(´┐`)みたいな。。

建築探訪「K's style」が装いを改めひっそりとここに。。(´┐`)。。

バブルの頃の1989年(槇先生が60歳ぐらいの時?)の作品。。35年も経ってますが、カコイイ(゚∀゚)/ 

 

頂部のデザインがまたいいネー( ´д`)(´┐`)ネー。。

当時はこういうスカイラインが無かったから、遠目で見ると目立ったですよネー( ´д`)(´┐`)ネー

 

この写真は、新宿ワシントンに泊まった時の写真だったかなあ。。

手前の2本のアームは窓拭きゴンドラ吊っているアレです。

 

 

全然関係ないけど、今夜は今期春ドラマで一番抜けてたアンメットの最終回だなあ(´┐`)

ゆっくり見なきゃあ。。ああ、終わっちゃうのがもったいない。。(゚ーÅ) ホロリ 。。

 

 

すぐ下からだと、頂部のデザインは全然見えないけど。。(´┐`)。。

 

https://maps.app.goo.gl/MaEYWtNTNhMaPHnT6

 

グランドオープンは2003年でしょうか。もう20年以上経ってるんですね。

槇先生が70歳ぐらいの時の作品ですね(´┐`)

 

高層棟はKAJIMA DESIGHNで、低層棟のコンベンションの方が槇さんの設計みたいです。

 

この写真の反対側のガラスのカーテンウォールが凄かったなあ。。

何百メーターあるん??とか思うほど長かった(´┐`)

渡り廊下の崩落事故なんかもあって、ニュースで大々的に取り上げらていましたね。。

 

 

 

 

100mは確実にありそうですね(゚∀゚)/ 

 

 

1998年、槇先生70歳の時の作品(´┐`)これは裏側(南側)の立面です。 建築も26歳ぐらいなので比較的若いですね。まだ新しい感じ(´┐`)

 

東日本大震災では、中ホールと楽屋などに被害が生じたらしいでしたが、大ホールは大丈夫だったらしく使用できたようですね(゚∀゚)/ 

 

外構はなんか面白い仕掛けというか、描いたイメージをそのまま。。みたいなランドスケープデザインに感じました。

良いのか悪いのか( ̄∇ ̄;) ハッハッハ 

 

 

外観的にはこっちのファサードの方が好きです(゚∀゚)/ 

角ばったエイリアンみたいな感じ( ̄∇ ̄) ハッハッハ 

 

1984年の作品(゚∀゚)/ もう40歳。。

 

昭和なTVの特番的な言いまわしにするのであれば、

「道路の向こう側によう、でっけーUFOが降り立ったみてえでよう、おらーおったまげたでよー」

みたいに感じる巨大な施設でした。。(゚∀゚)/ 

 

そうだ。。

しばらくは、槇先生追悼特集で記事あげていこうかな。。(´┐`)

 

 

多分この道で合ってると思いますが、ホントに圧倒的な存在感でしたね。

電柱の添え柱も一緒だし。。(´┐`)

 

故 槇文彦さんの1960年の作品。。。。(´┐`)今でも現役で使われているようです。

先生が32歳の時の作品。施工はもちろん竹中工務店さん。

 

R6年6/6に95歳で亡くなられました。お悔やみを。。

長い間現役でやってこられて。お疲れ様でした(´┐`)

 

新国立のいざこざの時、あんな狭い場所に造るなんてNGだと、ご高齢なのに声を上げられて。。

真の武士なんだなあと思いましたよ(´┐`)ホント。。

 

 

 

トヨタ自動車が寄付したというこの講堂も、64歳過ぎてるんですよね(´┐`)

綺麗なので改修はしたんでしょうね。まだまだ使っていっていただきたいものです。

 

 

ホントは、アラブ世界研究所(1987年)とかを探訪してみたいけど、しょうがない。。(´┐`)

 

電通本社ビルは2回目の記事になっちゃうけど、今回は綺麗な青空の電通ビルを載せとこ(´┐`)。。

ちなみに前記事はこちら

 

 

そういえば、ここの駐車場って凄く入り辛いそうで、

「側道と車寄せと駐車場出入口の動線がなんか変。これは設計者が日本の交通状況(左側通行・右ハンドル)を知らなかった為だ」

っていうネット記事を見かけたことがあります。

 

確かにストビューで見ると、なんか狭そうで曲がり辛そうって思います。車寄せにも行き辛そうだし。。(´┐`)

でも、大林組の設計本部も協力してるんであれば、それは無いんじゃないかなあ( ̄∇ ̄) ハッハッハ 

知らんけど(´┐`)

 

 

 

しばらくは、外国人建築家プリツカー賞受賞者の作品探訪したやつを載せていきます。

ジャン・ヌーヴェルさんは2008年の受賞者(゚∀゚)/ 

 

1982年 ケヴィン・ローチ

1983年 I・M・ペイ(イオ・ミン・ペイ)

1987年 1人目 丹下 健三

1989年 フランク・O・ゲーリー

1990年 アルド・ロッシ

1993年 2人目 槇 文彦

1994年 クリスチャン・ド・ポルザンパルク

1995年 3人目 安藤 忠雄

1998年 レンゾ・ピアノ

1999年 ノーマン・フォスター

2000年 レム・コールハース

2001年 ヘルツォーク・ド・ムーロン

2003年 ヨーン・ウツソン

2007年 リチャード・ロジャース

2008年 ジャン・ヌーヴェル

2010年 4人目 妹島 和世

      5人目 西沢 立衛

2013年 6人目 伊東 豊雄

2014年 7人目 坂 茂

2019年 8人目 磯崎 新

2024年 9人目 山本 理顕

 

 

 

確かに道路からいきなりUターンして地下駐車場へ?

車寄せへ向かう車と駐車場に入る車の動線が交差??

行ったことないからわからんけど。。(´┐`)

 

 

 

 

2003年の頃は、日本テレビ放送網汐留社屋ってクレジットされていましたが、リチャード・ロジャースさんは基本構想だけだったんですね。あとは三菱地所さんが実施したのかな?

 

結構、遠目から見ると堂々としていますよね。鉄骨(黒光りする鋼管)が荒々しさを出しているのかな?(´┐`)

 

 

しばらくは、外国人建築家プリツカー賞受賞者の作品探訪したやつを載せていきます。

リチャード・ロジャースさんは2007年の受賞者(゚∀゚)/ 

 

1982年 ケヴィン・ローチ

1983年 I・M・ペイ(イオ・ミン・ペイ)

1987年 1人目 丹下 健三

1989年 フランク・O・ゲーリー

1990年 アルド・ロッシ

1993年 2人目 槇 文彦

1994年 クリスチャン・ド・ポルザンパルク

1995年 3人目 安藤 忠雄

1998年 レンゾ・ピアノ

1999年 ノーマン・フォスター

2000年 レム・コールハース

2001年 ヘルツォーク・ド・ムーロン

2003年 ヨーン・ウツソン

2007年 リチャード・ロジャース

2010年 4人目 妹島 和世

      5人目 西沢 立衛

2013年 6人目 伊東 豊雄

2014年 7人目 坂 茂

2019年 8人目 磯崎 新

2024年 9人目 山本 理顕

 

 

ストビューつけるの忘れていました・・_| ̄|○

確かに駅から歩いていくと、近寄り過ぎて全体がわかりませんです(´┐`)。。。

 

 

ヨーン・ウツソンなのかヨルン・ウッツオンなのかわかりませんが(´┐`)

(Jorn Utzon)

 

1957年のコンペで設計を勝ち取り、10年間設計を続けたものの1966年に設計を辞退し、

シドニーからも離れたそう。。(´┐`)

以後は別の設計者が完成させ、1973年に開館したという話(wiki)

 

へー(´┐`)そーだったんだ。。

 

 

まあ、この建物はあまりにも有名で、ヨーン・ウツソンの他の作品って?って思うくらい。。

それくらいこの建築はデザインするのも建てるのも大変だったんでしょうなあ。。(´┐`)

 

 

 

しばらくは、外国人建築家プリツカー賞受賞者の作品探訪したやつを載せていきます。

ヨーン・ウツソンは2003年の受賞者(゚∀゚)/ 

 

1982年 ケヴィン・ローチ

1983年 I・M・ペイ(イオ・ミン・ペイ)

1987年 1人目 丹下 健三

1989年 フランク・O・ゲーリー

1990年 アルド・ロッシ

1993年 2人目 槇 文彦

1994年 クリスチャン・ド・ポルザンパルク

1995年 3人目 安藤 忠雄

1998年 レンゾ・ピアノ

1999年 ノーマン・フォスター

2000年 レム・コールハース

2001年 ヘルツォーク・ド・ムーロン

2003年 ヨーン・ウツソン

2010年 4人目 妹島 和世

      5人目 西沢 立衛

2013年 6人目 伊東 豊雄

2014年 7人目 坂 茂

2019年 8人目 磯崎 新

2024年 9人目 山本 理顕

 

 

 

船に乗ってコレ見るのも、近寄って見るのもどちらも結構感動します。。(´┐`)

行った時にイベントが無かったから、ホール内部は見られなかったけど。。

 

 

 

コレ出来た時は、どうやって構造設計してるんだろうとか思いましたわ。。(´┐`)

2000年くらいの竣工だったような(この写真は2011年のトイデジ撮影)。。

 

でっかい菱形のガラスも、プクってふくらんでいるイメージで可愛い。。(´┐`)

 

秘密基地の入口みたいなところから、トンネル通って地下からお店に入って行くアプローチとか、

内部のぬめっとした階段とか、突っ込みどころがあり過ぎて面白いケンチクでしたなあ(゚∀゚)/ 

 

ヘルツォーク・ド・ムーロンは、ジャック・ヘルツォークさんとピエール・ド・ムーロンさん

2人のスイスの建築ユニットです(゚∀゚)/ 

 

 

 

しばらくは、外国人建築家プリツカー賞受賞者の作品探訪したやつを載せていきます。

ヘルツォーク・ド・ムーロンは2001年の受賞者(゚∀゚)/ 

 

1982年 ケヴィン・ローチ

1983年 I・M・ペイ(イオ・ミン・ペイ)

1987年 1人目 丹下 健三

1989年 フランク・O・ゲーリー

1990年 アルド・ロッシ

1993年 2人目 槇 文彦

1994年 クリスチャン・ド・ポルザンパルク

1995年 3人目 安藤 忠雄

1998年 レンゾ・ピアノ

1999年 ノーマン・フォスター

2000年 レム・コールハース

2001年 ヘルツォーク・ド・ムーロン

2010年 4人目 妹島 和世

      5人目 西沢 立衛

2013年 6人目 伊東 豊雄

2014年 7人目 坂 茂

2019年 8人目 磯崎 新

2024年 9人目 山本 理顕

 

 

この辺の雰囲気、今も変わらずなんだろうか。。(´┐`)

 

1階南西の4LDK,179㎡の中古マンションが、7380万円で売りに出てますよ~~(゚∀゚)/ 

 

1991年竣工だから、35年にもなりますがねー。。

プリツカー賞受賞者の設計したマンションなんて、そうそう無いですよ~(゚∀゚)/ 

 

 

中は意外と面白い空間。。中古マンションの物件紹介で内部が見られるとはなあ。。(´┐`)

 

 

Wikiによると、レム・コールハースさんの作品は、福岡のここだけ?

まあ、未発表の別荘とかもありそうですけどね。。

 

しかし、中国中央電視台本部ビル、2008年にできたと思ったら火事で全焼て。。

いやああの時はびっくりしましたねえ。。(´┐`)

 

 

しばらくは、外国人建築家プリツカー賞受賞者の作品探訪したやつを載せていきます。

レム・コールハースさんは2000年の受賞者(゚∀゚)/ 

 

1982年 ケヴィン・ローチ

1983年 I・M・ペイ(イオ・ミン・ペイ)

1987年 1人目 丹下 健三

1989年 フランク・O・ゲーリー

1990年 アルド・ロッシ

1993年 2人目 槇 文彦

1994年 クリスチャン・ド・ポルザンパルク

1995年 3人目 安藤 忠雄

1998年 レンゾ・ピアノ

1999年 ノーマン・フォスター

2000年 レム・コールハース

2010年 4人目 妹島 和世

      5人目 西沢 立衛

2013年 6人目 伊東 豊雄

2014年 7人目 坂 茂

2019年 8人目 磯崎 新

2024年 9人目 山本 理顕

 

 

 

 

レム棟とコールハウス棟って、名前と苗字、2つに分けられてるの??(´┐`)?