今日は新規開拓営業日。


朝一番から取引のあるメーカーさんと打ち合わせ

担当者と仲良く初ランチ

新規の印刷会社さんからクリアファイル見積依頼

1回だけ取引ができた印刷会社からシール見積依頼

と、怖いくらい順調に進んでいた一日。


帰りの高速道路に乗っていたら、ふと80歳の恋人が頭をよぎった。
参考:http://ameblo.jp/print-taro/entry-10833585934.html

最寄のICで降りて会社の前を通ると、いつも点灯している看板の明かりが消えている。
中にはおばちゃんと娘さんの姿が見えたので、駐車してご挨拶に。


娘さんが開口一番

『安部さん、実は丁度ご連絡しようと思っていたんですよ』

後に続いた言葉に耳を疑った。

『実は日曜日に話し合って、この店、閉めることにしたんです。』

聞けば、この業界をとりまく不況の中、もう営業を続けていく意味を見出せない、と。
大正14年から続いていた、多分、大分では一番古い印刷会社だった。

オフィスはモダンにリフォームされているものの、
かつて写植台が並んでいた名残があるような、業界的に貴重な歴史を刻んだ工場。
その歴史もあとほんの数ヶ月で幕を閉じることになってしまった。


これから先、娘さんは新たに化粧品関係の営業を始めることにしたらしい。

「今廃業の決意をされたことが、ベストだったと思えるように頑張りましょう」

僕は娘さんにこんな言葉をかけることしか出来なかった。
そして、娘さんはその新たなスタートを切る名刺の印刷見積を僕に出してくれた。

営業を始めてから7年。見積を依頼されて初めて味わう感覚。
悔しい。悲しい。虚しい。



おばちゃんは
『折角うちとも縁ができてくれたのに。。。すまんなぁ。また顔を見せておくれ』と。

必ず遊びにくると約束すると、おばちゃんは工場の奥に入っていった。


娘さんと、今までお付き合い頂いたお客さんの今後の対応を打ち合わせた後、
会社を後にする前に工場の奥に向けて、

「おばちゃん、また遊びにくるからなー!」

ひょっこり顔を出して

『ホントにスマンなぁ。また遊びにきておくれな』

「本当に長い間、大変お疲れ様でございました。」


胸の奥からそんな言葉が出てきていた。


気付けば、娘さんと僕は交互に
「きっとこれが良いスタートになる。」と繰り返し言っていた。

きっと彼女は、自分を奮い立たせるために。
きっと僕は、2年前の年末、自分が退職を決めた時の決意に言い聞かせるために。


僕は、生涯彼女の立場に立つわけにはいかない。
僕が背負う15人の従業員と家族を路頭に迷わせるわけにはいかない。

不景気を理由に倒れるわけにはいかない。


絶対に負けられない。
俺の選択は間違っていなかったのだ。
必ず俺は成功する。

そう心で繰り返しながら帰路についた。


このやりきれない気持ちと強い決意が入り混じった感情を何と表せば良いのか分からない。

ただ、真っ直ぐ、力強く進むしかない。
震災の影響が、我社にも思わぬ形でやってきた。

水産加工品のお客様からは、三陸産わかめが壊滅して入荷できない。
食品メーカーさんからは、加工調味料が生産できない。
etc etc...

そこで、既存の製品の製造工程や原材料を変更して、類似商品を急遽販売することが決まったという。

「無理を承知でお願いするんですが。。。新規デザインで2万枚、19日納期(明日発送)でいけませんか。。。」

『んー。。。デザインの校正が今日の午前中に済めば何とか。。。デザインはどうなりますか?』

「安部さん。。。無理を承知で。。。お願いして良いっすか?」

『。。。や、やりますか。。。涙』

「今度、ラーメンおごります。マジすんません。。。」


たまたま原紙があったことと、シンドイ中協力してくれた技術者のおかげで、何とか間に合いそう。

さらには、関東からの仕事で東北に出ていた仕事が、お願いできないかとレスキューが飛んできた。

これからまだまだこういう傾向が続くのだろうか。



被災地の方々も肩を寄せ合って頑張っている。
働きたくても、働けない方々がいる。

緊急駆け込みの仕事でも、既存の委託先よりも良い仕事でお応えしなければ。

今こそ被災地の方々が元気に復興できるように、仕事を留めない。
また元の委託先が元気で復興できるまで、僕らで踏みとどまらなければ!

頑張れ、被災地。
遠く離れた大分からも、微力ながらあなた方を支えていきたいと思っています。


早く、元気な姿に戻って、お互いビジネスの真っ向勝負しましょうよ!
昨日、お客さん先に伺うと電気が消えていた。


「ごめんください~!」と言うと、お婆さんが出てきた。
いつもはそのお婆さんの娘さんが(とはいえ僕の母程の年)、基本は一人で切り盛りしている。

「今日◯◯さんは…」

『あぁ。実は子宮筋腫が見つかってねぇ。月末まで手術するから入院する予定なのよ』

とケロリと言われた。
僕が心配そうに伺っていたら
『そんなに心配したって、専門家の方に任せるしかないでしょ?オマカセオマカセ♪』

久しぶりに、ここまで前向きでパワーに溢れる人に出会った。


促され、椅子に座るや

『私な、アンタがいっつも来て娘と話しとるのを見てな、ずーっと話したかったんよ~♪』
と、口火を切ってから1時間半お話させて頂いた。

実家が大きな商売(酒問屋や海産問屋など)をやっていたこと。
父親が連帯保証人にいくつもなっていて、学生時代に家財一式を差し押さえられたこと。
長女である自分が6人の兄妹を養うために、早くから働きに出ていたこと。
26で嫁入りして、新婚旅行から帰ってきたら、旦那の父が連帯保証人になっていた人が逃げていて、嫁入り道具のタンスを一度も開けることなく差し押さえられたこと。
妊婦の重いお腹で支払いを延ばしてもらうように嘆願に回ったこと。


沢山苦労の話しを聞いた。

しかし、お婆ちゃんは一言。
『今まで生きてきて苦労しかなかったけど、アタシは人に恵まれているから良いのよ。人は自分の鏡。一生懸命誰かに尽くせば、人も一生懸命尽くしてくれる。それが楽しくて、アタシ80まで生きてきたのよ♪』

とても素晴らしい勉強をさせて頂いた。
多少の不景気くらいで下を向いてはいられない。強く生きなければ。


次の予定が近づき、「それじゃ、そろそろオイトマさせて頂きますね~。」と切りだすと、

『アタシ、あなたのファンになったわ~。あと60若かったら、今から市役所で婚姻届出してもいいわ~、色白だし、可愛いからあなた大好きっ!』とのありがたいお言葉。
「そうですね!おばちゃんみたいな素敵な人だったら、是非お付き合いしたいなぁ~」
『あら!嬉しいっ!あなた今度いつ来るの!?あたし、特製のカシワご飯(鶏飯)作ってあげるわ♪』

ボクには80歳の彼女ができた。
ちなみに、得意料理は栗羊羹や鯛のお吸い物なようだ。

奥の座敷から、ニコニコと優しい笑顔の旦那さんが見つめていた。


今日、とあるお客さんからありがたい言葉を頂いた。


「シールは、御社にお願いしてないと怖いんです」

常に良い仕事を心がけているだけに、そのことを褒められたのかと思っていたら、続けて頂いた言葉に驚いた。


「データと仕上がりが同じになるようにデータ加工してくれるんで助かってるんです。」と。

社長以下事務員以外の全員が印刷の技術者の経験を積んでいるので、入稿データを見た時に、仕上がりが原稿通りになるかどうか把握できる。

同業には機械を触ったことがない営業マンが多く、仕上がりが思うように行かなくても、納期を間に合わせるためにクレーム覚悟の博打で納めてみたり、仕上がってからやり直すことになってしまったりということが案外多いらしい。


業界全体が異常なまでの価格競争になっている昨今、違う価値観で正当な対価を頂戴するという仕事ができていることを、本当に誇らしいと思った。

今日聞いたことを、明日の朝礼で工場にいてお客さんに会うことのない工員に伝えたい!
やはり、良い仕事をするということは、巡り巡って自分の気分を晴れやかにしてくれるものですね。
とても良い出会いを頂いた。


昨日、湯布院にあるお気に入りのチーズ屋さんでチーズを買いに行こうとしていたのだが、何かに吸い寄せられるかのように、とあるギャラリーに足が向いた。


エントランスに入ると、『空』『風』『無』の三文字が力強く書かれている。
僕は、そのうちの『無』に見せられてしまって、ずーっと立ち尽くしてしまった。
絵に吸い寄せられたという経験は、かつて体験したことが無い。
とても不思議な経験だった。


ぼぅっと立ち尽くしていると、ギャラリーの管理人らしき方が
「色々難しく見ようとしたら疲れてしまいますよ~。」と話しかけてきた。

しかし、そのなんとも言えない感情を彼に打ち明けるように話していたら、
「ああー。この無を褒めてくれるのは嬉しいなー。力作なんですよ。」


!!???


なんと、作者本人であった。
『無』は彼が生涯書き続ける絵だと決めているらしく、それを感じ取ったことが嬉しかったらしい。


色の表現方法や、作品を書いた時の心境、『無』という言葉の持つ意味。
話は一枚の絵から人生観や私の名前の解釈、印刷という仕事と芸術、禅宗思想にまで広がり、何と気付けば2時間半。
僕をとても気に入ってくれたらしく、お茶を出して頂き、未公開の作品を出して見せてくれたり、ご自身の夢まで教えて頂いた。

とても貴重な、素晴らしい経験をした。
最後に名刺交換をして、送り出される時に『また遊びにおいでよ、ね?安部さん。』と暖かく送り出して下さった。

ものすごい経歴の方とは露知らずお話していたが、これほどの実力者でありながら、一切気取らない姿勢に、『無』の絵から感じたモノと同じ感覚を覚えた。

芸術とは、金銭の価値で決まるものではないと個人的には思っている。
どうしても、彼の『無』が欲しいと思う。

プライスを聞いて、さすがのお値段。


いつか、彼の作品を手にしたい。
初めて心の底から芸術に感銘した日。


一切メディアに出たくないとおっしゃっていたので、個人名やアトリエの名前は伏せさせて頂くが、公明な神社に作品の奉納をされていたり、某海外超一流ブランドのオフィスに作品が展示されていたりという凄まじい経歴の持ち主。

また『無』を見せてもらいに遊びにお邪魔したい。