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なぜ、道路が混雑していたのでしょうか。

70年代前半に
戦争反対と若者達が叫んでいた頃に
流行っていた、マーチンのD-35です。
当時ハカランダなどのローズウッドが不足してしまったために、D-28などが量産出来なくなり背面を、それまでの2ピース構造から3ピース構造にして、材料が小さくても作れるように設計されたギターです。やわらかい音色で、何人かでガシャガシャ弾くのに向いています。


かなり前に購入はしてみたものの、D-28ばかりを使ってしまい、ライヴやレコーディングではほとんど使う機会がありませんでした。

当時、戦争反対と叫んでいた若者達は、ベトナム戦争に反対していた訳であり、そもそもの発端がアメリカの若者達のムーヴメントに便乗しただけと言われています。60年代後半から始まった学生運動はベトナム戦争の物資補給のために、日本にあるアメリカの基地からベトナムに輸送機を沢山飛ばせるようにするために、安保条約を改正するという法案に反対する学生達が、激しいデモを行ったことが発端と言われています。ただ単に反アメリカと言いたいがために、日本に共産主義革命を起こそうと妄信して叫んだ一部の若者が暴走してしまったそうです。よど号ハイジャック事件などは、冷静に考えたら起きなかった事件だと思ってしまいます。わざわざ飛行機をハイジャックして、なぜ北の独裁国家に亡命してしまったのでしょうか。
そんな時代にフォークゲリラと呼ばれる青年達が新宿駅西口広場で集会をされていたそうです。
彼らは今では70歳を過ぎ普通のお爺ちゃんお婆ちゃんになっているそうです。
私のブログを見てくださっている高校生の女の子が、先週、ピンクのZO-3を購入されたそうです。自宅のリビングでチューナーを使ってチューニングをされていた時に、釣り以外に趣味がないと思っていたお爺ちゃんが、「あらギターかい」と話しかけてきてチューニングをさっと合わせて「戦争を知らない子供たち」を弾き語ってくれたそうです。極め付けは、お婆ちゃんが台所から走ってきて「あら素敵、今のギターはこんな形になっちゃったの」と言って、お爺ちゃんからギターを奪い「ぼくたちの失敗」を上手に弾き方ってくれたそうで、とても驚いてしまわれたそうです。
お爺ちゃんお婆ちゃんからフォーク集会の当時のお話を聞くことができたそうです。

「反戦歌に興味はありますか?安保闘争についてどう思いますか?」とのご質問をいただきましたが、自分達が活動している前の時代の出来事なので、歴史の中の出来事としか認識ができていません。それよりもお騒がせウイルスの終息を願い、今の時代に自分ができる事をしっかりやらなければと思っています。

なぜ、道路が混雑しているのでしょうか。

弦を交換する時は、
このプレートでマスキングをして、クリームでフレットを磨くようにしています。
フレットに緑色の錆がついてしまうと、危ないらしいです。ギブソンのギターなどはフレットに銅が含まれているので、緑色の錆はものすごい毒になるそうです。うっかりその緑色の錆のついたギターを弾いて、手を洗わずに誰かのポテトチップスを一枚ちょうだいなどと素手で触って食べてしまった場合、気持ちが悪くなったりお腹が痛くなったりひどい場合にはものすごく大変なことになるそうです。

先日ブログに書いた、ライヴハウスで起きた出来事のことを読まれた方から、お詫びの連絡をいただいてビックリしました。
本番直前に楽屋でウチのギターの弦を全部切るイタズラをしてしまったとのことでした。
その時は怒るわけでも驚くわけでもなく、平然と2分もかからずにすべて張り替えていたので、このイタズラは通用しない人がいるんだとビックリして、この手のイタズラをするのをやめたそうです。 
以前にギターのリペア屋さんから、「それぞれの楽器には心が宿っていて命がある」と教わっていたので、他人の楽器に勝手に触れたりイタズラをするという発想がありませんでした。
そういえばうちのスタッフが昔、原宿にあったステージの照明がやたら低くて電球がやたら暑い、とあるお店でエレキギターのネックをバキバキに折られていたことがあったそうなのですが、その後1週間くらいしてから、その時のイベントに一緒に出演していた方が、バイクで転んだということで松葉杖をついておられたそうです。その人がステージ傍でエレキギターのネックを何度も蹴ったり踏んだりして破壊しているのを20人くらいの人が目撃していたそうで、周囲の方々から「他人のギターのネックを折ったりするからバチが当たってバイクで転んだりするんだよ、首が折れなくて良かったね」と、言われていたそうです。
やっぱり楽器は大事に扱わなければと思ってしまいました。

楽屋はお店の人から目の届き難い密閉空間なので、それぞれの良識が問われる場所だと思います。

なぜ、道路が混雑しているのでしょうか。

子リス達がうちにやってきてから、もうすぐ2ヶ月になります。毎日しっかり食べてすくすくと育っています。周りの大人リス達からナッツの食べ方や小枝を使った遊び方などを教わったようで、最近は上手に真似をするようになりました。

真似をすると言えば、
うちのスタッフの、お婆さんの感染予防対策の実情をお聞きました。
ご近所のお友達とお話をする時に、耳が遠いために大きな声になりがちだったそうなのですが、
かかりつけの病院の看護師さんから、「大きな声で話をすると飛沫が飛んでウイルスをうつしちゃうよ」と、注意をされてしまったらしく、
「おはようございます」、「今日も暑いですね」など、すべての挨拶までもを筆談で行うようになってしまったそうです。お婆さん達は、昨年、総理大臣だったあの方のポケットマネーで国民一人一人にプレゼントをしてくれたと思い込んでいる、小さな小さなマスクで口だけを隠しているそうです。
「お婆ちゃんねぇ、鼻もちゃんとマスクの中に入れないとウイルスがうつっちゃうよ」と、看護師さんに注意をされても「この暑いのに鼻なんかマスクで隠してしまったら息苦しくなって血圧が上がってしまうよ」と言って、意見を聞く様子はないそうです。
一番可愛そうなのは、家族のお爺ちゃん達です。
「緊急事態宣言中はお酒は飲んじゃダメなんだよ」と言って、晩酌を自粛させられてしまっているそうです。飲食店がお客さんにお酒を提供しないで下さいという要請であって、禁止はされていないハズですが、テレビのニュースをきちんと理解できずに自分で勝手な解釈をしてしまい、それがご近所のコミュニティの間で浸透してしまっているようです。更に、街の中華料理店さんが各家庭に宅配のメニューを配布されたそうです。それを見て、ひとりのお婆さんが電話でデリバリーを頼んだそうですが実際に配達に来たのはウーバーイーツの青年だったそうで、「ウーバーイーツでーす、配達に来ました」と玄関先で叫んだところ、「あたしゃね、クルクル軒(仮名)さんに餃子ライスの出前は確かに頼んだけどね、あんたから老婆と呼ばれる筋合いはないね」と叱ってしまったそうで、それ以来そのエリアに配達に来る青年達は「出前でーす」と名乗るようになっているそうです。
二回打つワクチンのことも、かかりつけの病院の看護師さんたちが、同じことを3日以上何度も説明をして理解するに至ったそうです。
その前に、そのお婆さんがワクチンの事で送られてきた封書に書いてあった市役所の番号に電話で問い合わせをした所、「インターネットから申し込みをして下さい」と言われてしまったので、104の番号案内にかけ直し、「インターネットの電話番号を教えて下さい」と問い合わせてしまったそうです。
テレビなどのニュースももっとお年寄りにわかりやすい伝え方をしてくれたら、親切なのかもしれないと思ってしまいました。


なぜ、道路が混雑しているのでしょうか。

暑い日が、続いています。
台風が近づいているようですが、
今日は明け方までギターを弾いていようと思っています。
このK・YairiのNY-0016は、ナット幅が広くとても弾きやすいギターです。ボディはスリムでコンパクトなのに温かい音色がします。マホガニーのサイド&バックで、トップがソリットのスプルースです。マーチンの000-18に近い鳴りが特長です。コードチェンジの時のオブリガードが入れやすいナット幅です。マーチンの弦を張って愛用しています。ライヴでは代官山NOMADさんに出演する時に使用していました。

先日のブログを読まれた方々から、「ライヴハウスでどんな災難があったのですか」と、何通かご質問をいただきました。

ブログ上で書ける範囲では、
ステージの目の前の席で麻雀を始めて大声で騒がれてしまったり、演奏中にお財布からお金を抜き取られてしまったり、楽器が無いと探していたらいつのまにかケースを勝手に開けられて、フロアで他の出演者のお客さん達が弾いて遊んでいたり、帰宅してギターケースを開けたら沢山の潰した空き缶と穴の空いた汚れた臭い作業用靴下が詰め込まれていたり、帰宅途中の車の車内で何が臭いがするなと調べてみたら、ギターケースのポケットに食べかけのファーストフードの残骸がどっさり詰め込まれていたり(翌日そのライヴハウスにどなたかの忘れ物ですと返しに行きました)、一晩で8組くらいしか演奏が出来ないのに、倍以上の出演者を全国から集めて、裏でこっそり1軍2軍というような分け方をされ半分は演奏させてもらえず、お客さんとして客席に座っているだけで閉店時間を迎えてしまうお店が存在していたり、楽譜がゴミ箱に捨てられていたり、楽屋の雰囲気が悪かったので歩いてすぐのスタバに行って本番前に楽屋に帰って来たら、ギターだけが床に転がっていてチューナーとカポとストラップの入ったギターケースが消えて無くなっていたり、親が有名なミュージシャンの娘さんと同じ企画に出演した時に、オリジナル曲を演奏したのに「エレガントなワタクシが出演する晩にお下劣な音楽を演奏しないでください」と強烈な苦情のメールが来てしまうなど、理解できない出来事が頻発していました。きわめつけは、一度も出演したことがないお店からいきなり連絡が来て、「お前達は出入り禁止だ」と一方的に怒られました。
このような経緯が重なり、ライヴ活動が無意味なものに思えるようになりました。

音楽を育む環境について、
考えなければならないと思っています。

なぜ、道路が混雑しているのでしょうか。

我が家の観葉植物は、
今日の日本のように
安保条約に基づいて
アメリカの兵隊さんに
守ってもらっています。

家から少し足を延ばすだけで、
アメリカの兵隊さん達が暮らすエリアが存在しています。

ところで、8月6日は広島に原爆が投下された慰霊の日です。あの時日本政府がポツダム宣言について、優柔不断に結論を先延ばしせずにもっと早く降伏を認めていたとしたら、投下されずに済んだかもしれないと思ってしまいます。まるで今のコロナの対応のように責任を擦り合いながら国民への対応もいい加減。当時、トルーマン大統領は戦争終結後のソ連との対立を少しでも優位にするために、開発したばかりの核兵器を使用してしまったと言われています。被害に遭われた多くの方々はそんな政治の事情は関係なかったかと思います。
歴史に、れば、たら、はないのだけど、
もっと政府がしっかりとしていたら被害に遭わずに済んだ人々が沢山いたと思います。
ルーズベルトの急逝で大統領に就任してしまったトルーマンは、核兵器を使う事の重大さが分かっていなかったのだと思います。
もし、1945年8月の時点で、今年の1月までアメリカの大統領だったあの人が在任されていたとしたら、原爆が完成した時点でTwitterで「すごいものが完成したぞ、アメリカの科学力は世界で一番だ」と威勢よく騒ぐだけで、実際に使用することは絶対になかったと思います。占領した後で、焼け野原になっているよりも綺麗な街のまま残っていた方が経済的なメリットがあると判断する方だと思います。

歴史というのは、本当に些細なボタンの掛け違いで、大きな過ちが起きてしまうものだと思いました。今の大変な事態をきちんと解決するためには、何が正解なのかはわかりませんが、5年後10年後の私たちがどう思うのか考えてしまいます。