京鋏徹底研究 8
大事な処、蔓手の足先調整
若い頃、、、親方からの支給品、植木鋏は大久保鋏、これがなんとも相性が悪い。
鋏んだ時の肉挟み、、、^ ^
これがむちゃくちゃ痛い
そして中指のマメ。苦
いい鋏探しの始まりです^ ^
この地域だけではないかもしれませんが、道具代わりとして代用品は現場で応用する事はあっても加工することはあまりない。
ましてや高価な道具となると尚更手を加える事は持っての他、もっぱら修理や目立て程度が関の山、、、
だったのが事の始まり、、、
物事の始まりは「不満解消」
道具でいえば使い易く、、、自分に合った物、、、
それが鋏、、、何せ太いものが切れない。
50年前の当時はまだ剪定鋏の普及はなかった。
いや、、、あったかもしれないがウチでは無かった^ ^
そういう意味では管理道具の刈込み五寸刃の芝刈り程度、、、
鋏は小さな大久保、、、
鋸は柄長、、、
腰紐は麻紐か畳の縁、、、
今思うと携帯性と安全性はよくなった。
今年こそはall-in-oneの皮のツールケース化にしようと思っています^ ^
そうそう、ケース化計画が最終段階をむかえます。
構想から3年、テストケース化、具現化、習慣、皮ケース化になります。
永らく腰に鋏、剪定鋏と鋸の2つを下げ習慣化されてきた。
その慣習が漸く慣れて皮ケース化
話を戻します。
安広普及版
ビフォーアフター、マーカー 部分がリメイク後
見ての通り指マメ問題は我慢とかタコとかの問題ではなく、スプーン曲げの様に「気合」と共に調整します。
これはどんなに高価な鋏でも「気合」で^ ^
まぁ、コレも極軟鉄だから成せる技、、、焼きが入ったツル手ではそうはいきません。
そもそも、大覚寺の鋏は当初(リクエストや経験値)からマメなど無縁のツル終い。
現在の大覚寺も安広も焼きが入って音がいいですね。
しかし何故安弘の鋏は加工がしやすかったのだろうか?
おそらく、こうだったんじゃね?的に考えると、、、
ツル手仕舞は口清以降、堺系のツル手に習って作られたもの、そして形が整った後、使い手に委ねるか.....加工する。
佐助以降、関東でも関西でも高価な道具加工には気が引けた.....。
その分、打ち手へのリクエストが打ち手の腕を養うきっかけとなったと想像できる。
そうそう、、、あまりピッタリ付けると折れやすくなりますよ。