先代 「安広」 口清型?
先ごろ、或るところから刻印は「安広」、しかし馴染みのない型の鋏......、先代の鋏形状とは異なるある鋏を手に入れた。

これは......、刻印が「安広」だが、持ち手が8.5mmの太つくりで刃先角が異なり、刃渡りは短く、刃角が薄い、くびれ浅く、やや出来の甘い座金は先代の鋏と異なる鋏......、

持ち手は以前から流通していた鋏で通常8mm、が、8.5mmで、持て余すほど太つくりです。

と、ここまで書くとたしかに癖は同じだが......、まったく型が違う。

24年前、先代が亡くなる半年前の鋏だというこの鋏......、
太つくり、口の清型......、これは先代の型とは異なります。
そういえば、約15年ほど前だったか......、
坪田で購入した形はもしかしたら太つくりだったかもしれない。
先代の型と異なるので直ぐ手放した記憶がある。
それまで、先代「安広」の型といえば......、持ち手は8mm、軸周りがゴツク、ペンチの様な鋏だった。
そうだ......、40年ほど前、大徳寺近くで購入した通常座金の鋏も太つくりだった。
しかし、これは座金が菊座ではなく、あの頃には既に三条系の鋏が出回っていたことになる。
もしかすると、往時の口清模写として一時期流通していたのかもしれない。
当時、森蘊氏や重森氏林泉協会をはじめとする古庭園発掘や整備活動後、京都の観光化が進み、高度成長期後の個人所得があがり、住宅着工率が増え、1980年代作庭ブームより、現行の安広や大覚寺、重春の安定供給が定着するとやがて口清型より、現行の鋏形状が主流となって、やがて口清型が薄れていくこととなったことが考えられる。

まさに、その形状と同じ頃の鋏を今回改めて入手したことになる。
このでっぷりとした鋏は先代の型と異なるので、......、どの様に手元に残すか思案中でもあります。
そういえば......、その昔寺町の菊一文字に展示されていた中に、坪田になかった形の鋏が展示されていたのを思い出しました。
まぁ、45年ほど前なので記憶はあいまいですが......、25年から30年前にはいくつかの種類というか、型があったような気もします。
この鋏、24年前の先代が亡くなる半年前に手に入れた物らしい......、
すると......、2000年から2001年。
この時期は自身の繁忙期最盛で鋏どころではなかった。
そのころの大隅さんの新聞記事、

先代の活躍紹介とお孫さんが弟子入りする掲載記事を、奈良の助っ人時分からの知人、野口さんから2025年今年頂いた掲載記事。

ちょうどその記事が2001年......、この口清型の鋏が出ていたころです。

2001年......、ギリギリですね。
そして、何故この鋏が出てきたのか......、
そういえば......、昔、寺町の菊一文字にも口清型があったかもしれないと、うろ覚えながら......、
先代が亡くなる半年前......、京都菊一文字や坪田にはあったのかもしれない......、
そこで......、
おそらくは販売先である菊一文字からのリクエストだったのかもしれないし、もしくは先代から菊一文字への口清型のプレゼンだったのかもしれない。
それが、......
もし、お弟子さんへの手本としての口清型だとしたら......、
そういえば......、水落親方から以前こんなことを聞いた。
先代の形と同じものはなかなかできない。
それは、誰かの歌をカラオケで唄ったとしよう。おそらくは物まねとして唄うことはできてもけっして同じではない。
それは真似しようが、近づこうがどうしても自身の癖がでる。
らしい......、たしかにツル手や握り手付近をみると先代大隅さんのつくり手になっており、口清型に似ているがよく見ると細かなところで異なります。
つまり、大隅さんが創った口清型の鋏になるわけで......、

この口清型の癖は若干先代の癖と異なる部分、例えば刃先の形状、打ち当りのくびれ......、
45年前、この型が口清型と認識していれば普及していたかもしれませんが、口清の鋏を手にしたこともなく、見分することもなく、先代の型に慣れてしまうと太つくりで口清型には馴染めないものです。
もしかするとこの口清型はバリエーションの一つとして流通も考慮していたのかもしれません。
しかし、お亡くなりになった2001年......、お孫さんの弟子入り期間はあまりにも短かった。
その後......、2010年ころ、先代の多くの顧客からのリクエストによりご子息が継ぐことになった。
この件と同じことが言えるるのは、現行の当代の鋏に慣れ親しんだ手になることで先代の鋏に違和感を感じるに違いない。
例えば自身の持つ先代の鋏は、当初からガタガタであり、その特徴は刃同士が喧嘩せず、治せるくらい剛柔で、大根おろしの様に砥げる気持ちの良い道具ではあるものの、現行の当代の型をみると流石に全国区で軸支周りやアゴ下はしっかり作られているようなので、おそらくガタガタはないものと判断しています。
つまり、当代は当代として「安広」汲んだ「安広」確立したといえるのかもしれません。
「安広」の現在ではしっかり菊座が作られているが、今回手に入れたつくりの甘い菊座金はそのころの座金なのかもしれない。

だとすると......、当時流通してた口清型はかなり希少品であるのかもしれない。

心配というか、かなり不安が一つ、現在......、三条でつくられた京型の軸周りをカスタマイズし、芯金を丸棒にし、回転できる状態、しかもガタガタ......、
これからメルカリで販売を考えているが、これらをふまえたところで現状の京鋏として、果たして受け入れてくれるのだろうか。
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67回目を迎える自分にやっておきたい候補、、、1、
前々から気になっていた事、以前からFBというSNSで気になっていた事の一つ、同じ干支、同じ誕生月同じ誕生日、同じ血液型、同じ職業の人が奈良にいる事を知り誕生日を前に会っておきたい。
『干支、誕生日、血液型』が一緒なんですが、確率で言うと17500分の1だそうです。
そして67回目を迎える前にやっておきたい候補、、、2、
明日香、庭園史にある遺跡......、須弥山とは?

終活やら身辺整理、見ておきたい、やっておきたい調べておきたい、、、
かといって全てを見聞きしたからと云って何か変化が生ずることも無く、、、
ただただ解決しておきたいと思いたち、、、奈良に行ってきました。
2025年1月末、、、
もうじき2月自身の誕生日が近づくことから、昨年来身近な知人を亡くし供養を兼ねて、今やっておかないと後悔すると、、、
思い立った事、それが前進なのか後退なのか、、、
わからないけど自分の立ち位置を確認するためにもやっておきたい事がありました。
数々の帰属した団体やクラブの在籍を拒み退席、自ら除籍し、、、
引き止められることなく......、
好まれてはいないと自覚しながら......、(笑)
断ち捨て、移籍したものの団体やクラブから冷ややかな態度に些か面食らい、解脱感やら自らの身辺整理から67回目の自分探しに行ってきました。
、、、と書くとあまりにも大袈裟です^ ^が、、、
まず、自身の誕生日が近づいているところから、、、
以前からFBというSNSで気になっていた事の一つ、同じ干支、同じ誕生月同じ誕生日、同じ血液型、同じ職業の人が奈良にいる事を知り誕生日を前に会ってきました。
それは12年前タイムリーパー的に、ひと回り違う12年前のオレ、、、的な空気で奈良に向かった1月末。
で、12年後どんな人生を送られたのでしょうか?の質問も無く、当然タイムリーパーであるわけでもなし、、、
わたしは君でもなく、君はわたしでもない、、、。
『干支、誕生日、血液型』が一緒、確率で言うと17500分の1の偶然。
毎年行われる総合学習講義が近づいおり、毎年変わらず中学生に説いた「勉強しておくと将来きっといい事あるよ」のお話は、自身は過去が見えるけど、決して彼らから未来は見ることができないと、、、気付いた瞬間でもあります。
67回目を迎える前にやっておきたい候補、、、2、
明日香、庭園史にある遺跡......、須弥山とは?
は改めてブログにしたいと思います。
2025年1月8日(水)正月明け…..
年明け…..ある販売サイトにてちょっと不思議な体験をしました。
慣れている人や、実際に出費者に販売目的場所が幾つかあって…..
とかの様々な理由があっての事だと判断していますが…..
出品者側の「商品が無い…」..ということで、キャンセルされたのは初めての経験、
もしかして売りたくなかった.....。….のかな?
いったい何があったのだろうか?
と…..
自分時間があると…..ろくなことしません。
昨年購入した京津島…..、
お正月、年明けに芯金を丸棒に変えようと思った「ほんまもん」の刃が欠けてしまいました。
あちゃ~って事で.....
かなり欠けています。
う~ん、刃の部分はかなりデリケート部分でした。
さっそく大阪水落親方(讃岐親方)に連絡、この他昨年京鋏研究で購入した鋏の芯金を丸棒に変えてもらう依頼をいたしました。
その際ハガネの硬度の話になり.....前々から気になっていた先代大隅さんの鋏のハガネが柔らかったという、前回も話した内容を繰り返し確認、そうこれもブログにした。
ハガネの戻しが上手かった…..。これに尽きるのだが.....
自身には解らない...............
という事で今回は讃岐親方にお願いします。
久々の投稿 京鋏と京型鋏3点の比較
2023-10-18 14:44:41
https://ameblo.jp/primrose5591/entry-12825028232.html
京津島、京型2号、京型1号
今回の目的は.....
そうそう、こんな鋏が欲しかった計画、第一弾。
既存の鋏….. こんな鋏が欲しかった京鋏化 1
形は京都.....
実は芯金も丸棒で京都.....
京津島についてはカチ込み、
京型2号、京型1号は角丸。
この心臓部分、芯金を丸棒に変えて京鋏化にする計画です。
今までの様に形だけ京都でなく、芯金部分も京鋏化します。
そしてて今回、以前手に入れた脩吉作/植木屋鋏を京鋏化しました。
脩吉作/植木屋鋏の特徴は次のとおり......
https://ameblo.jp/primrose5591/entry-12326869631.html
木柄剪定鋏と脩吉作/植木屋鋏 3
2017-11-09 10:34:35
※ 京鋏化.....芯金の丸棒
この脩吉の芯金.....丸棒でしたね。
なぜ丸棒にしたのか未だに謎.....
だけど…..いくら昔とはいえ、探しているお客様がいるという事は.....
よほど使いやすく、切れたという事…..
おそらく芯金丸棒の働き、そして白ハガネがいい具合の硬度となった京鋏と同じだったのかもしれない。
という事で、芯金は丸棒なので、打ち当り部分を京鋏化
分かりにくいですよね。
........微妙な小指掛かり
本来なら津島鋏くらい胴部分があると打ち当り加工が樂.....
今回は少々小ぶりの京鋏化ですが.....
とてもいい感じです。
※ 京鋏化.....小指の掛かり
京鋏に慣れているせいか中指から小指の抉りが刃に伝わりシュウっと心地よい刃あたりになりました。
これは、津島や堺鋏も播州にも無い京鋏特有の機能といえます。
打ち当りのくびれは口清さんの鋏より伝統的に形状が伝わっておりますが、やはり植木屋鋏とは異なります。
芯金丸棒、打ち当り加工.....
中々できない事と世に無い唯一の鋏です。
新潟の京型鋏ではなく、京鋏化計画の鋏.....
京鋏形状
芯金丸棒
何これ?ってまったく堺の鋏とは異世界のガタガタ作り、京鋏を知っている人以外には扱いにくい京鋏
です。売れるんかいな?.....
今後、試験的にメルカリにも出展していきたいと思っています。
その際は、どうそよろしくお願いいたします。
これより後編
大阪堺-大卯の刻印
楠本光男氏
大卯こと楠本卯三郎の養子になり、学校を出てから本格的に鋏鍛冶の修行に入ったと奥さんに聞いており、楠本親方は昭和14年卯年生まれ、富田林から堺市北庄町楠本家に8歳か9歳に養子に入っています。
昭和14年は西暦1939年…..
1939年に起こった出来事としては、次のようなものがあります。
干支は兎年.....9月1日にドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まった年に楠本親方は生まれています。
つまり、世界の戦局がキナ臭い時代に突入していきます。
1948年昭和23年、戦後から3年目8歳から9歳で養子…..
そして5年後、高等小学校14歳で下がると修行が始まる…..
戦後復興期…..1953年昭和28年
前年の1952年は昭和27年、Wikipediaによるとこの年には、次のような出来事がありました。
4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効し、GHQによる占領が終結。
また、日米安全保障条約も発効しました。
警察予備隊が保安隊に改組。
朝鮮戦争に応じて兵器や航空機の生産が解禁。
NHKラジオの受信契約が1000万件を突破。
連続放送劇『君の名は』が放送され、ヒット。
米軍基地内で演奏していたジャズメンが街に出てジャズブームが起き、江利チエミの『テネシーワルツ』がヒット。
つまり、戦後復興期がまさに始まったころに楠本親方は修行に入ります。
その時すでに田中定治郎(おやっさん)が住み込み修行していたそうです。
つまり当時、正定親方が兄弟子になります。
昭和14年卯年生まれ、詳しく聞いた事ないらしいですが、富田林から堺市北庄町楠本家に8歳か9歳に養子に入る。昭和20年8月が終戦、養子に入ったのが戦後昭和21年か22年戦後の事なので詳しくはわかりません.....が、
楠本家には跡取りがいなかった。
戦後教育といっても1950年代で60%、1940年代は就学よりも就職率の方が圧倒的に多く、15歳卒業後親元の鍛冶屋手伝いに入る。先代の楠本親方の3番目の弟子であった田中定治郎親方が兄弟子で、齢も近く旧知の仲もよかったと想像できるが、その他にもう一人楠本親方には兄弟子が居たことも聞いており、楠本の跡取りとはいえ、口にするのも憚れる修行の場があったことも讃岐親方から伺った。
そういった意味では定治郎親方を真の兄の様に慕っていたのかもしれない。
戦後、朝鮮半島動乱が起りの戦争勃発直後の1950年(昭和25年)6月以降、日本は特需により経済は復興し始めた。一方すでに定治郎親方は河内長野に戻り1955年昭和30年25歳の頃、鋏鍛冶として堺打ちを始めていた。
1955年昭和30年、特需後の歳は20歳青年楠本光男にとっても輝かしい鋏鍛冶としての腕も技術も辛い修行の後に手に入れることが出来たのはまちがいない。その理由に植木屋鋏、華鋏一通りの型、仕上がった鋏を見れば納得ができる。
神武景気とともに高度成長期を養子先で過ごし、戦後20年で復興し、オリンピック・万博へと希望に燃えた日々であったろうと考えられる。
いくら手に職を付ける…..とはいっても……….
15の子どもは自発的に覚悟がないと踏ん張れませんよね。
厳しい親方に付いた二人は「かわいそうに…..」って近所のもんに言われた話を思いだされます。
楠本親方は「兄さんが居なかったら続いてなかった」と言うてたみたいです。
楠本親方は花鋏(池坊)を主に植木鋏を作っていました。
残してくれた言葉の中で一番思い出されるのは「仕事は根気」です。
根気の強い鋏鍛冶職人と印象が強いです。
又こんな事も言ってくれました。「鋏でわからん事あったらいつでも聞きにおいで。」
って僕の気性も見切ってたみたいで「他所では聞かれんわな」なんて事も言ってくれました。
国重、花鋏
大卯刻印-代打、讃岐親方
刻印を継ぐという事は辛い修行を得た者の魂の授かりもの…..
そう軽々しいことではありません。
という事で…..
今、讃岐悟親方の元で大卯刻印を水落製造鋏の一部分に打つ事になりました。
何が偶然って…..「大卯」…..つまり1939年兎年生まれの楠本親方が兎年、そして2023年は84年目の干支が兎…..
大卯刻印を見た人が『大卯?何の刻印?』ってなった時
大卯一門 初代卯三郎氏、二代目大卯光男氏、
正定田中定治郎氏
大卯一門の名前が消さない為にと言う意味があるからです。
ご家族から預かった刻印を大切にしたいと思っています。
師匠(正定)の言葉
『形真似出来ても仕事真似出来ん』
楠本光男親方の言葉
『仕事は根気』
鋏鍛冶讃岐親方…..僕の宝物です。
さてさて、皆さんは堺の刃物と堺打ち刃物の違い.....お判りになりますか?
堺刃物商工業協同組合連合会によると.....
堺刃物と堺打刃物は、堺刃物商工業協同組合連合会の登録商標で、堺の刃物生産の伝統技術を継承した刃物を指します。堺打刃物は堺の鍛冶職人(鍛造・火造り)と研ぎ職人(刃付け)の分業制によって生産される伝統的な刃物で、堺刃物は土佐や関、福井など別の地域で製造したものを堺で仕上げて販売している商品です。
製造工程 ハサミ編 経済産業大臣指定・伝統工芸品 堺打刃物 和包丁の出来るまで(ハサミ編)
「堺打刃物」「堺刃物」は堺刃物商工業協同組合連合会の登録商標です。
あくまでも自身の想像ではありますが..........
包丁に比べ鋏は刃同士が同じ働きで一つの道具となしています。けっして包丁を軽んじているわけではありませんが、鋏鍛冶の絶対数が少ないのと工程労力からしても包丁で身を立てることも出来たのに、難しい鋏つくりに入ったのは、もしかすると鋏つくりは難し過ぎて競争相手が少なかったのかもしれません……….。
堺大卯-楠本親方の地へ
言われて着いた先が師匠(以後おやっさん)が子供の時に住み込み修行していた工場でした。
近所の方と懐かしそうに話すおやっさんが光って見えたのを思い出します。
インターホンを鳴らして出て来てくれたのが楠本親方です。
兄弟のように話ながら工場に足を進めていました。僕は後をついて工場に入りました。
大卯 工場内
迫力ある工場です。
おやっさんからこの工場の話はよく聞いていたので『これがあれかな?』とか思いながらキョロキョロした記憶があります。
2018年、初夏 亡き親方の報告
おやっさん愛用の椅子
親方田中定治郎(以後おやっさん)が亡くなり49日が過ぎ落ち着いた時に楠本親方(定治郎と兄弟弟子)に亡くなった事を伝えに行きました。
高齢だし河内長野に来てもらうのも大変だと思っての僕の考えがあったからです。
材料屋さんや包丁鍛冶さんおやっさんと一緒に行ったところにも挨拶に寄せ頂きました。
楠本親方に河内長野の讃岐ですとインターホン越しに声をかけると.....
「おぉう!入り入り」と声が奥から聞こえてきました。
戸を開けながら「昨日ちょうど兄さんの話したんや。」って僕に言ってくれました。
奥さんも一緒に「兄さんの話してた」って…。
複雑な気持ちになりましたが「実はおやっさんは肺炎で亡くなりました」と伝えました。
それから長い長い話になり「こっちおいで」って言われ工場に行きました。
大卯 工場内
楠本親方は工場の全てを指差し「全部やる」「又取りにおいで」って言われたんです。
連絡して道具一切を引取日が決まった前の晩楠本親方は奥さんに「明日アイツが来る…」って話してたとお聞きしています。
鍛冶槌
そりゃそうだと思います。幼い頃から鋏一筋先代親方からの工場を持っていかれるのですから。
今回は前編、ここまで…..次回は大卯を継いだ楠本光男氏について
二代目大卯こと楠本光男氏との出会い(鋏鍛冶 「水落」讃岐悟親方)より
今回はちょっと長いので三話に分けてブログにします。
なので、
第一話は、鍛冶場の過酷さを讃岐親方の経験話からスタートします。
第二話は、ご存命だった正定ことおやっさんと自身の修行先堺大卯-楠本親方の地へ
第三話は、堺大卯こと楠本光男氏のお話です。
さて...... 今回は大阪堺での修行先、弟弟子楠本光男氏のお話…..
2018年(H30)3月26日田中定治郎親方はインフルエンザが原因で肺炎のためお亡くなりになった。正定こと田中定次郎が2018年逝去して7回忌となった今年。
現役63年を終えた正定のオヤッさんの直弟子讃岐親方から是非堺の鋏鍛冶の名が消えることのないように書き留めておきたいという事で、ブログに書き留めることにいたしました。
このお話は直弟子、修行中であった讃岐親方と師匠おやっさんが存命の頃のお話となります.....
修行とは斯くあるもの…..過酷な火づくり現場
今でこそ親方に就かずとも.....YouTubeや見聞きでモノつくりができる便利な時代はないでしょう。.....
今から10年近く前.....
そう…..正定親方の弟子入りを頑固に断られていた讃岐さんが通い始め、ようやく直弟子として認められたころのこと
実は修行中の讃岐さんからはよく連絡をいただいておりました。
その過酷さを誰かに言う事でどれほど火づくり後の身体が癒えた事でしょう。
今だから云えることですが..........
それは過酷なまでの環境…..火づくりはまさに修羅場…..
何度も振り上げる腕の感覚が…..気力なのか腕力なのか…..
真夏の炉から槌打つ飛び散る火花…..溶けた鉄粉が刺さりむちゃくちゃ痛かった事.....
体中の水分が無くなりこのままミイラになるかもしれない.....
切りのいいところで自販機から浴びるほど喉を癒したこと.....
けっして笑い事ではない、想像をはるかに超えた修行.....
けっして体力だけではない鍛冶仕事…..
修行先の辛さ…..
おやっさん、現場の辛さを知っているからこそ、丁寧に優しく見守るように直伝されたと水落讃岐親方が云います。
鉄がどういうモノで.....刃金が.....硼砂を…..火力が…..赤めた色が…..過酷故、およそ似つかぬ科学反応の数々.....
刃金材から出る黄紙白紙青紙火花の違い.....
そんな、こんなも乗り切った数年後のある日.....
師匠田中定治郎に..........
「堺行こかぁ」 って、
次回、堺大卯-楠本親方の地へ
夢のAll in Oneケース 第3弾
失敗は成功の基…..
2024/7/27(土)
先月末、ケースが手元に届き…..
イメージしていたものより若干大きい仕様となりました。
今までがポーチポシェットの代替品だったので…..もう少し縮小できたらと思います。
と、いうことで希望のラインを入れていきます。…..
カシメ内寸、背幅140mm
これで、一度送って再度組み立てていただこうと梱包の準備を進めます。
そこで、改良案を提案…..
1、上部250mmを30mm切断、
2、鋸と剪定鋏の皮革設定位置を2枚目から折り込み3枚目に設定。
ポケット外幅150mm内幅75mm設定に…..
そうすると、内規20mm内でカシメ留めを設定します。
そうすることで、、と思ったところカシメが3か所飛んでいました。
うん~ん…..
皮革厚めのヌメ皮革3枚はかなりカシメに負担がかかるようです。
All in Oneにすることでカシメ打ち部分への高負担がかかっていたようです。
なので、3番目の要望が出てきたところで…..イソシローさんに連絡。
何せ初めての製品つくり…..いろいろアクシデントは付き物、ここでイソシローさんに感謝して事を納めます。
一旦自身で…..構造を改めます。
と、連絡を入れて堅牢で確実にとめるカシメを探します。
紆余曲折を経てリカバリー制作
その前に既存で使っていたホルダーケースの重量を比較のために控えます。
剪定鋏、鋸ケース=136g 鋏ケース95g 合算=232g
新規ホルダーケースの重量缶付き407g
鋏294大型 短刃270g 鋸218g 剪定鋏191g=679g
1079g=1㎏を腰に下げている計算になる。
新規制作後の407gに対してそれでは既存の腰道具、OK印のケースは232gその差は175gこれに679gを足しても854g総体1079g-854g=225g重いという結果が出た。
200gの目安は野菜ジュース(200ml)紙パック分の差。
軽量には乾燥機がいいとあった。100g軽くなるとかなり負担も軽減する。
さて、カシメの負担に耐えるためのカシメ…..これはもうこれしかない。
6mm組ネジの登場です。
革の厚みは通常でも1枚3.5mm2枚で7mmで6mm組ネジを組み込むのも1mmはかなりタイトです。
当初編み込みを考えていましたが、先にイソシローさんから縫込みのほつれを考慮して…..
結果的には組ネジ納めとしました。
それでは組ネジとポケット縮小リメイクになります。
今回イソシローさん構成をリメイク兼ねて組ネジに改組いたしましたが、その後イソシローさんから縮小版が届きました。
背面130mm内幅110mmとかなりタイトなリベンジ編が届きイソシローさん再挑戦の意気込みを充分感じ取りました。
現在、耐久性と皮革延伸と形成をして現場試験中です。現時点では、背幅は140mmで全面ポケットがマチ共に同幅、高さ180mmが理想な規格と云えそうです。
それもこれも結果を出せたのはイソシローさんのおかげです。
大変感謝いたします。
ということで、夢のall-in-oneホルダーケースの完成になります。
今回、イソシローさんにお願いしてとてもよかった。
なにせ、夢にまで見たall-in-oneホルダーケースの完成ですよ。
カシメの限界強度を超えてしまった以外は理想のall-in-oneホルダーケースの完成でした。
イソシローさん本当に感謝しています。ありがとうございました。
夢のAll in Oneケース 第2弾
そしていよいよ皮革制作….
イソシローさんへの依頼へ…..
今年4月頃、ブログ「抉る」で皮革ホルダーケース制作の宣言をしてからの二ヶ月後、皮革ケース製造イソシローさんより、2024年6月末にホルダーケース製作に取り掛かれそうという連絡をいただき、要望をまとめ始めて北海道出張後さっそく配送手続きをした。
ということで2024/7/2(火)に道具類込みで送信しました。
ケースモデル後のやり取り…..
以下、ラインでのやり取り内容
愛知で庭展の際にお近くだったので、できたら直に打ち合わせが出来たらと思いましたが、ご都合により日程が合わずライン画像にて打ち合わせとなりました。
2024/7/3(水)
22:14 イソシローさん:お疲れ様です!荷物届きました!ありがとうございますm(_ _)m
大凡のイメージは送っていただいたケースの様な形でしょうか?
2024/7/4(木)
5:20 Yukio Nozaki おはようございます。ご連絡遅くなりました。
形状は送った通りの形状が希望です。
かなり抽象的ですが、カチッとかピタっとかの形状が希望です。
2024/7/11(木)
とりあえず試作品を作ってみます。シンプルに、カチッとしたイメージで作製してみます。
ということで試作品画像が届きました。
鋏の安定性に「ふんどし」
イソシローさんは、この芯金周りで支える「ふんどし」形状を採用してくれました。
自作テストケースでもこの部分がかなりスマートな構造になりました。
2024/7/12(金)
9:46 イソシローさん:
お世話になります。とりあえずザックリですが試作品の途中経過です。
折込と剪定鋏の仕切りは仮です。
植木鋏は野崎さんのアイデアをいただいてふんどしを履かせてます。
ちなみにこの革は練習用の床革です。
実物は厚手の薄茶色になります。
縫い糸だと解れてくるので、極力カシメで仕上げるつもりです。
↑ ここはかなり大事な部分が後ほど出てきます…..
2024/7/17(水)
21:59 イソシローさん:お世話になります。
カシメの在庫が切れてしまったので到着待ちですが、ベルト部をどうしようかかんがえています。3丁差すと重量が出るので、4センチ幅のベルトループを二箇所設けようと思うのですが如何でしょうか?
吊カンフックを付けるとなると一箇所の方が良いと思うのですが、ベルトループ部の負担も増えそうです。
ご意見ご感想聞かせてもらえると幸いですm(_ _)m
2024/7/18(木)
3:14 Yukio Nozaki おはようございます。
フックですが、当地域は松等の幹乗り作業もありますので、一缶での吊りでお願いします。
ということで一缶釣りの経緯となりました。
3:19 Yukio Nozaki 少し気になるところが、、、鋏の脱着には良いのかもしれませんが挿入時の鋏の位置がもう少し深いほうが良いかと、、、落下の心配はないでしょうか?
3:22 Yukio Nozaki 今までが袋状の物を代用してきましたので少し不安です^ ^
6:16 イソシローさん:おはようございます!
畏まりました。吊カンフックが通せる様、4センチ幅のベルトループ一箇所で用意しますね!
まず落ちる事はないと思いますが、もう少し深くしておきますね!私的に輪部分が多く露出してた方が抜き易いと思ってました汗
7:39 Yukio Nozaki すいません。ケースは幹乗りのこともあるので総体の高さを出来るだけ短くしたいのが希望です^ ^
この時点で、送ったモデルケースよりかなり大きいものになっていました。
ごめんなさい、イソシローさん
この時期、暑いので2024年今年からご理解いただいたお客様には早朝5:00からの作業をお願いしています。
ということで…..
早朝からライン音、おそらくビックリされたと思います。
12:25 イソシローさん:畏まりました!形状をみながらなるべくコンパクトに収めますね!
2024/7/19(金)
大まかな形が完成しました。
主観になりますが、カチッピチッに近付く様努力しました。
外部の袋、中央部のカシメは一番上一箇所で良いかと思いますが、仕切りで下にも打つ事も可能ですのでまたお申し付けください。
2024/7/20(土)
3:35 Yukio Nozaki おはようございます。朝早くからすいません何かとお世話になります。カシメ打ち、もう一つ下に打つとおそらく挿入時に開口部に負担が掛かると思いますので要らないと思います。
吊り缶の位置は一缶なのであまりブラブラしない様な位置に収めた方が良いのかなと思っております。
こちらは試作手テスト版
トップだと吊り革に負担が掛かると思いますので吊り革は下部に上下ニケ所止め設置、背上部に吊り缶になるでしょうか。
文章だと難しいですね。
ブラブラさせない為には背と同じくらいか下部に設置した方が安定するのかと想像しています。
イメージ何となくできました!
ケース上部を一番辺りまで少し切って、②辺りより吊カンベルト部を取り付ける感じですかね?
9:47 イソシローさん:ちなみに吊カン金具は、こちらでしたら同じものを持っていますので合わせてお作りできます。
10:09 Yukio Nozaki 中央のタイプ、全長90ミリ、通常より長くてしっかりしていますね。
10:12 Yukio Nozaki 東北型にツル加工後のケースに使ってみました。
製作利便性からトップの吊り缶仕上げでした。
10:14 Yukio Nozaki 今見るとほとんどがトップの吊り缶位置です、、、製作し易さからの判断だけでしょうか?
10:15 Yukio Nozaki もしかして吊缶が着脱しにくいのかも、、、
10:17 Yukio Nozaki でも少し下であれば心配はないでしょうね。
畏まりました。吊カンの輪部分がケース上端から3〜5センチの辺りでしょうか?一度サンプルで試してやってみますね!
2024/7/22(月)
8:05 Yukio Nozaki 3〜5㎝そうです、、、缶吊部材が90㎜なので7㎝が缶、3㎝が吊元
赤線の辺りをケース上端に合わせる位でイメージされてますでしょうか?
微妙なラインだと思いますが、下過ぎると重心が下寄りになるので、ひっくり返りやすくなりますもんね。。
吊缶は、下吊りよりトップ
結果的には吊缶、下吊りよりトップの方が安定している様に感じます。
ちなみに刻印も入れれるのですが、何かご希望のロゴや家紋、文字などありますでしょうか?
マジすか^ ^五三桐です。
畏まりました!丸の大きさ的に直径3〜4センチ程でよろしいでしょうか?
2024/7/26(金)
3:20 Yukio Nozaki おはようございます。3センチ程度、承知しました。
不思議ですね見慣れたマーク位置、、、
岡田ケースのOKマークが出てきちゃいました^ ^知らない間に刷り込まれているのかもしれません^ ^どうぞ宜しくお願いします。
そして、完成です。
21:28 Yukio Nozaki ありがとうございます。
シンプルで今までありそうでなかったAll in One楽しみです^ ^
21:39 イソシローさん:ありがとうございます!
作ってみて、無駄を削ぎ落とした感じ、私的にも結構気に入りました^_^
21:28 Yukio Nozaki ありがとうございます。
シンプルで今までありそうでなかったAll in One楽しみです^ ^
21:39 イソシローさん:ありがとうございます!
作ってみて、無駄を削ぎ落とした感じ、私的にも結構気に入りました^_^
そして、2024年7月末、待望のケースが届きました…..。
大変ご丁寧な梱包で手元に届きました。
大変感謝です。
と、梱包をほぐした印象が…..う~ん…..、若干大き目かな…..
なので次回は縮小に挑戦してみました。
夢のall-in-one holde rcase第3弾になります。
京鋏徹底研究 抉る 10
13年前の鋏、、、東日本地震前の鋏です。
今回カスタマイズしてみました。
自分の手に合った鋏に、、、
沢山ある多くの鋏の中からイイ鋏を選ぶから、さらに自身の手に合う鋏にするには、、、
少なからずとも自分の手に合う様に加工してみる事だと思います。
鋏の目的、、、何を一体どの様に切るのか?その対象物によってその鋏の良し悪しが判断できる。
其々にその鋏が持つ能力はどうか、適選な切断径は何㎜なのか。鋏の使い方次第では刃を痛める事もある。
なので、、、其の鋏の癖を得るには、いち早く手にして多くの情報を得ることが肝心です。
今回は坪田金物店で出会った二代目さんの鋏、それも代替わり初期の鋏事情から手に合う加工をしてみました。
ずいぶん昔、、、あれは東日本大震災前の頃の事、暫く足が向いていなかた東山の金物店で出会った鋏を見ていると、、、
奥から「それ息子のやっちゃ」と牛乳瓶の底の様なメガネを掛けたいつものオヤジ、、、
ドヤ、頑張ってるやろ、と、、、
抉ると硬そうな刃、奥でも先でもいける…手に馴染むが、、、
妙な曲がりとクセがある。
それが第一印象
もう一丁隣のカゴには刀鍛治の鋏…..
「それ、刀鍛冶が作った鋏やで」…..
…..失礼ながらそれはおよそ鋏を知らない者が買う鋏。
繰り返しますが….. 恐ろしいまでの刃を持つが鋏としての道具になっていない。
一体どのくらい売れたのだろうか?残念ながら…..画像は無い。
こうして昔の鋏についてこのブログに記すのもずいぶん久し振りになります。
奇しくも事務所移転でコレクション整理を兼ねて改めて握ると当時の自身とまた異なる事に気がつく。
それは何故この形に至ったのだろうか?いい機会なのでこの際振り返ってみたい。
今年3月に書いたブログ
京鋏徹底研究 尻合わせ
2024-03-02 11:40:02
そこで幾つかの尻合わせの為の捻りについて調べていた時に気づいたこと、、、
そもそも、尻合わせの捻りはあっているが、、、右手太陽丘部分のふくらみが普通ではない。
抉ると云う動作は右利きの場合、ツル手鋏(輪鋏)は親指太陽丘は押し、人差し指より小指に掛けては引く作用で抉る動作となる。
なので一際、抉りが強くて刃への負担がかかり過ぎてしまう。つまりこじらなくても閉じるだけで切れる構造になっている。
抉るというより、握ると切れる、、、
つまり、切れ過ぎるほど切れる、、、
当時、何故この様な形状にしたのか?不思議でならなかった。通常であれば先代の形状を学(真似ぶ)事で済むところ、、、
そこで全くの想像となるが、、、
多分こうだったんじゃね?劇場
っぽく書くと、、、
おそらく、修理の依頼はかなりの数は来てたはず、これについては自身も修理依頼して聞いていた。
先ず、刃つくりに関しては、敢えていえば「硬いと軟い」はわかりますが、自身に経験もなくわからない部分が多すぎます。
京鋏のつくり(構造と形状)は独特です。
芯がねは丸棒でガタガタに緩くて一回転、細かくても荒くも使える万能鋏、独特の胴形状はその土地ならではの鋏へと育まれた。
初めてその槌を握り、、、祀り上げられた先代の壁、超えに越されぬ、、、何とやら、、、^ ^
沸、温度、粘り、自身が手探りで独自に得るしかない。
形状もまた手探り、京鋏が何故一回転するのか?そんなモノは普通の人とってはどうでもいい事、、、
しかし、つくり手とつかい手にとっては大事な問題。
いじりに、いじり倒して叩き戻す。生き物の様な鉄、、、ここを叩くと、ここがこうなる?の繰り返し。
だから失敗が次の糧となって、失敗が失敗でなくなる度、叩き込むという形成姿勢を繰り返すはず。
そして鋏作りの中で、刃つくりと形状課題は永遠の課題のはず。
先代の鋏の成り立ちを解くために、芯がねを外し、削り研ぎ、幾つも幾度も打ち上げて一つ一つの結果となる。
そして結果的に打ち当たりの尻合わせはあっているものの、握りの大きくはらんだ腹と逆反り。
これは、、、何の為の膨らみだろう?
なるほど、手に馴染む形、、、
あっ、回転も解消するよね。
その為、わずかな抉る力で切断に至る逆張り。しかし、、、それは二つの刃がせり合う硬度バランスが要求される。
刃鋼の軟硬は戻しの温度とタイミングによって異なる。しかも抉りが強いと喰い合い、逃しの体勢と硬い鋼が要求される。
逆に粘りある鋼には、喰い合いを逃がす捻れが要求されるはず、、、
なのでそれら狭間の苦悩が、つくりあげた鋏に自身を映す形として現れてしまうのかもしれない。
これはある意味戒めとしての刀鍛冶の逸話が残っている、、、
https://xtech.nikkei.com/.../COLUMN/20081002/159019/...
ある刀匠は焼入れ時の水の温度が秘伝だった。弟子入りした彼の息子にも教えようとしない。
ところが、その温度を知りたい、と切望する息子を差し置いて、刀匠は、ある人物にその秘伝を教えてしまった。
ならば自分もと、息子が、焼入れ用の水槽に自らの腕を入れた。
とたん、その腕を師匠である父親が、自作の刀で切り落としてしまった。
例え息子とはいえ、門外不出の事、あるまじき行為を戒めた逸話として語り継がれている。
逸話焼入れの温度と同じく、岩組み一つとっても配置と間、据え付けと根張り、気勢のコントロール、其のほか整姿と剪定に於ける密度と配分、、、
と、いとまがないが、其の見極めとタイミングは真似て如何になるものではなく、全ては独自に開発するしか方法はない。
それは、3代続く植木屋の自身でも、似て非になるモノ、、、似ている様で似ていない。
受け継ぐモノは先代からの資質のみ、そもそも手が違う。つまり同じモノは決してできない。
能力は決して遺伝しない。
だからこそ、貴重なのだ。そして次世代は、先代を超える勢いで創意工夫に励む。
当時手にした自身には、、、上記にある様な分析も打ち手に立った思考や苦慮苦悩の思慮なく手にしていたが、、、
京鋏は今までにない構造が満載です。
芯がね丸棒も異端、胴長もある意味では異端、しかも芯がねが緩く回転するのも異端。
大阪河内長野、鋏鍛治「水落」讃岐親方曰く「答えは常に現場にある」と、、、
新たな仕組みや形状開発に意欲は大切、しかし半可な要求に応える危険性も否めないとも、、、
要求と追求の狭間で独自の形状姿勢が現在の鋏を表現しているのかもしれません。
しかし、、、ここまでのお話しは、あくまでも自身の妄想、「京鋏それから、、、」の大妄想。
ということで、既存の芯金を外し芯金を六角ネジに変えて、膨らみと反りを通常にだましだまし打ち戻してみました。
さてさて、、、それでは捻れを延ばしたリメイク後がどうなったのかは…..、
またこの次のお話しとしましょう。
世界初 夢のall-in-one 鋏holdercase 1
経緯
ホルダケースについては以前にもブログにまとめたが、以外にも道具袋の歴史が浅いのも印象的だ。
道具の入れ物には三つのいい方が存在する。
サック(sack)ホルダー(Holder)ケース(case)
サック(sack)とは物を保護するために、入れたりさし込んだりする小形の袋・鞘 (さや) 。
ホルダー(Holder)とは保有、保持、入れ物、支えるもの、何かを所定の位置または安全に保つために使用。
ケース(case)とは容器、入れ物何かを保管または輸送するために使用されます。
いまから4年前、腰道具として鋏鋸剪定が煩わしく感じた一つに幹乗り剪定時それぞれのホルダーケースが枝々に掛かりそこから道具が落ちるという失態…..腰を据えて構える時もオールインワンの状態であれば都合の良い腰道具。
ということで…..オールインワンケースの構想から….. 4年
「鋏のケースを作っている植猫さんに会ったので、今回は鋏のケースを」
2020-02-06 15:17:33
https://ameblo.jp/primrose5591/entry-12573188853.html
そもそも道具を携帯する術が無かった50~60年前のあの頃、盆暮れのノベルティグッズ釘袋や鋏を差すヒボッコ(紐っこ)という麻縄や畳の縁を腰に巻いて下げていた。
明治期の鋏の画像(1885年頃/明21)
しかも京都からの渡り職人は鋏をポケットに入れて仕事をしていた。
そして2021年翌年、それまでの腰道のプリーフケースにズボンを履かせてみた。
それがこちら…..「今回は鋏のケース第三弾 ボクサータイプの試作偏」
表現的はブリーフパンツにズボンを履かせてみたになりますね…..
これが意外にタイトだ…..
幅140mmのブリーフケースを既存のポシェットに収める。
引用と流用、その為のそれ用ではない物との組み合わせ…..
これが実にピッタリの相性…..だが、240mmの折り込み鋸は予想外に長い。
そこで210mmに変えてしばらく使ってはいたが…..う~ん.見た目の納まりが納得いかない。
ここ数年でバッテリー機材が充実してきた。バッテリー稼働の剪定鋏、バッテリーミニチェンソー、バッテリー機材はかなり充実してきた。そして最終的には170mm鋸の長さに収まりました。
2021-12-25 17:21:40
https://ameblo.jp/primrose5591/entry-12717569842.html
ケースについてはこちらも設えてみた。
いつも地上にいるわけではないが、帯取りというスタイル
帯刀 「帯執」にチャレンジ
2021-03-19 08:16:26
ホルダーケースの近代化は既に盆栽器具の一つに木柄で出来た折り込み鋸が存在していた。戦後高度経済成長期が過ぎ、都市計画や宅地開発後の住宅ラッシュを迎え、管理徴用需要に伴い、道具の安全性から近代化も要求されてきたなかでの腰回り品がホルダーケースになったと判断しています。
1980年代になるとプラスチックグリップ、ゴム製グリップといった替刃折り込み鋸が出始めた頃、鋸と剪定鋏のホルダーケースを装着し、鋏は岡田製作所のパンツの様なホルダーケースに収め、幹乗り剪定でもストレスなく腰道具として活用されてきたが…..
親方は頑なに拒否していた。
また道具に腕は左右されないといって、小さな大久保鋏を使い鋸は長柄鋸を大事そうにしたためていた。つまり…..1900年当時道具としての充実性はこの業界自体遅れは戦後高度経済成長期を経て充実してきたといってよい。
オールインワンホルダーケースの開発、構想5年試作3年既成のポシェットをリメイク…..
改良点では常用の折込鋸を170mm鋸に変更、鋏、鋸、剪定鋏の3点セットを如何にコンパクトに美しく収めるかこの5年間思い描いてきた。
恐らく需要が無い手探りのオールインワンホルダーケースには、大手メーカーはなかなにか手を出せない。腰物道具入れ草創期の歴史は浅く、無ければ作るとか需要を作る気概が無ければ新しいものはできない。
既成のポシェットのデメリットは代替品ゆえ、内部が布で破損したり巻き込んだりと中々トラブルの元になっている。内外部はできるだけ単純な構造が望ましい。メリットは軽いということとコンパクトに収まること。
























































































