中国で求められる親分肌でかっこいいリーダー
現在、私は800人くらいの部下がいる。全員中国人だ。この組織を率いて2年以上経つが、部下から、時々指摘される。たとえば、昨日のこと。
私は週2回程度、妻が作ってくれた弁当を持っていく。これは時間の観点からも外にわざわざ食べに出かけなくていいから、という理由からだ。(もちろん妻のお弁当はおいしいからだ、と言っておこう(笑))
だが、昨日弁当を片手に持って歩いている時、
「お弁当ですか。若い人ならいいですけど、リーダーのクラスだとちょっとかっこ悪いですよ」と。
共働きが普通である中国では、お金を無駄遣いしないために弁当、という選択肢はあるが、そうでない場合はあまりお弁当を持参しない。彼からすると、そうではないと分かっているが、お金の節約している人のようにみえたわけだ。
他にも以前、
部下:「日本でどんな車に乗っていたのですか」と聞かれた時に
私 :「私は車に興味がなく、動けばいいと思っている人なので安い中古にのっていた」というと、
部下:「それでは夢がないですねー。もっといい車に乗ってください」とか
他にも、
部下:「日本の家はどんな家ですか」との問いに、
私 :「私は家を持たない派なので、賃貸」と言うと、
部下:「2-3個のマンションくらい持っていると思いました」とのこと。
ようは、中国で求められるリーダーは、金銭的にも「かっこいい」リーダーなのだ。
なので、リーダーがメンバーと食事会をする時も、日本のように偉い人が1万円出して、残りを割る、みたいなみみっちいやり方ではない。1人のリーダーが全員分をおごる、というのが基本だ。
これはある程度ポジションが上がり金銭的に余裕が出てきた人のみがするわけではなく、20代の若手でも、5-6人のチームのリーダー(親分)というポジションであれば、同じように全員におごっているのでびっくりする。
私の場合も、配下のいろいろなチームに対して1回20人程度で定期的に私の支払いで食事会を実施する。成果を上げたチームの表彰のような形としてだ。もちろん、20人に対して、全員におごりである。全員に?、と思うかもしれないが、そこは中国。普通は1人、100元強くらい(1300円強)なので全員でもそこまで大きな金額にはならない。
経済が右肩上がりで成長して、がんばれば給与がどんどん増えている環境の中では、お金で生活をより豊かにする、という外発的欲求が基準の大きな部分を占めることを忘れてはいけない。そこで求められるリーダーは、金銭面的にも、親分肌で「かっこいい」リーダーなのだ。
中国では、これらを理解した上で、自分のスタイルのリーダーシップを発揮する必要があるだろう。日本の話だが弊社の上級役員でかならずどんな場所でも割り勘をする人もいた。それも彼のスタイルだ。なので、中国だからと言って必ずおごる必要はない。
ただし、ルール(期待値)を知って行動するのと、知らないで行動するのとは、大きな違いがある、ということは、認識しておく必要がある。たとえば、食事会でも中途半端に1万円出します、というのは、正直、ケチに見えるので、むしろ割り勘の方がいいかもしれない。
食事に限らず、グローバルビジネスという舞台では、グローバルビジネスのルールがあることと同じことである。
最後に、昨日、お弁当はかっこ悪いと指摘されたからと言って、私はお弁当をやめるつもりは全くない(笑)
中国で現地採用の韓国人の同僚
私の会社は超グローバル企業なのだが、韓国での雇用をやめて、現地採用として中国に来ている同僚がいる。韓国で仕事がなくて中国に来たわけではなく、韓国でもひっぱりだこの優秀な人材だ。アメリカでMBAも取っている人である。
そんな彼といろいろ話していたのだが、よく聞く話なのだが、改めて韓国人から聞くとインパクトがあった。それは、「韓国の中にいても未来がないので、外に出た」とのこと。
さらに、お子さんが2人いるのだが、6歳の女の子は今幼稚園。(中国も9月始業なので9月から小学生)今は英語と中国語を話すインターナショナル幼稚園に行っているとのこと。その時の会話で、
「こちらに来て半年くらいだけどお子さんの英語と中国語はもう問題ないの?」
との問いに、
「英語は韓国にいる時にやっていたので問題ない。中国語もとても早く学んでいるのでかなり話せれるようになった」
とのこと。
もちろん、家では韓国語なので、3ヶ国語をペラペラになるわけだ。私が驚いたのは、「英語は韓国にいる時にやっていたので問題ない。」というところ。もちろん語学だけではないと思うが、6歳の子供が問題ないほど英語を勉強する家なので、韓国でもそれなりだと思うだが、そんな彼が危機感+さらなるチャレンジを求めて、中国で現地採用で戦う。
一方で、日本で一流と言われている企業で働いている人が、果たして何人の人が、現地採用で中国に来るのだろうか?
新入社員で海外に出たくない、という人が増えている日本との差はあまりにも大きすぎる。
グローバルで戦えないあうんの呼吸(明文化、数値化するのが得意でない日本人)
私の現在の仕事は、日本と中国で国境をまたがって行われる百を超えるプロジェクトを全体をすることだ。日本からいつも言われることは、品質が悪い、ということ。言われることはいつも同じなのだが、そもそも品質とは何だろう?と思い、昨年の満足度調査結果やその他のデータを細かく分析してみた。
実際に品質が悪いのかもしれないが、そもそも、品質目標が数値化されていなかったり、「メールのレスポンス」だったり「態度・やる気」の問題を品質と総称しているケースが多々あった。
が、中国の人からすると、そんなこと聞いてもないし書いてもないし、周りの状況や相手の置かれている立場を理解できるわけないので、「わからない」のである。
目指す方向が違えば、どんなにがんばっても、満足を得られることはない。
そこで、主要なプロジェクトで開始時に日本とキックオフ会議を設定し、私自らも参加して、品質目標を合意するようにした。主要といっても30-40はあるのでかなりのボリュームだ。
お互い目標設定を終えた後、私が必ず日本側に質問することがある。それは、「これを達成したら、満足度調査で満点とは言わないまでも高得点はもらえますよね?」と聞く。
すると、「実は、もっとこのエリアも中国側でやってほしいと思っている」とか「この数字は実はそのまま使えないのでこの数字も考慮が必要」とか「メールの返信が遅いので何をやっているかよく分からないことが心配」とか、必ず出てくる。
まさにこれがあうんの呼吸的な日本流だ。
日本人どうしならあうんの呼吸、もしくは、同じ習慣をベースに考えられるので、明文化する必要がなのだろう。当たり前なことだからである。
しかし、グローバル流では、役割分担・責任範囲を可能な限り厳密に決めることで、抜け漏れを防ごうとする。逆にその範囲外で問題が発生した場合は、責任を追及されない。役割分担・責任範囲として明記しなかった人が悪いわけだ。
日本流は、役割分担・責任範囲が曖昧になりがちになる。日本国内に閉じたプロジェクトであればそれでもうまく行くケースは多いのだろうが、国境を越えた瞬間にそれではうまくいかない。
ドバイのインフラ開発で、ドバイショックの後、日本企業が経験した数千億という未払い問題はまさにこれで、契約書の責任範囲を超えて日本人魂でどうにか継続・完成させよう、とがんばったことが、結果的には裏目に出ている。(後に、未払いにあった会社の社長が、「他国は一斉に撤退したのですが、出来なかった。世界で戦うには、契約書どおりに撤退することも必要だった、ということが勉強になった」とインタビューで言っていました)
グローバル流が必ずしもいいと言っているわけではない。どんなに厳密に責任範囲を決めても必ず抜け漏れが発生するから、その結果、プロジェクトがうまくいかないケースも多々ある。ただし、国境を越えた世界ではグローバル流で動いているので、それを知った上で、進めることはきわめて重要である。
また、あうんの呼吸をベースとする日本人の我々にとって、明文化、数値化する訓練を受けてきてないのも事実なので、このエリアが得意でないと認識して訓練することも重要だろう。
最後に、役割分担・責任範囲以上にやろうとする、もっと言えば、隙間に落ちた抜け漏れに気がつける日本人はすごいと思う。これは日本の誇るべきところだと思う。
このマインドが受けいれられるところはどこかと言えば、「おもてなしの心」に代表される接客などのサービス業だろう。そこが日本としての価値を最大限に発揮できる場所なのかもしれない。
一方で、そこまでのサービスを日本以外ではほとんど求められていないことも事実なのだが。。
日本の強み「まめさ」(丁寧に継続して行う力)
ある雑誌で、ソフトブレーンの宋文州さんが話していた話で、日本に来る中国人観光客がこぞって買っているものは、「つめ切り」だそうだ。それも数百円の普通のタイプ。日本製は価格が手頃で、よく切れると評判だそうで、さらに外側にはつめが飛び散らないようにプラスチックカバーまで付いている、という点で。
このような普通の製品を同じ品質できんと作る「まめさ」がすごいと。日本の自動車、家電製品が席巻したのは技術力が優れているというより、丁寧にきちんと作れたからだと言っている。
私もその通りだと思う。日本は、アップルのようなイノベーション的な飛躍というのは得意でなはないかもしれないが、「カイゼン」に代表される1つ1つ積み重ねて物事を達成していくことが得意だと思う。これも技術力というよりも、きちんと「まめ」にやる力だと思う。
「まめさ」はどこから来るかといえば、監視されてなくても、その製品をきちんと作ろう、という「全体として」やるという視点が多くの人にあるのだと思う。言い換えれば他者のエリアも意識する、という視点だ。これも日本が誇るべき「利他のこころ」の1つだろう。
グローバルリーダーシップが足りない日本
久しぶりの書き込みです。最近の問題意識です。
・欧米を中心として株主偏重で超短期思考の「行き過ぎた資本主義」の限界を感じる。
・また、たとえば、国連で出資金比率(最新で13%程度)に対して日本人社員比率の低さ(3%未満)だったり、その他あらゆるグローバルの舞台で日本人が貢献に対して十分な評価をされないことに問題を感じる。
・その原因を突き詰めていくと、グローバルで戦うためのノウハウ(グローバル標準ルールを認知していてそれを必要に応じて使う能力)が欠如していると感じており、日本企業、日本人に対してグローバルリーダーシップを強化する必要を痛切に感じる。一言で言えば、グローバルリーダーシップが足りないのだ。
・ここ にも書いたのだが、K1に出ているのに、相撲のルールで戦っていて、いくらよりきりをしようと押し続けても、そこには、土俵の外に出す場所がないわけだ。
・では、欧米企業と同じやり方をやるのか?そもそも日本人が欧米流をそのまま普通に使いこなせるわけでもないし、仮に使いこなせたとしても、それでは同じ土俵に乗るだけで、勝てるわけではない。なので、日本のよさを取り入れながらやる必要がある。
・では、日本のよさとは?数年いろいろ考えたが、それはやはり、「利他の心」(他人に利益がある、他人の視点から物事を考えること)だったり「フロー」(※フローとは、社員、メンバーが没頭して仕事を楽しんでいる状態のこと。それを用いた経営をフロー経営という)を作り出す素地が欧米に比べてまだまだ残っていることだと思う
・日本のよさを生かしながら世界で戦うためにはどうすのか?日本人がもっとグローバルリーダーシップを鍛えるしかないと思う。
・では、グローバルリーダーシップ(グローバルで戦うためのノウハウ)とは何か?1.物事を自分中心の「色メガネ」で見ない多様性を受け入れる心、2.物事・問題を主体的に捉えプロアクティブに行動する力(問題が発生した時に責任に対し自分に指を指し自分の問題として対応すること)、3.英語(1番目ではないがやはり必要)。